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第二章 月齢25.5
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「……ってことは、あなた、光があるとしゃべれなくて、しゃべれないけど周りの事は分かってる、って事?」
今起きた現象を即座に頭の中で整理して、ユキが聞く。
「ますますのご明察、お見事です。正確に描写しますと、わずかでも光があると、私は外界に干渉出来ない。わずかな光でも、その圧力に私は対抗し得ない、そういう事になります」
ニーマントは饒舌にしゃべり、一旦口ごもった後に、続ける。
「……正直に申し上げまして、私が、あなた方に話せる事は、実は大して多くありません。あなた方の事も、当然ながら、あなた方が自己紹介された以上の事は存じません。なにしろ、私自身、私がどういうものであるか、よく分かっていないのです」
うわ、使えねぇ。ユキは、口の名だけで呟く。
「どういう事?」
そのユキの様子に気付かず、ユモが、たまらずに尋ね、先を促す。
「そもそも、私は、自分がこの石そのものである事も、ずっと箱に入っていた事も知りませんでした。ジュモーさんが箱を開けた時、はじめて、自分が箱の中に居た事を知ったのです。それまでは、常に私はあの水晶球の光だけに包まれていて、それ以外の『入力』はまったくなかったのですから」
「入力?」
聞き慣れない言い方に、素朴にユモは聞き返す。
「はい、入力です。私には、あなた方人間のような肉体はありません。あなた方同様に周囲の情報は認知出来ますが、それは目で見て、耳で聞いて、鼻で嗅いで舌で味わう、そういうものではありません。あくまで、全ての外部からの『刺激の入力』という形で入って来ます。お気づきでしょうが、同様に、私の『出力』も音声言語ではありません。音声としてあなた方に認識していただけるよう、直接、あなた方の鼓膜を叩いています」
「そうなの?」
「そうよ、気付いてなかった?」
「全然……」
驚いて聞くユキに、既に気付いていたユモはニーマントの言葉を肯定する。
そのニーマントの言葉には、非常に重要な情報が隠されていたが、そのやりとりもあって、ユモはうっかりと、その事に思い至らずに素通りしてしまっていた。
それより、少し以前。
「まいったぞこりゃ……」
足下の穴の下を覗き込みながら、スティーブは頭を掻く。
「まったく見えん。どこまで深いのか、見当もつかん」
スティーブは、立ち上がって膝の土を払う。その足下には、直径2m程の穴。
「……だが、子供達と大尉をこのままにしておく事も出来ん」
スティーブの頭上、一部破損した床板の上から、スティーブが腰に巻いたロープを確保しているチャックの声がした。
ユモとユキ、それにオーガスト大尉が床を突き抜けて落下した直後、スティーブとチャックは中央の穴から即座に下を覗き込んだ。当然、このいびつな卵形の空間の底の方に三人が転げていると思った二人だったが、しかし、三人の姿はそこにはなく、二人の期待をあざ笑うかのように空間の底には穴があり、そしてその下から、色々な物があちこちにぶつかりながら落ちる音がして、しかし、それもすぐに聞こえなくなった。
スティーブは、ランプを先端に縛りつけて穴の中に下ろしていたロープを引き上げながら、言う。
「深いだけじゃなくて、太い木の根やら何やら、かなりいっぱい出っぱってるようだ。そのせいかな?音もよく通らないみたいだし、ランプも真っ直ぐ下に降りていかない。そもそもこんなランプじゃまるで光が通らない」
ロープを引き上げきったスティーブは、苦り切った顔で上に居るチャックを見上げる。その顔が、何かを見つけ、強ばる。
「……どうした?」
「気が付かなかったな。チャック、上を見てみろ」
「上?……これは……」
言われて、上を見上げたチャックも、一瞬絶句する。そこには、この空間の天井、頂点から真上に延びる穴が空いており、その先から、わずかだが光がこぼれていた。
「こんな穴があったとは……」
「太陽が高くなったから光が入ってきたのかな?まあ、人が出入り出来るようなものじゃなさそうだが」
その穴は、綺麗に垂直に、そしてまん丸に頭上の土壌を貫いていた。そして、その延長線上には。
「……なるほど、上の穴から床の穴を通して、この下の穴まで一直線、って事か」
「どんな意味がある?」
「わからん」
チャックに聞き返され、一旦床の上に戻ろうと床穴の縁をよじ登っていたスティーブは、上を見たまま答える。
「だが、ここの死体と言い、壁の模様と言い、得体の知れない宗教の儀式が行われていたってのは間違いないだろうから……なあ、チャック」
「どうした?」
答える途中で、急にスティーブの声色が替わったのに気付き、チャックが聞き返した。
「俺たちが入って来た穴、その上に二つ、窪みがないか?」
とっくに床の上に戻って来ているが、視線は上を向いたままのスティーブが、言う。
「窪み?……ああ、言われてみれば、あるな」
チャックも、スティーブの視線を辿り、改めてその窪みに気付く。
「俺の気のせいかも知れないんだが。なんだか、この部屋、なんて言うか、巨人の頭?みたいに思えてきたんだが……」
「何?……言われてみれば……」
そう思って見れば、チャックにも、自分達が入って来た穴が口か鼻、その上の窪みが二つの目に思えなくもない。一度そう思ってしまうと、いびつな卵形のこの空間が、まるで不器用な子供が粘土をこねて丸めて伸ばして、目鼻だけつけた顔っぽい何かの、その鋳型のように思えてくる。
「……だとしたら、この下には体がある、って事か?」
「まさか喰われたってわけでもないだろうが……とにかく、助け出す方法を考えよう」
同じ頃。
オーガストは、自分に話しかける、聞き覚えのない声を聞いた、ような気がした。
――……聞こえますか……聞こえますか……オーガストさん……オーガストさん……――
オーガストは、やっとの思いで目を開く。しかし、何も見えない。いや、違う。真っ暗闇と同じくらい黒い、やっとの事でそれが分かる程度に暗い洞窟の中なのだ。
――……今、あなたの耳に直接語りかけています……聞こえますか……――
「……誰かね?一体、君は誰だ?」
「ああ、聞こえていましたか。それは重畳です」
「君は、一体……」
オーガストは、体を起こそうとする。どうやら、頭を下に、斜めになった地面に半ば仰向けに倒れていたらしい。苦労して、どうにか体を起こして座り直す。体のあちこちが、酷く痛む。
「私は……さて、困りました。私は、一体何で、誰なのでしょう?」
「おかしな事を言うものですね。名前が、ない?」
「そのようです。とりあえず、お好きに読んで下さって結構です」
「そう言われましても……そうですね、とりあえず、エマノンとお呼びしましょう」
「エマノン?聞いた事があるような……」
「名無しの逆さ読みです。ありふれた、匿名希望の偽名と言ったところでしょうか」
「なるほど……?そうか、そうそう、エマノン。思い出しました、私にも、名前がありました」
「ほう?」
「改めまして。私は、名無しの・人でなし、そう呼ばれておりました」
「これはまた……しかし、ニーマントさん、あなたはどこに居るのですか?」
ほんのりと、やっと自分に手足がある事が分かる程度の明かりの中で、オーガストは周りを見まわし、声の主の姿を探した。
今起きた現象を即座に頭の中で整理して、ユキが聞く。
「ますますのご明察、お見事です。正確に描写しますと、わずかでも光があると、私は外界に干渉出来ない。わずかな光でも、その圧力に私は対抗し得ない、そういう事になります」
ニーマントは饒舌にしゃべり、一旦口ごもった後に、続ける。
「……正直に申し上げまして、私が、あなた方に話せる事は、実は大して多くありません。あなた方の事も、当然ながら、あなた方が自己紹介された以上の事は存じません。なにしろ、私自身、私がどういうものであるか、よく分かっていないのです」
うわ、使えねぇ。ユキは、口の名だけで呟く。
「どういう事?」
そのユキの様子に気付かず、ユモが、たまらずに尋ね、先を促す。
「そもそも、私は、自分がこの石そのものである事も、ずっと箱に入っていた事も知りませんでした。ジュモーさんが箱を開けた時、はじめて、自分が箱の中に居た事を知ったのです。それまでは、常に私はあの水晶球の光だけに包まれていて、それ以外の『入力』はまったくなかったのですから」
「入力?」
聞き慣れない言い方に、素朴にユモは聞き返す。
「はい、入力です。私には、あなた方人間のような肉体はありません。あなた方同様に周囲の情報は認知出来ますが、それは目で見て、耳で聞いて、鼻で嗅いで舌で味わう、そういうものではありません。あくまで、全ての外部からの『刺激の入力』という形で入って来ます。お気づきでしょうが、同様に、私の『出力』も音声言語ではありません。音声としてあなた方に認識していただけるよう、直接、あなた方の鼓膜を叩いています」
「そうなの?」
「そうよ、気付いてなかった?」
「全然……」
驚いて聞くユキに、既に気付いていたユモはニーマントの言葉を肯定する。
そのニーマントの言葉には、非常に重要な情報が隠されていたが、そのやりとりもあって、ユモはうっかりと、その事に思い至らずに素通りしてしまっていた。
それより、少し以前。
「まいったぞこりゃ……」
足下の穴の下を覗き込みながら、スティーブは頭を掻く。
「まったく見えん。どこまで深いのか、見当もつかん」
スティーブは、立ち上がって膝の土を払う。その足下には、直径2m程の穴。
「……だが、子供達と大尉をこのままにしておく事も出来ん」
スティーブの頭上、一部破損した床板の上から、スティーブが腰に巻いたロープを確保しているチャックの声がした。
ユモとユキ、それにオーガスト大尉が床を突き抜けて落下した直後、スティーブとチャックは中央の穴から即座に下を覗き込んだ。当然、このいびつな卵形の空間の底の方に三人が転げていると思った二人だったが、しかし、三人の姿はそこにはなく、二人の期待をあざ笑うかのように空間の底には穴があり、そしてその下から、色々な物があちこちにぶつかりながら落ちる音がして、しかし、それもすぐに聞こえなくなった。
スティーブは、ランプを先端に縛りつけて穴の中に下ろしていたロープを引き上げながら、言う。
「深いだけじゃなくて、太い木の根やら何やら、かなりいっぱい出っぱってるようだ。そのせいかな?音もよく通らないみたいだし、ランプも真っ直ぐ下に降りていかない。そもそもこんなランプじゃまるで光が通らない」
ロープを引き上げきったスティーブは、苦り切った顔で上に居るチャックを見上げる。その顔が、何かを見つけ、強ばる。
「……どうした?」
「気が付かなかったな。チャック、上を見てみろ」
「上?……これは……」
言われて、上を見上げたチャックも、一瞬絶句する。そこには、この空間の天井、頂点から真上に延びる穴が空いており、その先から、わずかだが光がこぼれていた。
「こんな穴があったとは……」
「太陽が高くなったから光が入ってきたのかな?まあ、人が出入り出来るようなものじゃなさそうだが」
その穴は、綺麗に垂直に、そしてまん丸に頭上の土壌を貫いていた。そして、その延長線上には。
「……なるほど、上の穴から床の穴を通して、この下の穴まで一直線、って事か」
「どんな意味がある?」
「わからん」
チャックに聞き返され、一旦床の上に戻ろうと床穴の縁をよじ登っていたスティーブは、上を見たまま答える。
「だが、ここの死体と言い、壁の模様と言い、得体の知れない宗教の儀式が行われていたってのは間違いないだろうから……なあ、チャック」
「どうした?」
答える途中で、急にスティーブの声色が替わったのに気付き、チャックが聞き返した。
「俺たちが入って来た穴、その上に二つ、窪みがないか?」
とっくに床の上に戻って来ているが、視線は上を向いたままのスティーブが、言う。
「窪み?……ああ、言われてみれば、あるな」
チャックも、スティーブの視線を辿り、改めてその窪みに気付く。
「俺の気のせいかも知れないんだが。なんだか、この部屋、なんて言うか、巨人の頭?みたいに思えてきたんだが……」
「何?……言われてみれば……」
そう思って見れば、チャックにも、自分達が入って来た穴が口か鼻、その上の窪みが二つの目に思えなくもない。一度そう思ってしまうと、いびつな卵形のこの空間が、まるで不器用な子供が粘土をこねて丸めて伸ばして、目鼻だけつけた顔っぽい何かの、その鋳型のように思えてくる。
「……だとしたら、この下には体がある、って事か?」
「まさか喰われたってわけでもないだろうが……とにかく、助け出す方法を考えよう」
同じ頃。
オーガストは、自分に話しかける、聞き覚えのない声を聞いた、ような気がした。
――……聞こえますか……聞こえますか……オーガストさん……オーガストさん……――
オーガストは、やっとの思いで目を開く。しかし、何も見えない。いや、違う。真っ暗闇と同じくらい黒い、やっとの事でそれが分かる程度に暗い洞窟の中なのだ。
――……今、あなたの耳に直接語りかけています……聞こえますか……――
「……誰かね?一体、君は誰だ?」
「ああ、聞こえていましたか。それは重畳です」
「君は、一体……」
オーガストは、体を起こそうとする。どうやら、頭を下に、斜めになった地面に半ば仰向けに倒れていたらしい。苦労して、どうにか体を起こして座り直す。体のあちこちが、酷く痛む。
「私は……さて、困りました。私は、一体何で、誰なのでしょう?」
「おかしな事を言うものですね。名前が、ない?」
「そのようです。とりあえず、お好きに読んで下さって結構です」
「そう言われましても……そうですね、とりあえず、エマノンとお呼びしましょう」
「エマノン?聞いた事があるような……」
「名無しの逆さ読みです。ありふれた、匿名希望の偽名と言ったところでしょうか」
「なるほど……?そうか、そうそう、エマノン。思い出しました、私にも、名前がありました」
「ほう?」
「改めまして。私は、名無しの・人でなし、そう呼ばれておりました」
「これはまた……しかし、ニーマントさん、あなたはどこに居るのですか?」
ほんのりと、やっと自分に手足がある事が分かる程度の明かりの中で、オーガストは周りを見まわし、声の主の姿を探した。
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