5 / 9
青春短し、恋せよ乙女――ただし人狼の。 05
しおりを挟む
放課後。バンドの練習用に借用申請した音楽準備室。余談だけど、毎年この時期はバンド設立が乱立して、この辺の部屋は取り合いになるって音楽の先生が言ってた。夏休み明けには激減するとも言ってたけど。で、その激戦区の音楽準備室を週一だけど取れた、ラッキーなあたし達の練習時間。
「やあ諸君!」
聞き慣れた、よく通る、ちょっと高めでハスキーな声。準備室の引き戸を開けて、ギターケースを担いだ山田君が入ってくる。
「練習にはげんでいるか、ね?……え?」
笑顔でそう言った彼の、その笑顔が、動きが、凍り付く。
次の瞬間。山田君はその場から消え失せた。一瞬遅れて、ごとん、ケースごとギターが床に落ち、倒れる。
あたしには見えていた。何かを見た山田君が、ものすごい勢いで回れ右をして、文字通り脱兎の如く廊下を走り去っていったのが。
「何?今の?」
「……江南だったようだけど……あ、ギター置いてってら」
キーボードの輿水由紀子と、ベースの高橋大が、引き戸の外を確認している。二人には、山田君の動きは素早すぎて目にとまらなかったらしい。
「……な?蘭ちゃん見てたか?」
銀子が、呆然としているあたしに、言う。
「ヤーマダ君、アレ見ただけで、あの反応やで?」
あの二人に聞こえないように、銀子は声を潜めているけど、もちろんあたしには、はっきりと聞こえていた。
そして、あたしには見えていた。山田君が、何を見たのか。それは、仔犬。白くて小さい、生後三ヶ月くらいの、銀子が幻術で見せた、仔犬。あたしには、見えた、というか認識出来たけど、由紀子と大には見えていない。銀子にとっては、その程度の事は朝飯前だ。
ああ、そう。山田君、イヌ、ダメなんだ……
あたしは、ただ呆然と、山田君が落していったギターをどうした物か相談している由紀子と大と、そこに合流する銀子を見ていた。なんか、何も考えられなかった。
「やぁ、えらい逃げ足どしたなあ」
あたしのさらに後ろから、環が感想を述べる、あっけらかんと。
「……どうもおへんか?顔色、ようおへんえ?」
あたしの肩を軽く叩いて、環があたしの顔をのぞき込んで、聞いた。
どうもこうも。
この瞬間。あたしの初恋は、何一つ進展する事なく、空しく砕け散ったのだった。
「あのなあ……」
銀子が、あきれた様な、困った様な表情で、言う。
「普通、こないな所で酒盛りやせえへんねんで?なあ?」
「うっさいわねぇ!」
あたしは、やけになって答える。
「失恋のやけ酒なのよ!どこで呑もうとあたしの勝手よ!いーじゃない!」
我ながら、ダメだとは思う。けど、呑まなきゃやってられない時ってのもあるのだ。
……いや、高校生が呑むのがまずダメだってのは置いておいて。
今は、午後十時過ぎくらい、多分。場所は、学校の屋上の、階段出口の屋根の上。
あの後あたしは、ショックのあまり、バンドの練習をフケた。由紀子と大に悪い事した、その気持ちはある。心配してついてきてくれている銀子と環にも迷惑かけてる、それも自覚してる。
けど、ダメ。自分でも正直びっくりしているけど、恋に破れるって、こんなにショックだったんだ。
気が付いたら、あたしは駅前の焼き肉食べ放題に居た。あたしの本能が、心の傷を食事で癒やそうとしたのかも知れない。制限時間いっぱいまで、ひたすら無心に肉を食べ続けるあたしを、付き合いのいい銀子があきれ顔で見ていたのは覚えている。
その後、あたしは、ひたすら無心に武蔵国分寺公園の円形芝生広場を走った。全力疾走で。何周回ったか、数えてないからわからない。ただ、限界に達してぶっ倒れたとき、もうあたりはとっぷりと暗くなっていた。夜目が利くあたしは、それまで気付いていなかったけど。
「気ぃ、すんだか?」
銀子が、地面に大の字になっているあたしを上からのぞき込んで、聞いた。
「まあ、ショックやったろうけどもな。そんだけ喰って、暴れて、でも誰にも当たらんかったんは偉いと思うで」
銀子は、優しい。ホントに良い娘。
「……ユキとダイに、悪い事、しちゃった……」
あたしは、まだ整わない息の下で、言った。
「ああ……まあ、明日にでも謝っとき」
「……うん……ありがと、お銀、環」
あたしは、あたしを見下ろしている銀子と、円形広場のベンチに座っている環に言った。
「……ありがとついでに、あのね、もうちょっと、付き合ってくれる?」
……そして今、こうして深夜の学校の屋上に、あたし達は、居た。
「やあ諸君!」
聞き慣れた、よく通る、ちょっと高めでハスキーな声。準備室の引き戸を開けて、ギターケースを担いだ山田君が入ってくる。
「練習にはげんでいるか、ね?……え?」
笑顔でそう言った彼の、その笑顔が、動きが、凍り付く。
次の瞬間。山田君はその場から消え失せた。一瞬遅れて、ごとん、ケースごとギターが床に落ち、倒れる。
あたしには見えていた。何かを見た山田君が、ものすごい勢いで回れ右をして、文字通り脱兎の如く廊下を走り去っていったのが。
「何?今の?」
「……江南だったようだけど……あ、ギター置いてってら」
キーボードの輿水由紀子と、ベースの高橋大が、引き戸の外を確認している。二人には、山田君の動きは素早すぎて目にとまらなかったらしい。
「……な?蘭ちゃん見てたか?」
銀子が、呆然としているあたしに、言う。
「ヤーマダ君、アレ見ただけで、あの反応やで?」
あの二人に聞こえないように、銀子は声を潜めているけど、もちろんあたしには、はっきりと聞こえていた。
そして、あたしには見えていた。山田君が、何を見たのか。それは、仔犬。白くて小さい、生後三ヶ月くらいの、銀子が幻術で見せた、仔犬。あたしには、見えた、というか認識出来たけど、由紀子と大には見えていない。銀子にとっては、その程度の事は朝飯前だ。
ああ、そう。山田君、イヌ、ダメなんだ……
あたしは、ただ呆然と、山田君が落していったギターをどうした物か相談している由紀子と大と、そこに合流する銀子を見ていた。なんか、何も考えられなかった。
「やぁ、えらい逃げ足どしたなあ」
あたしのさらに後ろから、環が感想を述べる、あっけらかんと。
「……どうもおへんか?顔色、ようおへんえ?」
あたしの肩を軽く叩いて、環があたしの顔をのぞき込んで、聞いた。
どうもこうも。
この瞬間。あたしの初恋は、何一つ進展する事なく、空しく砕け散ったのだった。
「あのなあ……」
銀子が、あきれた様な、困った様な表情で、言う。
「普通、こないな所で酒盛りやせえへんねんで?なあ?」
「うっさいわねぇ!」
あたしは、やけになって答える。
「失恋のやけ酒なのよ!どこで呑もうとあたしの勝手よ!いーじゃない!」
我ながら、ダメだとは思う。けど、呑まなきゃやってられない時ってのもあるのだ。
……いや、高校生が呑むのがまずダメだってのは置いておいて。
今は、午後十時過ぎくらい、多分。場所は、学校の屋上の、階段出口の屋根の上。
あの後あたしは、ショックのあまり、バンドの練習をフケた。由紀子と大に悪い事した、その気持ちはある。心配してついてきてくれている銀子と環にも迷惑かけてる、それも自覚してる。
けど、ダメ。自分でも正直びっくりしているけど、恋に破れるって、こんなにショックだったんだ。
気が付いたら、あたしは駅前の焼き肉食べ放題に居た。あたしの本能が、心の傷を食事で癒やそうとしたのかも知れない。制限時間いっぱいまで、ひたすら無心に肉を食べ続けるあたしを、付き合いのいい銀子があきれ顔で見ていたのは覚えている。
その後、あたしは、ひたすら無心に武蔵国分寺公園の円形芝生広場を走った。全力疾走で。何周回ったか、数えてないからわからない。ただ、限界に達してぶっ倒れたとき、もうあたりはとっぷりと暗くなっていた。夜目が利くあたしは、それまで気付いていなかったけど。
「気ぃ、すんだか?」
銀子が、地面に大の字になっているあたしを上からのぞき込んで、聞いた。
「まあ、ショックやったろうけどもな。そんだけ喰って、暴れて、でも誰にも当たらんかったんは偉いと思うで」
銀子は、優しい。ホントに良い娘。
「……ユキとダイに、悪い事、しちゃった……」
あたしは、まだ整わない息の下で、言った。
「ああ……まあ、明日にでも謝っとき」
「……うん……ありがと、お銀、環」
あたしは、あたしを見下ろしている銀子と、円形広場のベンチに座っている環に言った。
「……ありがとついでに、あのね、もうちょっと、付き合ってくれる?」
……そして今、こうして深夜の学校の屋上に、あたし達は、居た。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

異世界修学旅行で人狼になりました。
ていぞう
ファンタジー
修学旅行中の飛行機が不時着。
かろうじて生きながらえた学生達。
遭難場所の海岸で夜空を見上げれば、そこには二つの月が。
ここはどこだろう?
異世界に漂着した主人公は、とあることをきっかけに、人狼へと変化を遂げる。
魔法の力に目覚め、仲間を増やし自らの国を作り上げる。
はたして主人公は帰ることができるのだろうか?
はるか遠くの地球へ。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる