何の取り柄もない営業系新入社員の俺が、舌先三寸でバケモノ達の相手をするはめになるなんて。(第2.5部)幕間 あるいは新年会の宴の席にて。

二式大型七面鳥

文字の大きさ
上 下
36 / 39

幕間の番外:巴と信仁の後日談の後日談03

しおりを挟む
 既にお開きになっていた宴席の間で、何某なにがしまどかと話していた里長さとおさを見つけた信仁しんじは、頃合いを見て話に割って入り、ある頼み事を切り出した。
「納屋を?」
「はい。厚かましいお願いですが、先ほどの話で、何か準備に使える物があれば是非貸していただきたいと思いまして」
「準備、ですか?」
「はい」
「……なんか、考えたの?」
 困惑気味の里長の後ろから、円が信仁に尋ねた。
「まだ、考えてる最中です。おおざっぱな方向性はだいたい固まったんですが、決め手が欲しくて」
おさ、協力してあげてくれないかしら?」
「それは構いませんが……」
 円に頼まれて、里長は腰を上げた。
「すみません、ありがとうございます」
 廊下に出る里長に、信仁も礼を言ってついていく。

「……君には、若い者の無礼をお詫びしないといけないね」
 納屋の扉を開けて電気のスイッチを入れた里長が、後ろに居る信仁にそう言って詫びた。
「いえ、気持ちはわかりますから」
 答えて、信仁は納屋の中をざっと見まわす。ちょっとした戸建てくらいの大きさのある納屋の中は、古民具好きから見れば垂涎の宝箱みたいな状態だ。
「僕が言うのも何ですけど。ちょっと良いなって思ってた女性をどっかの馬の骨にかっさらわれたら、そりゃ頭にくるってもんでしょう」
「……里の若いのは血の気が多くてね、色々持て余してて。こんな山奥だろう、仕事なんて農業と林業くらいしか無い。若い娘はたいがい街に働きに行ってしまってね」
「わかります……ちょっといじって良いですか?」
 一言断って、里長が頷いたのを確認してから、信仁は失礼にならない程度に家捜しを始める。
「適齢期になると戻って来る娘も居るには居るが、街で他の里の男を見つける事も最近は増えていてね……君は、事情はどれくらい知っているんだ?」
「一通りの事情は、今日、ここに来る間に円さんから、車の中で聞いたと思います。円さんが見た目通りの年齢じゃない、とか」
「そうか……では知っていると思うが、この里の者はほぼ全員があららぎの姓だが、いわゆる本家筋は円さんとあの娘達だけ、我々は分家みたいなものでな。男あまりというのもあるが、本家筋の娘を娶りたいという欲みたいなものも、まあ、あるんだよ」
「そういうの、すみません、僕はよくわからなくて」
「街の生まれならそうだろう……ましてや、君は儂らとは違う」
 一度、里長は言葉を切った。何かを探す信仁の背中は、特に変化を見せない。
「……君は、儂らが怖くはないのか?」
 手を止めて、信仁は振り返った。
「さっき、鰍さんにも同じ事聞かれました……怖いです、正直。でも別に取って喰われるわけじゃないし……喰わないですよね?」
 軽い冗談。里長は、苦笑して小さく首を振る。
「程度の差レベルで、要するに、彼女の親に挨拶に行くとこんな感じだろうって、そう思うことにしました。問答無用で親御さんにぶん殴られたりするってよく聞くじゃないですか。それと同じだって」
 再び手を動かしつつ、信仁は言う。
「通過儀礼って奴ですかね。要するに、僕はそれにふさわしいんだって証明しなきゃいけない。それは、挨拶だけで終わるか、一方的に殴られるか、山ほど結納金詰むのか、ケースバイケースで、これはつまりそういうケースに過ぎない、って思ってます」
「相手が、人狼ひとおおかみでも、かい?」
「……そこなんですよね」
 信仁の返事は、一拍遅れた。
「俺、僕はそこんとこ、正直どうでもいいんですけど。流石に親兄弟には黙っておこうとは思ってます。言い方はよくないんですが、あねさ、巴さんの御両親は亡くなっているので、親同士の付き合いってあり得ないじゃないですか。だから、そっから先の、この里までどうこう、って話にはならないと思ってますし……お?」
「なるほど……」
 里長は、深く息を吐いて腕組みする。言っている事は理屈が通る、この子供は思ったより物を考えてはいる。しかし……里長の思考はそこで堂々巡りに入ってしまう。その様子はしかし、何か見つけた信仁は気付かない。
「……これ、霞網かすみあみですかね?」
「ん?ああ、もうずいぶん使ってないが……」
 霞網による鳥の捕獲は、戦後すぐくらいから禁止されている。
「これ、いただいても良いですか?」
「構わないが……そんなものでは我々は止められないぞ?」
「ほんのちょっと、時間が稼げれば。あと、これ」
 リッターサイズのペットボトルくらいのアルミの水筒のようなものを、チャプチャプ振りながら信仁は示す。
「草刈り機のガソリンの携行缶だが?」
「ダメにしちゃっちゃ、まずいですよね?」
 里長は、しばし考える。何をしようとしているのかわからないが、円さんから色々と面白い考え方をする子供だとは聞いている。ならば、ここは一つ、何をするのか見てみるのも面白そうだ。
 なにより、余興にはもってこいだ。
 小さくニヤリと笑って、里長は決断した。
「……構わない、ここにあるもの、好きに使って構わないよ」
「ありがとうございます。じゃあ、網とこれと、あと竹とむしろと紐を少々、それくらいでいけるかな?」
 この子供、何か作戦を決めたのだろう。網とガソリン、なかなか派手なことをしでかしそうだが、まあいい。円さんの客に不義理を働いた、掟に文句をつけたのはうちの若いのだ、多少のことで死ぬような我々でもないし、その程度の痛い目を見るのも、若いのには薬にもなろう。
 この子供が、うちの若いのに一矢報いれれば、だが。
 里長も、何が起こるか楽しみで仕方ない自分に、内心苦笑していた。

 夜半過ぎ、思ったよりも里長さとおさと意気投合し、思わず話し込んでしまった信仁は、日付が替わった事に気付いて、ひとまず先ほど案内された寝室に戻った。
「……って?こりゃまた……」
 ふすまを開けて一歩入ったところで思わず固まってしまった信仁に、わずかにはにかんだ巴が振り向いた。
「……何よ」
「何って……いいの?」
「だから何がよ!」
 全くコイツは。いつまで経っても帰ってこないし、来たら来たでデリカシーがないし。六畳間、並べて二つ敷かれた布団の片方に横座りになった巴は、つい声を荒げてしまう、無意識に寝間着の胸元を掻き合わせながら。
「何って、まあその、ねえ?……ま、正直そんな暇ないんだけどな。済まない姐さん、一休みしたらまた出るから」
「……え?こんな夜中に?」
「ああ、明け方までに仕掛けは済ませておきたいんだ。終わり次第戻って来る」
 言いながら、信仁は自分の荷物から折り畳みの円匙エンピと携帯用のツールロールを引っ張り出す。巴は、その様子と過去二年の経験から、信仁が何をしようとしているか、すぐに理解する。
「……手伝う事、ある?」
「いや……そうだな、俺が何してるか、むしろ知らないでいて欲しい。大丈夫だとは思うけど、視線とかで気取られたくない」
 信仁が相手の油断を誘い、隙を作り、そこを突く事を狙っているのは、巴にも理解出来ている。そのためには、相手に気取られるのは避けなければならない事も。
「……敵を欺くにはまず味方から、って奴かい。わかった、知らなきゃ気取られようがないからね」
「すまねぇ。よろしく頼みますぜ」
「貸しにしとくわよ」
「えぇ……安くしといてね?」
「バカ」
 見つめ合い、互いにクスリと笑う。
「……勝ちなさいよ、絶対」
「やるだけはやってみますぜ」
 言って、布団の上に寝間着で横座りの巴に、信仁は顔を寄せ、髪を撫でた手がそのまま巴の頬に触れる。
 巴はやや上を向き、軽く目を閉じた。
 その時。
 小さな破裂音が、里長さとおさ邸の庭の隅から聞こえた。
「何?」
「あー……」
 びっくりして、咄嗟に身を固くして音のした方に巴は振り向く。気のせいか、押し殺した悲鳴というかうめき声も聞こえたような気もする。ちょっと不安げな巴に、同様にそっちを見ながら、後ろ頭を掻きつつ信仁が説明する。
「ちょっと思うところありましてね、ダッフルバッグの底にこないだサバゲで使った対人地雷クレイモアが残ってたんで、ついでに今庭に仕掛けて戻って来たところだったんですが。ああ、勿論、里長さとおささんには許可もらってます」
「くれい……何?」
「BB弾バラ撒く仕掛け地雷っす。まさかと思ったけどこーんなに早く来やがって、マジで男余ってやがんのかこの里」
「え?え?」
「と言うわけで、すみませんが姐さん、ちょっとだけほとぼり冷ましたら俺も行ってきます」
「え、あ、うん……気を付けて」
「続きは、また後で」
「だから!もう……バカ……」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...