何の取り柄もない営業系新入社員の俺が、舌先三寸でバケモノ達の相手をするはめになるなんて。(第2.5部)幕間 あるいは新年会の宴の席にて。

二式大型七面鳥

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「……あの。うかがっても、よろしゅうございまして?」
 蘭円あららぎ まどかの一言で沈黙してしまった場の空気を読みつつも、意を決して、西条玲子さいじょう れいこが切り出す。
 ん?薄く微笑みながら軽く首を傾げた円が、玲子に顔を向ける。
「今、夢魔とおっしゃいましたが……わたくしは以前、かじか様から、夢魔は肉体を持たない精神だけの存在、と伺っておりました」
 玲子は、以前から思っていた疑問を、この機会に聞いてみた。
「ですが、そもそも、鰍様も円さんも、お二人とも御自分から自分は夢魔の力を持つとおっしゃられていらっしゃいます。今、五月さつき様がお話になった桐崎というやからも、夢魔であるとしても、明らかに肉体を持っている……一体、夢魔とはどのようなものなのでしょう?」
「そうね、良い機会だからちょっとお勉強しときましょうか。みんな、まだ頭はしっかりしてるわよね?」
 円は、宴席の一同を見まわしつつ、言う。多少なりとも皆アルコールが入ってはいるが、良い気分になってはいても、酩酊するほどの者はまだ居ない。
「特に酒井君と蒲田君は良く覚えて置くといいわ。仕事で役に立つかもだから。鰍、説明して」

「えぇ?アタシぃ?」
 この祖母は、事ある毎に機会を捉えて、自分の後を継ぐだろう孫の教育を行う腹らしい。指名された鰍は、それでも文句を言うでもなく、頬張っていた唐揚げをビールで流し込むと、紙ナプキンで口元を拭いてから立ち上がる。
「えっとね、どっから説明しようか……じゃあ、まずこれ見て」
 口の中で何某なにがしかの呪文を唱えた鰍が、おもむろに指を鳴らす。と、まるで目の錯覚のような、言うなれば光を吸い込むケセランパセランといった感じの黒いフワフワが複数、鰍の周りに出現する。
「見たことあるはずだけど、これが「睡魔」。普段は見えないだけで、そこかしこに普通に居るわ」
 鰍は、言いながら軽く手を振る。その手に合わせ、睡魔が宙を漂う。
「こいつらは自我も意思もない、昆虫レベルの反射だけで人に憑き、精気を吸う、そういうもの。取り憑く対象を眠らせ、その対象が見る夢から幾ばくかの精気を吸う、そういう妖魔。体と言えるものはなくて、ただ存在だけがある、そんな感じ」
 もう一度、鰍が指を鳴らすと、睡魔はふっとかき消える。
「でね、まず予備知識として、「協会」ではいわゆる「人ならざるもの」に対して、二つの軸で四つの分類をしてるの」
 言いながら、鰍は空中に人差し指で縦横に線を引く。目の良くない・・・・・・酒井源三郎さかい げんざぶろう蒲田浩司かまた こうじにも、霊的不感症・・・・・北条柾木ほうじょう まさきにも、淡く光る筋が空中で十字を描くのが見える。
「一つは、元々は人であったか、あるいは元から人ではなかったか。もうひとつは、体を持つか持たないか」
 空中の十字の周り、四つの象限にそれぞれ違った色の淡い光が灯る。
「するってえとあれかい?あたしなんぞは、「元は人だった、体はある」ってところに入るのかい?」
 煙管きせるをくゆらせつつ、本所隼子ほんじょ じゅんこが長い首を伸ばし、鰍のそばで尋ねる。
「そうなります。いわゆる幽霊なんかは、元は人で体がないヤツ、アタシ達人狼は元から人でなく、体はある。そんなおおざっぱな分類。まあ、元から人ではない、なんて言っても、狐狸化け猫の類いは昔から人との交雑は枚挙に暇がないし、生物学的にもまだ差異は特定出来てないんでしょ?」
 鰍が、いずれ義兄となるだろう滝波信仁たきなみ しんじに聞く。
「「協会」関係の研究室で、スパコン使ってゲノムの全バラシやってるらしいけど、今んところ思わしい結果が出たってのは聞いてないね。八丁堀の緒方さんによると、錬金術の学会でも時たま、因子の特定に成功した、なんて噂はあるらしいんだけど、追試に失敗したり発表そのものが取り下げられたりで、眉唾以上の記録はないって」
 理系学部でバイオメカニクス系専攻だという信仁と、看護学生で錬金術にも心得のある鰍は、そのあたりの事情には比較的通じている。
 そうすると、俺なんかも「元は人で、体がある」に分類されるのか。酒井は、我が事をそう理解する。
「……わたくしなどは、その場合どう分類されますの?」
 玲子が、やや固い声で鰍に問いかけた。白い肌、白い髪、紅い目。外見だけならむしろ、ここに居る――本所隼子を除いて――誰よりも「人ならざるもの」と言えなくもない。
――玲子さんは、自分がもしかしたら人ではないのではないかと、恐れている――
 以前から、初めて会ってから割とすぐにその事に薄々気付いていた北条柾木ほうじょう まさきは、声をかけたものか一瞬迷い、そのまま機を失う。
「玲子さんは、そもそもからして「人」よ。少なくとも今現在の「協会」では、そう判断してるわ」
 その玲子に振り向いて、鰍が答える。ややハスキーな、どこか安堵を感じる声で。
「例えば、ごめんなさいね、たまきさんの場合は、胎児の時点で蛇神である「玉姫」が降りてきたのが分かってるから、「元は人」、つまり今は人の枠から出てるって言い切れるわ。でも、玲子さんの場合は、そういう証拠が全く無いから、過去から現在に至るまであなたは「人」である、「協会」はそう判断してます」
 鰍は、そう言い切る。言い切った後で、表情を崩し、
「勿論、誰も知らないどこかで、なにがしかと何らかの接触があった可能性を全く否定する根拠もないけど、そもそも、わりかし誰でも、何代か遡るとどっかで「人ならざるもの」との接点が見つかるのよ。そうなると、じゃあこの人は「人」なのか、「元は人だったのか」それとも「元から人でなかった」ってのが、報告書やら調書やら書くときにしょっちゅう問題になるの。で、そういうときは結局、本人にその自覚があったかどうか、それが決め手になるの。その程度にあいまいなのよ、少なくともこの国では、ね。でしょ?」
 鰍は、諸外国の事情にも詳しい円に話を振る。
 円は、鷹揚に頷き、
「つきあいのあるよその国のその手の機関見てると、一般に多神教の国は鷹揚だわね。大陸みたいに、そっちの社会にも官僚制度持ち込んで厳密なところもあるけど。一神教国はだいたい厳密だけど、あいつらそれでしょっちゅう自分の首絞めてるのにねぇ」
 何事か思い当たる節があるのか、遠い目をしつつ円が答える。
「だから、玲子ちゃんは玲子ちゃんの思うままでいいのよ。少なくともアタシ達には、「人」であるかどうかなんて、関東人と関西人の差以下なんだから」
「そうそう、関東と関西かみがたの溝は深いねんで、ってなんでやねん!」
「だっておぎんたまちゃんも納豆嫌いじゃん」
「喰えるかあんなもん!」
「そうどす、あないなもの喜んで食べなはるなんて、ほんま、うちらようしまへんえ」
 鰍の小ボケを見逃さずにノリツッコミを返した銀子ぎんこに、相方と言えるかおるが突っ込み返し、環もそれを受ける。
 確かに、その程度のこと、なのかもしれない。わちゃわちゃとじゃれ合う人狼と人狐と蛇神を見ながら、玲子は思い、肩の力を抜いた。
 こうやって語り合い、笑い合えるなら、人だとか、魔物だ妖怪だとか、どうして分け隔てる理由があるのだろう、と。
 鰍が、玲子さん・・呼びから玲子ちゃん・・・呼びに切り替えたことを玲子が気付いたのは、もう少し後のことだった。
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