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第六章-朔日-
第6章 第102話
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「お掛け下さい、皆さん。ご遠慮なく」
そう言って、ペーター・メークヴーディヒリーベは一行を部屋に、『謁見の間』に招き入れる。
部屋の大きさは5メートル四方ほど、華美にならない程度に飾り立てられた部屋には、既に客人三人分の座布団が用意されている。
「じゃあ、遠慮なく」
モーセスの後ろからするりと前に出たユモが、そう言うやいなや、襷掛けに担いでいたGew71を肩から外し、右の座布団に勢いよく腰を下ろす。
それを見て、やれやれといった感じで左の座布団に進んだオーガストも、
「では、お言葉に甘えて、失礼させていただきます」
言って、ゆっくりと腰を下ろす。
真ん中の座布団の前に進み出たモーセス・グースは、ペーター・メークヴーディヒリーベに一礼し、
「有難く、敷物を頂戴いたします」
合掌してから、座布団に座る。
「そう畏まられずとも」
ペーター・メークヴーディヒリーベは微笑んで、自分も腰を下ろす。
「モーセス・グース師範、階位の上では私はあなたと同格、同じ哀れみの主、しかしてあなたの方が先達でありますれば、畏まるのはむしろ私の方なのですから」
言葉とは裏腹に、畏まるそぶりなど見せず、ペーター・メークヴーディヒリーベはモーセスに言った、自分の羽織る外套、扉の外の二人の秘書官のものと同一のそれを広げながら。
「……光の使徒を授かったとは聞いていましたが……ペーター少尉殿、あなたは、貴き宝珠に帰順なされたのですね?しかし、哀れみの主になっていらしたとは……」
目を伏せたまま聞くモーセス・グースの声は、固い。
「はい」
嬉しそうに、ペーター・メークヴーディヒリーベは頷く。
「王子には、私を高く買っていただきました。身に余る光栄です」
「確かに、チベット人以外で哀れみの主に抜擢されるのは、拙僧の知る限り、拙僧に次いで二人目。そも、外国人が同胞団員になる事自体が希有ですから、王子はあなたを相当に高く買っているのは間違いないでしょう」
モーセス・グースは、やや俯いたまま、視線をペーター・メークヴーディヒリーベに据える。
「ペーター少尉殿、あなた自身も大変に優秀な事は拙僧も存じ上げております。そして、あなたには、あなた自身に負けず劣らずの、別の価値があります」
ペーター・メークヴーディヒリーベは、微笑みを絶やさぬまま、無言で話の続きを促す。
「あなたは、一介の宣教師に過ぎなかった拙僧とは違います。あなたは、今回の調査の結果として、幾許なりかの『都』あるいは『古の支配者』ないし『ユゴスキノコ』に関する情報を持ち出せば、あなたはきっと、あなたのお国の指導者の覚え目出度くなるでしょう。つまり、あなたは、ドイツ第三帝国の政治中枢に近づく事が出来ます。そして、それは、王子の求めるところでもあります」
モーセス・グースの声に抑揚はなく、それを聞くペーター・メークヴーディヒリーベの表情にも変化は無い。
「拙僧も、理解はしています。今までは、『都』の事は公になることは、運良くも避けられていました。それは、『都』の周囲の、信心深い民達あっての事。ナルブ閣下がこの地域を治めていらっしゃるのも、噂が広まっていないことを確認する為でもあります。ですが、これからは恐らく、違うでしょう。ドイツか、イギリスか、あるいは中国か、外国がこのチベットに深入りし、科学をもって調査を進めるなら、この『都』の秘密を守り通すことなど到底無理であろうと。ならば、調査の末端ではなく、それらの国の中枢に『都』の、同胞団の秘密を知る者を置けばよい、そのものを通じて、秘密を知る者と秘密自体をコントロールし、可能なら援助を引き出せば良い……」
「……まさしく、貴き宝珠も同じ事をおっしゃいました」
ペーター・メークヴーディヒリーベが、口を開いた。
「そもそもの計画は、このペーター・メークヴーディヒリーベの発掘を成功裏に終わらせ、帰国の際に、ドルマと、ケシュカルを連れて帰らせる事。そして、ペーター・メークヴーディヒリーベはその成功を足がかりに組織内での地位を上げて発言権を得、そのペーター・メークヴーディヒリーベの元で、ドルマとケシュカルにはチェディことテオドール・イリオンを探させ、彼が『都』の秘密を口外しないように説得し、あるいは『都』に連れ帰る、それがかなわぬなら……」
ペーター・メークヴーディヒリーベは、まるで残念そうでもない顔で、言い抜ける。
「……大変残念ですが、テオドール・イリオンには『呪い』を受けていただく。それが、当初の計画。モーセス・グース師範、あなたも、それは御存知のはず」
「もちろん、そのとおりです」
苦々しそうに、モーセスはペーター・メークヴーディヒリーベに答える。
「そして、拙僧はイリオンを探し、説得することまでは賛成しましたが、それ以上の事には反対であったことは、王子も、他の哀れみの主の同胞団員も承知の上でその計画を討議していた矢先に、ペーター少尉殿が書簡をお持ちである事が発覚し、今更イリオンを探し、説得しても意味が無い事が判明しました。この経緯は、御存知でしたか?」
「ええ、伺っております」
にこりと笑って、ペーター・メークヴーディヒリーベは言う。
「ですが、イリオンの事はともかく、ペーター・メークヴーディヒリーベがドイツに帰国した後、組織内で大きな発言権を得るべく努力する事は、ペーター・メークヴーディヒリーベ自身にも、この『都』にも、特になりこそすれ損になることはない、そうではありませんか?」
「それは、その通りです」
抑揚のなかったモーセスの声に、感情の色が見え始める。
「ペーター少尉殿が、ここでの経験をどのように報告されるにせよ、彼の組織のトップはこういった事にいたくご興味をお持ちだと以前より伺っておりますから、彼に、いえ」
モーセスはいくらか顔を上げ、ペーター・メークヴーディヒリーベを見つめる。
「あなたにとって、大変に喜ばしい結果になることでしょう」
「ええ、ええ、その通りです」
ペーターは、笑顔で頷く。
「私も、そう確信しています。この哀れみの主の地位も、それを後押しするに違いありません」
「ドルマとケシュカル君は、どうされるおつもりですか?当初の計画通り、連れて行かれるのですか?」
唐突に、モーセスは聞いた。何かを抑え込んだ、静かな声色で。
「その必要は、今すぐはないでしょう。いずれ、チェディの、いや、テオドール・イリオンの誤解は解かなければならないでしょうが、既に書簡が先祖遺産・古代知識の歴史と研究協会の上層部に出回っている以上、急ぐ理由は無くなりました。お話によれば『正式版』の書物が発行されるそうですから、イリオンの説得はそれに間に合えばよろしい。それに、ドルマもケシュカルも、むしろこの『都』でやっていただかなければならない仕事があります」
「ケシュカル君は、僧になるために、拙僧が寺院に連れて行きます」
食い気味に、モーセスはペーター・メークヴーディヒリーベの言葉に返した。
「その事は、王子にはお伝えしたはず。ペーター少尉殿に伝わっていなかったのなら仕方ないですが、ケシュカル君の身柄は拙僧の預かりです」
「それは出来ません」
手を広げて、ペーター・メークヴーディヒリーベはモーセスの言葉を遮る。
「貴き宝珠も、ケシュカルをいたくお気にいられた御様子。手放されるつもりは無いでしょう」
「……王子は、いずこに?」
モーセスは、立ち上がりながら、ペーター・メークヴーディヒリーベに聞いた。
「拙僧との約束を反故にされるというのであれば、それなりの理由を、直接伺わなければ、拙僧、何も腑に落ちません」
いかにも今すぐ部屋を出て貴き宝珠を探し始めそうな雰囲気を醸し出すモーセスに、ペーター・メークヴーディヒリーベは、
「お気をお鎮めください、師範」
笑顔を崩すことなく、モーセスを諫めようとする。
「貴き宝珠は今、精進潔斎していらっしゃいます。余人を近付けるなとの御下命です、何卒……」
がつうん。
Gew71の銃床の台尻が強く床を打つ音に、思わずペーター・メークヴーディヒリーベとモーセスの動きが止まる。
何事かと音の方を向いた二人――だけでなく、オーガストもだが――の視線を集めたユモは、床を打ったGew71を胡坐をかいた膝の上に置いて、言った。
「不毛な押し問答はどうでもいいわ。で?ケシュカルは、どこ?」
「……残念ですが、存じません」
ユモの、燃えるような碧の瞳に見据えられたペーター・メークヴーディヒリーベは、気圧されて、言う。
「寺院の奥の間で昼食を一緒に摂った後、疲れでも出たのでしょうか、ケシュカルはたいそう眠そうにしていましたので、王子の命により召使い達に連れられて休憩出来る部屋に移動しました。それ以降は、私も会っていません」
「寺院に居るのね?」
ユモの吊り気味の目にひたと見据えられたまま、が、ペーター・メークヴーディヒリーベは答える。
「私が最後にケシュカルを見たのは、確かに寺院でした。その後のことは分かりません」
ペーター・メークヴーディヒリーベはかぶりを振り、改めてユモに視線を戻す。
ユモの碧の瞳は、微動だにせずにペーター・メークヴーディヒリーベを見据えたまま、改めて聞いた。
「寺院に居るの?違う所?それとも、本当に知らないの?哀れみの主って言ったかしら?こんな事も把握出来てないなんて、聞いて呆れるわね」
「至らぬ限りでお恥ずかしい、穴があったら入りたいものです」
「入らなくて良いから。そんなくだらないことする暇があるなら、知ってる誰かを探して聞いてきたら?」
ユモの辛らつな言葉に、しかしペーター・メークヴーディヒリーベは気圧されはしつつも笑顔を崩さず、
「その通りですな。そう致しましょう。しばし、お待ちいただけますか?」
言って、立ち上がる。
「師範、少々お時間をいただいてもよろしいですか?」
「……いいでしょう」
座布団に腰を下ろしながら、モーセスも言う。
「ですが、あまり長く待つつもりはありません、ご承知置きのほどを」
「承知しております、さほどはお待たせしないつもりです」
会釈して、ペーター・メークヴーディヒリーベは一行の脇を通って扉に近づく。
「では……」
もう一度一行に会釈してから、ペーター・メークヴーディヒリーベは『謁見の間』を出た。
そう言って、ペーター・メークヴーディヒリーベは一行を部屋に、『謁見の間』に招き入れる。
部屋の大きさは5メートル四方ほど、華美にならない程度に飾り立てられた部屋には、既に客人三人分の座布団が用意されている。
「じゃあ、遠慮なく」
モーセスの後ろからするりと前に出たユモが、そう言うやいなや、襷掛けに担いでいたGew71を肩から外し、右の座布団に勢いよく腰を下ろす。
それを見て、やれやれといった感じで左の座布団に進んだオーガストも、
「では、お言葉に甘えて、失礼させていただきます」
言って、ゆっくりと腰を下ろす。
真ん中の座布団の前に進み出たモーセス・グースは、ペーター・メークヴーディヒリーベに一礼し、
「有難く、敷物を頂戴いたします」
合掌してから、座布団に座る。
「そう畏まられずとも」
ペーター・メークヴーディヒリーベは微笑んで、自分も腰を下ろす。
「モーセス・グース師範、階位の上では私はあなたと同格、同じ哀れみの主、しかしてあなたの方が先達でありますれば、畏まるのはむしろ私の方なのですから」
言葉とは裏腹に、畏まるそぶりなど見せず、ペーター・メークヴーディヒリーベはモーセスに言った、自分の羽織る外套、扉の外の二人の秘書官のものと同一のそれを広げながら。
「……光の使徒を授かったとは聞いていましたが……ペーター少尉殿、あなたは、貴き宝珠に帰順なされたのですね?しかし、哀れみの主になっていらしたとは……」
目を伏せたまま聞くモーセス・グースの声は、固い。
「はい」
嬉しそうに、ペーター・メークヴーディヒリーベは頷く。
「王子には、私を高く買っていただきました。身に余る光栄です」
「確かに、チベット人以外で哀れみの主に抜擢されるのは、拙僧の知る限り、拙僧に次いで二人目。そも、外国人が同胞団員になる事自体が希有ですから、王子はあなたを相当に高く買っているのは間違いないでしょう」
モーセス・グースは、やや俯いたまま、視線をペーター・メークヴーディヒリーベに据える。
「ペーター少尉殿、あなた自身も大変に優秀な事は拙僧も存じ上げております。そして、あなたには、あなた自身に負けず劣らずの、別の価値があります」
ペーター・メークヴーディヒリーベは、微笑みを絶やさぬまま、無言で話の続きを促す。
「あなたは、一介の宣教師に過ぎなかった拙僧とは違います。あなたは、今回の調査の結果として、幾許なりかの『都』あるいは『古の支配者』ないし『ユゴスキノコ』に関する情報を持ち出せば、あなたはきっと、あなたのお国の指導者の覚え目出度くなるでしょう。つまり、あなたは、ドイツ第三帝国の政治中枢に近づく事が出来ます。そして、それは、王子の求めるところでもあります」
モーセス・グースの声に抑揚はなく、それを聞くペーター・メークヴーディヒリーベの表情にも変化は無い。
「拙僧も、理解はしています。今までは、『都』の事は公になることは、運良くも避けられていました。それは、『都』の周囲の、信心深い民達あっての事。ナルブ閣下がこの地域を治めていらっしゃるのも、噂が広まっていないことを確認する為でもあります。ですが、これからは恐らく、違うでしょう。ドイツか、イギリスか、あるいは中国か、外国がこのチベットに深入りし、科学をもって調査を進めるなら、この『都』の秘密を守り通すことなど到底無理であろうと。ならば、調査の末端ではなく、それらの国の中枢に『都』の、同胞団の秘密を知る者を置けばよい、そのものを通じて、秘密を知る者と秘密自体をコントロールし、可能なら援助を引き出せば良い……」
「……まさしく、貴き宝珠も同じ事をおっしゃいました」
ペーター・メークヴーディヒリーベが、口を開いた。
「そもそもの計画は、このペーター・メークヴーディヒリーベの発掘を成功裏に終わらせ、帰国の際に、ドルマと、ケシュカルを連れて帰らせる事。そして、ペーター・メークヴーディヒリーベはその成功を足がかりに組織内での地位を上げて発言権を得、そのペーター・メークヴーディヒリーベの元で、ドルマとケシュカルにはチェディことテオドール・イリオンを探させ、彼が『都』の秘密を口外しないように説得し、あるいは『都』に連れ帰る、それがかなわぬなら……」
ペーター・メークヴーディヒリーベは、まるで残念そうでもない顔で、言い抜ける。
「……大変残念ですが、テオドール・イリオンには『呪い』を受けていただく。それが、当初の計画。モーセス・グース師範、あなたも、それは御存知のはず」
「もちろん、そのとおりです」
苦々しそうに、モーセスはペーター・メークヴーディヒリーベに答える。
「そして、拙僧はイリオンを探し、説得することまでは賛成しましたが、それ以上の事には反対であったことは、王子も、他の哀れみの主の同胞団員も承知の上でその計画を討議していた矢先に、ペーター少尉殿が書簡をお持ちである事が発覚し、今更イリオンを探し、説得しても意味が無い事が判明しました。この経緯は、御存知でしたか?」
「ええ、伺っております」
にこりと笑って、ペーター・メークヴーディヒリーベは言う。
「ですが、イリオンの事はともかく、ペーター・メークヴーディヒリーベがドイツに帰国した後、組織内で大きな発言権を得るべく努力する事は、ペーター・メークヴーディヒリーベ自身にも、この『都』にも、特になりこそすれ損になることはない、そうではありませんか?」
「それは、その通りです」
抑揚のなかったモーセスの声に、感情の色が見え始める。
「ペーター少尉殿が、ここでの経験をどのように報告されるにせよ、彼の組織のトップはこういった事にいたくご興味をお持ちだと以前より伺っておりますから、彼に、いえ」
モーセスはいくらか顔を上げ、ペーター・メークヴーディヒリーベを見つめる。
「あなたにとって、大変に喜ばしい結果になることでしょう」
「ええ、ええ、その通りです」
ペーターは、笑顔で頷く。
「私も、そう確信しています。この哀れみの主の地位も、それを後押しするに違いありません」
「ドルマとケシュカル君は、どうされるおつもりですか?当初の計画通り、連れて行かれるのですか?」
唐突に、モーセスは聞いた。何かを抑え込んだ、静かな声色で。
「その必要は、今すぐはないでしょう。いずれ、チェディの、いや、テオドール・イリオンの誤解は解かなければならないでしょうが、既に書簡が先祖遺産・古代知識の歴史と研究協会の上層部に出回っている以上、急ぐ理由は無くなりました。お話によれば『正式版』の書物が発行されるそうですから、イリオンの説得はそれに間に合えばよろしい。それに、ドルマもケシュカルも、むしろこの『都』でやっていただかなければならない仕事があります」
「ケシュカル君は、僧になるために、拙僧が寺院に連れて行きます」
食い気味に、モーセスはペーター・メークヴーディヒリーベの言葉に返した。
「その事は、王子にはお伝えしたはず。ペーター少尉殿に伝わっていなかったのなら仕方ないですが、ケシュカル君の身柄は拙僧の預かりです」
「それは出来ません」
手を広げて、ペーター・メークヴーディヒリーベはモーセスの言葉を遮る。
「貴き宝珠も、ケシュカルをいたくお気にいられた御様子。手放されるつもりは無いでしょう」
「……王子は、いずこに?」
モーセスは、立ち上がりながら、ペーター・メークヴーディヒリーベに聞いた。
「拙僧との約束を反故にされるというのであれば、それなりの理由を、直接伺わなければ、拙僧、何も腑に落ちません」
いかにも今すぐ部屋を出て貴き宝珠を探し始めそうな雰囲気を醸し出すモーセスに、ペーター・メークヴーディヒリーベは、
「お気をお鎮めください、師範」
笑顔を崩すことなく、モーセスを諫めようとする。
「貴き宝珠は今、精進潔斎していらっしゃいます。余人を近付けるなとの御下命です、何卒……」
がつうん。
Gew71の銃床の台尻が強く床を打つ音に、思わずペーター・メークヴーディヒリーベとモーセスの動きが止まる。
何事かと音の方を向いた二人――だけでなく、オーガストもだが――の視線を集めたユモは、床を打ったGew71を胡坐をかいた膝の上に置いて、言った。
「不毛な押し問答はどうでもいいわ。で?ケシュカルは、どこ?」
「……残念ですが、存じません」
ユモの、燃えるような碧の瞳に見据えられたペーター・メークヴーディヒリーベは、気圧されて、言う。
「寺院の奥の間で昼食を一緒に摂った後、疲れでも出たのでしょうか、ケシュカルはたいそう眠そうにしていましたので、王子の命により召使い達に連れられて休憩出来る部屋に移動しました。それ以降は、私も会っていません」
「寺院に居るのね?」
ユモの吊り気味の目にひたと見据えられたまま、が、ペーター・メークヴーディヒリーベは答える。
「私が最後にケシュカルを見たのは、確かに寺院でした。その後のことは分かりません」
ペーター・メークヴーディヒリーベはかぶりを振り、改めてユモに視線を戻す。
ユモの碧の瞳は、微動だにせずにペーター・メークヴーディヒリーベを見据えたまま、改めて聞いた。
「寺院に居るの?違う所?それとも、本当に知らないの?哀れみの主って言ったかしら?こんな事も把握出来てないなんて、聞いて呆れるわね」
「至らぬ限りでお恥ずかしい、穴があったら入りたいものです」
「入らなくて良いから。そんなくだらないことする暇があるなら、知ってる誰かを探して聞いてきたら?」
ユモの辛らつな言葉に、しかしペーター・メークヴーディヒリーベは気圧されはしつつも笑顔を崩さず、
「その通りですな。そう致しましょう。しばし、お待ちいただけますか?」
言って、立ち上がる。
「師範、少々お時間をいただいてもよろしいですか?」
「……いいでしょう」
座布団に腰を下ろしながら、モーセスも言う。
「ですが、あまり長く待つつもりはありません、ご承知置きのほどを」
「承知しております、さほどはお待たせしないつもりです」
会釈して、ペーター・メークヴーディヒリーベは一行の脇を通って扉に近づく。
「では……」
もう一度一行に会釈してから、ペーター・メークヴーディヒリーベは『謁見の間』を出た。
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