西王母の谷-金色にして漆黒の獣魔女、蝕甚を貫きて時空を渡る-Schlucht der Königinmutter des Westens

二式大型七面鳥

文字の大きさ
上 下
79 / 115
第五章-月齢28.5-

第5章 第78話

しおりを挟む
「……私に見えているものを、あなた方に理解出来るように伝えるのは、本当に難しいのです」
 少しだけ、困ったような顔で、『元君』は言う。
「あなた方は、この次元において『今』しか存在しない。それは、あなた方には『時間軸』は、存在は認められても認知も認識も出来ないから。でも、『時間軸』を含む、より高次の軸を認知出来る存在から見た場合……」
 少しだけ『元君』は言葉を選び、言葉を続ける。
「……『今』という瞬間に捕らわれることなく、『今』に連なる『過去』と『未来』を、ある程度の範囲、見える範囲で一様に『見下みおろす』事が出来る……言葉では表現出来ても、感覚としてこれを理解する事は、あなた方には困難でしょう」
「……待って、待って下さい、じゃあ……」
 言葉を咀嚼する事なく、そのままに受け取ったユモは、それが故の素朴な疑問を『元君』にぶつけた。
「あなたは、『元君』、あなたには、過去も未来も見えている、そういう事なのですか?」
「ゼロ次元を点、一次元を線、二次元を平面と仮定した場合に、三次元人からはそれぞれは有限の概念として理解できるけれど、それぞれの次元に住む住人が居ると仮定した場合には、それら住人からはその世界は無限の空間であって、っていう理屈をさらに一歩引いた視点から見た話、って理解で合ってる、のかな?」
 『元君』が答えるより前に、雪風が自分なりに咀嚼した解釈を披露した。
「高さ方向の軸を持つあたし達三次元人からは、下位の次元を『見下ろし』て理解する事が出来る。同様に、上位の四次元人からは、三次元を時間軸から『見下ろす』事が出来る……理屈は分かるけど、確かに感覚では理解出来ないわね。過去と未来が同時に今、存在するなんて」
 雪風は、言って、肩をすくめた。
「見えているけれどもう手の届かない過去、見えていても変えることの出来ない未来。より高次の存在ならば、それは当たり前なのでしょうけれど、受肉し、この時空間のことわりに縛られる私としては、それはもどかしく、歯痒いものでもあるの」
 『元君』は、自分を抱くようにしながら、言う。
「私に見えているのはごく近い範囲、極小の近過去と近未来を見下ろすことができるだけ。見下ろして、でも、何も出来ない。より人に似せて受肉した私の、それが限界なのでしょうね。あるいは、『偉大なる母Magna Mater』自身が、干渉することを欲しないからかも。『闇を彷徨さまようもの』の因子がもう少し強ければ、違ったかもしれないけれど」
 『元君』の視線は、ユモの胸元に向く。最初、ユモはそれを自分に向けたものと勘違いし、すぐに、それはニーマントに向けて示されたものだと理解した。
「……『闇を彷徨さまようもの』?」
 自分に向けられた言葉であることを察していたのだろうニーマントが、聞き返した。
「私がそうであるように、『暗黒の男』、『大いなる使者』、なんとなれば真の『赤の女王』、その因子を持つものであれば、必ず共感があるはずです。むしろ、これまでの、あなた方が言う『旅』の過程で、そのような経験があったのではなくて?」
 聞かれて、ユモと雪風は顔を見合わせる。
「……って、やっぱり……」
「……アイツのこと、よね……」
「……『彼』、ですな」
「……つまり『彼』は、そのような『存在』であったと?」
 雪風の呟きにユモが答え、ニーマントが補足し、それを受けてオーガストが確認する。
「確定だわね、そうなんでしょ?ニーマント?」
 ユモは、胸元のペンダント、輝かないアンシャイニング・多面体トラペゾヘドロンに問いただす。
「確かに、『彼』に対しては、私は誰に対しても感じたことのない親和性を感じていましたし、『彼』は私について、『彼』そのものかもしれない、というような事も言っていたと記憶しています」
「そう、あなたは、ミスタ・ニーマント、私の知る特定の『黒い男』にとても近しいと感じるの。私よりはるかに『時』を見通し、見下ろす力に長け、また、『』を渡る力にも長けた、私と近しく、でも相容れず、しかし同じように人類に興味を持つ、人に似せた体を受肉した『存在』。あなたがその『存在』と同一なのか、近しい別個体かは、そこまでは分からないけれど、そのような『存在』が、私よりはるかにそういった力に長けていたであろう『存在』が、どうして今のあなたのような『存在』になり得たのか……残念ね、あなたにはその記憶が無いのですものね」
「いずれ、思い出すことはあるやも知れません。あるいは、それを御存知のどなたかから聞き出せるかも。いずれにしろ、いつの日か、私がそれを知って、再びあなたにお会いする事が叶いましたならば、是非、お話しいたしましょう」
「是非、お願いするわ……ああ、その時が待ち遠しいわ。今すぐ、その未来が見通せればいいのに……」
 虚空を見上げ、熱に浮かされたような笑みを浮かべる『元君』の横顔は、可憐で、屈託が無かった。

「『元君』、お尋ねしても、よろしいかしら?」
 意を決したように、ユモが『元君』に聞く。
「その『時を見下ろす力』、その一端なりと、あたし達でも手に入れられるものなのでしょうか?」
 聞かれて、ユモに振り向いた『元君』の顔には、最前とは違う種類の笑みが浮かんでいた。
 それは、蠱惑的で、妖艶な、老若男女を問わず抗えない引力を持つ笑みだった。
「欲するのは自由。手に入れんとするのも自由。私は、何も邪魔はしないし、そそのかしもしない。でも、手に入ると約束することも出来ない……何を得るかはあなた次第だし、何も得ず、何かを、あるいは何もかも失うかもしれない」
 体ごと向き直り、ユモに数歩近づいて、『元君』は言う。
「それでも何かを得たいと欲するなら、御神木に触れてみると良いわ。私は止めも勧めもしないけれど……そうね、あなたはとても愛らしくて、聡明で、大好きだから、さっきの果実に祈ることを勧めるわ。かつて、そこのモーセス・グースがしたように」
 言って、『元君』はモーセス・グースに視線を流す。つられてそちらを見たユモは、モーセスが軽く会釈するのを見る。
「拙僧が助言することが許されるならば、その果物を口に含み、そして『御神木』に欲するものを願う事です。分相応な願いならば、幾許いくばくなりと願いは叶うでしょう」
「……分不相応な願いだったら?」
 ユモは、つい、そう聞いてしまう。
 聞いてしまうのを止められない。それは、期待からか、それとも不安からだったか。
「……」
 モーセスは、言葉で答えず、ただ、小さく首を横に振った。
 ユモは、そのモーセスから御神木に視線を移し、一度、深呼吸した。
「……ユキ、さっきの、一つ頂戴」
 腹を決めて、ユモは御神木を見つめたまま言って、雪風を見ずに左手だけを延ばす。
「……私の分をお使いなさると良いでしょう」
 雪風が何か言うより早く、ニーマントが言う。
「どうせ私には使いようがありません。ならば、ともに旅するユモさんの役に立つことこそが、私の望みであるとも言えます」
「やけに殊勝じゃない?……」
 視線を御神木から外さずに言ってから、ユモは、右手でペンダントを、輝かないアンシャイニング・多面体トラペゾヘドロンを服の上からそっと押さえる。
「……でも、有難く戴くわ」
「はいよ」
 右手の指を首の左にあるチョーカーに当てて小さく起動呪文コマンドワードを唱えていた雪風が、手に持った果実をユモに渡した。
「ありがとう」
 ユモは、その果実を左手で受け取る。その左手に、一歩近づいてきた雪風の左手が重なる。
 雪風が、ユモを後ろから抱くようにして、体を寄せ、左手だけで無く右手も、重ねた。
「……震えてるわよ」
 ユモの右肩越しに、雪風が囁く。
「怖い?」
「……そりゃあ……でも」
 ユモは、視線を御神木から離さない。
「この機会を逃すようじゃ、月の魔女、ユモ・タンカ・ツマンスカヤの名が泣くわ」
「魔女見習い、でしょ?」
「うさい」
 ちらりとだけ、ユモの視線が右後ろに流れる。
 ほんの一瞬、ユモと雪風の視線が、重なる。
「その魔女見習いに、お姉さんが力を貸してあげる……合体しましょ」
「え?」
「怖いのも、もしかしたら痛いのも、そういうのは全部、あたしが引き受けてあげる。だから、あんたは自分が欲しいものに集中すれば良い……それが、使い魔フェアトラートたるあたしの役目、でしょ?それに、あんたがこれで何か得られるんだったら、それはあたしにも得になる。だから、遠慮も何もなしよ」
「……うん、そうね」
 一瞬だけ考えて、ユモは答える。
「確かに、それが合理的だわ……じゃあ、そっち・・・は任せるわよ、使い魔一号フェアトラート・アインス!」
「おう!任しときな!」
 言いながら、二人はもう一度、ちらりと視線を合わせ、その視線はすぐに、共に御神木に向く。
「……オムニポテンス・アエテルネ・デウス……」
 もはや何度目かの、馴染んだ呪文。
 ユモはおろか雪風も、ごく自然に声を合わせ、何度目かの、より洗練された呪文を唱える。
「我、月の魔女ユモ・タンカ・ツマンスカヤ」
「我、月の魔女が使い魔フェアトラートたる滝波雪風」
「我ら共に、精霊の力を借りて思いを成し遂げんと欲す……」
 名乗りのみ互いに、それ以外は声を揃えて呪文を唱えるユモと雪風は、呪文の最後の一節を浪々と、歌い上げるように地下空間のエーテルに響かせた。
「精霊よ!二人の友情バロームに基づき、二人の力と体をあざないたまえ!我ら望むは新たな魔女!月に導かれしけものの魔女!我がまじないは岩をも砕き!我が拳は岩をも貫く!友情を糾えバローム・クロース!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

転生しても山あり谷あり!

tukisirokou
ファンタジー
「転生前も山あり谷ありの人生だったのに転生しても山あり谷ありの人生なんて!!」 兎にも角にも今世は “おばあちゃんになったら縁側で日向ぼっこしながら猫とたわむる!” を最終目標に主人公が行く先々の困難を負けずに頑張る物語・・・?

処理中です...