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第五章-月齢28.5-
第5章 第75話
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強いコントラストかつモノトーンのその光景は、神秘的であり、幻想的であり、そしてどこか蠱惑的でもあった。
どのようにして光を導いているのか、高さのはっきりしない天井の一点から振り下ろす光の柱に照らされているのは、一本の、さほど大きくもなく、一枚の葉もついていない、節くれだった幹から無数の枝を伸ばす枯れ木であった。
その枯れ木は、錯視なのだろうか、ふと見ると、あるいはじっと見ていると、後ろ手に縛られ、膝をついて俯き、しかし髪は猛り狂う女の姿のようでもあり、そしてそう思って瞬きするとただの枯れ木にしか見えない、そのような不思議なものであった。
天井からの光は枯れ木とその周囲にのみ降り注がれ、果たしてこの空間がどれほどの広さを持つのか、あるはずの壁面は全く光が差さず、見えない。
だからといって空間全体に光が届いていないわけではないことに、ユモも雪風も気付いてはいた。現に、下りトンネルを抜けた一行は互いの姿は、互いにきちんと確認出来ている。そして、今、自分達が出てきた下りトンネルの出口から、恐らくはそれが『御神木』なのであろうその枯れ木まで、目測でおよそ十メートル。『御神木』とやらが部屋の中心にあるのだとしたら、つまり、この空間は半径十メートルほどの広さなのであろう、ユモと雪風、そしてオーガストはそのようにあたりを付けた。
「……こういうの、あたしは、割と嫌いじゃないわ」
下りトンネルを抜けて、出し抜けに現れた光景に目を奪われていたユモの横で、雪風が小声で呟く。
「水墨画っぽくて渋くて。で、差し色の紅が凄く映える。はっきり言って、好きだわ」
雪風の視線は、その枯れ木の根元に横座りになった『差し色』の、赤いドレスの女を捉えている。
「お気に召しましたか?」
ユモと雪風の後ろから、モーセス・グースが言う。
「あれこそが『御神木』。そして、これは僥倖、そこに御座しますは『元君』、『赤の女王』その人です」
「で、そこに突っ伏してるのはドルマさんね?」
ユモが、『元君』の赤いドレスに抱きとめられている人影を見て、付け足す。
「いかにも、そのようです」
「どうかしたのかな?」
再度頷いたモーセスに聞くともなく、雪風もドルマを見て呟く。なんとなれば、その様子は、どう見てもドルマが『元君』に泣きついているようにしか見えなかった。
そのドルマが、ゆっくりと体を起こす。まるで幽鬼のようにゆらりと立ち上がると、一行のいる方に向かって歩き出す、左右の目尻を交互に右手で拭いながら。
「……」
ドルマに続いて立ち上がった『赤の女王』は、慈愛に満ちた眼差しでそれを見送りつつも、しかし何も、声をかける事はない。
「……決心がつきました」
ふと足を停めたドルマが、前を向いたまま、言う。俯いていた顔を上げ、胸を張って。
「もう、大丈夫です、『元君』。ありがとうございました」
大丈夫と言いつつ微かに震える声で言ったドルマのその顔は、逆光になってよく見えない。ただ、わずかに、口元だけが、薄笑いのように口角が上がっていることだけは、一行にもなんとか見て取れた。
再び歩き出したドルマは、一行の横を通り過ぎる、誰に向けたものか、一度だけ、軽く会釈して。
トンネルを上り、見えなくなるまで、一行はドルマを見送る。モーセス・グースが、立ち止まったままのユモと雪風を追い越して、『元君』の前に進み出る。
「ドルマは、いかが致しましたか?」
問われて、『元君』は目を細める。
「懺悔室で聞いた事は、他言無用。そうではなくて?」
「……では……」
「それ以上は野暮よ」
「御意」
モーセスは、一度頭を垂れ、改めて、言う。
「このモーセス・グース、『元君』におかれましては、『来訪者』にお目通り賜りたく、お願い申し上げます」
「あいかわらず、お堅いこと。ええ、もちろんよろしくてよ」
数歩、『赤の女王』は前に出る。
「ご紹介戴けるかしら?」
小首を傾げ、頬に当てた左手の小指を口元に、その紅い口元は妖艶かつ蠱惑的に微笑みを湛える
――これは……この人は……――
モーセスと『赤の女王』が言葉を交わしている間にその近くに歩み寄っていたユモは、『赤の女王』を見つめて、感じ、思う。
――……段違いに、ヤバい。『山羊女』なんか目じゃない。けど、害意が全く感じられない。でも……――
思わず、ユモは隣に立つ雪風の手を探し、掴み、握る。
雪風の手が、そのユモの手に指を絡ませ、握り返す。
雪風の手から、指から、雪風の緊張がユモに伝わる。同じ事を思っている、ユモには、言葉にせずとも、顔を見なくても、それが分かる。
――……でも、この放射閃は……――
「こちらは、『福音の少女』、ユモさんとユキさん、それから、オーガスト・モーリーさん、アメリカ合衆国陸軍中佐です、そして」
モーセス・グースは、一瞬だけもったいぶってから、続けた。
「ミスタ・ニーマントです」
「ミスタ・ろくでなし?」
驚いたようにも、疑問を持ったようにも、あるいは面白がっているようにも見える、少しだけ目を大きく開いた顔で、『赤の女王』は聞き返す。
「お初にお目にかかります、『赤の女王』。私が、エマノン・ニーマントです」
『赤の女王』に聞かれてユモが胸元から引き出したペンダントから、声がした。
「まあ……まあ、まあ!」
『赤の女王』は、実に楽しそうに、相好を崩す。
「なんという事かしら……そういう事なのね」
するりと、『赤の女王』は、輝かない多面体に近いところの鎖を持ってぶら下げているユモに歩み寄り、掌でそっと輝かない多面体を持ち上げ、顔を寄せる。
「なんと不思議なのでしょう、こんな事を成せる何者かがこの世界に存在するなんて、なんとこの世界は興味深いのかしら。貴女が、これを成したのかしら?」
「いいえ」
紅い瞳で、真っ直ぐにユモの目を見て尋ねた『赤の女王』に、その視線を真っ向から受け、視線をずらさずに小さく首を横に振る。
「あたしではなく、恐らくはあたしのママが成したのでしょう」
言って、ユモは深く一呼吸し、言葉を繋ぐ。
「あたしは、ユモ。ユモ・タンカ・ツマンスカヤ。メーリング村の魔女見習い、ユモ。ママの名はリュールカ・ツマンスカヤ、大魔女リュールカ。偉大なる先祖の名はエイボン、畏れ多き始祖の名はマーリーン。はじめまして、『赤の女王』。お見知りおきを」
ワンピースのスカートをつまんで、ユモは軽く膝を折る。この地に来て初めて、ユモは自分の正しい名前を名乗った。それは、この相手には、嘘も隠し事も通用しない、するべきではない、そう判断した事の証左であった。
「こちらこそ。私の事は、呼びたいように呼んで戴いて結構ですよ、我が嬰児、小さな魔女さん」
『赤の女王』の表情は、視線は、慈愛に満ちている。
「出来れば『元君』とか『王母』と呼んで下さると嬉しいわ。気にいっているの」
言って、『元君』は目を細める。
「承知しました、元君」
ユモは、素直に言うことを聞いた。そう言う時のユモは、相手の力量が自分を明らかに上回っている、反抗すべき相手ではない、むしろ敬うべき相手である、敬うに値する相手である事に魔女としての本能的に気付いているのだと、手を繋いだままの雪風は既に理解しているし、繋いだ手からはユモの緊張がありありと伝わってくる。
――……そうよ。この放射閃は……――
努めて平静を装いつつ、ユモは思う。
――……『奴』の、『彼』のそれに、要所要所で似てるのよ……――
「……魔女、ですと?」
「そうですよ、モーセス・グース……ああ、お坊様、牧師様としては、相容れないのかしら?」
「いえ、そのようなことでは……しかし……」
モーセス・グースの表情からは、突然の告白に驚いたという驚愕と、どうしたものか、どうしていいかわからない、その内心の葛藤が如実に読み取れた。
「隠し通さなくて、良かったのですか?」
オーガストが、ユモの肩越しに後ろから尋ねる。
「人として、相手の真摯な態度に答えないことは出来ない、みたいな事先に言ったのはあんたよ、オーガスト?」
ユモは、肩越しに軽く振り向き、流し目でオーガストを見上げて答える。
「それに、そろそろ潮時でしょうし。でしょ?ユキ?」
「残りきっかり丸一日、かしら?」
聞かれて、種族的本能として月齢が読める雪風が答える。
「ただし、あたしに分かるのは月齢であって、日蝕とは限らないけどね」
「それは、一体……」
「あたし達の時空跳躍は、日蝕をきっかけに起こるんです」
モーセスの呟くような問いに、雪風が続けて答え、ユモがその先を引き継ぐ。
「日蝕の間だけ、ニーマントは時空跳躍が出来る。正確には、入り口が開いて、行き先を決めることが出来る、かしら?」
「その通りです」
ニーマントが、首肯する――首があれば。
「そして、出た先はいつのどこで、次の日蝕までどれくらい時間があるかは出てみないと分からない。この旅って、どうもそういうルールらしいんです」
「なんと……」
「モーセス、一体何のお話しなのか、教えて下さる?」
「御意に」
ニーマントを掌に載せたまま、顔を向けて尋ねた『赤の女王』に、モーセスが小さく一礼して説明する、
「ユモさんとユキさん、お二人は、こことは異なる時間、異なる場所から出発され、途中いくつかの時と場所を訪れてからここにいらした、言うなれば時空渡航者でいらっしゃいます。俄には信じがたい話ではありますが、しかしながら、このモーセス・グースは、その事は全くもって事実であると信じるものであり、そして、その事実と、お二人の計り知れぬ聡明さをもって、ペーター少尉殿が名付けられた『福音の少女』とは、言い得て妙であると思う次第であります」
「……そういう事なのね?」
『赤の女王』は、掌の上のニーマントに向けて尋ねる。
「お二人と私が如何にしてここに至ったかについては、おおよそその通りです」
ニーマントは、即答する。
「『福音の少女』というのは?」
「その呼び方は止してほしいわ」
『赤の女王』が重ねた問いに、ユモが答える。
「荷が勝ちすぎってものだもの」
暫時、『赤の女王』はそのユモの目を見つめ、ふっと微笑んで、ニーマントから手を離す。
「小さな魔女さんは謙虚ですのね」
わずかに背を丸め、少しだけユモの目線に高さを合わせていた『赤の女王』は、背を伸ばして、雪風に向く。その目線は、雪風よりほんの少しだけ、高い。
「そして、あなたは?」
「あたしは……」
その『赤の女王』の紅い目と視線が合った時、雪風の背筋にぞくりとしたものが流れた。
敵ではない、敵意はまるで感じられない。しかし、万一敵対したとしたら、今の自分では手も足も出ない、まるで歯が立たない、雪風はそれを一瞬で理解した。
今度は、雪風が、ユモの手を強く握る番だった。
「……あたしは、滝波 雪風。肩書きは、ありません。ただの中学生だし」
「……あら」
雪風の名乗りを聞いて、一拍置いてから、『赤の女王』が言った。
「中学生というのがよくわからないけど、ただの、ではないのでしょう?あなたの中にも、小さな魔女さんとは違うけど、いろんな力が眠っているのが分かるもの……ああ、これは、あなたは、イグの眷属か、それとも遠い末裔なのかしら?」
「……イグ?」
雪風とユモの聞き返す声が、ハモった。
どのようにして光を導いているのか、高さのはっきりしない天井の一点から振り下ろす光の柱に照らされているのは、一本の、さほど大きくもなく、一枚の葉もついていない、節くれだった幹から無数の枝を伸ばす枯れ木であった。
その枯れ木は、錯視なのだろうか、ふと見ると、あるいはじっと見ていると、後ろ手に縛られ、膝をついて俯き、しかし髪は猛り狂う女の姿のようでもあり、そしてそう思って瞬きするとただの枯れ木にしか見えない、そのような不思議なものであった。
天井からの光は枯れ木とその周囲にのみ降り注がれ、果たしてこの空間がどれほどの広さを持つのか、あるはずの壁面は全く光が差さず、見えない。
だからといって空間全体に光が届いていないわけではないことに、ユモも雪風も気付いてはいた。現に、下りトンネルを抜けた一行は互いの姿は、互いにきちんと確認出来ている。そして、今、自分達が出てきた下りトンネルの出口から、恐らくはそれが『御神木』なのであろうその枯れ木まで、目測でおよそ十メートル。『御神木』とやらが部屋の中心にあるのだとしたら、つまり、この空間は半径十メートルほどの広さなのであろう、ユモと雪風、そしてオーガストはそのようにあたりを付けた。
「……こういうの、あたしは、割と嫌いじゃないわ」
下りトンネルを抜けて、出し抜けに現れた光景に目を奪われていたユモの横で、雪風が小声で呟く。
「水墨画っぽくて渋くて。で、差し色の紅が凄く映える。はっきり言って、好きだわ」
雪風の視線は、その枯れ木の根元に横座りになった『差し色』の、赤いドレスの女を捉えている。
「お気に召しましたか?」
ユモと雪風の後ろから、モーセス・グースが言う。
「あれこそが『御神木』。そして、これは僥倖、そこに御座しますは『元君』、『赤の女王』その人です」
「で、そこに突っ伏してるのはドルマさんね?」
ユモが、『元君』の赤いドレスに抱きとめられている人影を見て、付け足す。
「いかにも、そのようです」
「どうかしたのかな?」
再度頷いたモーセスに聞くともなく、雪風もドルマを見て呟く。なんとなれば、その様子は、どう見てもドルマが『元君』に泣きついているようにしか見えなかった。
そのドルマが、ゆっくりと体を起こす。まるで幽鬼のようにゆらりと立ち上がると、一行のいる方に向かって歩き出す、左右の目尻を交互に右手で拭いながら。
「……」
ドルマに続いて立ち上がった『赤の女王』は、慈愛に満ちた眼差しでそれを見送りつつも、しかし何も、声をかける事はない。
「……決心がつきました」
ふと足を停めたドルマが、前を向いたまま、言う。俯いていた顔を上げ、胸を張って。
「もう、大丈夫です、『元君』。ありがとうございました」
大丈夫と言いつつ微かに震える声で言ったドルマのその顔は、逆光になってよく見えない。ただ、わずかに、口元だけが、薄笑いのように口角が上がっていることだけは、一行にもなんとか見て取れた。
再び歩き出したドルマは、一行の横を通り過ぎる、誰に向けたものか、一度だけ、軽く会釈して。
トンネルを上り、見えなくなるまで、一行はドルマを見送る。モーセス・グースが、立ち止まったままのユモと雪風を追い越して、『元君』の前に進み出る。
「ドルマは、いかが致しましたか?」
問われて、『元君』は目を細める。
「懺悔室で聞いた事は、他言無用。そうではなくて?」
「……では……」
「それ以上は野暮よ」
「御意」
モーセスは、一度頭を垂れ、改めて、言う。
「このモーセス・グース、『元君』におかれましては、『来訪者』にお目通り賜りたく、お願い申し上げます」
「あいかわらず、お堅いこと。ええ、もちろんよろしくてよ」
数歩、『赤の女王』は前に出る。
「ご紹介戴けるかしら?」
小首を傾げ、頬に当てた左手の小指を口元に、その紅い口元は妖艶かつ蠱惑的に微笑みを湛える
――これは……この人は……――
モーセスと『赤の女王』が言葉を交わしている間にその近くに歩み寄っていたユモは、『赤の女王』を見つめて、感じ、思う。
――……段違いに、ヤバい。『山羊女』なんか目じゃない。けど、害意が全く感じられない。でも……――
思わず、ユモは隣に立つ雪風の手を探し、掴み、握る。
雪風の手が、そのユモの手に指を絡ませ、握り返す。
雪風の手から、指から、雪風の緊張がユモに伝わる。同じ事を思っている、ユモには、言葉にせずとも、顔を見なくても、それが分かる。
――……でも、この放射閃は……――
「こちらは、『福音の少女』、ユモさんとユキさん、それから、オーガスト・モーリーさん、アメリカ合衆国陸軍中佐です、そして」
モーセス・グースは、一瞬だけもったいぶってから、続けた。
「ミスタ・ニーマントです」
「ミスタ・ろくでなし?」
驚いたようにも、疑問を持ったようにも、あるいは面白がっているようにも見える、少しだけ目を大きく開いた顔で、『赤の女王』は聞き返す。
「お初にお目にかかります、『赤の女王』。私が、エマノン・ニーマントです」
『赤の女王』に聞かれてユモが胸元から引き出したペンダントから、声がした。
「まあ……まあ、まあ!」
『赤の女王』は、実に楽しそうに、相好を崩す。
「なんという事かしら……そういう事なのね」
するりと、『赤の女王』は、輝かない多面体に近いところの鎖を持ってぶら下げているユモに歩み寄り、掌でそっと輝かない多面体を持ち上げ、顔を寄せる。
「なんと不思議なのでしょう、こんな事を成せる何者かがこの世界に存在するなんて、なんとこの世界は興味深いのかしら。貴女が、これを成したのかしら?」
「いいえ」
紅い瞳で、真っ直ぐにユモの目を見て尋ねた『赤の女王』に、その視線を真っ向から受け、視線をずらさずに小さく首を横に振る。
「あたしではなく、恐らくはあたしのママが成したのでしょう」
言って、ユモは深く一呼吸し、言葉を繋ぐ。
「あたしは、ユモ。ユモ・タンカ・ツマンスカヤ。メーリング村の魔女見習い、ユモ。ママの名はリュールカ・ツマンスカヤ、大魔女リュールカ。偉大なる先祖の名はエイボン、畏れ多き始祖の名はマーリーン。はじめまして、『赤の女王』。お見知りおきを」
ワンピースのスカートをつまんで、ユモは軽く膝を折る。この地に来て初めて、ユモは自分の正しい名前を名乗った。それは、この相手には、嘘も隠し事も通用しない、するべきではない、そう判断した事の証左であった。
「こちらこそ。私の事は、呼びたいように呼んで戴いて結構ですよ、我が嬰児、小さな魔女さん」
『赤の女王』の表情は、視線は、慈愛に満ちている。
「出来れば『元君』とか『王母』と呼んで下さると嬉しいわ。気にいっているの」
言って、『元君』は目を細める。
「承知しました、元君」
ユモは、素直に言うことを聞いた。そう言う時のユモは、相手の力量が自分を明らかに上回っている、反抗すべき相手ではない、むしろ敬うべき相手である、敬うに値する相手である事に魔女としての本能的に気付いているのだと、手を繋いだままの雪風は既に理解しているし、繋いだ手からはユモの緊張がありありと伝わってくる。
――……そうよ。この放射閃は……――
努めて平静を装いつつ、ユモは思う。
――……『奴』の、『彼』のそれに、要所要所で似てるのよ……――
「……魔女、ですと?」
「そうですよ、モーセス・グース……ああ、お坊様、牧師様としては、相容れないのかしら?」
「いえ、そのようなことでは……しかし……」
モーセス・グースの表情からは、突然の告白に驚いたという驚愕と、どうしたものか、どうしていいかわからない、その内心の葛藤が如実に読み取れた。
「隠し通さなくて、良かったのですか?」
オーガストが、ユモの肩越しに後ろから尋ねる。
「人として、相手の真摯な態度に答えないことは出来ない、みたいな事先に言ったのはあんたよ、オーガスト?」
ユモは、肩越しに軽く振り向き、流し目でオーガストを見上げて答える。
「それに、そろそろ潮時でしょうし。でしょ?ユキ?」
「残りきっかり丸一日、かしら?」
聞かれて、種族的本能として月齢が読める雪風が答える。
「ただし、あたしに分かるのは月齢であって、日蝕とは限らないけどね」
「それは、一体……」
「あたし達の時空跳躍は、日蝕をきっかけに起こるんです」
モーセスの呟くような問いに、雪風が続けて答え、ユモがその先を引き継ぐ。
「日蝕の間だけ、ニーマントは時空跳躍が出来る。正確には、入り口が開いて、行き先を決めることが出来る、かしら?」
「その通りです」
ニーマントが、首肯する――首があれば。
「そして、出た先はいつのどこで、次の日蝕までどれくらい時間があるかは出てみないと分からない。この旅って、どうもそういうルールらしいんです」
「なんと……」
「モーセス、一体何のお話しなのか、教えて下さる?」
「御意に」
ニーマントを掌に載せたまま、顔を向けて尋ねた『赤の女王』に、モーセスが小さく一礼して説明する、
「ユモさんとユキさん、お二人は、こことは異なる時間、異なる場所から出発され、途中いくつかの時と場所を訪れてからここにいらした、言うなれば時空渡航者でいらっしゃいます。俄には信じがたい話ではありますが、しかしながら、このモーセス・グースは、その事は全くもって事実であると信じるものであり、そして、その事実と、お二人の計り知れぬ聡明さをもって、ペーター少尉殿が名付けられた『福音の少女』とは、言い得て妙であると思う次第であります」
「……そういう事なのね?」
『赤の女王』は、掌の上のニーマントに向けて尋ねる。
「お二人と私が如何にしてここに至ったかについては、おおよそその通りです」
ニーマントは、即答する。
「『福音の少女』というのは?」
「その呼び方は止してほしいわ」
『赤の女王』が重ねた問いに、ユモが答える。
「荷が勝ちすぎってものだもの」
暫時、『赤の女王』はそのユモの目を見つめ、ふっと微笑んで、ニーマントから手を離す。
「小さな魔女さんは謙虚ですのね」
わずかに背を丸め、少しだけユモの目線に高さを合わせていた『赤の女王』は、背を伸ばして、雪風に向く。その目線は、雪風よりほんの少しだけ、高い。
「そして、あなたは?」
「あたしは……」
その『赤の女王』の紅い目と視線が合った時、雪風の背筋にぞくりとしたものが流れた。
敵ではない、敵意はまるで感じられない。しかし、万一敵対したとしたら、今の自分では手も足も出ない、まるで歯が立たない、雪風はそれを一瞬で理解した。
今度は、雪風が、ユモの手を強く握る番だった。
「……あたしは、滝波 雪風。肩書きは、ありません。ただの中学生だし」
「……あら」
雪風の名乗りを聞いて、一拍置いてから、『赤の女王』が言った。
「中学生というのがよくわからないけど、ただの、ではないのでしょう?あなたの中にも、小さな魔女さんとは違うけど、いろんな力が眠っているのが分かるもの……ああ、これは、あなたは、イグの眷属か、それとも遠い末裔なのかしら?」
「……イグ?」
雪風とユモの聞き返す声が、ハモった。
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