西王母の谷-金色にして漆黒の獣魔女、蝕甚を貫きて時空を渡る-Schlucht der Königinmutter des Westens

二式大型七面鳥

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第四章-月齢27.5-

第4章 第43話

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「さて!」
 コーヒーと、お茶請けのキャンディズーシヒカイテンチョコレートショコラーデも補給して元気いっぱいで立ち上がったユモは、居並ぶ一同に宣言する。
「じゃあそろそろ、その『シャンバラ遺跡』とやらに行ってみましょうか?」
「そういうのは、後片付け済ましてから言って欲しいもんだわね」
 コーヒーの出がらしを埋め、煮出しに使った布袋をすすぎ、飯盒その他を洗って背嚢トーニスタに括り付けている最中の雪風が、当然の事のように場を仕切っているユモに不平を漏らす。
 が、ユモはそんな雪風の呟きは断固として背中で聞き捨て、改めて一同を見まわし、そして、気付く。
「ケシュカル、どうかした?」
 心なしか、身を固くしていたケシュカルは、ぎこちない笑顔をユモに向ける。
「大丈夫、何でもない」
「……怖くなった?」
 ケシュカルの心を見透かした雪風が、背嚢トーニスタを担ぎながら声をかける。
「……うん、少し。怖いというか、不安。だけど、行かなきゃ」
 ケシュカルの目力は、強い。
「聞きたいこと、いっぱいあるし」
「その意気よ」
 結構な重量の背嚢トーニスタを背負いながら、雪風は即座に返す。
「それでこそ、男の子」
「……あんな少女に、ああ言われては、奮起するしかありませんね」
 その様子を、ポンチョツェルトバーンその他を畳みながら見ていたオーガストは、穴を掘って焚火の燃えかすを埋めていたペーター少尉にそう呟く。
「確かに。我ながら『福音の少女』とはよくぞ言ったり、と思います」
「福音の少女?」
「私が勝手にそう呼んでいるだけですが、彼女たちは、私にとっては福音そのものに思えるのです」
「なるほど……いや、私にとっても、恩人であり、そうですね、『福音』というの言い得て妙かもしれません」
「是非、そのあたりを、いずれ詳しくうかがいたいものです」
 雑嚢ブロートボイテルを肩にかけて立ち上がったペーター少尉が、オーガストに言った。
「国家やイデオロギーに関係なく、『福音の少女』によって繋がれた者同士として」
 オーガストに向けたペーター少尉の笑顔には、一点の曇りもなかった。

「……あら、お出迎えかしら?」
 これだけのギャラリーの手前、行きのように雪風に抱えられて一息で崖を駆け下るというわけには行かず、さりとて自分の足で下るのも大変、というわけで結局雪風におんぶされた状態の――当然、雪風は背嚢トーニスタを前に抱えている――ユモは、行き先の『みやこ』の入り口付近に人影を見つけて、呟いた。
「つかさ、異様にでっかくね?」
「大きいわよね、人並み外れて」
 この状態でユモに見えるものが、雪風に見えないわけはない。
「あれは、モーセス・グース師ですね」
 もちろん、身長で雪風を上回るペーター少尉にも、オーガストにも、雪風よりわずかに低いドルマにも、その姿は見えている。
「はい。しかし、モーセス師範ロードがこの時間に『都』の外に出られるとは」
「……今ひとつ要領を得ないのですが?」
 互いに解って話をしているペーター少尉とドルマに疎外感を感じて、オーガストは一言割って入る。
「ああ、これは失礼しました、中佐」
 オーガストに向き直って、ペーター少尉は説明する。
「この『都』、これから我々が向かう、あの巨大な井戸のようなものの地下にある地下都市ですが、我々の常識からおよそ半日、時間帯がずれておりまして。そして、あそこにいらっしゃるのは、ラマ僧、モーセス・グース師です」
「ラマ僧、ですか?」
 オーガストは、目をこらす。
「しかし、名前にしても、背格好にしても、チベット人には……」
「グース師は、英国人だと伺っています。この地でチベット密教に帰依されたのだとか」
「では、その『都』というのは、密教の施設なのですか?」
「いえ、私の知る限りではそうではないようですが……」
 オーガストに聞かれて、ペーター少尉は自分でも自信が持てず、無意識に視線をドルマに流す。
「確かに、お上人さまラマも幾人かいらっしゃいます」
 ドルマは、ペーター少尉の視線の意味を汲み取って、説明する。
「ですが、『都』自体は、地上のどの宗教とも関連を持ちません。どのような思想をお持ちであっても、認められた方であれば立ち入ることを許される、そういう場所です」
「論争が起きたりはしないのですか?その……」
 オーガストが、質問を重ねる。
「おっしゃりたいことは解ります」
 笑顔で、ドルマは答える。
「討論は頻繁に行われますが、論争は起こりえません。そもそも『都』に招かれる人は、それなりの人格者であり、知恵者であるはずです。ですから、そのような無意味な諍いいさかいは起こりえません」
 そして、ドルマは笑顔を苦笑に変える。
「と言っても、私も『都』に出入りするようになって大変日が浅くて、実際にその場に居合わせた事はまだありませんし、討論に参加するような知恵も知識も無いのですけれど」
「なるほど……」
 オーガストは、顎に手を当てて唸る。
「……そうすると、私など門前払いされるかも知れませんな」
「何バカなこと言ってるのよ」
 雪風の背中から降りて先頭を歩くユモが、振り返って、オーガストに言い切った。
あの現場・・・・の目撃者なんだから、同行してもらうに決まってるでしょ?」

「お待ちしておりました、ユモ嬢、そしてユキ嬢。ケシュカル君も、よく戻られましたね。それから、おはようございます、ペーター少尉殿」
 地下都市の入口の一つの前に立っていたモーセス・グースは、そう言って相好を崩す。それに合わせるように、一同もそれぞれに礼を返す。
「こんなに早く、ケシュカル少年も見つけて戻られるとは。お見事としか言いようがありません。さすがは『福音の少女』と言ったところですか」
「止めて頂戴」
 ぴしゃりとおべっかに言い返してから、ユモもモーセスに笑顔を返す。
「お出迎えいただいてありがとうございます。でも、よく、あたし達が着くタイミングが解ったわね?」
「『赤の女王』から教えていただきました」
 何でもないことのように、モーセスはユモの質問に答える。
「赤の、女王?」
「……って?不思議の国のアリスに出て来る奴?」
「多分それはハートの女王クイーン オブ ハートね」
 雪風のマジだがボケだか分かりづらい相槌を、ユモは雑に流す。
「『赤の女王』は何でも御存知です。いずれ後ほどお目通りがかなうと思います。ところで、そちらのお方は?」
 モーセスの視線は、オーガストに注がれている。
「オーガスト・モーリー、アメリカ軍の軍医さん。中佐殿よ」
 紹介したユモに尋ねられ、オーガストは口を開く。
「米陸軍軍医中佐、オーガスト・モーリーです」
 オーガストは、右手を差し出す。
「拙僧はモーセス・グースと申します」
 軽く合掌して頭を下げてから、モーセスはその右手を取る。
「して、モーリー殿も、『都』に?」
 モーセスは、オーガストから外した視線をユモに下ろして、聞く。
「もちろんよ」
「さて……」
 額から頭のてっぺんまでなで上げて、モーセスはため息をつく。
「……拙僧の一存で決めて良いものか。そもそも『都』には、それなりの『高潔な魂』を持つと皆が認めた方のみ招待しておりますゆえ」
「高潔な魂?」
「皆って?」
 ユモと雪風が、同時に疑問を口にする。
「……我々と共に、真理を探究する意欲と、その下地となる知識、苦難を恐れず成し遂げようとする信念、それに、得たものを広く世のために生かそうとする謙虚さ、そういった心根の持ち主であるか否か、という事です。そしてそれは、当人のそれまでの行いを我々の中の複数名が見聞し、討議して決定するのですが……」
「オーガストについては、誰も、何の見識も持ち合わせていない、だから判断が出来ない。そういう事ね?」
 言葉に詰まったモーセスの言いたいことを、ユモが代弁する。
「その通りです。モーリー殿、申し訳ありませんが、私の一存であなたを今すぐ『都』に案内するというわけには……」
「そうは行かないわ」
 ユモが、モーセスの言葉を遮る。
「だって、オーガストは、モーセスさん、あんたが知りたい事を教えてくれるんだから」
「……どういう事ですか?」
 流石にユモの意図するところを図りかねて、モーセスはユモに聞き返す。
「簡単よ」
 にまりと笑って、ユモは答える。
「オーガストは、昨日のあの時・・・ここで何があったか、見てたんだから」
 モーセス・グースの双眸が、カッと見開かれた。それは、ケシュカルが小さな悲鳴と共に身を固くし、ドルマでさえ思わず息を呑んだほどの迫力のある顔面、それはまさに、『智の経典』を守護する羅刹のそれだった。
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