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第三章-月齢26.5-
第3章 第27話
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「有益、ですって?」
ユモは、額の汗を手の甲で拭いながら、聞く。
「はい。先ほど、ユモさんの剣を持ち出したのは偶然だと申し上げましたが、あの剣が只者ではないことは拙僧にもわかります」
「ただの古い銃剣よ。そりゃ、あたし用にパパに磨いてもらったりはしてあるけど」
ユモの銃剣は、先端以外は刃を潰してあり、刀身は磨き上げた上に銀メッキ――銀は源始力との相性が非常に良い――を施してある、一見すると装飾用のそれである。
「もちろん、そうなのでしょう。しかし、ただならぬ気配を放っていたことも事実。それがわからぬ拙僧でもありません」
自我、あるいはそれに近い原始的な意識のようなものを持ついわゆる妖刀の類いであれば、それとわかる放射閃を放っている事もあるが、ユモの銃剣はあくまで魔法を使うための道具に過ぎず、放射閃を放つこともなければ源始力を内包する事もない、はずだった。
だが、この時空跳躍の旅の途中で、雪風が木刀を乗り移らせることが度々あり、最近ではその木刀の放射閃がうっすらと残っていることもままあった。
「拙僧これでもそれなりの修行と経験を積み、それなりに目利きには自信があります。あれは確かに只者ではない、言うなれば御神体や聖遺物、それに近い何かを感じました」
「……ですって」
「って、あたし?」
自分に振られると思っていなかった雪風は、ユモの流し目に素っ頓狂な声で答える。
「最近あんたがあんなことするから、変な色が付いちゃったって事じゃない?」
「変、って……ああ」
言われて、雪風はユモが左手の平から何かを抜く動きをちらりと見せたのを見て、言わんとする事に気付く。
「そういうことか……まあ、銀は念が載りやすいからなぁ……」
「念?」
「あ、いえ、こっちの話で」
疑問を持ったモーセスに、雪風はあわててごまかす。
「で?そんな感じで、お宝だと思ったから盗み出したって事?」
「言い方は悪いですが、そういう事になりますか……拙僧はその場に居なかったわけですが、それに気付いた彼も大したものです」
「……彼?」
「……誰?」
「それは、いずれ……おや?」
何か言おうとして、モーセスは、ふと宙を仰ぐ。
「……これは……申し訳ありません、少々、急がせていただきます。お二人は、彼らのあとをついてゆっくり来ていただければ大丈夫ですので」
そこそこ遠く離れてしまった人足達を見やって言うが早いか、モーセスは服の裾をけたぐって走り出す。足場の悪い谷底のガレ場をものともせず、その巨体に似合わぬ身軽さで。
「……ですって」
ユモは、そのモーセスの背中を見送ってから、雪風に振り向いて言う。
「ってさあ、ゆっくり来いって言われても、ねえ」
「やっぱり気になるわよね……じゃあ、行きましょ」
「……あいよ」
ため息をつきながら、雪風は背嚢を背中から前に回し、中腰になってユモに背を向ける。躊躇なく、ユモはその背中に乗り、雪風の首根っこにかじりつく。
「……いいわよ!」
「しっかり掴まっときなよ!」
ユモの合図に答えるなり、雪風も脱兎のごとくに走り出した。
あっという間に人足達を追い抜き、ユモを背負った雪風はモーセスに追いつく。気配に気付いたか足音を聞いたか、ちらりと振り向いたモーセスの眼は一瞬驚きに見開かれたが、何も言わずにそのまま前に向き直り、走り続ける。
走ると言っても足場の悪いガレ場のこと、平地で言えば小走り程度の速度でしかないが、氷河が削ったとおぼしきU字谷、緩いとは言え勾配を駆け上るのは、常人であれば大変な重労働になる。
その道のりを駆けることしばらく、雪風は急に顔をしかめる。
「……どうかして?」
その様子に、負ぶさって首根っこにしがみついているからこそ即座に気付いたユモが尋ねる。
「嫌なニオイする、まるで、さっきの……」
みなまで雪風が言う前に、その原因は明らかになった。
汗一つかかず、息も乱さないまま足を停めたモーセスは、あたりを見まわし、呟く。
「これは……一体、何が」
「うわ……」
モーセスのすぐ後に立ち止まった雪風の背中から降りながら、ユモも、吐き出すように一言だけ呟いた。
「……何、これ……」
顔をしかめ、鼻と口を押さえて大きく呼吸する、それ自体が辛そうな雪風は、何も言わない、言えない。何も言わず、しかし、何かに気付いて、雪風はある一点を指差す。
「……あ!」
雪風の指し示す何かに気付き、ユモは声を上げる。一瞬躊躇し、それを踏まないように気を付けながら、小走りにその『ある物』に駆け寄る。
ユモがたどり着き、手に取ったそれはユモの銃剣と弾薬盒であり、ユモが避けて通ったそれは、かつてはヒトであっただろう、色々な物のなれの果てであった。
「これも傍にあったわ。ちょっと持ってて」
雪風の元に戻ってきたユモは、自分の装備の傍に落ちていた書類――見るまでもなく、ペーター・メークヴーディヒリーベ少尉の書簡――を雪風に持たせると、装備のベルトを自分の腰に巻く。
「……よし、と。そしたら……」
ベルトのすわりを確認したユモは、そのまま弾薬盒から聖水の瓶を取り出し、一滴指に付けると、小さく呪文を唱えながら雪風の鼻の下に塗る。ユモが何事もなく弾薬盒を開いたことに目を見張る、なれの果てに手をあわせていたモーセスの事は視野に入っていないのか、全く気にも留めていない。
「……精霊よ、我が言葉を聞き入れ、穢れがこれなる鼻と口に近づく事を阻み給え。父と子と精霊の御名の元に。アーメン……」
「……ありがと。楽になったわ」
大きく息を吸い、吐いてから、雪風は笑顔でユモに礼を言う。
「どういたしまして」
笑顔で雪風に返しながら、ユモは自分の鼻の下にも指を這わせる。
「あたしだって、たまんないもの、これ」
「一体……」
手をあわせ、念仏を唱え終えたモーセスが、顔を上げて、聞く。
「今、ユモさん、あなたは、何を?」
「単なるおまじないよ。これは聖水、教会にあるヤツと同じ。単なる魔除けのおまじないよ」
ユモは、腰の弾薬盒をパンと叩いて答える。
「言わなかった?あたしの実家は古物商、曰く付きの品物を扱うし、占い呪いの類いも御用とあれば施すわ。あたしはその娘、これでも一通りの呪いは教わっているし、これはそのための商売道具なの」
「呪い、ですか?」
「念仏みたいなものよね?」
雪風が、モーセスの疑問に横から答える。
「仏教徒なら手をあわせてなんまいだって念仏唱えて、キリスト教なら十字をきってアーメン、病は気から、鰯の頭も信心から。聖水だのお線香だのがあればなお良し、信じる者は救われる、そういうものでしょ?」
「そんなとこね。さすがに分かってるじゃない」
笑顔でユモに確認した雪風に、腰に手を当てて胸を反らしたユモが太鼓判を推す。
なんとなく、それ以上の問いかけが出来ない雰囲気に押されたのか、モーセスも呟く。
「そんなもの、ですか……」
「……で?これは一体どういう事かしら?」
改めて、周囲を見まわしてユモが、誰にともなく尋ねる。
「鳥葬の第二会場、ってわけじゃないですよね?」
雪風が、そう言ってモーセスに確認する。
「……はい、ここは『聖地』まであと一息の場所です、もちろん鳥葬が行われる場所ではありませんし……」
モーセスは、あたりに散らばるバラバラの遺骸と、その中ほどに転がっている棺桶大の箱を見て、続ける。
「……お気づきでしょうが、彼らは、ペーター少尉のキャンプから化石を持ち出した人足達です」
「やっぱり……」
ユモも、化石が納められているのだろう棺桶大の箱を見ながら、頷く。
「それが、なんでこんな有様に?」
「さて、それは拙僧にも……」
「……この辺、熊が出るって言ってましたっけ?」
雪風の質問に、渋い顔でモーセスは答える。
「はい、確かに、熊による被害は毎年のように出ています」
「確かに、熊か何か、爪だか牙だかでやられたっぽい感じだけど」
雪風は、手近な以外の一つに近づいてしゃがみ込み、へし折られ引き千切られたとおぼしき断面を見ながら、言う。
「言い出しといてなんですけど。こんな開けたガレ場に、ひょこひょこ熊が出てくるものかな?」
雪風の知る限り、本来熊は臆病な生き物で、人前、特に大勢の人間の前に、隠れる所も無しに近づいて来るような習性ではないはずだった――人喰いに慣れた個体を除いて。
「わかりません、が、実は最近、奇妙な熊を見かけたとの話も聞いておりまして」
「奇妙な、熊?」
「はい」
小首をかしげたユモに向き直ったモーセスが、説明をする。
「このあたりの熊はたいがい黒か濃い茶色ですが、その熊は白く、また妙に細身で、二本足で歩いていたそうです。こちらに気付いても、慌てて逃げるでもなく、悠然と山の方へ歩き去った、と」
「白い、熊?」
「……つーか、それ、どっちかっつーと雪男なんじゃ……」
「はい。そのように噂する者もいます」
ユモに続けて呟いた雪風の一言に、モーセスは頷いて答えた。
「信心深く迷信深い土地の者の間では、むしろそのような噂の方が主流です。寺院としても捨て置けない話ではありますが、何しろ雲を掴むような話でもありまして。そこに、あなた方お二人の出現と、先ほどの葬儀の一家の殺害が重なりまして」
「話の途中で悪いけど」
ユモが、モーセスの話を割る。
「あんたは、一体どっちの立場なの?」
ユモは、腕を組んで、モーセスを睨めつける。
「寺院?それとも、『聖地』とかいう別団体?」
「モーセス・グースは、チベット密教に帰依した比丘です」
即座に、モーセスは答える。
「その上で、『聖地』である『神秘の谷』、ここ『西王母の谷』で真理を追究し、『造物主』に仕える『奉仕者』です」
「よくわかんないけど」
雪風が、モーセスに背を向けたまま、前に回していた背嚢を背負い直しつつ、言う。
「基本はお坊さん、って事で良いんですよね?」
「はい。お望みであれば、詳しくお話しいたしましょう」
「時間があれば。で、よければ聞かせてください。この、ペーター少尉殿の書き付けから、なんでケシュカル君の匂いがするのかって事と」
雪風の視線は、U字谷の崖の上の一点を見つめている。
「あそこでこっち見てるのが、その白熊だか雪男だかで間違いないですか?」
ユモは、額の汗を手の甲で拭いながら、聞く。
「はい。先ほど、ユモさんの剣を持ち出したのは偶然だと申し上げましたが、あの剣が只者ではないことは拙僧にもわかります」
「ただの古い銃剣よ。そりゃ、あたし用にパパに磨いてもらったりはしてあるけど」
ユモの銃剣は、先端以外は刃を潰してあり、刀身は磨き上げた上に銀メッキ――銀は源始力との相性が非常に良い――を施してある、一見すると装飾用のそれである。
「もちろん、そうなのでしょう。しかし、ただならぬ気配を放っていたことも事実。それがわからぬ拙僧でもありません」
自我、あるいはそれに近い原始的な意識のようなものを持ついわゆる妖刀の類いであれば、それとわかる放射閃を放っている事もあるが、ユモの銃剣はあくまで魔法を使うための道具に過ぎず、放射閃を放つこともなければ源始力を内包する事もない、はずだった。
だが、この時空跳躍の旅の途中で、雪風が木刀を乗り移らせることが度々あり、最近ではその木刀の放射閃がうっすらと残っていることもままあった。
「拙僧これでもそれなりの修行と経験を積み、それなりに目利きには自信があります。あれは確かに只者ではない、言うなれば御神体や聖遺物、それに近い何かを感じました」
「……ですって」
「って、あたし?」
自分に振られると思っていなかった雪風は、ユモの流し目に素っ頓狂な声で答える。
「最近あんたがあんなことするから、変な色が付いちゃったって事じゃない?」
「変、って……ああ」
言われて、雪風はユモが左手の平から何かを抜く動きをちらりと見せたのを見て、言わんとする事に気付く。
「そういうことか……まあ、銀は念が載りやすいからなぁ……」
「念?」
「あ、いえ、こっちの話で」
疑問を持ったモーセスに、雪風はあわててごまかす。
「で?そんな感じで、お宝だと思ったから盗み出したって事?」
「言い方は悪いですが、そういう事になりますか……拙僧はその場に居なかったわけですが、それに気付いた彼も大したものです」
「……彼?」
「……誰?」
「それは、いずれ……おや?」
何か言おうとして、モーセスは、ふと宙を仰ぐ。
「……これは……申し訳ありません、少々、急がせていただきます。お二人は、彼らのあとをついてゆっくり来ていただければ大丈夫ですので」
そこそこ遠く離れてしまった人足達を見やって言うが早いか、モーセスは服の裾をけたぐって走り出す。足場の悪い谷底のガレ場をものともせず、その巨体に似合わぬ身軽さで。
「……ですって」
ユモは、そのモーセスの背中を見送ってから、雪風に振り向いて言う。
「ってさあ、ゆっくり来いって言われても、ねえ」
「やっぱり気になるわよね……じゃあ、行きましょ」
「……あいよ」
ため息をつきながら、雪風は背嚢を背中から前に回し、中腰になってユモに背を向ける。躊躇なく、ユモはその背中に乗り、雪風の首根っこにかじりつく。
「……いいわよ!」
「しっかり掴まっときなよ!」
ユモの合図に答えるなり、雪風も脱兎のごとくに走り出した。
あっという間に人足達を追い抜き、ユモを背負った雪風はモーセスに追いつく。気配に気付いたか足音を聞いたか、ちらりと振り向いたモーセスの眼は一瞬驚きに見開かれたが、何も言わずにそのまま前に向き直り、走り続ける。
走ると言っても足場の悪いガレ場のこと、平地で言えば小走り程度の速度でしかないが、氷河が削ったとおぼしきU字谷、緩いとは言え勾配を駆け上るのは、常人であれば大変な重労働になる。
その道のりを駆けることしばらく、雪風は急に顔をしかめる。
「……どうかして?」
その様子に、負ぶさって首根っこにしがみついているからこそ即座に気付いたユモが尋ねる。
「嫌なニオイする、まるで、さっきの……」
みなまで雪風が言う前に、その原因は明らかになった。
汗一つかかず、息も乱さないまま足を停めたモーセスは、あたりを見まわし、呟く。
「これは……一体、何が」
「うわ……」
モーセスのすぐ後に立ち止まった雪風の背中から降りながら、ユモも、吐き出すように一言だけ呟いた。
「……何、これ……」
顔をしかめ、鼻と口を押さえて大きく呼吸する、それ自体が辛そうな雪風は、何も言わない、言えない。何も言わず、しかし、何かに気付いて、雪風はある一点を指差す。
「……あ!」
雪風の指し示す何かに気付き、ユモは声を上げる。一瞬躊躇し、それを踏まないように気を付けながら、小走りにその『ある物』に駆け寄る。
ユモがたどり着き、手に取ったそれはユモの銃剣と弾薬盒であり、ユモが避けて通ったそれは、かつてはヒトであっただろう、色々な物のなれの果てであった。
「これも傍にあったわ。ちょっと持ってて」
雪風の元に戻ってきたユモは、自分の装備の傍に落ちていた書類――見るまでもなく、ペーター・メークヴーディヒリーベ少尉の書簡――を雪風に持たせると、装備のベルトを自分の腰に巻く。
「……よし、と。そしたら……」
ベルトのすわりを確認したユモは、そのまま弾薬盒から聖水の瓶を取り出し、一滴指に付けると、小さく呪文を唱えながら雪風の鼻の下に塗る。ユモが何事もなく弾薬盒を開いたことに目を見張る、なれの果てに手をあわせていたモーセスの事は視野に入っていないのか、全く気にも留めていない。
「……精霊よ、我が言葉を聞き入れ、穢れがこれなる鼻と口に近づく事を阻み給え。父と子と精霊の御名の元に。アーメン……」
「……ありがと。楽になったわ」
大きく息を吸い、吐いてから、雪風は笑顔でユモに礼を言う。
「どういたしまして」
笑顔で雪風に返しながら、ユモは自分の鼻の下にも指を這わせる。
「あたしだって、たまんないもの、これ」
「一体……」
手をあわせ、念仏を唱え終えたモーセスが、顔を上げて、聞く。
「今、ユモさん、あなたは、何を?」
「単なるおまじないよ。これは聖水、教会にあるヤツと同じ。単なる魔除けのおまじないよ」
ユモは、腰の弾薬盒をパンと叩いて答える。
「言わなかった?あたしの実家は古物商、曰く付きの品物を扱うし、占い呪いの類いも御用とあれば施すわ。あたしはその娘、これでも一通りの呪いは教わっているし、これはそのための商売道具なの」
「呪い、ですか?」
「念仏みたいなものよね?」
雪風が、モーセスの疑問に横から答える。
「仏教徒なら手をあわせてなんまいだって念仏唱えて、キリスト教なら十字をきってアーメン、病は気から、鰯の頭も信心から。聖水だのお線香だのがあればなお良し、信じる者は救われる、そういうものでしょ?」
「そんなとこね。さすがに分かってるじゃない」
笑顔でユモに確認した雪風に、腰に手を当てて胸を反らしたユモが太鼓判を推す。
なんとなく、それ以上の問いかけが出来ない雰囲気に押されたのか、モーセスも呟く。
「そんなもの、ですか……」
「……で?これは一体どういう事かしら?」
改めて、周囲を見まわしてユモが、誰にともなく尋ねる。
「鳥葬の第二会場、ってわけじゃないですよね?」
雪風が、そう言ってモーセスに確認する。
「……はい、ここは『聖地』まであと一息の場所です、もちろん鳥葬が行われる場所ではありませんし……」
モーセスは、あたりに散らばるバラバラの遺骸と、その中ほどに転がっている棺桶大の箱を見て、続ける。
「……お気づきでしょうが、彼らは、ペーター少尉のキャンプから化石を持ち出した人足達です」
「やっぱり……」
ユモも、化石が納められているのだろう棺桶大の箱を見ながら、頷く。
「それが、なんでこんな有様に?」
「さて、それは拙僧にも……」
「……この辺、熊が出るって言ってましたっけ?」
雪風の質問に、渋い顔でモーセスは答える。
「はい、確かに、熊による被害は毎年のように出ています」
「確かに、熊か何か、爪だか牙だかでやられたっぽい感じだけど」
雪風は、手近な以外の一つに近づいてしゃがみ込み、へし折られ引き千切られたとおぼしき断面を見ながら、言う。
「言い出しといてなんですけど。こんな開けたガレ場に、ひょこひょこ熊が出てくるものかな?」
雪風の知る限り、本来熊は臆病な生き物で、人前、特に大勢の人間の前に、隠れる所も無しに近づいて来るような習性ではないはずだった――人喰いに慣れた個体を除いて。
「わかりません、が、実は最近、奇妙な熊を見かけたとの話も聞いておりまして」
「奇妙な、熊?」
「はい」
小首をかしげたユモに向き直ったモーセスが、説明をする。
「このあたりの熊はたいがい黒か濃い茶色ですが、その熊は白く、また妙に細身で、二本足で歩いていたそうです。こちらに気付いても、慌てて逃げるでもなく、悠然と山の方へ歩き去った、と」
「白い、熊?」
「……つーか、それ、どっちかっつーと雪男なんじゃ……」
「はい。そのように噂する者もいます」
ユモに続けて呟いた雪風の一言に、モーセスは頷いて答えた。
「信心深く迷信深い土地の者の間では、むしろそのような噂の方が主流です。寺院としても捨て置けない話ではありますが、何しろ雲を掴むような話でもありまして。そこに、あなた方お二人の出現と、先ほどの葬儀の一家の殺害が重なりまして」
「話の途中で悪いけど」
ユモが、モーセスの話を割る。
「あんたは、一体どっちの立場なの?」
ユモは、腕を組んで、モーセスを睨めつける。
「寺院?それとも、『聖地』とかいう別団体?」
「モーセス・グースは、チベット密教に帰依した比丘です」
即座に、モーセスは答える。
「その上で、『聖地』である『神秘の谷』、ここ『西王母の谷』で真理を追究し、『造物主』に仕える『奉仕者』です」
「よくわかんないけど」
雪風が、モーセスに背を向けたまま、前に回していた背嚢を背負い直しつつ、言う。
「基本はお坊さん、って事で良いんですよね?」
「はい。お望みであれば、詳しくお話しいたしましょう」
「時間があれば。で、よければ聞かせてください。この、ペーター少尉殿の書き付けから、なんでケシュカル君の匂いがするのかって事と」
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