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 その夜、十時ちょっと過ぎ。あたしは、寮の駐輪場に面する出入り口の影で、張っていた。
 寮の共有部分は、特別な理由が無い限り、午後十時で消灯される。各個室には消灯時間はないが、やはり午後十時に点呼があり、同時に各出入り口は施錠される。要するに、事実上の消灯告知であり、門限だ。
 勿論、今ここにいるあたしも厳密には門限違反になる。だから、生徒会執行部がそれでは示しがつかないから、あたしは奥の手を用意しているが。

 どれくらい待ったか、点呼終了からさほど長くはかからず、出入り口ドアが薄く開き、人影が二つ、出てくる。明かりはほとんど無いが、夜目の利くあたしにはそれがよく見える。
 出てきた人影の、でかい方が鍵穴付近で何かすると、小さくカチリと音がした。ご丁寧に、どうやったのか外から鍵をかけたらしい。
 その人影が駐輪場に移動したのを見計らい、あたしは足音をひそめてそちらに向かう。
 そいつらがバイクのサイドスタンドを払った瞬間を狙って、あたしは言った。
「あんたたち、外泊許可は?」

 危うく大声出しそうになった二人、信仁しんじ寿三郎じゅざぶろうは、バイクがコケるので走って逃げるわけにも行かず、すぐにあきらめ顔になった。
「参ったな、やっぱ読まれてたか」
 信仁が、サイドスタンドをかけ直してから、両手を上げた。
「……なんでわかったんだ?」
 寿三郎も、怪訝な目であたしを見ている。
「あんた達が悪巧みしてるとね、電波が飛んでくるのよ」
 適当な事を、あたしは言う。結奈ゆなから入れ知恵貰った事は黙っておく。
「それは問題だ」
「対策考えとかないとな」
 いやあんた達、マジに受けとんじゃないわよ。
「……で、門限破りしてこんな所で、何やってるのよ?」
 あたしは、愛用の木刀で肩を叩きながら、聞く。……そうか、これやるから、そういう・・・・イメージが定着するのか。こないだ結奈に言われた事に、今更ながらあたしは思い当たった。まあ、それはともかく。
「……白状しちまうか?」
「半端な嘘は通じそうにないからな、姐さんにゃ」
 寿三郎に聞かれて、信仁はそう答える。うん、いい心がけよ。
 月明かりの下でもはっきり分かる情けない笑顔で、信仁が言った。
「……いやね、ヤクザ屋さんに、お話ししに行こうかなーって……」

「……はあ?」
 思わず、今度はあたしが大声出しそうになった。
「いやだって、このまんまじゃいつまで経っても俺たち警戒を解けないじゃないすか。だったら、連中と交渉して諦めて貰おうかなって」
「大体だが、奴らの居所は絞り込めてる。交渉の材料も、まあ、何とかなるはずだ」
 あたしは、言いたい事と聞きたい事が一度に大量に頭の中に湧いてきて、しばらく言葉に詰まる。
「……よかったらその交渉の材料とやら、聞かせてくれるかしら。ただし、要点を簡潔に、よ?」
「じゃあ、時系列で説明した方がいいかな……」
 そして、二人は、事の経緯を話し始めた。

 二人が悪巧みを始めたのは、入寮日その日の事。腹の虫の治まりきらない寿三郎は、自分を女子と間違えた事を水に流す代わりに自分に協力する事を信仁に提案、信仁もその時点では、まさかほんとにやるとは思わなかったのでその提案を了承。即座に寿三郎は某巨大ネット掲示板に適度にぼかした事のあらまし、「渋谷で違法ビデオのスカウトしていたチンピラが、高校生にコテンパンにされた」という巨大な釣り針を投稿。ご丁寧に現場の写真なんかを添付し、それをダウンロードしに来た奴をアクセス解析用の別サイトに誘導したという。
「とはいえ、それで相手を特定出来ると考えるほど俺も甘かねえ、何しろ、掲示板のアクセスは下手すりゃ万単位だからな」
「そんな大量のアクセス、どうやって捌いたのよ?」
「画像にちょいと分散コンピューティング用のBotを仕込んどいた。企業や研究機関のサーバ経由で覗きに来てる奴が結構居てな、思った以上に処理能力稼げたぜ」
「あきれた、それ犯罪じゃないの?」
「立証できりゃあな、破壊工作したわけでもないし、用は済んだからBotはもう消滅してる、入り込まれた事に気付かないなら、そりゃ何も無いのと同じさ」
 こいつ、確信犯だ。あたしは、寿三郎って男子を過小評価していた事を後悔した。
「スレ主だけじゃなくて、コメントも偽装して情報を小出しにして、どうやらその高校は都内北西部らしい、って話題になってきたところで、見事に釣り針に奴らがかかったって寸法さ」
「じゃあ、あいつらが学校に来たのは……」
「思ったよりは早かったか?」
「まあ、しらみつぶしにしては早い方かな?授業中に来られると面倒なんで、Webカメラ設置したんすけどね。丁度昼休みに来てくれて、まあラッキーだったかな」
 あたしの質問に、飄々と寿三郎と信仁が答える。あたしは、開いた口がふさがらない。
「アクセス解析じゃらちかないのはわかってたんで。折角来ていただいたんで、発振器をお持ち帰りいただきました」
 今度は信仁が、さらに斜め上な事を白状する。
「あんた、あの時裏口から出たのは……」
「そゆことっす。アキバのジャンクのスマホの改造品っすけどね」
 一定間隔で付近のワイヤレスLANに進入を試み、成功すればその旨を位置情報付きで発信するのだというその改造品は、科学部の部活を利用してハードは信仁が改造し、そこに寿三郎が作ったプログラムを載せたという。それを、連中の車のバンパー裏に、強力両面テープで貼り付けたらしい。結奈ゆなが言ってた「コソコソ」は、それか。
「長時間移動してない所をピックアップして地図と照合すれば、大体怪しい所の目星はつくし、進入出来たLANの情報とアクセス解析の情報を照合すりゃ、末端のサーバのプロキシも特定出来る。で、両方を照合した結果、一番怪しいと踏んだ所に、これから行こうって所だったんすけど……」
「あんたたち……」
 本当に一介の高校生か?あたしは聞こうとして、止めた。あたしだって、方向性は違うけど、あんまり人の事は言えない。そのかわり、あたしは別の事を聞く。
「……行ったとして、一体何をどう交渉するつもりだったのよ?」
 寿三郎と信仁は、ちょっと顔を見合わせてから、言った。
「てめえらのサーバの中身、全部抜いたぞ」
「色々とヤバいファイル全部、当局にアップロードするぞ、って」
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