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 結局のところ、盛大に動揺しまくったあたしは、木刀の件について、
「手品よ手品!タネ明かしなんて絶対しないから!」
 と強弁してその場を力業で乗り切った。
 いやだって。あたしの腕の中に吸い込んで、体と一体化してます、なんて言える?いや実際の所、どうなってるのかあたしもよくわかってないんだけど。
 それっきり、信仁はその事は聞いてこなかった。あたしが聞かれたくない話題だと踏んで、空気を読んだのかも知れない。
 そう思ったのは、信仁しんじ寿三郎じゅざぶろうを連れて歩いて登下校するようになって色々と話をして、こいつらの事が少しは分かってきたからだった。

 うちの学校の寮は、学校と電車で一駅分離れている。歩けば三十分弱、電車だと徒歩含め十五分ほど。朝練のある部活だと、自転車通学してる生徒も多い。
 その中であたしは、他の生徒にまぎれて徒歩で登下校する事を選んだ。万一の時に公共交通の中で騒ぎを起こしたくないのと、こいつらと少し話しをしてみたかった、というのもある。
 そうやって、毎日とりとめもないことを話しながら歩いていたら、この二人、最初の印象とずいぶん違う奴らだって事も分かった。むしろ、二人とも本当はかなりの人見知りなんじゃないかって、寿三郎が口が悪いのも、信仁が調子がいいのも、本当の自分を見せないための無意識のカモフラージュなんじゃないかって、あたしはそう思った。
 そう思ったのは、あたし自身も強面を演じてる部分があるから、共感する部分があったのかもしれない。

「教職員側からも、実害も無いし警察沙汰にもなっていないし、内容から言っても何らかの処分に相当する案件ではない、との返答を貰った」
 金曜の放課後、生徒会役員室。甲子園勝利きねくに かつとしがあたし達を前に、そう告げる。
「とはいえ、今後はそういった危険な行為は自重するように、というのが教職員からの注文だ。両名とも、いいね?」
 甲子園が、信仁と寿三郎に念を押し、
「は、了解であります」
「了解した」
 それぞれなりに、丁重に返事する。
 これで、学校側としては、この二人に対し、今の注意以上の処分はなしが確定した事になる。だが。
「でも、あの連中の件が片づいたわけじゃあ、ないわよね」
 あたしは、壁にもたれつつ、呟く。甲子園も頷いて、
「そうだ。だが、こちらから出来る事はない。警察に付近の警戒をお願いする手もあるが、その場合には、警察に対して事の次第を明らかにしないといけない。教職員側としても、事が外部に出るのは避けたいとの判断だろう」
 学校ってのは、閉鎖空間だ。よほどのことでない限り、良くも悪くも、情報は外に出ない。そして、学校ってのは、外聞って奴を神経質なくらい気にする。
「致し方なしだね……もうしばらく、警戒し続けるしかないか」
 ため息交じりに、あたしもそう認める。
「気にいらねーな。いっそ潰しちまえりゃあ……」
「物騒だな、ま、俺もそうは思うけどな」
 本当に物騒なことを、寿三郎と信仁が呟く。
「あんた達ね、一介の高校生が、んな事出来るわけないでしょうが」
 本音としては同意なんだけど、立場上、あたしはそう二人をたしなめざるをえない。
「そりゃそーだ、一介の高校生にゃ、ヤー様の相手なんざ手に余る、か?」
「まあ、当然だな」
 信仁が軽く答え、寿三郎が同意する。その二人の軽さ、素直さに、あたしは、逆に、そこはかとなく不安を覚えた。
――あの二人、あたしに隠れてなんかコソコソ始めたから――
 あたしは、結奈ゆなの言葉を思い出す。それは果たして、屋上の監視カメラだけの事だったのだろうか、と。

 生徒会役員室での話し合いが終わり、下校の途上。あたしは、ずっと引っかかってたことを口にした。
「……あのさ、こないだの事なんだけど。悪かったね、ひっぱたいちまって」
 あたしは、信仁に詫びた。詫びておかないと、気が済まなかった、すっきりしなかったから。
「あ、ああ、いーえいえ、むしろこっちの業界ではご褒美ですから。本当にどうもありがとうございました」
 満面の笑みで、信仁は返した。
「……はい?」
 予想外の返事に、あたしは虚を突かれる。
「ったく、この変態野郎が」
 寿三郎が呟き、信仁に向かって、言う。
「なんでオメーはこの先輩さんに、そんなに懐いてやがんだ?このご時世だ、男尊女卑を言うつもりはねぇ。この先輩さんが大したタマだってのもよくわかった。だがよ」
 寿三郎は徐々に語気を強め、最後は吐き捨てるように言った。
「何でオメーみてーなのが、誰かの尻に敷かれてやがんだよ!」
 あ。そういう事か。あたしは、寿三郎って人間の一部が見えた気がして、ちょっと驚き、そしてちょっと胸に来るものがあった。
「わかってねーな」
 だけど。それに対する信仁の返しは、あたしの想像の斜め上だった。
「あのな。姐さんの尻ってのはな、こぉーんなに気持ちいいんだぞ」
「ぅにゃあああああっ!」
 突然、あたしは尻を鷲掴みにされて、悲鳴とも何とも言えない変な声を出してしまった。
「何すんだこのスケベ!」
 瞬時に振り向いたあたしは、全力の右ストレートをそこにあった信仁の笑顔に叩き込む。
 肩で息をしているあたしから信仁に視線を移しつつ、寿三郎が、信仁に、聞いた。
「……これも、ご褒美か?」
 歩道のアスファルトに突っ伏した瀕死の信仁が、サムズアップで答えた。
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