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 昼食後、あたしは大体ここ、教室棟の屋上に来る。一応は剣道部に籍を置くあたしだけど、放課後は生徒会の仕事が忙しくて部活に顔を出せない事が多い。ので、昼休みにここで素振りをする事にしている。
 あたしは生徒会の特権で鍵を借り出しているが、教室棟の屋上は、本来は生徒は入れない。そんなところでわざわざ素振りをするのは理由がある。ちょっと、他人ひとには見られたくない練習をしているからだ。
 基本の形を十五分ほどやって体が出来てきたところで、あたしはポケットからコイン、何の変哲もないゲーセンのメダルゲームのコインを取り出す。
 呼吸を整えつつ、左手で木刀を腰にくように持ち、腰を落とす。呼吸が合ったと思ったところで、右手でコインを宙に弾く。
 チーン、と、澄んだ音をたててコインが宙に舞う。あたしはそれを目では追わず、居合抜きの要領で右手を木刀のつかに添える。
 コインそのものは、気配を発しない。代わりに音を、風切り音とコインそのものの振動音を、さらにはコインが空気を押しのけるその風の気配を、研ぎ澄ました神経で感じ取る。そして。
 後ろに落ちる。それを感じたあたしは、左足を軸に振り返ると、気を、念を込めて木刀を抜きつける。
 微かな音と手応え。直後、コインはコンクリの屋上に落ち、金属音を立てる。あたしは、木刀を納め、深く息を吐く。

「……いや、大したもんだ、良いもん見せてもらいました」
「うわひゃ!」
 突然、降って湧いたように出現した濃厚な気配と、聞き覚えのある声。あたしは、掛け値なしに飛び上がって驚いた。
 口から飛び出しそうな心臓をなだめつつ声のした方を見ると、丁度、屋上設置の巨大なエアコン室外機の上から、見覚えのある下級生が顔を出したところだった。
「あ、あんた、ど、い、な……」
 本気で動転していたあたしは、まともに言葉が出ない。
「はい、滝波信仁たきなみ しんじでございます」
 そんなあたしに構わず、ちょっとふざけた口調で、信仁は軽く答える。
 ……見られただろうか?見られたくない、見られてはマズい、アレを。
 木刀を、手の中に・・・・納めたところを。コインを、両断したところを。
「何とかと煙はってヤツでね、俺、高いとこ大好きなんすよ。いつからって言われりゃ、先輩来る前からっすけどね……ここ、メチャクチャ見晴らしいいっすよ、上がってきません?」
 コインの事、木刀の事、いつ言い出すか、聞かれるか。そんなあたしの内心の葛藤など知るよしもないだろう信仁は、暢気にそう言ってあたしを促す。立ち去る手もありだけど、ここは、出来れば確認したい。そう思って、あたしは無言で小さく頷いて、信仁の示す梯子を登った。
 教室棟の冷暖房をまかなうエアコンの室外機は、でかい。高さは1メートル半、いや2メートルはあるだろうか。それがいくつも並んで、点検用だろう梯子と通路――後で信仁が教えてくれたが、キャットウォークって言うんだと――が設置されている。
「こっからだと、正門も裏門も、バッチリ見えるんすよ」
 焼きそばパンをかじりながら、コンパクトな双眼鏡で正門の方を見つつ、信仁が言う。してみるとこいつ、昼休み始まってすぐここに来て、何かを見てた?
 でも、どうやって?屋上に出る扉の鍵は閉まっていた、あたしが解錠したんだから間違いない。合い鍵は、あたしが持ってる生徒会用の他は、教職員用と用務員用しか無いはず。そのどっちかを持ち出した?
「何を、見てるの?」
 どうやって、聞こうか?さっきの事を含め、聞きたいことはいっぱいあるけど、あたしは、極めて平静を装って、まずそれを聞いた。
「さて、なんでしょうね……おっと」
 はぐらかそうとしたのだろう、適当に答えた信仁は、ちょっと乗り出すように何かを凝視し始める。
「ビンゴ」
 一言そう呟いた信仁が、あたしに双眼鏡を差し出す。見ろ、という事だろう、そう思い、あたしは双眼鏡を受け取って、覗く。
 信仁が見ていたとおぼしき正門付近に、車が二台。正門前の、車なら楽に三台は置けるスペースに、明らかに学校関係者ではない大型乗用車が停まった。
 いよいよ何が何だか分からないあたしは、信仁に問いただそうとして双眼鏡から目を離して横を向く。右手でスマホを操作していた信仁は、左手で双眼鏡を受け取るやいなや、梯子に向かって通路を走り出し、室外機の上から飛び降りた。
「ちょ!」
 状況は掴めないが、何かがやばい、それだけはあたしにも分かった。反射的にあたしは信仁を追い、同じように通路から飛び降りる。
「……あ!」
 何も考えずに飛び出したあたしは、自分がスカートをはいていた事と、着地してかがんだ状態の信仁からだと、翻るスカートの中が丸見えになる事に、空中で気付いた。
「ごっそさん!鍵よろしく!」
 満面の笑顔で、あたしにそう言って信仁は走り去る。
「てめこの!待ちなさいよ!」
 着地と同時に、スカートを押さえてへたり込んでしまったあたしは、一拍遅れてその背中を追った。
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