雨降り狼さん夢の中

二式大型七面鳥

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 車の中で、矢部氏は、今までの話を信じられないという顔で聞いていた。
「そ、それでは……」
「妹は、自分なりに一族の将来を考えていたのです。ですが、私には、もっと別の方法があると思えました。だから、麻那姫麻那姫達と手を結んだのです」
 矢部氏は、今すぐにでもここから逃げ出したくなった。目の前のこの女が事もあろうに夢魔の長だと?冗談じゃない!
「現世の魔物が相手なら、九頭竜を筆頭とする強者達で充分以上にたたかえます。ですが、夢の中では、いかに彼らとて手が出せません。それで、私は人との間に子を成し、ばく一族としたのです」
「……」
「あの娘、かじかは、その獏とあららぎの相の子なのです。本来、犬神は純血主義で、混血は許されないのですが、蘭は例外的に混血を許された一族なのです。
 と、いうのも、本来、呪的能力を持たない犬神一族が呪術者としての力を持つ同族を得るには、唯一、混血を許すしか方法はなかったのですから。
 無論、それなりのペナルティは課されます。元来、子種のうすい犬神ですから、まず、必ず純血の蘭の血を残す事。混血児は子を成してはならない事。そして、蘭は女しか生まれない血である事。
 ですから、今回のように一度に三人も娘が居るというのはごくまれなのです」
――それに……――
 夢魅姫ゆめみひめには、しかし、一つ解らない事があった。
――普通、長女が純血だったはず。なのに今回に限っては次女が純血で、三女が獏。二人も純血を残すはずがないとすると、長女は、一体……――

 ちょうどその時だった。リンカーンの外で夢魅姫の従者が、ぴくりと動いた。
「……来ました」
「奴ね?」
「間違いありません」
「しばらく泳がせます」
 言って、姫は矢部氏に向き直ると、
「お客さんがいらした様です」

「姉上!改心なさらぬと言うのなら、麻那姫ともどもねるが良い!」
 夢紡姫ゆめつむぎひめが叫ぶ。とたんに、巨大な、黒い影が麻那姫達をとり囲む。
「!……いやあ!」
 目の前で、見る間に士官が、女房が白骨と化してゆく。鰍は、たまらず悲鳴を上げた。
 そのとたんである。今まで、こちらに全く気付いていなかった夢紡姫が、魑魅魍魎ちみもうりょうかじかの悲鳴に気付いた。
「おのれ!そこにも!」
 姫が言うなり、何千という魍魎が鰍めがけて飛んだ。
「ひ!」
 悲鳴を上げるひまもあらばこそ、体じゅう、ありとあらゆる所を魍魎共が囓り、えぐる。声も出ぬほどの激痛と、嫌悪感。鰍は、気が遠くなりかけた。
――目を開くのです、鰍――
 三度みたび、声がする。開こうにも、眼球はすでに喰いつくされている。
――大丈夫、それは全てまぼろしに過ぎません。それが、夢魔のやり方なのですから――
 蛆のはいまわる鰍の脳に、かろうじてその声が届いた。が……
――とはいえ、いかんせん、未だ早すぎますよね……鰍……貴女に奴と今すぐ斗えというのは……仕方ありません……

「何故じゃ、小娘!何故、おぬしは死なぬのじゃ!」
 確かに、殆ど白骨化し、その骨すらかじりつくそうとするこの期におよんで、死なないどころか、かじかの体は、今や加速度的に再生しつつあった。
――ふふっ、驚かれた様ですね。よけいな事とは思いましたが、少し、私が力を貸したのです――
「何?誰じゃ?今、なんと?」
――いつまでも、妹の姿をまねるのはおよしなさい。いくら妹の指図とはいえ、これ以上はお前の分を超えますよ――
「……貴様……そうか……我が姫の姉御前あねごぜとは……貴様の事か!」
 見る間に、夢紡姫ゆめつむぎひめの体は変化してゆく。どす黒い、見るもいやらしい沸きたつ固まりへと。
――鰍、目を開けなさい。鰍――
「貴様、だとするなら何故、夢の中に直接介入する?今まで、ただの一度として貴様が動いた事は……」
――ここは鰍の夢の中ではありませんし、私は鰍に月を見せただけです。さあ、鰍、目を開けて、あなたの御両親のかたきをその目で見るのです――
「パパと……ママの……カタキ……?」
 今や、ほぼ完全に、いや、完全以上に再生した鰍が、ゆっくりと目を開いた。いつのまにか、犬歯が発達している。
――そう。御両親の敵。今、ここで果てるか、奴と斗う力に目覚めるか、選ぶのはあなたですよ――
「あたし、……死ぬの?……」
――斗わなければ、ここで殺されます――
「あたし……パパとママのカタキ……とりたい……死にたくない……」
――ならば、目覚めるのです――

かじか!どうしたの?鰍ぁ!」
 ともえかおるは、あせりまくっていた。さっきまで、泣きつかれて眠っていたはずの鰍が、何かうわごとを言ったと思ったら、急に苦しみもだえはじめたのだから。
「どうしよう、お姉ちゃん?」
「どうしようって……どうしよう?」
 十二才と十一才の少女に、いきなり対応しろと言う方が無茶である。
 と、急に鰍が静かになった。ゆっくり、まぶたが開く。
「鰍あ!」
「よかった……大丈夫?何ともない?」
「お姉ちゃん達……あたし……」
 何となく、呆けた顔のまま、二人の姉の顔を見ていた鰍だったが、はっと、我にかえると、
「お姉ちゃん!あたし、戦わなきゃ!」
「へ?」
「た、たかう?」
 思わず、顔を見あわせた二人は、
「……馨、氷まくら」
「うん」
「ちがうー!」
 おかっぱ頭をふりみだして、鰍は何とか見てきた事を説明しようとした。その時……

「はあっ!」
 鰍の、体の奥が、火がついたように熱くなった。えもいわれぬ快感が走る。思わず閉じたまぶたの裏に、月が見えた。
「どうしたの鰍!」
「おなか痛いの?大丈夫?」
――心配ありません――
「え?」
 頭の中に響いた声に、巴と馨は同時に答えた。
「誰?」
――鰍は大丈夫。彼女の封印を解いているだけです――
「誰なの?」
「鰍を、どうしようってのよォ!」
――窓の外を御覧なさい――
 言われざまに、馨は窓の外を見た。そして、外の、雨の中にたたずむ女を見て、馨は全てを理解した。
「くあっ!」
「馨?」
 外を見た途端その場にうずくまった馨に気付いて、巴は声をあげた。
 思わずかけ寄って、馨を抱きおこす。
「え?」
 馨の長い黒髪が、根元からだんだん栗色になってゆく。
「うそ……なんで……?」
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