3 / 5
03
しおりを挟む
鰍は、夢の中に居た。泣き疲れて、制服のままで。
何処とも解らぬ所を鰍は漂っていた。上下も、何も感じなかった。それ以前に、今の彼女には、何をしようという意思も、何を考えようという気もなかった。
――鰍。鰍……私の声を聞きなさい、鰍……――
誰かの声がする。どこかで、聞いたような。姉の様でも、母の声でもないが、しかし、それに類する優しい女の声。
――貴女は今、自分の過去世へと逆上っているのです。判りますか?鰍……。貴女は、自分の、いえ、貴女達姉妹のルーツを知らなければなりません……――
「誰?あたしを呼ぶのは、誰?」
――見えてきました。あれが、貴女と、そして私の起源……――
目の前のそれは、鰍にとって知識でしか知らないはずの平安京の、どこかの貴族の家らしかった。その庭には、士官や女房達が一人の姫を中心に集まっていた。そして……
門の外には、やはり中心に姫を戴いた魑魅魍魎達が居た。
「何故じゃ?何故、わらわの邪魔をするのじゃ?麻那姫よ、何故?」
魍魎の姫が問うた。麻那姫、と呼ばれた、士官達に護られた姫は、
「解っているはずでしょう?夢紡姫?」
よく見れば、夢紡姫と呼ばれたのは、尼そぎの髪も初々しい女童である。
「貴女達のような、人に災いをなす者を捨て置くことは出来ないのです」
「何をして災いと申すのじゃ?われら夢魔が人の夢を喰らうのが許せんと申すか?」
「貴女達夢魔族は、悪夢を喰らうのが本道のはず。何故人に悪夢をみせてまで……」
「ならば、われらに飢えて絶えよと申すか?」
ぐっと胸をそらし、相手を見下したその姿は、かぞえで十才になったろうかというその姿からは考えられない程迫力がある。気の弱い者ならその場で腰を抜かすだろう。
「われらが生きるためには、人に犠牲になってもらわねばならぬのじゃ。わらわにもやしなってやらねばならぬ民がおる由にな。ましてや、この太平の世においては、悪夢を見る人などそうそうありはせぬ。ならば、悪夢を見せてやらねばなるまい?」
「そのために人里に鬼を放ち、飢餓を起こし、戦をおこすのですか?」
「世が乱れれば人は再び悪夢にうなされるようになる。さすれば、われらも糧に苦労はなくなるというもの」
「……たった……それだけのために?」
一瞬、麻那姫の気が散じた。そのスキをついて、数匹の魔物が麻那姫めがけて飛び込む。
疾風が走った。栗色のつむじ風。おさまってみれば、その数匹の魔物は見事一刀両断されている。
鰍は見た。つむじ風の正体を。十二単の重さをものともせず、右手の鉄扇一本で魍魎を退けた、栗色の髪の美貌の女房を。
「……ママ?」
その顔は、鰍の母親、静に瓜二つだった。
「それ!その力よ!」
声高に、夢紡姫が叫ぶ。
「麻那姫よ、では今度はこちらが問おう。そこな九頭竜ども共々かつては神とあがめられたそなた達が、何由に人に組するのじゃ?しかも、そなたを邪神と退けた大和の民の味方になど。何故じゃ?」
「人と魔物の、共に生きる術を探すためです」
「ほほう!これは異な事を!」
言って、ひとしきり笑うと、夢紡姫は、
「そのようなおためごかしのために、魔物達をのみならず、今また我が姉上をたぶらかしたと申すのか!」
「夢魅姫は、己が意思で我々に組したのです。たぶらかしてなど……」
その時になって始めて、鰍は、麻那姫の影にも女童が居た事に気付いた。すっかりおびえきっているその顔は、しかしながら、夢紡姫に瓜二つである。
――あれは私。そして、あの栗色の髪の女房こそ貴女達蘭一族の祖先、蘭内侍……――
再び、鰍のとなりで声がした。
「……祖先?蘭……?」
――そう。犬神の里を降りて、初めて蘭を名乗った女。そして、あの女童こそが……――
「ええい!聞く耳持たぬ!いずれにせよ同じ事、姉上、人に組するなど、夢魔の長としてあるまじき事!」
――夢魔の中の夢魔。百年に一度、人の形で生まれる夢魔の長。そして、当今の姫皇子、女東宮でもある私、夢魅姫――
「!」
やっと、鰍は自分のとなりに誰か居たことに気付いた。そして、自分が今までのいきさつを宙から見下ろしていたことに気付いた。
「……?おばちゃん、誰?」
――全ては、あの時、二人の夢魔姫が同時に生まれた事がいけないのです……――
何処とも解らぬ所を鰍は漂っていた。上下も、何も感じなかった。それ以前に、今の彼女には、何をしようという意思も、何を考えようという気もなかった。
――鰍。鰍……私の声を聞きなさい、鰍……――
誰かの声がする。どこかで、聞いたような。姉の様でも、母の声でもないが、しかし、それに類する優しい女の声。
――貴女は今、自分の過去世へと逆上っているのです。判りますか?鰍……。貴女は、自分の、いえ、貴女達姉妹のルーツを知らなければなりません……――
「誰?あたしを呼ぶのは、誰?」
――見えてきました。あれが、貴女と、そして私の起源……――
目の前のそれは、鰍にとって知識でしか知らないはずの平安京の、どこかの貴族の家らしかった。その庭には、士官や女房達が一人の姫を中心に集まっていた。そして……
門の外には、やはり中心に姫を戴いた魑魅魍魎達が居た。
「何故じゃ?何故、わらわの邪魔をするのじゃ?麻那姫よ、何故?」
魍魎の姫が問うた。麻那姫、と呼ばれた、士官達に護られた姫は、
「解っているはずでしょう?夢紡姫?」
よく見れば、夢紡姫と呼ばれたのは、尼そぎの髪も初々しい女童である。
「貴女達のような、人に災いをなす者を捨て置くことは出来ないのです」
「何をして災いと申すのじゃ?われら夢魔が人の夢を喰らうのが許せんと申すか?」
「貴女達夢魔族は、悪夢を喰らうのが本道のはず。何故人に悪夢をみせてまで……」
「ならば、われらに飢えて絶えよと申すか?」
ぐっと胸をそらし、相手を見下したその姿は、かぞえで十才になったろうかというその姿からは考えられない程迫力がある。気の弱い者ならその場で腰を抜かすだろう。
「われらが生きるためには、人に犠牲になってもらわねばならぬのじゃ。わらわにもやしなってやらねばならぬ民がおる由にな。ましてや、この太平の世においては、悪夢を見る人などそうそうありはせぬ。ならば、悪夢を見せてやらねばなるまい?」
「そのために人里に鬼を放ち、飢餓を起こし、戦をおこすのですか?」
「世が乱れれば人は再び悪夢にうなされるようになる。さすれば、われらも糧に苦労はなくなるというもの」
「……たった……それだけのために?」
一瞬、麻那姫の気が散じた。そのスキをついて、数匹の魔物が麻那姫めがけて飛び込む。
疾風が走った。栗色のつむじ風。おさまってみれば、その数匹の魔物は見事一刀両断されている。
鰍は見た。つむじ風の正体を。十二単の重さをものともせず、右手の鉄扇一本で魍魎を退けた、栗色の髪の美貌の女房を。
「……ママ?」
その顔は、鰍の母親、静に瓜二つだった。
「それ!その力よ!」
声高に、夢紡姫が叫ぶ。
「麻那姫よ、では今度はこちらが問おう。そこな九頭竜ども共々かつては神とあがめられたそなた達が、何由に人に組するのじゃ?しかも、そなたを邪神と退けた大和の民の味方になど。何故じゃ?」
「人と魔物の、共に生きる術を探すためです」
「ほほう!これは異な事を!」
言って、ひとしきり笑うと、夢紡姫は、
「そのようなおためごかしのために、魔物達をのみならず、今また我が姉上をたぶらかしたと申すのか!」
「夢魅姫は、己が意思で我々に組したのです。たぶらかしてなど……」
その時になって始めて、鰍は、麻那姫の影にも女童が居た事に気付いた。すっかりおびえきっているその顔は、しかしながら、夢紡姫に瓜二つである。
――あれは私。そして、あの栗色の髪の女房こそ貴女達蘭一族の祖先、蘭内侍……――
再び、鰍のとなりで声がした。
「……祖先?蘭……?」
――そう。犬神の里を降りて、初めて蘭を名乗った女。そして、あの女童こそが……――
「ええい!聞く耳持たぬ!いずれにせよ同じ事、姉上、人に組するなど、夢魔の長としてあるまじき事!」
――夢魔の中の夢魔。百年に一度、人の形で生まれる夢魔の長。そして、当今の姫皇子、女東宮でもある私、夢魅姫――
「!」
やっと、鰍は自分のとなりに誰か居たことに気付いた。そして、自分が今までのいきさつを宙から見下ろしていたことに気付いた。
「……?おばちゃん、誰?」
――全ては、あの時、二人の夢魔姫が同時に生まれた事がいけないのです……――
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
夢魔アイドルの歪んだ恋愛事情
こむらともあさ
恋愛
人間の夢や精気を食べて生きる夢魔は、人に化け、現代社会に紛れて暮らしていた。
そんな男性夢魔6人が組むアイドルグループ『Dr.BAC』のひとり咲岡零斗は、握手会イベントでファンとして来ていた綾瀬満月に胃袋を掴まれ一目惚れしてしまったのだった。
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。

【完結】魔導騎士から始まる、現代のゴーレムマスター
呑兵衛和尚
ファンタジー
異世界での二十五年間の生活を終えて、無事に生まれ故郷の地球に帰ってきた|十六夜悠《いざよい・ゆう》
帰還時の運試しで、三つのスキル・加護を持ち帰ることができることになったので、『|空間収納《チェスト》』と『ゴーレムマスター』という加護を持ち帰ることにした。
その加護を選んだ理由は一つで、地球でゴーレム魔法を使って『|魔導騎士《マーギア・ギア》』という、身長30cmほどのゴーレムを作り出し、誰でも手軽に『ゴーレムバトル』を楽しんでもらおうと考えたのである。
最初に自分をサポートさせるために作り出した、汎用ゴーレムの『綾姫』と、隣に住む幼馴染の【秋田小町』との三人で、ゴーレムを世界に普及させる‼︎
この物語は、魔法の存在しない地球で、ゴーレムマスターの主人公【十六夜悠】が、のんびりといろんなゴーレムやマジックアイテムを製作し、とんでも事件に巻き込まれるという面白おかしい人生の物語である。
・第一部
十六夜悠による魔導騎士(マーギア・ギア)の開発史がメインストーリーです。
・第二部
十六夜悠の息子の『十六夜銀河』が主人公の、高校生・魔導騎士(マーギア・ギア)バトルがメインストーリーです。

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
はみ出し者たちとカドゥケウスの杖
祇光瞭咲
ファンタジー
科学を信奉する人類至上主義、啓明党(イルミナティ)が政権を握ったことにより、魔術が厳しく弾圧されたフランス。パリの街は人狼による驚異に怯えていた。
イルミナティ憲兵団魔物討伐隊に所属するダナウは、人狼討伐のために郊外の墓地を訪れた。単独行動中に人狼に襲われ、自らも人狼に感染させられてしまった。
そして、ダナウはジルヴィと名乗る少年と出会う。
彼は自在に体を変形させる能力を持つ、人間でも魔物でもない怪物であった。彼は自分が何者なのかを知るために高度な知識を持つ魔術師を探しており、ダナウに仲間にならないかと持ち掛ける。
陰謀渦巻くパリ。激化する魔女裁判の裏に隠された秘密とは。
これは居場所を失い、求めるはみ出し者たちの物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる