雨降り狼さん夢の中

二式大型七面鳥

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 かじかは、夢の中に居た。泣き疲れて、制服のままで。
 何処とも解らぬ所を鰍は漂っていた。上下も、何も感じなかった。それ以前に、今の彼女には、何をしようという意思も、何を考えようという気もなかった。
――鰍。鰍……私の声を聞きなさい、鰍……――
 誰かの声がする。どこかで、聞いたような。姉の様でも、母の声でもないが、しかし、それに類する優しい女の声。
――貴女は今、自分の過去世へと逆上っているのです。判りますか?鰍……。貴女は、自分の、いえ、貴女達姉妹のルーツを知らなければなりません……――
「誰?あたしを呼ぶのは、誰?」
――見えてきました。あれが、貴女と、そして私の起源……――

 目の前のそれは、鰍にとって知識でしか知らないはずの平安京の、どこかの貴族の家らしかった。その庭には、士官や女房達が一人の姫を中心に集まっていた。そして……
 門の外には、やはり中心に姫を戴いた魑魅魍魎ちみもうりょう達が居た。

「何故じゃ?何故、わらわの邪魔をするのじゃ?麻那姫なまひめよ、何故?」
 魍魎の姫が問うた。麻那姫、と呼ばれた、士官達に護られた姫は、
「解っているはずでしょう?夢紡姫ゆめつむぎひめ?」
 よく見れば、夢紡姫と呼ばれたのは、尼そぎの髪も初々しい女童めのわらわである。
「貴女達のような、人に災いをなす者を捨て置くことは出来ないのです」
「何をして災いと申すのじゃ?われら夢魔が人の夢を喰らうのが許せんと申すか?」
「貴女達夢魔族は、悪夢を喰らうのが本道のはず。何故人に悪夢をみせてまで……」
「ならば、われらに飢えて絶えよと申すか?」
 ぐっと胸をそらし、相手を見下したその姿は、かぞえで十才になったろうかというその姿からは考えられない程迫力がある。気の弱い者ならその場で腰を抜かすだろう。
「われらが生きるためには、人に犠牲になってもらわねばならぬのじゃ。わらわにもやしなってやらねばならぬ民がおる由にな。ましてや、この太平の世においては、悪夢を見る人などそうそうありはせぬ。ならば、悪夢を見せてやらねばなるまい?」
「そのために人里に鬼を放ち、飢餓を起こし、戦をおこすのですか?」
「世が乱れれば人は再び悪夢にうなされるようになる。さすれば、われらも糧に苦労はなくなるというもの」
「……たった……それだけのために?」
 一瞬、麻那姫まなひめの気が散じた。そのスキをついて、数匹の魔物が麻那姫めがけて飛び込む。
 疾風が走った。栗色のつむじ風。おさまってみれば、その数匹の魔物は見事一刀両断されている。
 鰍は見た。つむじ風の正体を。十二単の重さをものともせず、右手の鉄扇一本で魍魎を退けた、栗色の髪の美貌の女房を。
「……ママ?」
 その顔は、鰍の母親、しずかに瓜二つだった。


「それ!その力よ!」
 声高に、夢紡姫ゆめつむぎひめが叫ぶ。
「麻那姫よ、では今度はこちらが問おう。そこな九頭竜ども共々かつては神とあがめられたそなた達が、何由に人に組するのじゃ?しかも、そなたを邪神と退けた大和の民の味方になど。何故じゃ?」
「人と魔物の、共に生きる術を探すためです」
「ほほう!これは異な事を!」
 言って、ひとしきり笑うと、夢紡姫は、
「そのようなおためごかしのために、魔物達をのみならず、今また我が姉上をたぶらかしたと申すのか!」
夢魅姫ゆめみひめは、己が意思で我々に組したのです。たぶらかしてなど……」
 その時になって始めて、鰍は、麻那姫の影にも女童が居た事に気付いた。すっかりおびえきっているその顔は、しかしながら、夢紡姫に瓜二つである。
――あれは私。そして、あの栗色の髪の女房こそ貴女達蘭一族の祖先、蘭内侍あららぎのないしのかみ……――
 再び、かじかのとなりで声がした。
「……祖先?蘭……?」
――そう。犬神の里を降りて、初めて蘭を名乗った女。そして、あの女童こそが……――
「ええい!聞く耳持たぬ!いずれにせよ同じ事、姉上、人に組するなど、夢魔のおさとしてあるまじき事!」
――夢魔の中の夢魔。百年に一度、人の形で生まれる夢魔の長。そして、当今とうぎん姫皇子ひめみこ、女東宮でもある私、夢魅姫ゆめみひめ――
「!」
 やっと、鰍は自分のとなりに誰か居たことに気付いた。そして、自分が今までのいきさつを宙から見下ろしていたことに気付いた。
「……?おばちゃん、誰?」
――全ては、あの時、二人の夢魔姫むまきが同時に生まれた事がいけないのです……――
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