雨降り狼さん夢の中

二式大型七面鳥

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 ことことことこと。
 台所から、小気味良い音がしてくる。ともえが、タマネギを刻んでいるのだ。
 長いこと、仏壇の前で手を合わせていたかじかが、やっと目を開けた。気のせいか、その目がうるんでいる。
 両親の位牌。自分たち姉妹を守り、死んでいった父と母。当時、十才になったばかりだった鰍にとって、それはあまりに悲しい記憶だった。
――見ててね、パパ、ママ――
 鰍は、改めて心に誓った。
――必ず、カタキはとるからね……――

 外は雨だった。しとしとと、止むでもなく、強くなるでもなく降りつづく、陰気な雨。
かおるお姉遅いなァ……」
 ちゃぶ台に片肘を乗せ、ぼーっと姉の後ろ姿をながめていた鰍がつぶやいた。巴は、特に答えるでもなくシチューを煮込んでいる。
 このアパートの本来の住人たる次女の馨は、まだ学校から帰ってきていない。
「大丈夫かなぁ……馨お姉、バイクで学校行ったんでしょ?……」
「大丈夫だろ?あの娘がコケる訳ァないさ。だいたい……」
 トレーナーにジーンズ。髪は肩のあたりまでのワンレン。外見だけなら、素ッピンでも、そこらの女子大生にはひけをとらないだろう長女の巴が振り向く。
「純血だろ?あの娘は……」
 優しそうに垂れた、いわゆるスリーピーアイズをさらに細めて巴が微笑む。言葉遣いは、こわもてのする姐さん言葉だが、語調は優しい。
「でも今夜、新月だからなァ……」
「余計な事考えんじゃないの。ほら」
 エプロンを脱いだ巴は、コーヒーポットを片手に居間に来る。鰍のカップと、自分の湯飲みにアメリカンを注ぐ。すかさず、砂糖に手を出す鰍を見て、巴は、
「……太るぞ」
「巴お姉ほどじゃないもん」
「……言ったな……」
「あら?何の事?」

――ホント、神様って不公平だよな――
 ぼーっと、窓の外を眺めていた鰍は、視線を姉の胸元に移した。
「ん?」
「巴お姉……また少し太っ……」
 どすっ。言い終わらぬうちに、どこに持っていたものか、ちゃぶ台にデバ包丁がささる。
「……何だって?」
「いや、あの、あいかわらずいいプロポーションだなーと……」
 あははははーっと、お気楽に笑ってその場をとりつくろおうとする鰍を、ひとしきりにらみつけていた巴だが、
「……よし」
 言って、半分ほども突きささっていたデバを引っこぬく。

――ホント、不公平だよな――
 ひきつった笑いをうかべながら、鰍は思った。
 本人も気にしているとおり、少々太めな巴だが、それを差し引いても充分以上に彼女のスタイルは群を抜いている。例えるなら、ミロのヴィーナス像のあのふくよかさといった所だろうか。これに対し、次女の馨は、まさに今はやりのスタイル、とでも言うべきだろうか、高い身長と、相応のスリーサイズは、ハンパなモデルでは歯が立たないほどだ。
 ところが、三女の鰍となると話は別で、童顔で背も低く、おまけにやせている彼女は子供料金で充分電車に乗れるほどである。
――やっぱり父親が違うとこーなるのかな――

 巴と馨と鰍。この三人が姉妹だ、と言う事は、三人とも栗毛だという点を別にすると、恐らく、外見だけ見た人では容易には信じられないだろう。それほどまでに似ていないこの姉妹は、それもそもはず、父親を全く別にする異父姉妹なのだ。

――そう言や、あの日も雨、だったよなァ……――
 コーヒーをすすりながら、鰍は思った。
――ちょうど、こんな感じだったっけ……――
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