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第八章:そして日常へ
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青葉五月は、目が覚めてからしばらく、現状を把握出来ず天井を見つめていた。
やがて、それが自宅の見慣れた天井であり、ここが西日の差し込む自分の寝室である事に気付き、つられるように、昨夜の記憶が断片的に甦ってくる。
酒井に連れられて、覆面パトカーに乗ったところまでは思い出せる。が、それ以降の記憶は、ほぼ、無い。
部屋に着いた、というか、担ぎ込まれたのは何時だったのだろう。時計など見ていなかったが、夜明けより前である事は間違い無い。そして、今はもう午後の五時になろうとしている。ざっくり、十二時間ほど寝ていたのだろうか。
のろのろと、五月はベッドの上に起き上がる。寝過ぎなのだろう、少し頭が痛む。それなのに、体はまだ眠足りないらしい。あちこちの筋肉が痛み、だるい。自分で思っていた以上に、監禁されていた五日間は体と精神を消耗させていたらしい。
南と西に窓のある自分の寝室で、沈む寸前の夕陽に照らされていた五月は、しばらくして、ぽつりと呟いた。
「……おなかすいた……」
冷蔵庫に残っていた、消費期限がギリ大丈夫な食材で適当に作った食事で、五月はとにかく空きっ腹を満たす。三食とも粥の日々が続いたせいか、適当に作ったパスタ――五月は、メニューに迷うと大量に買い置きしてあるパスタに逃げる癖がある――が猛烈に旨い。腹を満たして人心地着いたら、その間に湯を張っておいた湯船に浸かり、ずっと気になっていた五日分のアカを落とす。クリスマスを過ぎた女性として、髪も体も肌も五日もろくに手入れしないなどあり得ない。その分を取り返すかのように、入浴剤をぶち込んだ湯船に長時間浸かり、念入りにお肌のメンテナンスをし、ややのぼせ気味の五月がリビングに戻ったのは、もう日がとっぷりと暮れまくった頃だった。
リビングのテーブルで、流れるような動きで全くもって当たり前のように五月はストロング系缶チューハイのプルタブを開ける。まだイマイチ回転の鈍い頭に燃料を注ぐように、五月は直接缶に口をつけ、胃の腑にアルコールを流し込む。胃と喉が熱くなり、その熱が脳に達するのに合わせ、五月はやっと色々と考えるべき事、するべき事があるのを思い出す。
「源三郎さん、帰ってきてるかしら……」
髪と体がすっきりして、脳に適量のアルコールが回った五月は、外出着に着替えると部屋を出る。酒井の動向は気になるが、まだ仕事中の可能性もあるので電話もメールも避け、直接隣の部屋の明かりを確認する――真っ暗だ。帰ってきているが寝ている、という気配もない。
まだ、お仕事中か。警察って大変なのね……
小さくため息をついた五月は、そのまま近所のスーパーに食材その他の買い出しに出た。
時間帯がよかったのか、見切り品特売品を大量GETして――もはや習慣化しており、為に、先週末に買い込んだ見切り品の大半は、この五日間で使う事なく廃棄を余儀なくされた――戻ってきた五月は、酒井の部屋に明かりがついている事に気付いた。
よかった、帰ってきてる。五月は、自分の肩の力が抜けるのを感じる。このまま酒井が徹夜二日目にでも突入したらと、事件の関係者として相応の心配はしていたのだ。
迷う事無く、五月はドア横のインターホンを押す。が、しばらく待っても反応が無い。深夜ならともかく、土曜のこの時間は周囲の喧噪で室内の物音が伺えない。仕方なく、五月は合い鍵を使って――合い鍵を使う事に何の疑問も持たず――酒井の部屋に入る。
「源三郎さん、おじゃまします……」
酒井の返事は無い。その代わりに、玄関から直接リビングが見通せない作りになっているこの部屋の奥からは水音が聞こえる。どうやら、酒井は風呂を浴びているらしい。ストロング系チューハイの一缶程度では全く酔った気がしない五月は、それでもアルコールの作用で少しは気が大きくなっている事は自覚せず、ごく自然に酒井の部屋に上がり込む。
リビングのテーブルに置かれたコンビニ袋、その中身がコンビニ弁当とカップ酒とつまみである事を確認した五月は、苦笑すると自分のエコバッグから適当な食材を選び出し、背中まで伸ばした髪をゴムでまとめると汁物と付け合わせを作りにかかった。
「うわ五月さん?」
腰に巻いたバスタオルいっちょで、全く無警戒に脱衣所からリビングに出てきた酒井は、キッチンで汁物の味を確かめている五月を発見してうろたえた。
「あ、源三郎さん、お疲れ様でした」
振り向いて、五月は微笑む。
「お返事なかったんで、上がらせてもらいました。お味噌汁とおかず作ったんで、お弁当と一緒に召し上がって下さいな……お弁当、温めます?」
酒井は、油断してマッパで脱衣所から出てこなくて本当に良かったと――冬場はともかく夏場はたまにやる――心底思った。
やがて、それが自宅の見慣れた天井であり、ここが西日の差し込む自分の寝室である事に気付き、つられるように、昨夜の記憶が断片的に甦ってくる。
酒井に連れられて、覆面パトカーに乗ったところまでは思い出せる。が、それ以降の記憶は、ほぼ、無い。
部屋に着いた、というか、担ぎ込まれたのは何時だったのだろう。時計など見ていなかったが、夜明けより前である事は間違い無い。そして、今はもう午後の五時になろうとしている。ざっくり、十二時間ほど寝ていたのだろうか。
のろのろと、五月はベッドの上に起き上がる。寝過ぎなのだろう、少し頭が痛む。それなのに、体はまだ眠足りないらしい。あちこちの筋肉が痛み、だるい。自分で思っていた以上に、監禁されていた五日間は体と精神を消耗させていたらしい。
南と西に窓のある自分の寝室で、沈む寸前の夕陽に照らされていた五月は、しばらくして、ぽつりと呟いた。
「……おなかすいた……」
冷蔵庫に残っていた、消費期限がギリ大丈夫な食材で適当に作った食事で、五月はとにかく空きっ腹を満たす。三食とも粥の日々が続いたせいか、適当に作ったパスタ――五月は、メニューに迷うと大量に買い置きしてあるパスタに逃げる癖がある――が猛烈に旨い。腹を満たして人心地着いたら、その間に湯を張っておいた湯船に浸かり、ずっと気になっていた五日分のアカを落とす。クリスマスを過ぎた女性として、髪も体も肌も五日もろくに手入れしないなどあり得ない。その分を取り返すかのように、入浴剤をぶち込んだ湯船に長時間浸かり、念入りにお肌のメンテナンスをし、ややのぼせ気味の五月がリビングに戻ったのは、もう日がとっぷりと暮れまくった頃だった。
リビングのテーブルで、流れるような動きで全くもって当たり前のように五月はストロング系缶チューハイのプルタブを開ける。まだイマイチ回転の鈍い頭に燃料を注ぐように、五月は直接缶に口をつけ、胃の腑にアルコールを流し込む。胃と喉が熱くなり、その熱が脳に達するのに合わせ、五月はやっと色々と考えるべき事、するべき事があるのを思い出す。
「源三郎さん、帰ってきてるかしら……」
髪と体がすっきりして、脳に適量のアルコールが回った五月は、外出着に着替えると部屋を出る。酒井の動向は気になるが、まだ仕事中の可能性もあるので電話もメールも避け、直接隣の部屋の明かりを確認する――真っ暗だ。帰ってきているが寝ている、という気配もない。
まだ、お仕事中か。警察って大変なのね……
小さくため息をついた五月は、そのまま近所のスーパーに食材その他の買い出しに出た。
時間帯がよかったのか、見切り品特売品を大量GETして――もはや習慣化しており、為に、先週末に買い込んだ見切り品の大半は、この五日間で使う事なく廃棄を余儀なくされた――戻ってきた五月は、酒井の部屋に明かりがついている事に気付いた。
よかった、帰ってきてる。五月は、自分の肩の力が抜けるのを感じる。このまま酒井が徹夜二日目にでも突入したらと、事件の関係者として相応の心配はしていたのだ。
迷う事無く、五月はドア横のインターホンを押す。が、しばらく待っても反応が無い。深夜ならともかく、土曜のこの時間は周囲の喧噪で室内の物音が伺えない。仕方なく、五月は合い鍵を使って――合い鍵を使う事に何の疑問も持たず――酒井の部屋に入る。
「源三郎さん、おじゃまします……」
酒井の返事は無い。その代わりに、玄関から直接リビングが見通せない作りになっているこの部屋の奥からは水音が聞こえる。どうやら、酒井は風呂を浴びているらしい。ストロング系チューハイの一缶程度では全く酔った気がしない五月は、それでもアルコールの作用で少しは気が大きくなっている事は自覚せず、ごく自然に酒井の部屋に上がり込む。
リビングのテーブルに置かれたコンビニ袋、その中身がコンビニ弁当とカップ酒とつまみである事を確認した五月は、苦笑すると自分のエコバッグから適当な食材を選び出し、背中まで伸ばした髪をゴムでまとめると汁物と付け合わせを作りにかかった。
「うわ五月さん?」
腰に巻いたバスタオルいっちょで、全く無警戒に脱衣所からリビングに出てきた酒井は、キッチンで汁物の味を確かめている五月を発見してうろたえた。
「あ、源三郎さん、お疲れ様でした」
振り向いて、五月は微笑む。
「お返事なかったんで、上がらせてもらいました。お味噌汁とおかず作ったんで、お弁当と一緒に召し上がって下さいな……お弁当、温めます?」
酒井は、油断してマッパで脱衣所から出てこなくて本当に良かったと――冬場はともかく夏場はたまにやる――心底思った。
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追記(2021/10/7)
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更に追記(2022/3/9)
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