上 下
127 / 141
第七章:決戦は土曜0時

126

しおりを挟む
――いい?ポイントは二つよ――
 もはやむくろと化しながらも、まだ意識だけは残している莉莉リリ、その莉莉の目から周りを見ている五月さつきの脳裏に、蘭円あららぎ まどかの声が聞こえる。
――一つ。莉莉の未練を断つこと。一つ。茉茉モモも納得させる事。それから、引き際を間違えないようにすること――
――……三つじゃん――
 円の声にかぶって、かじかの声もする。
――……そうか、三つか……うん、まあ、いいや。で。トンズラするタイミングはこっちに任せて。……玲子ちゃん?――
「は、はい」
 姿の見えない玲子の声もする。
――それで、あなたは、どうしたい?――
 円は、ストレートに玲子に聞いた。
わたくしですか?」
――そうよ。あたしと鰍は、タイミング見計らってあなた達を引っ張ってこの夢から逃げ出す事に集中するから、力は貸すからあなたのイメージでこの夢を作り替えて頂戴――
「そんな……」
 円に突っ放した言い方をされて、明らかに玲子の声はうろたえている。
――書き換えが上手くいったら、その瞬間に莉莉の未練も消滅して、連鎖的にこの夢も消滅するわ。そのタイミングを間違うと、アタシ達も道連れになって消滅するの。悪いけど、力は貸せるけど手は貸せないわ――
 鰍の声が、申し訳なさそうに付け加える。
「でも……どうすれば……」
「……玲子さん。玲子さんは、莉莉と茉茉に、どうなって欲しいですか?」
 これもどこにいるかわからない柾木が、自信なげに、不安そうに戸惑う玲子に助け船を出す。
「え……それは、幸せになって頂きたいですけれど……」
――残念だけど、事実は、例え夢でも変えられないわ。莉莉が死んでいることも、茉茉がああいう状態である事も、事実は変えられない。けど、真実は変えられるの――
「真実?」
 鰍のアドバイスに、玲子が聞き返す。
――事実は既に起きた現実だけど、真実は、それをどう受け止めたか、どう理解したか、人の数だけあるし、時間で変化したりもするのよ。だから……――
「事実は変えずに、解釈だけを変える、そういう事ですね?」
 柾木が、玲子に代わって答える。
「だったら、俺だったら……」
「……そうですね。柾木様、お力をお貸しいただけますか?」
 体がないから、他人の夢の中に心だけで入り込んでいるからだろうか。玲子は、柾木の考えていることが鮮明に理解出来た。それは、玲子が考えていた「あり得るべき結末」とさほどの違いがない。そして、それを行う為には、茉茉がなついている柾木の助力が必要だと、玲子には思えた。
「もちろんです」
「ありがとうございます……鰍様、それで、私は何を、どうすれば?」
 さっきと同じ言葉であっても、今の玲子に迷いはない。それが、言葉から感じられる。それこそが、言霊の力の基本。やりとりを聞いていた五月は、今の、言葉から自信が溢れている玲子なら、上手くやれると確信する。
――できるだけ具体的に、詳細に、玲子さんが思う夢の形を想像して。目の前の光景が自分の想像と一致するように、違っているところを全部、イメージで塗り替えるの。ぶっつけ本番だから、難しいだろうけど……――
 具体性を欠く説明で、鰍は玲子に教える。そうとしか、教えようがない。
「……柾木様、申し訳ございませんが、あの張果ちょうかの代役を務めて下さいまし。エータでこそありませんが、茉茉がなついている柾木様ならば、あるいは……」
「……わかった、やってみます」
 柾木も、玲子の思うところを即座に理解する。
 そして玲子は、自分に本当に夢の改竄かいざんが出来るかを試す意味もこめて、一言、宣言する。
「……張果を、この夢から消します……」

 五月は、その光景を、驚きをもって見つめていた。
 ほんの瞬きする間に、地面を転げ回っていた張果が消え、茉茉を抱いた張果が立っていた。
 五月は、莉莉の心の中が、何か温かいもので満ちていくのを感じる。
――その調子よ、初めてにしちゃ上出来よ……いい?合図したら、莉莉の中の五月さんを、全部、鷲掴みにして引きずり出して。そしたら、アタシがみんなまとめて連れて逃げるから――
「はい、そちらは、よろしくお願いします」
 鰍の指示、アドバイスに、玲子は素直に従っている。あの勝ち気な玲子さんが、ねぇ……柾木は、ちょっと不思議な気がしつつ、玲子の指示通りに張果の演技を続ける。
 茉茉は、大人しく柾木の化けた張果に抱かれている。茉茉にとっては、もしかしたら張果と柾木の、そしてエータ柾木とオリジナル柾木の区別は無いのかも知れない。それらは全て、自分に優しくしてくれるもの、自分を愛してくれる存在、それ以外の何者でもないのかも知れないと、ふと柾木は思った。
 そして、柾木は、柾木の化けた若い張果は、地面に膝をついて、無残な骸と成り果てた莉莉を抱き起こす。さあ、ここからだ。
「……ありがとう。莉莉」
 一瞬、中国語でしゃべるべきだったか、いやでも俺、そもそも中国語なんて全く分からないしな、そう思った柾木だが、ままよ、日本語のまま語りかける。
「おまえが助けてくれたんだな。ありがとう……」
 柾木の声が詰まった。ふと、感情がこみ上げて来た。違う、いや違わない、こみ上げてるのは俺の感情だけれども。これは、五月さんや玲子さんの感情が俺に逆流している?
「……ありが、とう……」
 言って、柾木は、莉莉を固く抱きしめる。涙が、溢れる。気持ちが、言葉にならない。
 ……哀しまないで。あなたが生きていてくれれば、私はそれで良いの……
 五月は、莉莉の感情が反応していることを知る。莉莉は、少し前の場面を繰り返している。だが、感情の流れが少し違う。そして気付く。莉莉は、莉莉の骸は、何回も何回も、この場面を繰り返していたのだ、この世にしがみついて。張果を心配するあまりに。前に進めずに、この瞬間を、何度も何度も。
「……きっと俺も、後から行くから……先に行って待っていてくれ。茉茉と、おまえと、二人で……」
 柾木は、考え抜いた一言を発した。玲子の意図を汲んだ、一言を。

 ……ああ、あなた、分かりました、待っています、いつまでも、あなたが来るのを……
 決定的な何かが、変った。五月は、それを感じた。
「茉茉、おまえも、お母さんと行きなさい……莉莉、茉茉も、一緒に連れて行って、やって、くれ……」
 柾木の、張果に化けた柾木の声に嗚咽が混ざる。柾木は少しだけ莉莉から体を離し、莉莉の胸に茉茉を預け、莉莉の手を取って茉茉を抱くようにさせると、再び莉莉を抱きしめた。
 それは、柾木のアドリブでもあった。玲子がどちらかというと莉莉に感情移入していたように、柾木は、何度も夢に現れた茉茉に感情移入していた。茉茉がどういう存在かを知った今、柾木はまず、茉茉を開放してやることを第一に思い、そして、茉茉と莉莉、どちらも互いを必要としているのだと思う。
 思って、固く莉莉を茉茉ごと抱きしめ、ひとしきり抱きしめた後、ごく自然に柾木は、莉莉の青ざめた唇に自分の唇を重ねた。

――今よ!ずらかるわよ!――
 円の声がみなの脳裏に響く。
――玲子さんお願い!――
 玲子は、その鰍の声にはっとして我に返る。視点が、急速に莉莉から遠ざかろうとしている。
 いけない!五月様!
 玲子は、見えない腕を莉莉に、莉莉の中に居るはずの五月にのばす。
 柾木様も!
 三本目、四本目の腕が、莉莉を抱く張果の、その姿を騙っている柾木を掴み、強引に引き剥がず。
 莉莉のほんのわずかに残っていた自我と、張果の姿の抜け殻が残る大地が、急速に遠ざかり、まるでのぞき込んでいた巾着袋の口を閉めたかのように、急に、ふっと、視野が暗転した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

玉姫伝ーさみしがり屋の蛇姫様、お節介焼きのお狐様に出会うー

二式大型七面鳥
ファンタジー
ガールmeetガール、ただしどっちも人の範疇をちょっと逸脱している、そんなお話し。 このお話しは、シリーズタイトル「何の取り柄もない(以下略)」の長編第二部「Dollhouse ―抱き人形の館―」でちょこっと、短編「青春短し、恋せよ乙女――ただし人狼の。」で脇をはった、昴銀子と八重垣環の、中学校時代の出逢いのお話になります。 (なので、そっち先に読まれると、こいつらの素性はモロバレになります。まあ、既にタイトルで出落ちしてますが) お話自体は、「青春短し」同様、過去に一度マンガとして起こしたものですが、多少場面を練り直して小説としての体裁を整えてます。 例によって、生まれも育ちも関東のべらんめえ話者である筆者が、一所懸命に推敲しつつ関西弁で台詞書いてます。なので、もし、「そこはそう言わない!」がありましたら教えていただけると、筆者、泣いて喜びます。 拙い文章ですが、楽しんでいただけましたら幸いです。 ※これまた例によって、カクヨムと重複投稿です。また、アルファポリス側はオリジナルの約一万五千字版、カクヨム側は短編小説コンテストフォーマットに合わせた1万字縛り版です。 ※またしても、挿絵もアップします……が、何しろずいぶん前に描いたものなのと、中盤の展開が変わってるので、使える絵があんまりありません…… 20210117追記:05の挿絵を追加しました、銀子の服がセーラーじゃないのは、漫画描いた時と今回テキストにした内容での展開の違いによるものです、ご了承下さい。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

処理中です...