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第七章:決戦は土曜0時
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――いい?ポイントは二つよ――
もはや骸と化しながらも、まだ意識だけは残している莉莉、その莉莉の目から周りを見ている五月の脳裏に、蘭円の声が聞こえる。
――一つ。莉莉の未練を断つこと。一つ。茉茉も納得させる事。それから、引き際を間違えないようにすること――
――……三つじゃん――
円の声にかぶって、鰍の声もする。
――……そうか、三つか……うん、まあ、いいや。で。トンズラするタイミングはこっちに任せて。……玲子ちゃん?――
「は、はい」
姿の見えない玲子の声もする。
――それで、あなたは、どうしたい?――
円は、ストレートに玲子に聞いた。
「私ですか?」
――そうよ。あたしと鰍は、タイミング見計らってあなた達を引っ張ってこの夢から逃げ出す事に集中するから、力は貸すからあなたのイメージでこの夢を作り替えて頂戴――
「そんな……」
円に突っ放した言い方をされて、明らかに玲子の声はうろたえている。
――書き換えが上手くいったら、その瞬間に莉莉の未練も消滅して、連鎖的にこの夢も消滅するわ。そのタイミングを間違うと、アタシ達も道連れになって消滅するの。悪いけど、力は貸せるけど手は貸せないわ――
鰍の声が、申し訳なさそうに付け加える。
「でも……どうすれば……」
「……玲子さん。玲子さんは、莉莉と茉茉に、どうなって欲しいですか?」
これもどこにいるかわからない柾木が、自信なげに、不安そうに戸惑う玲子に助け船を出す。
「え……それは、幸せになって頂きたいですけれど……」
――残念だけど、事実は、例え夢でも変えられないわ。莉莉が死んでいることも、茉茉がああいう状態である事も、事実は変えられない。けど、真実は変えられるの――
「真実?」
鰍のアドバイスに、玲子が聞き返す。
――事実は既に起きた現実だけど、真実は、それをどう受け止めたか、どう理解したか、人の数だけあるし、時間で変化したりもするのよ。だから……――
「事実は変えずに、解釈だけを変える、そういう事ですね?」
柾木が、玲子に代わって答える。
「だったら、俺だったら……」
「……そうですね。柾木様、お力をお貸しいただけますか?」
体がないから、他人の夢の中に心だけで入り込んでいるからだろうか。玲子は、柾木の考えていることが鮮明に理解出来た。それは、玲子が考えていた「あり得るべき結末」とさほどの違いがない。そして、それを行う為には、茉茉がなついている柾木の助力が必要だと、玲子には思えた。
「もちろんです」
「ありがとうございます……鰍様、それで、私は何を、どうすれば?」
さっきと同じ言葉であっても、今の玲子に迷いはない。それが、言葉から感じられる。それこそが、言霊の力の基本。やりとりを聞いていた五月は、今の、言葉から自信が溢れている玲子なら、上手くやれると確信する。
――できるだけ具体的に、詳細に、玲子さんが思う夢の形を想像して。目の前の光景が自分の想像と一致するように、違っているところを全部、イメージで塗り替えるの。ぶっつけ本番だから、難しいだろうけど……――
具体性を欠く説明で、鰍は玲子に教える。そうとしか、教えようがない。
「……柾木様、申し訳ございませんが、あの張果の代役を務めて下さいまし。エータでこそありませんが、茉茉がなついている柾木様ならば、あるいは……」
「……わかった、やってみます」
柾木も、玲子の思うところを即座に理解する。
そして玲子は、自分に本当に夢の改竄が出来るかを試す意味もこめて、一言、宣言する。
「……張果を、この夢から消します……」
五月は、その光景を、驚きをもって見つめていた。
ほんの瞬きする間に、地面を転げ回っていた張果が消え、茉茉を抱いた張果が立っていた。
五月は、莉莉の心の中が、何か温かいもので満ちていくのを感じる。
――その調子よ、初めてにしちゃ上出来よ……いい?合図したら、莉莉の中の五月さんを、全部、鷲掴みにして引きずり出して。そしたら、アタシがみんなまとめて連れて逃げるから――
「はい、そちらは、よろしくお願いします」
鰍の指示、アドバイスに、玲子は素直に従っている。あの勝ち気な玲子さんが、ねぇ……柾木は、ちょっと不思議な気がしつつ、玲子の指示通りに張果の演技を続ける。
茉茉は、大人しく柾木の化けた張果に抱かれている。茉茉にとっては、もしかしたら張果と柾木の、そしてエータ柾木とオリジナル柾木の区別は無いのかも知れない。それらは全て、自分に優しくしてくれるもの、自分を愛してくれる存在、それ以外の何者でもないのかも知れないと、ふと柾木は思った。
そして、柾木は、柾木の化けた若い張果は、地面に膝をついて、無残な骸と成り果てた莉莉を抱き起こす。さあ、ここからだ。
「……ありがとう。莉莉」
一瞬、中国語でしゃべるべきだったか、いやでも俺、そもそも中国語なんて全く分からないしな、そう思った柾木だが、ままよ、日本語のまま語りかける。
「おまえが助けてくれたんだな。ありがとう……」
柾木の声が詰まった。ふと、感情がこみ上げて来た。違う、いや違わない、こみ上げてるのは俺の感情だけれども。これは、五月さんや玲子さんの感情が俺に逆流している?
「……ありが、とう……」
言って、柾木は、莉莉を固く抱きしめる。涙が、溢れる。気持ちが、言葉にならない。
……哀しまないで。あなたが生きていてくれれば、私はそれで良いの……
五月は、莉莉の感情が反応していることを知る。莉莉は、少し前の場面を繰り返している。だが、感情の流れが少し違う。そして気付く。莉莉は、莉莉の骸は、何回も何回も、この場面を繰り返していたのだ、この世にしがみついて。張果を心配するあまりに。前に進めずに、この瞬間を、何度も何度も。
「……きっと俺も、後から行くから……先に行って待っていてくれ。茉茉と、おまえと、二人で……」
柾木は、考え抜いた一言を発した。玲子の意図を汲んだ、一言を。
……ああ、あなた、分かりました、待っています、いつまでも、あなたが来るのを……
決定的な何かが、変った。五月は、それを感じた。
「茉茉、おまえも、お母さんと行きなさい……莉莉、茉茉も、一緒に連れて行って、やって、くれ……」
柾木の、張果に化けた柾木の声に嗚咽が混ざる。柾木は少しだけ莉莉から体を離し、莉莉の胸に茉茉を預け、莉莉の手を取って茉茉を抱くようにさせると、再び莉莉を抱きしめた。
それは、柾木のアドリブでもあった。玲子がどちらかというと莉莉に感情移入していたように、柾木は、何度も夢に現れた茉茉に感情移入していた。茉茉がどういう存在かを知った今、柾木はまず、茉茉を開放してやることを第一に思い、そして、茉茉と莉莉、どちらも互いを必要としているのだと思う。
思って、固く莉莉を茉茉ごと抱きしめ、ひとしきり抱きしめた後、ごく自然に柾木は、莉莉の青ざめた唇に自分の唇を重ねた。
――今よ!ずらかるわよ!――
円の声がみなの脳裏に響く。
――玲子さんお願い!――
玲子は、その鰍の声にはっとして我に返る。視点が、急速に莉莉から遠ざかろうとしている。
いけない!五月様!
玲子は、見えない腕を莉莉に、莉莉の中に居るはずの五月にのばす。
柾木様も!
三本目、四本目の腕が、莉莉を抱く張果の、その姿を騙っている柾木を掴み、強引に引き剥がず。
莉莉のほんのわずかに残っていた自我と、張果の姿の抜け殻が残る大地が、急速に遠ざかり、まるでのぞき込んでいた巾着袋の口を閉めたかのように、急に、ふっと、視野が暗転した。
もはや骸と化しながらも、まだ意識だけは残している莉莉、その莉莉の目から周りを見ている五月の脳裏に、蘭円の声が聞こえる。
――一つ。莉莉の未練を断つこと。一つ。茉茉も納得させる事。それから、引き際を間違えないようにすること――
――……三つじゃん――
円の声にかぶって、鰍の声もする。
――……そうか、三つか……うん、まあ、いいや。で。トンズラするタイミングはこっちに任せて。……玲子ちゃん?――
「は、はい」
姿の見えない玲子の声もする。
――それで、あなたは、どうしたい?――
円は、ストレートに玲子に聞いた。
「私ですか?」
――そうよ。あたしと鰍は、タイミング見計らってあなた達を引っ張ってこの夢から逃げ出す事に集中するから、力は貸すからあなたのイメージでこの夢を作り替えて頂戴――
「そんな……」
円に突っ放した言い方をされて、明らかに玲子の声はうろたえている。
――書き換えが上手くいったら、その瞬間に莉莉の未練も消滅して、連鎖的にこの夢も消滅するわ。そのタイミングを間違うと、アタシ達も道連れになって消滅するの。悪いけど、力は貸せるけど手は貸せないわ――
鰍の声が、申し訳なさそうに付け加える。
「でも……どうすれば……」
「……玲子さん。玲子さんは、莉莉と茉茉に、どうなって欲しいですか?」
これもどこにいるかわからない柾木が、自信なげに、不安そうに戸惑う玲子に助け船を出す。
「え……それは、幸せになって頂きたいですけれど……」
――残念だけど、事実は、例え夢でも変えられないわ。莉莉が死んでいることも、茉茉がああいう状態である事も、事実は変えられない。けど、真実は変えられるの――
「真実?」
鰍のアドバイスに、玲子が聞き返す。
――事実は既に起きた現実だけど、真実は、それをどう受け止めたか、どう理解したか、人の数だけあるし、時間で変化したりもするのよ。だから……――
「事実は変えずに、解釈だけを変える、そういう事ですね?」
柾木が、玲子に代わって答える。
「だったら、俺だったら……」
「……そうですね。柾木様、お力をお貸しいただけますか?」
体がないから、他人の夢の中に心だけで入り込んでいるからだろうか。玲子は、柾木の考えていることが鮮明に理解出来た。それは、玲子が考えていた「あり得るべき結末」とさほどの違いがない。そして、それを行う為には、茉茉がなついている柾木の助力が必要だと、玲子には思えた。
「もちろんです」
「ありがとうございます……鰍様、それで、私は何を、どうすれば?」
さっきと同じ言葉であっても、今の玲子に迷いはない。それが、言葉から感じられる。それこそが、言霊の力の基本。やりとりを聞いていた五月は、今の、言葉から自信が溢れている玲子なら、上手くやれると確信する。
――できるだけ具体的に、詳細に、玲子さんが思う夢の形を想像して。目の前の光景が自分の想像と一致するように、違っているところを全部、イメージで塗り替えるの。ぶっつけ本番だから、難しいだろうけど……――
具体性を欠く説明で、鰍は玲子に教える。そうとしか、教えようがない。
「……柾木様、申し訳ございませんが、あの張果の代役を務めて下さいまし。エータでこそありませんが、茉茉がなついている柾木様ならば、あるいは……」
「……わかった、やってみます」
柾木も、玲子の思うところを即座に理解する。
そして玲子は、自分に本当に夢の改竄が出来るかを試す意味もこめて、一言、宣言する。
「……張果を、この夢から消します……」
五月は、その光景を、驚きをもって見つめていた。
ほんの瞬きする間に、地面を転げ回っていた張果が消え、茉茉を抱いた張果が立っていた。
五月は、莉莉の心の中が、何か温かいもので満ちていくのを感じる。
――その調子よ、初めてにしちゃ上出来よ……いい?合図したら、莉莉の中の五月さんを、全部、鷲掴みにして引きずり出して。そしたら、アタシがみんなまとめて連れて逃げるから――
「はい、そちらは、よろしくお願いします」
鰍の指示、アドバイスに、玲子は素直に従っている。あの勝ち気な玲子さんが、ねぇ……柾木は、ちょっと不思議な気がしつつ、玲子の指示通りに張果の演技を続ける。
茉茉は、大人しく柾木の化けた張果に抱かれている。茉茉にとっては、もしかしたら張果と柾木の、そしてエータ柾木とオリジナル柾木の区別は無いのかも知れない。それらは全て、自分に優しくしてくれるもの、自分を愛してくれる存在、それ以外の何者でもないのかも知れないと、ふと柾木は思った。
そして、柾木は、柾木の化けた若い張果は、地面に膝をついて、無残な骸と成り果てた莉莉を抱き起こす。さあ、ここからだ。
「……ありがとう。莉莉」
一瞬、中国語でしゃべるべきだったか、いやでも俺、そもそも中国語なんて全く分からないしな、そう思った柾木だが、ままよ、日本語のまま語りかける。
「おまえが助けてくれたんだな。ありがとう……」
柾木の声が詰まった。ふと、感情がこみ上げて来た。違う、いや違わない、こみ上げてるのは俺の感情だけれども。これは、五月さんや玲子さんの感情が俺に逆流している?
「……ありが、とう……」
言って、柾木は、莉莉を固く抱きしめる。涙が、溢れる。気持ちが、言葉にならない。
……哀しまないで。あなたが生きていてくれれば、私はそれで良いの……
五月は、莉莉の感情が反応していることを知る。莉莉は、少し前の場面を繰り返している。だが、感情の流れが少し違う。そして気付く。莉莉は、莉莉の骸は、何回も何回も、この場面を繰り返していたのだ、この世にしがみついて。張果を心配するあまりに。前に進めずに、この瞬間を、何度も何度も。
「……きっと俺も、後から行くから……先に行って待っていてくれ。茉茉と、おまえと、二人で……」
柾木は、考え抜いた一言を発した。玲子の意図を汲んだ、一言を。
……ああ、あなた、分かりました、待っています、いつまでも、あなたが来るのを……
決定的な何かが、変った。五月は、それを感じた。
「茉茉、おまえも、お母さんと行きなさい……莉莉、茉茉も、一緒に連れて行って、やって、くれ……」
柾木の、張果に化けた柾木の声に嗚咽が混ざる。柾木は少しだけ莉莉から体を離し、莉莉の胸に茉茉を預け、莉莉の手を取って茉茉を抱くようにさせると、再び莉莉を抱きしめた。
それは、柾木のアドリブでもあった。玲子がどちらかというと莉莉に感情移入していたように、柾木は、何度も夢に現れた茉茉に感情移入していた。茉茉がどういう存在かを知った今、柾木はまず、茉茉を開放してやることを第一に思い、そして、茉茉と莉莉、どちらも互いを必要としているのだと思う。
思って、固く莉莉を茉茉ごと抱きしめ、ひとしきり抱きしめた後、ごく自然に柾木は、莉莉の青ざめた唇に自分の唇を重ねた。
――今よ!ずらかるわよ!――
円の声がみなの脳裏に響く。
――玲子さんお願い!――
玲子は、その鰍の声にはっとして我に返る。視点が、急速に莉莉から遠ざかろうとしている。
いけない!五月様!
玲子は、見えない腕を莉莉に、莉莉の中に居るはずの五月にのばす。
柾木様も!
三本目、四本目の腕が、莉莉を抱く張果の、その姿を騙っている柾木を掴み、強引に引き剥がず。
莉莉のほんのわずかに残っていた自我と、張果の姿の抜け殻が残る大地が、急速に遠ざかり、まるでのぞき込んでいた巾着袋の口を閉めたかのように、急に、ふっと、視野が暗転した。
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追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
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