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第七章:決戦は土曜0時
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「……で?」
痛かったのだろう、張果をぶん殴った右手を振りながら、まだ感情のまま体をわずかに震わせている五月に、円が聞く。
「……莉莉と茉茉を、開放したいんです……」
涙目で、涙声で、五月は円に振り向き、こぼす。
「……気持ちは分かったわ。状況も大体分かった。このまんま死者をこの世に縛り付けておくのは忍びないってのは同感よ」
「じゃあ……」
円の、人狼達の助力が期待出来ると確信した五月は、涙目のままの笑顔で、円を見る。
それを開いた両の掌で抑えるようにして、円が言葉を続ける。
「問題が二つ。一つは、あたしにしろ鰍にしろ、基本的には除霊、聖別の類いは出来るけど、それは力業でやる事であって、いちいち相手の事情なんて気にしてられないって事」
「な……何をするつもりだ!」
張果が、円の言葉に反応して抗議の声をあげる。
「聞いた通りよ。リリとモモ?だっけを成仏させてあげるって言ってるのよ」
「ふざけるな、ケダモノの分際で、茉茉も莉莉も儂のものだ、勝手な事は……」
「五月蠅いわよ」
ぱちん。張果の抗議をみなまで聞かず、円は指を鳴らす。どこから現れたものか、黒い小さいケセランパセランのような何かが宙を滑り、張果の額にするりと吸い込まれ、それきり張果が大人しくなる。
「……今のは……」
玲子が、呟くように聞く。柾木には、それが何かははっきりとは見えなかった。だが、玲子は、玲子の紅い目は、何か違うものが見えていたのかも知れない。
「睡魔よ。さっきも見せなかったっけ?」
「いえ、はい、近くで見るのは」
「そう。よく見えた?」
「……はい」
なにやら玲子と円だけでわかり合っているような会話に、柾木は若干の疎外感を覚える。
「ま、これだけキレイに睡魔が効くんだから、こいつもまだ人の属性を残してるって事よね……」
か細いいびきを掻いている張果を見下ろし、円が言う。その円の台詞の意味を理解した上で、柾木が聞く。
「人じゃなかったかも、って事ですか?」
柾木に振り返り、円が言う。
「自分で言ってたでしょ?こいつ、そこそこ長生きしてるのよ?仙だったかも知れないと思ってね」
「仙?」
「道教の道士の最終的な目標は、仙人になる事なの」
円の代わりに、感情が落ちついてきたらしい五月が柾木の疑問に答える。
「こいつの術は、アレンジこそあれ基本は正統派の道教の術だもの。もう何十年かすれば、仙人と呼ばれてもおかしくないでしょうね……それで円さん、さっきの、問題って言うのは……」
五月は、話を戻す。
「ああ、一つは力業で成仏させちゃうって事。あたしも鰍も仏教じゃないけどね、イメージとしてね。で、もう一つは、そうする事が本当に正しいか、誰にも分からないって事」
「え……?」
「先に言っとくわ。できる限りの事はしてあげる。でも、それはあなたがしたい事であって、リリやらモモやらが望んでいる事かどうかは分からない。それは、理解しておいてね」
五月は、衝撃を受ける。感情は、反論したい。だが、理屈は、そうなのだ。これは、五月のエゴでしかない。けれど。
「でも……」
何か言いたげな五月を手で制し、円は続ける。
「二つ目の問題は解決出来ないけど、最初の問題は逃げ道があるわ。ね?」
円は、横に居る孫に話を振る。鰍は、頷いて話しを引き取って、
「協会には、「夢のお告げ」って裏技を使えるネゴシエイターが結構いるの。アタシやばーちゃんは、そのネゴシエイター兼ハンター。その意味、分かります?」
「夢?……!」
夢と言えば。頭の中で、夢に関係しそうな能力やら呪文やら妖怪やらをざーっと検索した五月は、瞬時にある結論に達する。それならば、先ほど感じた疑問にも答えがつく。だが、それは同時に新たな疑問を生む。
「……夢魔……でも?」
思わず口をついて、その単語と、続けて疑問符が五月の口から流れ出る。それを、ちょっとだけ寂しげな笑顔で受け取った鰍は、頷いて、
「そうよ。アタシもばーちゃんも、夢魔と狼の混血よ」
言った鰍の肩を、円が抱いた。
夢魔であれば、合点がいく。五月は、そう思う。本来は肉体を持たず、時に西洋においては悪魔そのものと混同されたり、インクブス、スクブスといった淫魔とも同一視される、強力な精神体。円や鰍がそうであるならば、あれだけ強力な呪を平気な顔で操るのも納得がいく。だが。
夢魔と人狼、性質が真逆で接点がない。五月の常識では、その混血など、色々な意味であり得ない。
「ま、あたし達の事はこの際どうでもいいわ。知りたきゃそのうち話してあげるけど、今はそれどこじゃないでしょ?」
「そ……ええ、まあ」
明らかにその話しを打ち切ろうとする円に、五月は曖昧に返事をする。
「で。アタシ達が夢の中に入って、隠されてた事実とか、本音とか、そういうのをぶちまけて上手い事話しをまとめる、ってのが協会のネゴシエイターとしての仕事なんだ、け、ど……」
「……何か、問題があるんですか?」
ここまでの話の重要さがわかっているのかいないのか、やはりわかってはいないらしい柾木が、わかっていなさそうに気軽に聞く。
「……相手が、死んじゃってるのよねぇ……」
「言えば、とっくに死んだ怨霊相手の仕事ってのも割とあったりはするのよ。でも、たいがいはもっとこう、自我の強い相手なの。そういうのはぶちのめしてから説教すれば良いんだけど、だから、ここまで自我の弱い、夢も見てそうにない相手ってのは……ばーちゃん、経験ある?」
鰍は、事務所跡の奥の小部屋、棺の置かれた部屋に入り、棺の中と柾木の抱く生き人形とを交互に見ながら、祖母に質問する。
「うーん……そもそもこれだと夢の中自体入れないわよねぇ、夢すら見てなさそうだから」
「それじゃあ……」
円の否定的な答えに、五月は悲しくなる。
「……まあ、手はない事は無いけど……危険って言うか問題があるの。いい?」
円は、五月の目を真剣に見つめて、言う。
「あなたの心とこの子の心、混ざっちゃうけど、それでもいい?」
痛かったのだろう、張果をぶん殴った右手を振りながら、まだ感情のまま体をわずかに震わせている五月に、円が聞く。
「……莉莉と茉茉を、開放したいんです……」
涙目で、涙声で、五月は円に振り向き、こぼす。
「……気持ちは分かったわ。状況も大体分かった。このまんま死者をこの世に縛り付けておくのは忍びないってのは同感よ」
「じゃあ……」
円の、人狼達の助力が期待出来ると確信した五月は、涙目のままの笑顔で、円を見る。
それを開いた両の掌で抑えるようにして、円が言葉を続ける。
「問題が二つ。一つは、あたしにしろ鰍にしろ、基本的には除霊、聖別の類いは出来るけど、それは力業でやる事であって、いちいち相手の事情なんて気にしてられないって事」
「な……何をするつもりだ!」
張果が、円の言葉に反応して抗議の声をあげる。
「聞いた通りよ。リリとモモ?だっけを成仏させてあげるって言ってるのよ」
「ふざけるな、ケダモノの分際で、茉茉も莉莉も儂のものだ、勝手な事は……」
「五月蠅いわよ」
ぱちん。張果の抗議をみなまで聞かず、円は指を鳴らす。どこから現れたものか、黒い小さいケセランパセランのような何かが宙を滑り、張果の額にするりと吸い込まれ、それきり張果が大人しくなる。
「……今のは……」
玲子が、呟くように聞く。柾木には、それが何かははっきりとは見えなかった。だが、玲子は、玲子の紅い目は、何か違うものが見えていたのかも知れない。
「睡魔よ。さっきも見せなかったっけ?」
「いえ、はい、近くで見るのは」
「そう。よく見えた?」
「……はい」
なにやら玲子と円だけでわかり合っているような会話に、柾木は若干の疎外感を覚える。
「ま、これだけキレイに睡魔が効くんだから、こいつもまだ人の属性を残してるって事よね……」
か細いいびきを掻いている張果を見下ろし、円が言う。その円の台詞の意味を理解した上で、柾木が聞く。
「人じゃなかったかも、って事ですか?」
柾木に振り返り、円が言う。
「自分で言ってたでしょ?こいつ、そこそこ長生きしてるのよ?仙だったかも知れないと思ってね」
「仙?」
「道教の道士の最終的な目標は、仙人になる事なの」
円の代わりに、感情が落ちついてきたらしい五月が柾木の疑問に答える。
「こいつの術は、アレンジこそあれ基本は正統派の道教の術だもの。もう何十年かすれば、仙人と呼ばれてもおかしくないでしょうね……それで円さん、さっきの、問題って言うのは……」
五月は、話を戻す。
「ああ、一つは力業で成仏させちゃうって事。あたしも鰍も仏教じゃないけどね、イメージとしてね。で、もう一つは、そうする事が本当に正しいか、誰にも分からないって事」
「え……?」
「先に言っとくわ。できる限りの事はしてあげる。でも、それはあなたがしたい事であって、リリやらモモやらが望んでいる事かどうかは分からない。それは、理解しておいてね」
五月は、衝撃を受ける。感情は、反論したい。だが、理屈は、そうなのだ。これは、五月のエゴでしかない。けれど。
「でも……」
何か言いたげな五月を手で制し、円は続ける。
「二つ目の問題は解決出来ないけど、最初の問題は逃げ道があるわ。ね?」
円は、横に居る孫に話を振る。鰍は、頷いて話しを引き取って、
「協会には、「夢のお告げ」って裏技を使えるネゴシエイターが結構いるの。アタシやばーちゃんは、そのネゴシエイター兼ハンター。その意味、分かります?」
「夢?……!」
夢と言えば。頭の中で、夢に関係しそうな能力やら呪文やら妖怪やらをざーっと検索した五月は、瞬時にある結論に達する。それならば、先ほど感じた疑問にも答えがつく。だが、それは同時に新たな疑問を生む。
「……夢魔……でも?」
思わず口をついて、その単語と、続けて疑問符が五月の口から流れ出る。それを、ちょっとだけ寂しげな笑顔で受け取った鰍は、頷いて、
「そうよ。アタシもばーちゃんも、夢魔と狼の混血よ」
言った鰍の肩を、円が抱いた。
夢魔であれば、合点がいく。五月は、そう思う。本来は肉体を持たず、時に西洋においては悪魔そのものと混同されたり、インクブス、スクブスといった淫魔とも同一視される、強力な精神体。円や鰍がそうであるならば、あれだけ強力な呪を平気な顔で操るのも納得がいく。だが。
夢魔と人狼、性質が真逆で接点がない。五月の常識では、その混血など、色々な意味であり得ない。
「ま、あたし達の事はこの際どうでもいいわ。知りたきゃそのうち話してあげるけど、今はそれどこじゃないでしょ?」
「そ……ええ、まあ」
明らかにその話しを打ち切ろうとする円に、五月は曖昧に返事をする。
「で。アタシ達が夢の中に入って、隠されてた事実とか、本音とか、そういうのをぶちまけて上手い事話しをまとめる、ってのが協会のネゴシエイターとしての仕事なんだ、け、ど……」
「……何か、問題があるんですか?」
ここまでの話の重要さがわかっているのかいないのか、やはりわかってはいないらしい柾木が、わかっていなさそうに気軽に聞く。
「……相手が、死んじゃってるのよねぇ……」
「言えば、とっくに死んだ怨霊相手の仕事ってのも割とあったりはするのよ。でも、たいがいはもっとこう、自我の強い相手なの。そういうのはぶちのめしてから説教すれば良いんだけど、だから、ここまで自我の弱い、夢も見てそうにない相手ってのは……ばーちゃん、経験ある?」
鰍は、事務所跡の奥の小部屋、棺の置かれた部屋に入り、棺の中と柾木の抱く生き人形とを交互に見ながら、祖母に質問する。
「うーん……そもそもこれだと夢の中自体入れないわよねぇ、夢すら見てなさそうだから」
「それじゃあ……」
円の否定的な答えに、五月は悲しくなる。
「……まあ、手はない事は無いけど……危険って言うか問題があるの。いい?」
円は、五月の目を真剣に見つめて、言う。
「あなたの心とこの子の心、混ざっちゃうけど、それでもいい?」
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