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第七章:決戦は土曜0時

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「……これ、生き人形よね?」
 眉根を寄せつつ、まどかが五月に聞いた。五月は、無言で頷き、無意識に、自然に、手を茉茉モモにのばす。
 その手を、柾木が掴んだ。はっとして、五月は柾木を見る。
「……ダメです、五月さん」
 言って、柾木は五月の代わりに手をのばし、モモを抱き上げる。
「……ごめんな、待たせたな」

 三々五々、それぞれ適当に引いてきた事務椅子に座ったのを見て、五月は話し始める。
「何から話したものか……とにかく、その茉茉はいわゆる生き人形で、張果ちょうかは」
 五月は、床に転がされている――目を離しても大丈夫なように、張果は蒲田の手で後ろ手に手錠、足も結束バンドで拘束され、その上からロープでぐるぐる巻きにした上でご丁寧に猿ぐつわもしてある――張果をちらりと見下ろして、
「それを利用して法術を行うんです。言わば、茉茉は法力のブースターって感じ?」
「なるほどね……それで、ここに二重の結界を張った上で、あれだけ大量の殭屍キョンシーを操れた、ってわけね」
 事務机に左肘をつき、その腕で頬杖をついて円が言う。
「そうです。しかも、その為の法力は全部私から引き出してますから、茉茉経由で。多分、張果自身はほとんど自分の力は使ってません」
「そんなに引き出されてよく大丈夫だったわねぇ……」
「まあ、ご承知の通り、今の私の本質は鬼ですから……人間の道士よりはキャパに余裕があるって事なんでしょう。それに、茉茉のブーストも効いてるし……ただ、茉茉のブーストも、相手によって効きが違うみたいで」
「相手?」
 首を傾げて、円が聞く。五月は、円の目を見て、頷いて、
「私は茉茉に気に入られたようですが、そうでない場合、一発でほとんどの法力を吸い出される事もあったみたいです」
「あの……」
 柾木が、手を上げて、聞く。
「……法力ってのをほとんど吸われると、どうなるんですか?」
「死ぬわね、普通」
 事務椅子に後ろ前に座り、抱え込んだ背もたれ越しに両手で頬杖をついたかじかが、一言、だがきっぱりと言い切る。
「げ……」
 げっそりした顔の柾木に、鰍が畳みかける。
「死ななくても、足腰立たないどころじゃなくなるわよ、まあ廃人よね……ねえ、もしかしてだけど、あの生きの良い殭屍って、もしかして……」
「……そうかもしれません……張果が使った殭屍のほとんどは、あの冷凍倉庫で保存してあった奴みたいです。コストパフォーマンスは良いけど、一度解凍すると日持ちしないし、どうしても細胞が壊れて筋力も強度も劣るって言ってました」
「冷凍食品かよ……」
 心底嫌そうなしかめっ面で、鰍がツッコミを入れる。要するに、冷凍物の量産型殭屍に対し、動きのよかったのは割と出来たての、茉茉に法力を吸われた道士のなれの果てではないかという事だ。
「まあどうでも良いけどね……で、その茉茉ちゃんを、どう救うの?」
 柾木の膝の上の人形を見つつ、鰍が聞く。
「……茉茉は生き人形だと、私も思ってます。けど、張果は、そもそも茉茉は生きていない、って言ってました」
「そりゃまあ、言っても人形だし?」
 突っ込む鰍に、かぶりを振った五月が、
「茉茉は、多分、元々は人形じゃないです……っていうのは、茉茉には母親がいるんです」
「え?」
 鰍と円の声がハモる。
莉莉リリっていいます。私が羽織ってるこの外套、これ、その莉莉のものだそうです」
 言って、五月は、自分が羽織っているボロ切れを示す。
「最初、私も、その莉莉の気のこもった人形が茉茉なんだと思ってたんですが。それにしては茉茉の感情が生々しすぎる気がして。それに……」
 一度言い淀んでから、五月は言葉を続ける。
「莉莉は、茉茉を子供として認めてます、愛してます。私には、分かるんです」

 怪訝な目で五月を見る一同に、五月は説明する。
「茉茉が私を受け入れた理由って、その辺らしいんです。要するに、茉茉は私を母親と認識している、私も、茉茉を子供として扱う。その関係が成立したから、茉茉は私から法力を吸い出す際に、他の人より遥かに少ない量で、遥かに多くの事を成した、そういう事みたいです。じゃあ何でその関係が成立したかって事なんですが……」
 言いにくそうに一度言葉を切って俯いてから、五月は思い切ったように顔を上げる。
「確証はないんですけど、私が女であり、莉莉の気持ちが理解出来たから、莉莉の一部が私に入り込んだから、だと思います」
「……入り込んだ?待って、じゃあ、その茉茉って生き人形の他に、莉莉って言うその母親もどっかにいるって事?……もしかして、この匂い……」
 真顔で、鰍が聞く。聞いて、ある方向を見つめる。
「この部屋入ったときから、気にはなってたのよ……そういう事なの?」
 円も、鰍と同じ方向を向き、ちらりと視線だけ五月に投げて、聞く。
 五月は、頷いて答える。
「ドアに鍵かかってるんで確認は出来てないですけど、多分、間違いないです」

 五月の言葉を聞くなり、円は立ち上がる。つかつかと、事務所跡の奥にあるドアに近寄ると、いきなりドアを蹴り開ける、人の力ではなく、人狼の脚力で。蹴る直前に、円の耳が尖り、スーツの下の肉体の肉付きがわずかに変化したのが、後ろ姿でも分かった。
 しばらく、そのまま無言で立っていた円は、突然振り向くと、懐から紅い鉄扇「羅殺」を出し、投げる。鉄扇は、張果の猿ぐつわを断ち切り、円の手に戻る。
「……起きて聞いてたんだろ?これは誰で、どっから持ってきた?」
 感情を無理に押し殺した声色で、円が、床に転がったままの張果に聞く。
 始めは聴き取れないほど小さく、次第に、張果のくぐもった笑いが一同の耳にも届く。その不気味な響きに、それまで黙って話を聞いていた玲子は、小さく短く、詰まった悲鳴を上げると、柾木にしがみつく。
 やや吊り気味の目に怒りをみなぎらせた円の背後には、古ぼけ、傷み、壊れかけた棺桶があった。
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