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第七章:決戦は土曜0時

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「どうか、したんですか?」
 信仁は、そこそこ焦りの見える様子の柾木と玲子に声をかける。
 「グリーン興業」の入口側から見れば右側、倉庫棟から見れば左側の敷地壁際にある屋外倉庫は、足場鉄骨で組まれた骨組みにトタンの壁と屋根を乗せただけの簡単な構造で、その中にはいくつかのJR型コンテナが置いてある。つまり、出入りの激しい仮置きのコンテナではなく、敷地に定置しておくコンテナで、倉庫棟内に入れる必要のないさして貴重でないものや常温で保管出来るものを入れておく為の倉庫代わりのコンテナで、錆防止のために一応天井をかけておく、その程度のものであった。
 その入口の、どこかから持ってきたらしいイマイチ高さの合っていない鉄格子の扉にかけられた南京錠の前で、どうやって鍵を開けるか、やはり鍵を探すしかないだろうかと相談していた柾木と玲子は、信仁達の接近にすら気付いておらず、突然の声かけに驚いて振り向いた。
「ぅえ!あ、ああ、ちょっとその」
「時田と袴田を探しております!」
 驚いて一瞬息を呑んだ玲子だが、柾木の返事に被せるように声をあげる。
「時……ああ、執事さんか」
「この中にいるって事?」
 信仁とともえの飲み込みは早い。
「わかりません、倉庫の中は見たのですが」
「なるほど、ね」
 言いながら、巴は左手で持っていた木刀に右手を添えると、斜めに一閃斬り上げ、返す刀を右下に斬り下ろす。
 南京錠のかかったまま、観音開きのやや錆びた鉄格子が、綺麗な金属の断面を見せつつ剣圧に押されて向こうにゆっくりと倒れる。
 けたたましい音と土ぼこりを上げてぶっ倒れた鉄格子の残骸に目を奪われていた玲子は、はっと我に返ると、
「ありがとうございます!」
 巴に礼を言い、手近なコンテナに走る。
「力、余ってるんスか?」
 何でもない事のように、信仁は巴に聞く。
「さっきまで、無理矢理抑えられてたからねぇ」
 何でもない事のように、巴が答える。
「ああっ!こちらにも鍵が!」
 玲子のテンパった悲鳴が聞こえ、信仁が巴を促す。
「……ほらあねさん、出番」
「はいはい」
 木刀で肩をトントンしながら歩いて行く巴を見送りつつ、柾木は、信仁に声をかける。
「……すごいですね」
「すごいっすよね」
「いや、信仁君が」
「俺っすか?」
 柾木は、あの狼女の集団といろんな意味で対等に付き合えるこの男子大学生を、いろんな意味で心底凄いと思っていた。

「お、見つかったみたい」
 屋外倉庫の影から、柾木が時田に、信仁が袴田に肩を貸して出てきたのを目ざとく見つけたかおるが、誰に言うともなく独りごちる。
「……かじか、二人追加で」
「……追加料金取ろうかしら」
 ぱたぱたと駆けながら玲子が近づいてくるのを見ながら言ったまどかに、鰍が返す。
「申し訳ございません、時田と袴田も、治していただけますでしょうか?」
 息を切らせながら頼む玲子に、微笑んで鰍が答える。
「お安い御用よ」

「おひいさま、我々は大丈夫です、縛られて少々体が強ばっているだけですので、我々のためにお姫さまがそのようなもったいない……」
 鰍を下に見ているというわけではないのだろうが、時田は、玲子が自分の為に他人に頭を下げるというのがたまらないらしい。
「なりません時田、あなた達には、わたくしのために常に最高の状態でいてもらわなければならないのです。四の五の言わずに黙って鰍様の治療を受けなさい」
 腰に手を当て足を踏ん張り、珍しく玲子は強い口調で自分の従者に命ずる。それは、自分の勝手で従者に余計な苦労をかけた事を恥じ入る玲子の言わば照れ隠しでもあり、命令であれば従者は否応なく従わざるを得ない、引け目を感じさせないための言葉でもある事は明白だった。
「それでは鰍様、よろしくお願いいたします」
 初対面の時に思わず怒鳴り合った間柄ではあるが、だからこそ、年格好も近い事もあってすぐに気心の知れた狼女に対し、玲子は「様」付けで呼びかけ、頼み込む。狼女も、ゴスロリを着込んだ白子で赤目の美しくも異形の令嬢に、優しく微笑み返す。
「はいな。お任せあれ」

 五月は、浅いまどろみの中で、その喧噪を聞いていた。賑やかだが、決して嫌なものではない。それは、この場が「清められて」いるからでもあり、ここに居る全員が互いに信頼しあい、助け合える間柄であるからだと、五月の感性は感じていた。
 暖かい。そして、気持ちいい。今感じているこの感覚、これこそが「幸せ」の一つの姿なのだと、五月は思う。拝み屋として、あるいは酒場の女として、色々な人を見てきている、語れるほど人生経験はないけれど、見てきた人の数ならそこそこだと言える、そんな五月だから、こんな「幸せ」が、どれほど貴重なものかをよく知っている。これが手に入らないから、別な形の「幸せ」を求め、手に入らなくて酒で憂さを晴らしたり、果ては人を呪ったりするのも幾度も見ている。だから。
 ……あの子にも、あの人にも、出来れば分けてあげたい……
 まだどこかで心が繋がっているのだろう事を自覚しつつ、五月は、その思いを具現化するため、懇願を口に出した。
「……鰍さん、お願いがあるの……」

「ぅあっ?」
 てっきりうたた寝をしているものと思い込んでいた五月に急に声をかけられ、鰍はちょっとうろたえる。
「な、何?」
 座り込んで酒井の肩に身を預けたまま、五月は精霊を操る鰍を見上げている。
 頼むなら、鰍より円の方が経験も力量も明らかに上だろう事は分かっている。だが、五月にとって、色々と頭では分かっているとはいえ、自分の首を斬った円より、自分の首を治してくれた鰍の方が声がかけやすいのも、残念ながら事実ではあった。
「その力で、出来るなら救って欲しい人がいるの……いえ、もう人ではなくなっているけど……」
 鰍の目が、すっと真剣になる。
「……来てもらえます?出来れば、柾木君も」
 立ち上がって、五月は言う。
「円さんも、お願いします」

 治療の済んでいない酒井、時田、袴田の三人と、あちこち連絡を付けている蒲田、万が一の用心に信仁と巴と馨を残し、五月は鰍、円、柾木、玲子を連れて倉庫内の事務棟二階、事務所跡に戻る。
 戻りつつ、五月は、改めて鰍の展開した法円の大きさと、都合三人の治療を続けながら平気な顔をして話し、歩いている鰍の術のキャパシティに舌を巻く。と同時に疑問も持つ。これこそが、人狼の体力をベースにした術者のキャパシティの恐ろしさか。でも、じゃあ、そもそもどうやって人狼が術を?この人達に出会うまで、五月は人狼というものに接触した事はなかったが、話しに聞く限り、五月の知る限り、洋の東西を問わず無敵の体力と体術を誇る人狼が、術を操った記録は、ない。
 まあ、それはそれ、今は頼もしい味方なんだから。そう思いつつ、五月は事務所跡に入り、先ほど柾木が肘掛け椅子に置いた、座らせた茉茉モモを鰍と円に見せる。
「……この子を、助けたいの」
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