何の取り柄もない営業系新入社員の俺が、舌先三寸でバケモノ達の相手をするはめになるなんて。(第二部) Dollhouse ―抱き人形の館―

二式大型七面鳥

文字の大きさ
上 下
114 / 141
第七章:決戦は土曜0時

113

しおりを挟む
「源三郎さん!怪我を!」
 五月が、悲痛な声をあげる。丸太を受け止められて動きが止まったから、はっきり見える。酒井の背広の背中が大きく裂け、元々暗い色のその背広が血でどす黒く染まっている。
「助けなきゃ!」
 事務棟二階の外廊下の手すりに掴まり、四人の最も右側に居る五月が、他の三人を請う目つきで見る。
「でも、どうやって……」
 思いは同じだけれど、あんな人外の戦いに割って入ったら命がいくつあっても足りない。五月に答えた蒲田の顔には、明らかにそう書いてある。
「……あ!」
 と、何事か気付いた柾木が事務所跡の中にとって返す。
「柾木様?何を……」
 玲子も、小走りに後を追う。
 残された、一番右に居た五月と、一番左に居た蒲田は、目配せしあい、蒲田が五月を支えるようにして部屋に戻る。

「これだこれ!五月さん、これ、使えます?」
 エータ柾木は、床に倒れている生身柾木のスタジアムコートのポケットから、何やら丸められた紙を取り出し、皺を伸ばして五月に見せる。
「え……あ!」
 五月は、その短冊状の紙を見て、驚いた顔で柾木を見る。
「これ、どこで!」
「昼間、こいつが」
 気を失っている生身の自分の体を、さっきまではエータが座っていたパイプ椅子に座らせようとしている柾木が、つま先で同じく気絶している張果ちょうかを軽くつついて、
「玲子さんに手を出そうとした時に、偶然……」
「……柾木様は、わたくしの為に、その符籙ふだで何やら術を使おうとしたこの男を止めて下さったのです」
 玲子が、柾木があえて言わなかったことを付け足す。
「……まあそういう事なんです、その時、邪魔するついでに偶然そのお札をもぎ取れまして」
 ちょっと照れくさそうに、柾木も付け足す。それを聞いた五月は、色々な事を考えて、ちょっとどう反応するべきか迷う。
 どういう状況だったか分からないけど、張果ほどの術者が術を成そうとしているのを横から止めたって事?よくそれで無事で済んでるわね……柾木君の霊的不感症は知ってるけど、おかげで私も助かったけど、まさか、そこまでとは……それに、これ……
「……使えるわ、これ。ていうか、バッチリよ」
 いくらか普段の自分らしい口調に戻って、五月が言う。
「マジすか。じゃあ……」
「……問題は、どうやってアイツに近づくか、ね」
 嬉しそうに声をあげた柾木を制して、五月が釘を挿す。
「……え?」
「この符籙、特定のものを禁ずるものなんだけど、相手に貼り付ける必要があるのよ」
 とてもではないが達筆すぎて柾木には読めない字で「金剋木」の文字と、それに関する呪文の書かれたその符籙を見つつ、五月は冷静に言った。

「こいつはびっくりだ!」
 軽口を叩き、信仁はスパスを左手で持ったままレッグホルスターからストライクガンを抜き、その銃口を葉法善の右肩に向ける。信仁から葉法善まで5ヤードそこそこ、散弾でもほとんど散らないが、葉法善の目の前に酒井がいるこの状況では万が一の跳弾や誤射は避けたい。片手撃ちで二発、ダブルタップで.38Super弾が狙い違わず葉法善の右肩に撃ち込まれる。
 だが、.357マグナムと同等と言われるその弾丸を右肩に喰らっても、葉法善はさして効いた様子がなく、それでも痛みは感じたのだろう、虎の顔をしかめて唸りつつ、信仁を見る。
「ったあ!効かねぇか!」
 自分に注意が向いたことを確認して、信仁はストライクガンをホルスターに戻し、スパスのグリップに手を戻す。そのわずかな隙を狙って、三メートルほど間合いをとっていた殭屍の戦列の後ろから、中華包丁のお化けのような短く幅広の二振りの剣、胡蝶双剣を持った「動きのいい」殭屍が跳躍し、頭上から信仁に切りつける。
「うわった!」
 ギリギリで身を躱し、それでもスーツの裾は切りつけられながら、信仁は至近距離の殭屍をスパスの銃床で左から突く。殭屍は踏み込み、銃床を曲げた右腕、上腕前腕両方を使ってそれをいなし、同時に左の剣を突き出す。右足を引いて体捌きでその突きを避けた信仁は、右手を腰に伸ばして再度ストライクガンを抜き、殭屍に突き当てて、撃つ。
 体を反時計に回し、突いた剣を横薙ぎにして半歩退いた殭屍と、剣が薙ぐ軌道から右腕を引いて躱し、同時に左手をフォアグリップから離し、スパスが落ちるより速くグリップを握り直した信仁は、そのまま動きを止めずに再度斬り結ぶ。拳法とガン・カタが組み合い、金属が打ち合い、たまに銃声が響く。
「信仁!」
 その様子に、つい巴も気を散じて目を向けてしまう。その巴の視野の隅に、自分に向けて伸びる剣、細く、両刃で、真っ直ぐな剣がちらりと映る。

 葉法善の気が逸れた瞬間、酒井は葉法善の胸を蹴って二歩後退し、体が覚えている動きで丸太の杭の両端を両手で持って構える。一メートル前後の棒を持って戦う時は、この方が取り回しがよく応用も利く。
 ……なんだ、こいつは……
 酒井の背中に、冷や汗が流れる。こいつは、さっきまでは、虎の腕とは言え体も顔も一応は人間だった。だが、今は違う、顔も、今蹴った胸も、獣毛に覆われている。全体のプロポーションこそ人型だが、はち切れてボロ切れになりつつあるスーツの下は、獣のそれだ……人虎、なるほど、人狼が居るんだ、それ以外だって居たっておかしくはない。理屈は合ってる。問題は、勝てるかどうかだ……
 酒井は、元々大男だった葉法善の、さらに一回り膨れ上がった体を前に、自分の心を鼓舞する。
 葉法善が、吠える。酒井は、全身の筋肉を緊張させ、何が来ても良いように身構える。だが、何も来ない。
 葉法善は、酒井の頭上を越えた先を見ている。見て、すぐその視線が何かを追って移動する。
 酒井の目の隅にも、その瞬間、何か栗色のものが、ちらりと映った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

処理中です...