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第七章:決戦は土曜0時

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「うわ……」
 その、いかにも曰くありげな人形がうずたかく積み上がったボタ山なんだか古墳なんだかという感じの小山を前にして、柾木は流石にたじろぐ。が、一向に止まない外の戦闘騒音のこともあり、意を決してその人形の山を柾木は掘り始める。
 ……大丈夫、俺は霊的不感症だって事だし、今はエータの体だから何なら生身に戻れば良いし。それに、今ここにはその手の専門家が揃ってるから、何かあっても何とかしてくれるさ……
 そう自分に言い聞かせて、蒲田が埋まっているその実に忌まわしきボタ山を掘り返していた柾木だったが、白目を剥き、苦しげに口を開けて動かない蒲田の頭が出てきた時は流石にちょっと肝を冷やす。
「ちょ、蒲田さん!」
 あわてて蒲田の脇の下に両手を突っ込んで、柾木は蒲田を呪いの人形のボタ山から引きずり出す。
「蒲田さん!」
 五月と玲子の声がハモる。思わず駆け寄る――駆け寄ろうとしてよろけた五月を、体の小さな玲子が支える――二人に、ちょっと前に会社の新人研修で救急救命法を習った柾木が、
「え、AED!AED持ってきて!」
 叫び、蒲田を床に寝かせ、その横に座って蒲田の肩甲骨のあたりを二本指で強く叩く。
「蒲田さん!蒲田さん大丈夫ですか!」
 呼びかけながら、柾木は救命法の次の手順を必死に思い出す。と同時に、言ったはいいが、こんな所にAEDなんてあるか?いや、ヤクザの隠れ家だとしても消防の立ち入りとかあるだろうからきっとある、あ、でもあったとしても下かも、などとも考える。
 考えつつ柾木は、とにかく蒲田の首筋、頸動脈のあたりに人差し指を当て、次いで蒲田の鼻と口の近くに耳を当て、目は胸の動きを見る……聞こえない、動かない。
 ヤバい、マジヤバい。次にやることは人工呼吸と心臓マッサージだが、やるのか?俺?やれるのか?
 柾木がテンパりだした、その時。
 ひゅう。
 蒲田の胸が大きく膨らみ、音をたてて空気が吸い込まれる。
「うお?」
 ちょっと驚いて身を引いた柾木の目の前で、蒲田は瞬きすると、その目に黒目が戻る。もう二、三度瞬きした蒲田は、むくりと起き上がる。
「えっと……いやあ、はい、危うく死にかけました、はい」
 後頭部を掻きながら、蒲田が照れくさそうに言う。
 いやあんた今死んでたって。マジ呼吸止まってたって。柾木は、心の中で思いっきり突っ込む。
 その時、表の戦闘騒音の中に、聞き覚えのある声色の叫声が倉庫内に響く。
「……源三郎さん!」
 五月が、真っ先にその声の主に気付き、玲子に支えられてドアから外廊下に出ようとする。
「え?酒井さんの声?」
「です、多分、はい」
 柾木と蒲田も、あわてて五月と玲子を追う。
「……なんだありゃ……」
 外廊下の手すりに鈴なりになった四人が見たのは、鬼と化した酒井を真ん中にした巴と信仁が、巨大な肉食獣の両手を生やした葉法善と対峙した、その瞬間だった。

 轟音と共に、信仁の銃が酒井に飛びかかろうとした葉法善ようほうぜんに向けて火を噴く。恐るべき反射神経で、葉法善は右、倉庫の入口シャッター側に飛び、葉法善の後ろに居た複数の殭屍キョンシーが、体の一部を失う。キョンシーの数はざっと十五体。数だけなら、圧倒的に不利に見える、が、見れば床には、だいたい同じくらいの数の殭屍「だったもの」が散らばっている。
「すげ……」
 床に目を落とし、信仁が丁寧かつ確実に殭屍を一体ずつ仕留めていく様を見た柾木は、思わず舌を巻く。
「あっ!」
 横に飛んだ葉法善を目で追った蒲田が、小さく叫ぶ。
 シャッター手前で葉法善に追いついた巴の木刀がはしり、葉法善はすんでの所でこれを後ろに跳躍して躱す。それを追って飛び込んだ酒井は手に持ったハラガンツールを振り下ろす。着地のタイミングを狙われて避けようのない葉法善は、その振り下ろされるバールを腕を交えて受け、苦痛に顔を歪ませつつ右足で酒井を蹴る。いわゆるヤクザキック、葉法善の体格から放たれる、足の裏全面で蹴るそれをまともに食らった酒井は、数メートル飛ばされて背中からアームロールコンテナに直撃する。
「源三郎さん!」
 五月が、悲鳴を上げる。酒井がぶち当たったアームロールコンテナは二トン車用、ガワだけで約七百キログラム。そこそこ中身の入っているらしいそれが、酒井が激突した衝撃で大きく揺れる。
「酒井さん!……え?」
 大惨事を想像した蒲田が、叫び、だがすぐに疑問の声をあげる。
 常人なら即死間違いなしの衝撃のはずだが、一旦は床にへたり込んだ酒井は、すぐに飛び起きると、揺れた弾みでコンテナからはみ出した丸太――片側の尖った、恐らくはどこかの現場の杭の廃材――をひっつかみ、葉法善に向かってダッシュする。
 巴の木刀のラッシュを紙一重で躱していた葉法善は、突っ込んできた酒井の、ハラガンツールよりはるかにリーチがあり、重さも比較にならない丸太の袈裟懸けの一撃を再度腕で受け止めようとし、その慣性力を受け止めきれず脳天にも喰らう。
「うわ……丸太最強……」
 柾木が呟くより早く、クリーンヒットとは言えずともそこそこの衝撃は与えただろうその一撃に続けて酒井は丸太を引き、体を半身に開いてまるでバットのように構え直す。何をするか感づいて間一髪で身を引いた巴のすぐ脇を、酒井のフルスイングの丸太がすり抜ける。だが。
 脳しんとうくらい起こしていると思われた葉法善は、顔をうつむけたままでその丸太を片手で受け止める。
「なっ?」
 柾木達と、恐らくは酒井も発しただろう声が同期する。
 顔を起こした葉法善は、葉法善だったもののその顔は、額から血を滴らせた虎の顔だった。
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