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第七章:決戦は土曜0時

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「それまだ死んでないから!あんまし近寄らないで!」
 ……いやいや、もう充分死んでますって……
 そう信仁に言われた言葉に心の中で突っ込みつつ、玲子をかかえるようにして倉庫入口のドアをくぐった柾木は、ドアを入ってすぐ、目の前に転がる殭屍キョンシーから思わず二歩ほど後じさる。
 差し渡し三十メートルほどの敷地の横幅いっぱいに建つ倉庫の左端、そこにあるドア――を、破壊して――から中に入ってみれば、その倉庫は奥行き十五メートルほど、目の前は五メートルほど空間があり、その先には左の壁に密着して事務棟だか宿舎だか、プレハブっぽい建て屋がある。ドアから見て対角線反対側の倉庫の角には、長手方向の壁に沿って四十フィートの海上冷凍コンテナが、その手前に二十フィートの冷凍海コンが二つ、JRコンテナが一つ置いてあり、それ以外にもいくつか廃材の入ったアームロールコンテナが不規則に置かれている。冷蔵庫代わりなのだろう、稼働中の冷凍コンテナの冷凍機の音がこもる倉庫内は水銀灯で照らされ、外の暗さに慣れた目には眩しさを感じる。
 倉庫の出入り口は、今入って来たドアの他は幅三メートルほどのシャッターが四つ、等間隔に並んでいる。シャッターは車用、ドアは人間用という所か。

「……ここか?北条君……」
 酒井は、プレハブを見上げて、気持ち固い声で、言う。
 ちょっと離れた所でジタバタと蠢いている、二つ折りになったキョンシーを気味悪そうに見ていた柾木は、酒井に声をかけられ、慌てて振り向き、プレハブを見る。
「えっと……」
 ここか、と聞かれても、柾木はほんの一瞬、薄暗い部屋の中を見たに過ぎない。その時の記憶を必死に思い出し、中から見た窓の配置と今外から見ているそれの整合を確認した柾木は、
「……多分、そんな気がします」
「では、この中に五月様が?」
 玲子が、プレハブを見上げて言う。
「多分……」
 倉庫のドアから入った正面はプレハブの短手方向、二階建てのそれには外階段がついており、二階の外廊下に繋がっている。柾木の見た感じ、記憶と一致するのは二階に思える。
「……二階に居る、と思います……うわあ!」
 ジタバタしながら這いずってきたらしい殭屍の爪が柾木の足を掠め、悲鳴を上げ、柾木は玲子をかかえて飛びすさる。
 プレハブの階段下で倉庫奥側を警戒していた信仁が、悲鳴に反応して咄嗟に右手でストライクガンを抜く。が、信仁が撃つより早く、今まさにドアから入って来たともえがその殭屍の頭を全力で蹴り飛ばす。
「とどめ刺しとけ!」
 逆海老に折り重なったその殭屍に木刀を突き立て、念を送り込んで動きを停めつつ、巴が信仁に毒づく。
「無茶言うない、聖銀弾一発っきゃ持ってねーよ」
 ストライクガンをホルスターに戻しつつ、信仁が言い返す。天井から吊ってる操り人形でもない限り、背骨をやられれば人は立っていることは出来ない。殭屍とはいえ、OOダブルオーバックで背骨と内臓の大半を吹っ飛ばされれば、立って歩いて襲ってくることは不可能になる。ゾンビと違って脳を吹っ飛ばしても停まるとは限らないため、通常火器で動きを停めるにはこれが最適かつ最もリーズナブルと信仁は判断していたが。
「だったらせめて動けなくしとけって。素人さん居るのよ」
 もう一体の殭屍も始末しながら、まあ確かに普通の人間が普通の銃で出来るのはこの程度だなと、一応納得しつつ巴が指摘する。
「ああ、そりゃそうだ、面目めんぼくねぇ……外は?」
 素直に認めつつ、信仁はついでにスパスもリロードしながら巴に聞く。
かおるかじかに任してきた」
 ニーリングのハイレディで階段下から倉庫奥を警戒する信仁の肩に手を置き、巴はその背中に軽く、胸から寄りかかる。
「そいつは頼もしいや」
 振り向かずに、スパスのグリップから離した右手で左肩に置かれた巴の左手を軽く叩いて、信仁は軽口で答えた。

 五月は、何とか足に力を込めて立ち上がろうと試みる。だが、何日もまともに運動していない上に、こうも法力を吸われた体は、足は、言うことを聞こうとしない。
 せめてもと首を伸ばし、何とか窓の外を覗こう、少しでも外の様子が知りたいと思っていた矢先、破裂音が倉庫内に轟いた。ワンテンポ置いて衣擦れの音、さらに続いて銃声、銃声だろうと五月に思えた轟音が連続して二つ。
「来よったかよ……イェゾウ
 張果ちょうかが、葉法善ようほうぜんに命じる。葉法善は、笑みを貼り付かせた顔のまま、悠然と部屋を出る。それを見送った張果は、五月に振り返り、
「どうやらケダモノ共はここまで来たようだの。葉を抜いてここまで辿り着けたら褒めてやろうかよ」
 歯を見せて、張果はわらう。
 ……果たして、そんなに軽い相手かしらね……
 五月は、自分の想像が当っているなら、自分の希望がかなうなら、張果の期待はかなわないだろうと、そう思った。

「……よし、じゃあ、行くか」
 柾木の返事を聞き、酒井がつぶやき、プレハブの外階段の手すりに手をかける。
「はい……え!」
 駆け上がろうとした酒井と、返事をして酒井のあとに続こうとした蒲田は、直後の柾木の悲鳴に緊張して振り向く。だが、丁度追いついてきた巴が殭屍の頭をしこたま蹴っ飛ばしたのを見て肩の力を抜き、改めて階段の上を見る。
 見て、酒井の動きが止まる。
 階段の上に、葉法善が居た。
 蒲田は、それが誰であるか、何者であるかは全く知らない。だが、階段の上から明らかに自分たちを見下みくだす目で見下みおろしているそいつが、身長が二メートルくらいあるのではないかと思えるその大男が只者ではないことだけは分かった。
「酒井さん……」
 蒲田は、自分の前に居る上司に視線を移す。移して、ぎくりと体を強ばらせる。酒井の背中からたぎる気配が、普段の酒井からは考えられないほど、猛々しかったからだ。
「蒲田君、アイツは俺が何とかする、君は北条君達を頼む」
 振り向かずに酒井はそう言って、階段を一歩、二歩と上がる。
 ……どけよ、俺は、そっちに行きたいんだ……
 酒井は、例の「嫌がらせの結界」の影響だろう最前までの焦燥感が、今、自分の中で違うものに変換されていることを感じていた。
 ……邪魔すんじゃねぇ。俺は、俺は……
 俺は、本当は何をしたいのか。いくつもの回答が頭の中に浮かぶが、酒井はまだ、警官としての建前を捨てきれない、本当の一つを選べない。
「……そこ、どけぇ!」
 選ぶ代わりに一声吠えて、酒井は階段を駆け上がった。
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