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第七章:決戦は土曜0時

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 まるで、まどかの声が合図であったかのように、差し渡し三十メートル四方ほどの駐車エリアに置いてあった複数のJRコンテナの影から出てきた幾人もの人影が、薄暗い防犯灯の下で柾木達の方に向かって駆け出し、迫る。
 その様子を隊列の後方から見た柾木は、思う。本来はもっと中央に柾木達が来たところで包囲するつもりだったのかも知れないが、いずれにしろその数はぱっと見でも二、三十人、対する柾木達の手勢は九人。人数だけなら、圧倒的に不利。ましてや、「嫌がらせの結界」とやらの中。柾木自身は、持ち前の霊的不感症のせいなのか別段変わった感じはないが、他の人たちの様子を見れば、ましてや玲子さんの様子を見れば、みな大なり小なり影響は受けているはず。この人達の強さは、そりゃ知ってはいるが……
 柾木が不安に駆られはじめたその瞬間。
「ぃやああああっ!」
 気合いと共に、ともえが白い衝撃波を纏った木刀を薙ぎ、突く。真正面の、倉庫の出入り口のあるドア方向に向けて放たれた横薙ぎの衝撃波は、そこにかたまっていた人影数体をよろめかせ、間髪入れずにそこに突きの衝撃波が砲弾のように襲いかかり、押し倒す。
 包囲の一端が崩れたその真ん中に向かって、栗色の弾丸が稲妻のように飛び出した。スーパーロングの髪をなびかせ、かおるが、跳ね起きようとする人影に向かい、電のように駆ける。そして、もう一つの栗色の弾丸が、かじかがおかっぱ頭を振り乱し、馨を追って走り、突きの姿勢から木刀を構え直した巴が、ワンレングスの髪を掻き上げると、さらにそれを追う。
 さっき自分達で言っていたとおり、あの三人も影響を受けていないわけではない。だが、闘志そのものはまるで影響を受けていない、ように柾木には見えた。なら、きっと大丈夫だ……柾木は、瞬時にそれを確信した。

「信仁君!あとお願い!」
 それだけ言うと、ショートボブの栗色の髪を翻し、円は別方向、先ほどこの「グリーン興業」の敷地に入った際、鰍が行こうとしていた方向へ走り去る。
「皆さん走って!」
 円に返事を返すことはせず、信仁は残る四人に声をかける。三姉妹が飛び出したのを見て、酒井と蒲田は既に、信仁が声をかける直前に走り出している。信仁はスパスを目線に持ち上げると、最も脅威度の高い目標、つまり一番早くここに達するだろう人影に銃口を向ける。
「行きましょう玲子さん!」
「はい!」
 玲子の肩を抱くようにして、柾木も走り出す。今でこそ手術で人工心臓に取り替えたとはいえ、寝たきりの時期もあった玲子は基本的に飛んだり跳ねたりは得意ではなく、従って走るのも善く言って不得手、悪く言えば足が遅い。それでも懸命に足を運ぶ玲子を柾木がかばい、信仁がそれをフォローする。とはいえ。
 完全な包囲ではなかったとは言え、向こうの足の速いのがこちらに達するのは、時間の問題と言えた。

 倒れた姿勢から両足を頭の上まで振り上げ、即座に振り下ろした反動で状態を起こしたその人影、一度も洗ったことのなさそうな厚手のウールらしき土色のコートを着た中年男に、馨は立ち上がりきる前に右のトンファーで突きを入れる。突進の勢いの乗ったそれを不安定な姿勢で受けた中年男はたまらず後ろにもんどり打って倒れる。
 突進の運動エネルギーを今の突きで全部吐き出して停止した馨は、その場で半身に構える。そこに、別の男、やはり一張羅らしきコートを着た比較的若そうな、髪を短く刈り込んだ青年が長い棒を振り下ろす。
 振り下ろされた棒を、馨はトンファーを交叉させて受け止める。受け止めてみれば、それは長さ二メートル強、内径二十ミリ外径二十七ミリの炭素鋼の水道管。載せた念で淡く白い光を纏ったトンファーは、只の木製のそれであったならひしゃげ、へし折れていたかも知れないその衝撃にもびくともしない。
 その水道管を振り下ろした青年の胴を、鰍の跳び蹴りが襲う。吹き飛ばされた青年は、立ち上がりかけた中年男にぶつかり、絡み合って三回転ほど転げる。
 両足と左手を地に着けて着地した鰍は、低い姿勢のまま右手で懐のダガーを抜く。馨は、鰍と目をあわせることもせず、即座に振り返って背中合わせになる。そこに二人に飛びかからんとした別の男二人を木刀で薙いだ巴が滑り込み、姉妹はそれぞれ三方に睨みをきかせる。倉庫のドアまでおよそ五メートル、回りの敵は今は十人、一秒毎に増える。だが、相手が人間なら、十人が二十人でも三十人でもこの姉妹には問題にならない。
 相手が人間なら。
「鰍、姉貴、気付いた?」
 馨が、背中越しに姉妹に聞く。この、土臭い、カビ臭い、すえた匂いは……
「この数、趣味が悪いにも程があるわよね……」
 鰍が、腰の後ろの大型ナイフを左手で抜きながら、言う。
「……じゃあ、手加減抜きで行こうか?」
 巴が、こちらに向かって走る警官二人と、その後ろの三人を見ながら、木刀の刀身に霞のような闘気を纏わせながら、問う。
 その問いかけに答える代わりに妹たちは左右に跳び、その答えを聞く代わりに巴は警官達に迫る殭屍キョンシーに向かって跳んだ。

「うわ来るな動くな撃つぞ来るなあ!」
「公務執行妨害だこの!」
 ほぼ同時に左右から飛びかかってきた、人民服らしきものを着た男達に、思わず蒲田は銃を向けて、酒井は借りたままのハラガンツールを振りかぶって威嚇する。
 普通の人間なら、銃を向けられたりバールを振りかざされれば多少なりとも怯え、動きを停めるものだろう。だが。
 左右から急速に近づくこの男達に、その動きを停める気配は全く見られない。
 その理由、この男達が銃や凶器を恐れない理由に酒井と蒲田が気付いたのは、この薄暗がりでもはっきりと、男達の額に黄色い短冊状の符籙ふだが貼られているのが見えるほど近づいた時だった。
「わあ!」
 咄嗟に蒲田は引き金を引く。初弾はダブルアクションかつ動揺しているとはいえ、五メートルを切った距離で反動の小さい.32ACP弾、しかも蒲田はそれなりに射撃訓練の成績はよい。約五グラムのフルメタルジャケット弾は狙い違わず襲いかかる男の左肩を貫通する。しかし、男は意に介した様子はなく、ただ銃弾が貫通する際に男に与えた運動エネルギーによって左肩が後ろに引かれ、飛びかかる軌道がわずかに逸れた。
 蒲田はそれを身をかがめてかわす。バランスを崩しつつ着地した殭屍は、蒲田をめがけて再び襲いかかるべく姿勢を立て直し、腰を落とした、その時。
 蒲田を肩で突き飛ばして現れた巴が、柄頭に左の掌底を当て、切っ先に念を集中させた木刀で、渾身の力を込めて殭屍の額を符籙ごと貫いた。

 酒井も、それに気付いた時、反射的にハラガンツールを振り下ろした。普通のバールより遥かに重く、禍々しい外見のハラガンツールは、その鍬のような先端が斜めに殭屍の頭に迫る。同時に、殭屍の爪が酒井の首筋を狙う。
 ハラガンツールを握ったリーチの分だけ一瞬早く、酒井の打撃が殭屍の側頭部にヒットする。
「ぬおっ」
 渾身の力で、酒井はそのままハラガンツールを振り抜く。殭屍の爪はその反動で酒井の首をわずかに逸れ、殭屍は変な角度で地面に叩きつけられる。そして。
 地面に擦りつけられたことで殭屍の額から符籙が剥がれ落ち、殭屍は急にでたらめな動きを始める。
「な?なんだこれ?」
 ハラガンツールを構え直して一歩後じさった酒井の横を、突き刺した殭屍を蹴って木刀を抜いた巴がするりと通り抜け、殭屍の頚窩けいか、左右の鎖骨の間を念を込めた木刀の切っ先で貫く。
 途端に静かになった殭屍を見て、
「え?」
 酒井は何が起きたのかと巴を見る。が、
「早く!」
 巴は、酒井の疑問に答えるよりも、さらに襲いかからんとする数体の殭屍に向け、引き抜いた木刀を中段に構え直す事を選び、酒井達にさっさと走れと促す。
 もっともだと思い、走り出そうとした酒井の後ろ、やや離れた所で銃声がした。思わずそちらを見た酒井は、信仁が、柾木と玲子に近づく殭屍に向けスパスを連続して発砲、一人につき四発、計八発を打ち終えたところでスパスから右手を離してレッグホルスターのストライクガンを抜くのを見る。腰を落としつつスパスの銃口を地面に付け、ストックを腹に当てて銃が落ちないように左膝で支えながら同時にイスラエル式イズレイリードローでストライクガンをコック、ゴム弾四発を喰らっても動きを停めず、バランスを崩しつつも玲子と柾木に迫らんとする殭屍二体の膝を正確に撃ち抜く。
 思わず走り出すのを忘れてしまった酒井は、次の瞬間、信仁の銃口がこちらを向くのを見る。え?と思う間もなくダブルタップで二回、計四発発砲、思わず首をすくめる酒井のすぐ側で、肩に二発、腰に二発の.38Superホローポイント弾を喰らった殭屍が転ぶ。
 立ち上がった信仁は自分に迫る別の殭屍二体を左手でフォアエンドを掴んだスパスの銃床でぶん殴って突き飛ばし、そのスキにコック&ロックのストライクガンをホルスターに収め、返す刀で一度に四発、ガンベルトの散弾実包ショットシェルを右手で掴み、一気に装填クアッドロードする。
 次の瞬間、今まで聞いたことのない撃発音と共に、突き飛ばされた殭屍の上半身が吹き飛ぶ。振り向いてもう一体の殭屍もミンチにした信仁は、酒井のちょっと横で起き上がりかけた殭屍の上半身も吹き飛ばす。
 それが、さっきまでの弱装のゴム弾ではなく、ホットロードのOOバック弾である事に気付いた酒井は、ちぎっては投げ改めリロードしては撃ちを始めた信仁は放置して、追いついてきた柾木と玲子をかばいつつ再び走り出した。
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