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第七章:決戦は土曜0時
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……なんだ、これは。
酒井源三郎警部は、急に胸の奥で沸き起こった焦燥感に戸惑っていた。
胸の奥がムズムズする。何かしたくてたまらないが、何をしたいのかがわからない。横を見れば、蒲田浩司巡査長も困ったような顔でこちらを見ている。
「大丈夫ですか!玲子さん!」
その声に気付いた酒井が振り向くと、北条柾木が、胸を押さえて呻きつつしゃがみ込んでしまった西条玲子の肩を抱くようにしてかがみ込み、介抱している。
「……こりゃあ、なんか仕掛けられてた、か?……」
滝波信仁は、隊列の殿に回ってあたりを警戒している。
「……だわね。あんたたち、大丈夫?」
その信仁のすぐ側に居る蘭円は、信仁の言葉を引き取り、そして孫達に声をかける。
「……あたしはまあ、ちょっとイライラするだけ?どっちかってーと逆にイライラをぶつけたくてたまんない感じ?」
馨が、トンファーを握り直しながら言う。
「っとにもう。まあ、それがアタシ達なんだけどね……」
鰍が、やれやれとため息をつきつつ、
「……でも、アタシにはちょっと効いてるわよ。上手くイメージが練れないもの」
腰に手を当て、フンスと鼻息をつく。
「何よだらしない……」
円も、軽くため息をつく。
「……どういう事、ですか?」
ほぼ先頭に居る蒲田が、振り向いて円に聞く。
「嵌められたって事よ。さっき巴が斬ったのは囮の結界、あたし達が入るのを待って本チャン立ち上げやがったのよ。ったく、やってくれるわ」
「じゃあ……」
「別にピンポイントであたし達を狙ったわけじゃないと思うけどね、これ、中に入った術者に術を使わせない、嫌がらせの結界よ……巴、あんたは大丈夫?」
声をかけられた巴は、ちょっと不機嫌そうに、無言で木刀を横薙ぎに振る。鈍色、ではなく、もっと白い斬撃が飛び、少し離れた門扉脇のコンクリ壁にぶち当たり、その表面の苔と汚れが飛び散る。
「……念が練れてないじゃない?未熟ねぇ……」
「返す言葉もないわよ、あーもう腹立つ!」
巴は、もう一度、感情の高ぶりのままに木刀を薙いだ。
人狼達のやりとりを背中で聞きながら、柾木は玲子の肩に手を置き、その顔をのぞき込む。ベールの奥の瞳は、暗がりである事もあってまるで見えないが、苦しげに目を閉じているのが柾木には分かる。
「玲子さん……」
「……大丈夫です、ご心配なく……」
玲子は、唾を飲み込み、頑張って立ち上がる、ふらつく足を踏ん張り、柾木の腕を支えにして。
……この雰囲気は、未練。何かしらこの世に残して逝った人たちの、未練……
玲子は、いつの間にか、そういう事が分かるようになっている自分に気付き、それを不思議に思い、そして、すぐにその原因にも気付く。
気付いて、柾木に触れている手にわずかに力を込める。
その手から伝わる温もりが、玲子の体の芯に染み渡る。
――気付かせてくれたのは、あなた――
玲子は、顔を上げ、目を開ける。
柾木の目を、まっすぐ見据えて。
つかの間見つめ合った玲子と柾木の後ろで、誰かの声がし、何かを振る風切り音がし、そして何か、酷く大きな音がした。
感情の高ぶりのままに薙がれた巴の木刀から奔った白い斬撃――衝撃波は、当てても大丈夫そうなものを無意識に狙ったのだろう、ロールコンテナ――車体から切り離し可能な、ほとんどが無天蓋型で鋼鉄製の、ダンプのそれによく似たトラックの荷台――に命中し、轟音と共に中身の段ボール辺が飛び散った。そして。
……ぼて。
人民服に人民帽、手にはヌンチャクらしきものを持った、防犯灯の頼りない明かりの下でも分かる土気色の顔をした中年男性が、明らかに衝撃波に弾かれて隠れていたロールコンテナの向こう側からはみ出し、地面にこぼれ落ちてこけた。
「……はい?」
玲子に気を取られており、巴が木刀を振ったのに気付かなかったために完全に隙を突かれ、轟音に心底驚いて振り返った柾木が、間の抜けた声を出す。
その声に、柾木に向かって二度三度申し訳なさそうに頭を下げると、その中年男性は再びロールコンテナの向こうに姿を消す。
――いやいやいやいや。
全員が、心の中で突っ込む。
「えっと。これって、つまり……」
蒲田が、誰にともなく聞く。
「待ち伏せでしょ?してないわけないと思ってたけど……」
「大方、こっちが都合良い位置に来るまで待ってたって事?」
「静かすぎるとは思ってたのよのねぇ……」
三姉妹が、下から順に感想を述べる。
「……作戦変更ね。封印の上書きはあたしがするわ」
円が、祓串を仕舞いながら言う。
「信仁君は、刑事さん達のバックアップ。玲子ちゃんは……」
「私も、時田と袴田を探します」
ぱっと円に振り向いた玲子が、食い気味にそう宣言する。一瞬気圧された円は、
「……OK。じゃあ、先に本丸落しちゃいましょ」
明かり取り越しに、内部に電灯がついていることが伺える奥の倉庫を見つめ、言う。
駐車エリアのあちこちに置かれたコンテナの影から、ぱらぱらと人影が出てくる。
「刑事さん達と玲子ちゃん柾木君は倉庫に突入、巴と信仁君がバックアップ。馨と鰍は突破口開いてから陽動、あたしは封印の上書き、それでいい?」
一同を見渡した円に、全員から肯定の頷きが返る。それを確認した円は、どんどん増える人影に目を移し、言った。
「……じゃあ、GO!」
酒井源三郎警部は、急に胸の奥で沸き起こった焦燥感に戸惑っていた。
胸の奥がムズムズする。何かしたくてたまらないが、何をしたいのかがわからない。横を見れば、蒲田浩司巡査長も困ったような顔でこちらを見ている。
「大丈夫ですか!玲子さん!」
その声に気付いた酒井が振り向くと、北条柾木が、胸を押さえて呻きつつしゃがみ込んでしまった西条玲子の肩を抱くようにしてかがみ込み、介抱している。
「……こりゃあ、なんか仕掛けられてた、か?……」
滝波信仁は、隊列の殿に回ってあたりを警戒している。
「……だわね。あんたたち、大丈夫?」
その信仁のすぐ側に居る蘭円は、信仁の言葉を引き取り、そして孫達に声をかける。
「……あたしはまあ、ちょっとイライラするだけ?どっちかってーと逆にイライラをぶつけたくてたまんない感じ?」
馨が、トンファーを握り直しながら言う。
「っとにもう。まあ、それがアタシ達なんだけどね……」
鰍が、やれやれとため息をつきつつ、
「……でも、アタシにはちょっと効いてるわよ。上手くイメージが練れないもの」
腰に手を当て、フンスと鼻息をつく。
「何よだらしない……」
円も、軽くため息をつく。
「……どういう事、ですか?」
ほぼ先頭に居る蒲田が、振り向いて円に聞く。
「嵌められたって事よ。さっき巴が斬ったのは囮の結界、あたし達が入るのを待って本チャン立ち上げやがったのよ。ったく、やってくれるわ」
「じゃあ……」
「別にピンポイントであたし達を狙ったわけじゃないと思うけどね、これ、中に入った術者に術を使わせない、嫌がらせの結界よ……巴、あんたは大丈夫?」
声をかけられた巴は、ちょっと不機嫌そうに、無言で木刀を横薙ぎに振る。鈍色、ではなく、もっと白い斬撃が飛び、少し離れた門扉脇のコンクリ壁にぶち当たり、その表面の苔と汚れが飛び散る。
「……念が練れてないじゃない?未熟ねぇ……」
「返す言葉もないわよ、あーもう腹立つ!」
巴は、もう一度、感情の高ぶりのままに木刀を薙いだ。
人狼達のやりとりを背中で聞きながら、柾木は玲子の肩に手を置き、その顔をのぞき込む。ベールの奥の瞳は、暗がりである事もあってまるで見えないが、苦しげに目を閉じているのが柾木には分かる。
「玲子さん……」
「……大丈夫です、ご心配なく……」
玲子は、唾を飲み込み、頑張って立ち上がる、ふらつく足を踏ん張り、柾木の腕を支えにして。
……この雰囲気は、未練。何かしらこの世に残して逝った人たちの、未練……
玲子は、いつの間にか、そういう事が分かるようになっている自分に気付き、それを不思議に思い、そして、すぐにその原因にも気付く。
気付いて、柾木に触れている手にわずかに力を込める。
その手から伝わる温もりが、玲子の体の芯に染み渡る。
――気付かせてくれたのは、あなた――
玲子は、顔を上げ、目を開ける。
柾木の目を、まっすぐ見据えて。
つかの間見つめ合った玲子と柾木の後ろで、誰かの声がし、何かを振る風切り音がし、そして何か、酷く大きな音がした。
感情の高ぶりのままに薙がれた巴の木刀から奔った白い斬撃――衝撃波は、当てても大丈夫そうなものを無意識に狙ったのだろう、ロールコンテナ――車体から切り離し可能な、ほとんどが無天蓋型で鋼鉄製の、ダンプのそれによく似たトラックの荷台――に命中し、轟音と共に中身の段ボール辺が飛び散った。そして。
……ぼて。
人民服に人民帽、手にはヌンチャクらしきものを持った、防犯灯の頼りない明かりの下でも分かる土気色の顔をした中年男性が、明らかに衝撃波に弾かれて隠れていたロールコンテナの向こう側からはみ出し、地面にこぼれ落ちてこけた。
「……はい?」
玲子に気を取られており、巴が木刀を振ったのに気付かなかったために完全に隙を突かれ、轟音に心底驚いて振り返った柾木が、間の抜けた声を出す。
その声に、柾木に向かって二度三度申し訳なさそうに頭を下げると、その中年男性は再びロールコンテナの向こうに姿を消す。
――いやいやいやいや。
全員が、心の中で突っ込む。
「えっと。これって、つまり……」
蒲田が、誰にともなく聞く。
「待ち伏せでしょ?してないわけないと思ってたけど……」
「大方、こっちが都合良い位置に来るまで待ってたって事?」
「静かすぎるとは思ってたのよのねぇ……」
三姉妹が、下から順に感想を述べる。
「……作戦変更ね。封印の上書きはあたしがするわ」
円が、祓串を仕舞いながら言う。
「信仁君は、刑事さん達のバックアップ。玲子ちゃんは……」
「私も、時田と袴田を探します」
ぱっと円に振り向いた玲子が、食い気味にそう宣言する。一瞬気圧された円は、
「……OK。じゃあ、先に本丸落しちゃいましょ」
明かり取り越しに、内部に電灯がついていることが伺える奥の倉庫を見つめ、言う。
駐車エリアのあちこちに置かれたコンテナの影から、ぱらぱらと人影が出てくる。
「刑事さん達と玲子ちゃん柾木君は倉庫に突入、巴と信仁君がバックアップ。馨と鰍は突破口開いてから陽動、あたしは封印の上書き、それでいい?」
一同を見渡した円に、全員から肯定の頷きが返る。それを確認した円は、どんどん増える人影に目を移し、言った。
「……じゃあ、GO!」
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