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第七章:決戦は土曜0時

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 柾木は、不思議に思っていた。
 制限速度と信号厳守のキザシの車内で、こんな時に、とは思うが、だからこそ、さっきの酒井の様子、若い人が羨ましいとか、高卒だとか、そういう愚痴というか弱音を吐く酒井と、今さっきのテキパキと指示を出す酒井とが、どうも柾木の中ですり合わない、同じ人ではないように感じていた。
 人って、わかんないもんだな……
 柾木は、さっき約束した、酒井と呑みに行くという話を、割と本気で楽しみにしていた。

 どれくらい気を失っていたのだろうか。五月さつきが目を開けた時、そこにはまだ張果ちょうかが居た。
 居て、窓から倉庫の中の様子を見下ろしている。
「……大したものだ、あれだけ法力を使って、まだ動けるかよ」
 身じろぎする五月に気付いたのだろう、張果が、振り向かずに言う。
 そう言われても、五月も立つのがやっと、と言ったところでしかない。それでも、張果が見ているものに興味を覚えた五月は、無言で立ち上がると、窓際までゆっくり、事務机を支えにしながら、歩く。
 やがて、倉庫の床が視野に入ってくる。そこに並んでいる物を見て、五月は息を呑む。
 倉庫の床には、さっきとは違う死体袋ボディバッグが三十、既に空になって置いてあった。
「総勢五十、流石に儂もこれだけ一度に動かすのは初めてでな、茉茉モモがなければ到底無理というものよな」
 既に倉庫の中には殭屍キョンシーは居ない。どこへ行ったのか、どこかに隠したのか。胸騒ぎを抑えつつ、五月は、一つ隣の窓から倉庫を見ている張果に聞く。
「そんなにたくさん、何をしようというの?」
 張果は、五月に振り向く。その張果の顔を見て、五月はぎくりとする。
 張果は、黒眼鏡をかけていない、只のうつろな穴でしかない眼窩で、五月を見つめて、言った。
「汚らわしい獣に、一矢報いてくれようと思ってな」
 骸骨がわらったら、きっとこんな感じだろう。五月は、そう思った。

「……ここ、か?」
 キザシの助手席から降りた酒井が、門扉の向こうを見ながら、誰にともなく聞いた。
「ナビによれば、そうです、はい」
 運転席から降りてきた蒲田が、酒井を見ずにやはり門扉の向こうを見たまま、答えた。
「……ここに、五月様と、時田と袴田もおりますの?」
 左後部座席から降りた玲子も、聞く。
「そういう事になります、けど……」
「なんか、雰囲気ちがくない?」
 キザシの右後部座席から降りて、玲子に答えた柾木の言葉の先を、キザシのすぐ後ろに停まったブルーバードの右後席から降りてきたかおるが引き継ぐ。
そんな感じの匂い・・・・・・・・、全然しないわよ?」
「ったく、馨お姉はこれだからは……良いんだけどさ、純血ってそういうもんだから」
 馨の後から降りてきたかじかが、あきれ半分あきらめ半分といった口調でため息をつく。
「そういうあんたはちゃんと分かってる?」
 ブルの左後席から降りたまどかが鰍に聞く。
「そりゃあ。アタシはばーちゃん自慢の一番弟子よぉ?」
「よく言うわよ。ともえは?」
 円は、ブルの助手席から降りた巴に振り向く。
「このまま入ったらヤバイ、つか入れないって事くらいは分かるわよ?」
 巴は、酒井達同様に門扉の向こうを見ながら、言う。
「上等よ……斬れる?」
 満足げな顔で聞く円に視線だけ流して、巴が答える。
「その為のあたしと「ゆぐどらしる」でしょ?」

「さて、どうやって入るか……」
「鍵、かかってますね、はい」
 グリーン工業の敷地は東に向かって正面入り口側は差し渡し三十メートルほど、入ったところは駐車エリア兼資材置き場のようで、奥行きはおよそ二十五メートル。その奥に敷地幅いっぱいに倉庫がある。倉庫の奥行きは、酒井達の居る門扉の外からでは分からない。倉庫向かって右手には後からやっつけ仕事で増設したらしい、縦横十メートル弱、高さは三メートル程の、足場用単管パイプで支えられた屋根があり、その屋根の下はどうやらいくつかのJR型コンテナが置いてあるらしい。ご多分に漏れず、敷地の周囲は二メートルほどのコンクリの壁で囲まれ、正面入り口はそのコンクリ壁の中央十メートルほどの部分が、左右開きの鉄製門扉となっている。
 門扉は、当たり前だが内側に閂がかけられ、閂は南京錠で施錠してある。簡単で古典的だが、確実な施錠方法だ。
「誰か呼んで開けてもらう……ってわけにはいきませんね、はい」
 蒲田が、左側の壁の末端の門柱に付けられたインターホンを見ながら、言う。
「まあ、ダメだろうな」
 酒井は、数時間前に自分も同じ事を思い、実行したのを思い出しつつ答える。
「……乗り越えます?」
 横で聞いていた柾木が、門扉の上を見ながら聞く。
「一応、家宅捜査って体なんで、それはどうかと、はい」
 蒲田が、ちょっと困った顔で柾木に向きながら答える。
「まあ、そもそもあれ、痛そうですしね……」
 柾木も、蒲田の答えを聞きつつ、門扉の上にある侵入防止用の錆び気味の忍び返しと、それに巻き付けられたやはり錆び気味の鉄条網を見ながら付け加えた。
「……糞ったれめ……」
 門扉の鉄柵を握りしめて、酒井が小さくつぶやく。力ずくで、ぶち破ってしまいたい。酒井は、自分自身、そんな事を心の隅で思っている事に驚く。
「はいはい、ちょっとあけてもらえる?」
 そんな男共の間に、巴が割って入った。

 門扉の中央正面に立った巴は、軽く腰を落とし、右足を前に、左足を引いて左手を腰に添え、まるで見えない刀を居合抜きするように構える。数度、呼吸を整えると、
「……っえい!」
 腰にいた太刀の鯉口を切ったかのように、巴は木刀を抜き、抜きざまに下から上に一閃する。その木刀は、腰に当てた左手の掌から引き抜かれたとしか、その有様を初めて見る柾木と玲子には思えなかった。そして、玲子は、柾木にさえ、その木刀が鈍色にびいろの淡い光を纏っているのが見えた。
 木刀の軌跡を示す、その淡い鈍色の円弧が左右の門扉の合わせ目を撫でる。と、澄んだ音を立てて閂と南京錠が両断され、ついで鈍い金属音と共にコンクリートの地面に落ちる。
 その音と共に、右手で振り切った木刀を両手で持ち直した巴は、
「……ぃやあっ!」
 まっすぐ、大上段から木刀を振り下ろした。
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