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第七章:決戦は土曜0時

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 ばちん。
 素朴で小さな粘土細工の家の、その周りを囲んでいた木札が音をたて、火花を弾かせて粉々に砕けた。
「こざかしい真似を……忌々しいケダモノの分際で……」
 ぱきん。
 張果ちょうかが手の中でもてあそんでいた茶杯が、小さな音と共に砕ける。
「張老師!」
 茶杯を握りつぶした張果の掌に滲む血を見て、若い道士があわててハンカチを取り出す。
「まったく……時間稼ぎにもならん。やはりゴロツキはどこまで行ってもゴロツキかよ……」
 掌を、手下の道士がハンカチを巻くままにさせながら、張果が言う。
「……すぐにここにも来ようよ。お前らも命を賭して迎え撃て。儂が生きているうちは、お前らも死なんのだからな」

「……あら?」
 柾木を手伝って、結束バンドを持ってついて歩いていた玲子がふと、何かに気付いて顔を上げた。
「どうかしました?」
 床に伏せたチンピラの両手首を後ろ手に結束バンドで縛りながら、柾木が聞く。
「いえ……柾木様、ちょっと窓を開けてもよろしいでしょうか?」
「はい、そりゃ別にかまわないですけど」
 事務棟二階のタコ部屋の、入口の反対側の壁にあるサッシ窓。倉庫の敷地の正面入口側に面するその窓を開けようとする玲子を見て、柾木が答える。
「表、静かになりましたからね、はい」
 離れた所で、別のチンピラの手首を縛っている蒲田も言葉を重ねる。
「……よし、こいつで最後か」
 酒井が、最後の一人の手首を拘束し終わって立ち上がり、腰を伸ばす。
「しかし、タイラップとはね……」
「アメリカの警察じゃ普通に使ってるそうです、はい」
 手の中の余った結束バンドを見ながら呟いた酒井に、蒲田が答える。
 人口の違い、一日の逮捕件数の違い、何よりも、複数の警官で一人の犯人を抑えることの多い日本と違い、市街地ならパトカー勤務の二人だけで、場所によっては単独のシェリフだけで複数の逮捕者を捌かなければならないアメリカの警察の場合、コストダウンと軽量化、一人で大量に携帯出来るなどの目的で既に大量に樹脂製の手錠ハンドカフが使用されている。
「ま、アメリカなら分かる気もするな」
 その酒井の言葉を背中で聞きながら、柾木は窓際の玲子の隣に立ち、
「どうかしたんですか?」
「いえ、空気が、換わったのです。お気づきになりませんでした?」
「……ああ、確かに部屋の空気、淀んでましたからね」
 玲子の返答に頷きながら、柾木は窓の外を見る。
「お?一段落したみたいですね」
「そのようですわ」
 答えながら、玲子は思う。柾木様は、お気づきになっていない。やはり、柾木様はこれをお感じになれないのでしょうし、あれを見えてもいらっしゃらないでしょう。普通の方は、それで良いのです……
 玲子は、窓を開けるより前に既に、部屋の中の淀んだ薄い瘴気のような空気が急に瑞々しい力に満ちた新鮮な空気に一掃されたことを肌で感じ、そして今、眼下の駐車スペースで淡い光を放つ魔法陣と、その中心に居て光る翼を背中に纏う蘭鰍あららぎ かじかの姿を見ていた。
「……あら?」
 鰍から少し視線を逸らした玲子は、その駐車スペースに見慣れた黒い高級セダンがまっていることに気付いた。

「そんで、こいつらがばあちゃんの言ってた面倒な奴ら?」
 蘭馨あららぎ かおるが、鰍の跳び蹴りを喰らって泡をふいて倒れているパンチパーマを足で小突きながらまどかに聞く。
「面倒どころか、準備運動じゃん」
「っかしいなぁ、こんなもんで済むわけないんだけど……どっかに逃げちまったかな……」
「なーによばあちゃん、空振り?」
 木刀を担いだともえも円に寄って来た。
「っさいわね!逃がしゃしないわよ!」
「とは言っても、こっからどうします?……お、センチュリーじゃん、良い車乗ってやがんなヤクザのくせに」
 空薬莢やら何やら回収した一切合切をガンベルトに付けたダンプポーチに放り込んだ信仁が、駐車エリアの隅に置かれた高級乗用車に気付いて呟く。
「まー、ヤクザなんて換金出来る動産持っててナンボだもんねぇ」
 シースに戻したダガーを懐に仕舞いつつ、鰍も言葉を繋ぐ。と、
「その車は、ウチのです!」
 彼女にしては全力疾走でここまで飛んできた玲子が、大きく肩で息をしながら宣言した。
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