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第七章:決戦は土曜0時

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 部屋の明かりを消し、床に座って西条玲子が寝息をたてるソファベッドに寄りかかった北条柾木は、ある期待をもって目を閉じた。
 目を閉じてしまえば、やはり体も精神も疲弊しているのだろう、すぐに睡魔が襲ってくる。
 薄れ、滲み、意識が拡散していくのを感じならが、それでも柾木は、ある一点にだけは意識を集中し続けた。

 ……あの、葉法善ようほうぜんとかいう大男に感謝すべきかも知れないな……
 柾木は、眠りに落ちた意識の中でそう思う。体は、眠っている、はずだ。だが、考えることは出来る、よく夢の中でするように。
 違いがあるとすれば、夢の中の思考はえてして支離滅裂になりがちだが、今はしっかりと論理的にものが考えられている、気がする。
 ……コツはつかんだ、ような気がするんだ。あとは、それが上手くいってくれれば……

 あの時。葉法善に殴られ、気を失った時。確かに、あれはエータの視界、エータの聴覚、エータの触覚だった。
 緒方さんは、エータは今、機能停止状態にあるはずって言ってた。けど、考えてみれば、機能停止して整備中のエータと俺は繋がって、それであの幼児の夢を見てた。だから、機能停止って言っても、スマホのスリープみたいなもので、機能の一部は生きているんだろう。そして、スリープ状態でもメールが受信出来るように、外部からの操作は受付けないけれど、上位のサーバみたいな存在からはアクセス出来る。ただ、そのスリープを解除するのには、暗証番号なりパスワードなりが必要なんだろう。
 張果ちょうかが知りたがっているのはそのパスワードなんだろう。といっても、俺も本当に知らないしなぁ……ただ、そう考えると、俺の意識はどうやらエータのセキュリティ的にはかなり上位なんだろう。まあ、そりゃそうか。ついこないだまで、エータは俺の体だったんだから。
 だから、俺の意識は、エータのセンサにアクセス出来る。ただ、その条件がよくわからない。はっきりしているのは、俺が起きている時は駄目だって事。寝てたり、気を失ってたり、つまり、こっちの体を自由に出来ない時って事だろう。それはわかる。

 ああ、そう言えばあの時、俺、エータの体だったら痛みなんて感じないで済むのにな、とか考えてたっけ。その辺に鍵があるんだろう、具体的にどうやれば、ってのはよく分からないけれど。
 とにかく、あの時、俺はエータの感覚を通じて、五月さんを見た。それは確かだ、俺の夢とか、妄想とかじゃない、はずだ。証拠がないのがなんとも言えないけど。でも、とにかく、あの時、五月さんは「助けて」って言った。そいつは、間違いない。
 一瞬だったけど、あの部屋は見覚えがなかった。それを言ったら、あの時の五月さんの格好も変と言えば変だ。五月さんの着ていた服、あれは五月さんの普段着なんだろうけれど、なんか変なボロ切れを羽織ってたな。五月さんオシャレだから、つか、そもそも若い女性があんなボロ切れ羽織るなんてあり得ないよな。
 それに、五月さんが抱えてた人形。俺の夢に出てくるのは幼児だけど、髪の色と着ている服がよく似ていた……まさかと思うけど。でも、ある意味もう何でもありだもんな、それ言ったら、俺自身、半年間オートマータの体で過ごしてるんだし。

 あくまで想像だけど、あの人形が俺の夢の中の幼児と同じだとして、だとすると夢の中の女性は五月さんって事で。そこまではまあ分かるとして、それがあのジジイとどう関係するのか、そこがさっぱり分からない。あのジジイがエータを盗み出した、今エータはあのジジイの手元にある、それは確実。で、エータと五月さんは同じ部屋にいる。それも確実。だから、五月さんと張果ってジジイは何らかの関係がある、多分。そこがわからない。関係があるのは事実として、何の関係かがわからない。
 出来る出来ないは別にして、エータを使って五月さんから話聞けば一番早いんだろうけど。ただ、五月さんと張果ジジイの関係が分からない上に、絶対あの部屋、五月さんとエータの居るあの部屋の壁の人形、張果が見張ってる。そこでエータを動かすのは絶対まずい。なんとか、エータを動かさずに話だけ聞く方法はないものかな……そう、そもそも、五月さんは「助けて」って言ってたんだよな。もしかして、五月さんも攫われた?そうだよな、五月さんがあのジジイに協力するなんて考えられない、考えたくない、そうじゃないって言って欲しい。

 分からないことが山積みだ。けど、分からないものは考えたって仕方がない。とにかく、もう一度エータの目と耳が使えるか、試してみよう。
 柾木は、夢の中で、エータの入口を探る。それは、口で説明したり、誰かに教えたり出来るようなものではなく、純粋にイメージの力のなす技だった。言い換えるなら、一つのこんで、二つのはくを乗り換える、そんな仙人でも至難の業だろう事を、柾木はやろうとしていた。
 それが出来てしまう、体が覚えているのは、やはり半年間とはいえその体で過ごしたから、なのだろう。自分のやっている事の難易度がどれほど高いかは自覚していなかったが、北条柾木は、それが自分に出来てしまう理由には、心当りがありすぎるほど、あった。

 例えるならそれは、自分の部屋を出て扉を閉めたつもりが、何故か自分は元の部屋の中に居る、そんな感覚だった。部屋の出口と入口がループしている、ただ、その部屋は、元の部屋と完全に同じではない、そんな感覚。左右が鏡映しとかそういうわかりやすいものではなく、蛇口をひねっても水の出がわずかに違うとか、アルミサッシの引き戸がわずかに重いとか、気にしなければ気付かないレベルの違いしか無い、だが何かが違う気がする、そういう不思議な感覚。三日もすれば違和感が消えてしまう、その程度の違いだった。

 だが、確かに違う。
 北条柾木は、その違和感に確信を持った。
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