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第七章:決戦は土曜0時
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金曜夜、恐らく午後八時過ぎ。青葉五月は冷めた目で、倉庫内に面した事務所跡の窓から作業員達を見下ろしていた。
……あの用意が終わったら、きっと茉茉を使って赶屍術をやる。間違いないわね……
倉庫内に黒い細長い袋を並べる作業員を見ながら、五月は確信していた。
五月がそれに気付いたのは、夕食として出されたコンビニ弁当を食べ終わり、体を伸ばそうと立ち上がった時だった。時計のないこの部屋では正確な時間は分からないが、日の落ちたタイミングから考えて午後七時前後というところだろう、定時上がりの作業員はあらかた帰宅したはずなのに、何故か倉庫には煌々と電気がつき、何か作業をしている気配もする。
気になった五月は、左腕に抱く茉茉をあやしつつ、事務所跡の窓から倉庫を見下ろす。
五月の居る事務所跡は、長方形の倉庫の一方の短辺に密着する形で作り付けられたプレパブ棟の二階にある。事務所跡の室内は長手方向は七、八メートル、短手は三メートルといったところで、中央に事務机が四つずつ二列、向かい合わせに並んでいる。倉庫の壁側には定尺のアルミサッシの一間窓が二つ、反対側の倉庫内部に向いた側、向かって左に一つ、向かって右の、壁側の窓に対する位置の片方はドアになっている。
ドアに向かって右手の壁にも定尺の窓が一つ、その外は倉庫の壁まで五メートル程度の空間が空いている。反対側の壁には窓がなく、壁に向かって左右にドアがある。
そのドアの向こうには、物置サイズの部屋があるらしい。ドアが二つあることから、その倉庫はこの事務所跡の短手三メートル分を二つに仕切って使っているのかもしれない。奥行きは、倉庫の壁までの距離から、あっても二メートル程度だろう、たまに作業員が窓の外の外廊下を通って何か持ち出しているから、外廊下側にもドアがある、五月の位置からは死角になって見えないが。事務所跡に面するどちらのドアも鍵がかけられているため、倉庫内の様子は分からない。分からないはずなのだが、五月にはそこに何があるか、それについてある確信を持っていた。
事務所跡のほとんどの壁には棚が仕付けられ、人形が陳列されている、いや、保管されている。そのうちのいくつかは張果の術の支配下にあり、五月の様子をうかがっている、はずだ。
その部屋の中で、五月は、ドアに向かって右手の壁と事務机の間、二メートルちょっと空いているその隙間に置かれた肘掛け椅子に普段は座らされている。そして、その背後、ドアから見て部屋の左奥の角に置かれたパイプ椅子には、作動停止状態のエータがだらりと座っている。
五月は、肘掛け椅子に一番近い、食事を取っていた事務机から離れると、ゆっくりとドア側の壁にある窓に向かう。ここから、倉庫の中がうかがえる。
倉庫は、長手方向は三十メートルほど、短手方向は十五メートルほど。事務所跡のあるプレハブはその倉庫の短手の壁にプレハブの長手の壁を接するようにして、角に配置されている。事務所跡のドアの外に外廊下があり、真下の視界は得られないが、この事務所跡からは倉庫内のほとんどが見渡せる。
既に丸三日ここに居る五月は、日の出日の入りの方向から、この倉庫の正面、事務所跡のドアから見て右手の、倉庫長手方向の三つのシャッターのある壁は東向きであり、自分の居るプレハブ事務棟は南の壁に接していることを既に知っていた。そして、窓から見える対面、北側の壁にはコンテナが四つ、五月は見たことはあっても名前や規格など知る由もないが、西から四十フィートの海上コンテナが一つ、二十フィートの海上コンテナが二つ、JR型コンテナが一つ、いずれも倉庫と長手方向を合わせて置いてある、端部の扉をこちらに向けて置かれているのが見える。
その一番左、西側の壁に接している四十フィート冷凍コンテナから、五、六人の作業員が黒い、細長い袋をいくつも運び出し、一番右のコンテナに運び入れ、そしてそのコンテならから別の黒い袋を運び出し、床に並べる作業を繰り返していた。
それを見た五月は、身の毛がよだつのを感じる。
これだけ離れていても、最低でも二十メートルは離れているのに、死臭を感じる気さえした。
……あれは、死体。凍らされた、死体。
五月の拝み屋としての感覚が、それを、忌まわしさ、おぞましさを感じ取っていた。
……それにしても、数が尋常じゃない……
コンテナの前に並べられている死体袋は既に十を超える。それでも、まだ右のコンテナから運び出すようでもあり、さらに左のコンテナから移し替えてくるようでもある。一体いくつあるのか。五月は、吐き気さえ覚えた。
それでも、五月は嫌悪感を押し殺してそのおぞましい作業を見ていた。何が行われているか、何が始まろうとしているのかを知っておくべきだと思ったからだった。
すると、張果が葉法善を連れて倉庫に入ってきて、一直線にその作業場に向かうのが見えた。流石に遠くて詳しくは分からないが、どうやら死体袋を開いて何かしているように見える。
……赶屍術の下準備、かしらね……
赶屍術は、いつの間にか、殭屍を操り悪事を働く邪道な道士の術、そういうイメージで捉えられるようになったが、本来は出稼ぎ先で死んだ者を故郷に戻すために編み出された技だ。従って本質は邪悪なものではないはずだが、張果は、明らかに邪悪な目的で赶屍術を使っている。だから。
五月は、何が何でもそれを止めたかった。それは、純粋に嫌悪感、そして死者を冒涜するその行為を許せない気持ちが強かった。
同時に、今の自分では、体も、精神の一部さえ茉茉の支配下にあり自由のきかない状態では、強力な術者である張果に抗うすべがないこともよく分かっていた。
だから、五月は張果の一挙手一投足に注目していた。何かヒントが、何かこの状況を切り返す隙が見つからないか、見つけた時に有利になれるカードがないかを探すために。
だから。張果に意識を集中するあまり、五月は、自分の後ろで起こっている変化に気付けなかった。
……あの用意が終わったら、きっと茉茉を使って赶屍術をやる。間違いないわね……
倉庫内に黒い細長い袋を並べる作業員を見ながら、五月は確信していた。
五月がそれに気付いたのは、夕食として出されたコンビニ弁当を食べ終わり、体を伸ばそうと立ち上がった時だった。時計のないこの部屋では正確な時間は分からないが、日の落ちたタイミングから考えて午後七時前後というところだろう、定時上がりの作業員はあらかた帰宅したはずなのに、何故か倉庫には煌々と電気がつき、何か作業をしている気配もする。
気になった五月は、左腕に抱く茉茉をあやしつつ、事務所跡の窓から倉庫を見下ろす。
五月の居る事務所跡は、長方形の倉庫の一方の短辺に密着する形で作り付けられたプレパブ棟の二階にある。事務所跡の室内は長手方向は七、八メートル、短手は三メートルといったところで、中央に事務机が四つずつ二列、向かい合わせに並んでいる。倉庫の壁側には定尺のアルミサッシの一間窓が二つ、反対側の倉庫内部に向いた側、向かって左に一つ、向かって右の、壁側の窓に対する位置の片方はドアになっている。
ドアに向かって右手の壁にも定尺の窓が一つ、その外は倉庫の壁まで五メートル程度の空間が空いている。反対側の壁には窓がなく、壁に向かって左右にドアがある。
そのドアの向こうには、物置サイズの部屋があるらしい。ドアが二つあることから、その倉庫はこの事務所跡の短手三メートル分を二つに仕切って使っているのかもしれない。奥行きは、倉庫の壁までの距離から、あっても二メートル程度だろう、たまに作業員が窓の外の外廊下を通って何か持ち出しているから、外廊下側にもドアがある、五月の位置からは死角になって見えないが。事務所跡に面するどちらのドアも鍵がかけられているため、倉庫内の様子は分からない。分からないはずなのだが、五月にはそこに何があるか、それについてある確信を持っていた。
事務所跡のほとんどの壁には棚が仕付けられ、人形が陳列されている、いや、保管されている。そのうちのいくつかは張果の術の支配下にあり、五月の様子をうかがっている、はずだ。
その部屋の中で、五月は、ドアに向かって右手の壁と事務机の間、二メートルちょっと空いているその隙間に置かれた肘掛け椅子に普段は座らされている。そして、その背後、ドアから見て部屋の左奥の角に置かれたパイプ椅子には、作動停止状態のエータがだらりと座っている。
五月は、肘掛け椅子に一番近い、食事を取っていた事務机から離れると、ゆっくりとドア側の壁にある窓に向かう。ここから、倉庫の中がうかがえる。
倉庫は、長手方向は三十メートルほど、短手方向は十五メートルほど。事務所跡のあるプレハブはその倉庫の短手の壁にプレハブの長手の壁を接するようにして、角に配置されている。事務所跡のドアの外に外廊下があり、真下の視界は得られないが、この事務所跡からは倉庫内のほとんどが見渡せる。
既に丸三日ここに居る五月は、日の出日の入りの方向から、この倉庫の正面、事務所跡のドアから見て右手の、倉庫長手方向の三つのシャッターのある壁は東向きであり、自分の居るプレハブ事務棟は南の壁に接していることを既に知っていた。そして、窓から見える対面、北側の壁にはコンテナが四つ、五月は見たことはあっても名前や規格など知る由もないが、西から四十フィートの海上コンテナが一つ、二十フィートの海上コンテナが二つ、JR型コンテナが一つ、いずれも倉庫と長手方向を合わせて置いてある、端部の扉をこちらに向けて置かれているのが見える。
その一番左、西側の壁に接している四十フィート冷凍コンテナから、五、六人の作業員が黒い、細長い袋をいくつも運び出し、一番右のコンテナに運び入れ、そしてそのコンテならから別の黒い袋を運び出し、床に並べる作業を繰り返していた。
それを見た五月は、身の毛がよだつのを感じる。
これだけ離れていても、最低でも二十メートルは離れているのに、死臭を感じる気さえした。
……あれは、死体。凍らされた、死体。
五月の拝み屋としての感覚が、それを、忌まわしさ、おぞましさを感じ取っていた。
……それにしても、数が尋常じゃない……
コンテナの前に並べられている死体袋は既に十を超える。それでも、まだ右のコンテナから運び出すようでもあり、さらに左のコンテナから移し替えてくるようでもある。一体いくつあるのか。五月は、吐き気さえ覚えた。
それでも、五月は嫌悪感を押し殺してそのおぞましい作業を見ていた。何が行われているか、何が始まろうとしているのかを知っておくべきだと思ったからだった。
すると、張果が葉法善を連れて倉庫に入ってきて、一直線にその作業場に向かうのが見えた。流石に遠くて詳しくは分からないが、どうやら死体袋を開いて何かしているように見える。
……赶屍術の下準備、かしらね……
赶屍術は、いつの間にか、殭屍を操り悪事を働く邪道な道士の術、そういうイメージで捉えられるようになったが、本来は出稼ぎ先で死んだ者を故郷に戻すために編み出された技だ。従って本質は邪悪なものではないはずだが、張果は、明らかに邪悪な目的で赶屍術を使っている。だから。
五月は、何が何でもそれを止めたかった。それは、純粋に嫌悪感、そして死者を冒涜するその行為を許せない気持ちが強かった。
同時に、今の自分では、体も、精神の一部さえ茉茉の支配下にあり自由のきかない状態では、強力な術者である張果に抗うすべがないこともよく分かっていた。
だから、五月は張果の一挙手一投足に注目していた。何かヒントが、何かこの状況を切り返す隙が見つからないか、見つけた時に有利になれるカードがないかを探すために。
だから。張果に意識を集中するあまり、五月は、自分の後ろで起こっている変化に気付けなかった。
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