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第七章:決戦は土曜0時

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 月明かりも差し込まぬ暗い部屋の中で、酒井は、自分の隣で腕を組んで静かな寝息をたてている北条柾木を見て、軽くため息をつく。
 ……もしかしたら、北条君、ものすごい大物なのかも知れないな……
 酒井自信は、この状況では、どうにも眠る気にはならない。いや、暢気に寝ている場合ではないという気もする。だが、休める時に休んでおかなければ、というのも正しい。
 ……俺、要するに小心者なのかな……それならそれで、しっかりしないとな。
 どうせ眠れないならと、酒井は、ここまでの経緯と現状を整理して見ようと考えた。

 とりあえず事実を時系列で整理しよう。発端は蘭円あららぎまどかとその孫達が、新興勢力の反社組織の野槌会のづちかい淵野辺連合ふちのべれんごうの会合に乗り込み、構成員を軒並み病院送りにした上に野槌会の幹部の首を切断、頭部を持ち帰ったこと、これが日曜の夜。後の調査で実はこの幹部の体は以前に井ノ頭邸から盗み出されたオートマータ「ラムダ」三号機であったことが判明するわけだが、この時点ではただの人形、にしては不審なところがあると思った赤坂署から、桜田門の刑事部捜査八課経由で俺たち分調班に話が回って来て、八課主導で反社の事務所を急襲してガサ入れしようとしたが縄張り争いで頓挫、それでも関連施設の倉庫から大量の人形を押収。ここまでが月曜。
 火曜に、ラムダを含めたその人形が八課から俺たちに移管され、東雲しののめの倉庫に仕舞う途中で人形が暴れ出した。「お祓い」の為に呼んでいた円さんのお孫さん達のおかげで事なきを得たが、ラムダの調査の必要を感じ、「協会」で保管していたラムダの頭部と合わせて井ノ頭邸に持ち込んで緒方さんに調べて貰う事にした、ここまでが火曜、だったよな。
 で、水曜。井ノ頭邸に持ち込んだラムダの調査中にラムダが自爆、その隙にエータを持ち出された。
 木曜、話によると、木曜の夜に北条柾木君が拉致されたらしい。
 そして今日、金曜。柾木君が拉致されたことに気付いた西条玲子さんが俺たちに連絡、柾木君のマンションに残っていた野槌会の手下に案内させて西条さん、俺の順番でここに来て、この部屋に監禁されている、と。
 ここまでは一本線で繋がってる。問題は、並行して、火曜の夜から五月さんが行方不明になっていることだ。こっちはまだ所轄の資料が見れてないから詳細が分からないが、歌舞伎町でバイト上がりの五月さんが恐らく四人組の男に襲われ、二人を返り討ちにしたが連れ去られた、という事らしい。
 この件と、ラムダからエータがらみの一件とを繋ぐ明確な物証はない。が、歌舞伎町に残された、五月さんに返り討ちに遭ったと見られる二体の変死体、これがどうにもおかしい。死亡時刻が特定出来ない、人民帽に人民服で額にお札を貼った死体。現場で回収されたお札は、半年前、東銀座駅で回収された奴とよく似ていた。つまり、半年前に北条君の体が盗まれた件と、火曜に五月さんが襲われた件は、同じ犯人か、少なくとも同じ系統の死体を操る術を使う奴が関係していると見てまず間違い無い。
 そこで、さっき見た、張果ちょうかとかいう老人。アイツがどうやらここの元締めらしいが、そいつが北条君を拉致した目的というのがエータを動かす方法を聞き出すこと、つまり、奴はエータを手元に持っている。という事は、ラムダを爆破し、ラムダを野槌会の幹部として操った張本人と見て間違いないだろう。ついでだが、東雲で人形どもが大暴れしたのも奴の仕業だろう。その後ろに居た葉法善ようほうぜんというらしい大男、張果の部下らしいが、あれもその手の妖術使いかもしれない。
 人形を操る術と、死体を操る術。奴は、あるいは奴らは、その両方を使う。

 多分、ここまでの推定は、そう大きく外れてはいないはずだ。そうなると、分からないのは五月さんが誘拐された件だ。
 状況から見て、犯人グループの四人組のうち二人は、張果と葉法善で決まりだろう。そこまではいい。問題は、奴らが五月さんを誘拐する理由だ。
 誘拐される直前に、五月さんに人形のありかを占いで調べさせ、さらに大金でスカウトした老人ってのはそうなると張果で間違いない。そうすると、張果にとって何らかの役に立つから五月さんを誘拐した、という事なんだろうが、じゃあ一体何の役に立つんだ?
 人形とかの場所を探させるなら、誘拐までする必要はないだろう。仕事として頼んでもいいし、もっと大金を積んでスカウトしてもいいはず。勿論、そういうのが面倒くさくて攫った、と言うのもアリかもしれないが、そんな事すればすぐに足がつく。だから、まっとうな方法で頼めない事をさせるために攫った、と考えるべきなんだろう、考えたくないが。

 張果っていう爺さんが五月さんに何をさせたいのかは、考えたって仕方がない。推定する材料が少なすぎる。考えるべきは、その張果が次に何をするか、今何を考えているかだ。
 状況として、今、張果の手元には、俺たち三人が捕まっている他、まず確実に五月さんと、あとエータがある。
 このうち、五月さんとエータ、それに北条君はあいつらが自ら望んで手に入れたものだが、俺と西条さんは違う、連中にとってイレギュラーのはず。しかも、相当にやっかいなイレギュラーだろう。
 そもそも、犯人グループにとって、人質を取るって行為はそれ以降の身動きの幅を極端に狭めるから悪手だ。さらに、聞き込み中の警官とか、社長令嬢を監禁するとか、悪手にも程がある。
 捜査中の警官が行方不明になったとして、足取りなんぞいくらでも追える、ミリ単位で判明しているも同然だし、社長令嬢がいなくなったらそっちも蜂の巣つついたような騒ぎになるだろう。どっちにしても大量の捜査員が投入されるのは請け合いだ。
 そんな悪手中の悪手を成り行きだろうが取ってしまった場合、あの爺さんはどう動く?
 もし俺が組織のトップだったら、事情を知らない下っ端を囮として現場に残してトンズラするだろう。その場合、証拠品を残すのはまずいわけだが……

 そこまで考えて、酒井は、あえて避けていた想定について考えるしかないと決心する。
 ……証拠品を残せないから、持って行けないなら、始末する。

 誘拐犯の身動きがしづらいのは、人質が生きている人間だからだ。犯人側にとってもっとも簡単で、その場合俺たち警察にとって最悪の事態は、人質が生きているように見えて、実は早い段階で殺されている事。処分・・されているとなお悪い。
 今の状況だと、五月さんも北条君も生きていなければ意味が無いからその可能性は低いわけだが、営利目的で利用価値の高い西条さんはともかく、俺は一番瀬戸際に居る、って事になる。
 それでも、人質三人と恐らくエータを担いで逃げるとなりゃそれなりに大事だろう。車で逃げるにしても、そこそこ大型車が必要だろうし、道中の危険性も高い。窓開けて「助けてー」とか叫ばれたらお終いだ。
 そうなると、どう逃げる……いや、答えは一つだろうな。

 酒井は、暗闇の中で目を開け、その方向へ視線を流す。
 迎えの船を呼んで、海に逃げる。
 張果なんて名前を名乗るくらいだ、海外資本、ありていに言えば蛇頭と繋がりのある野槌会の幹部相当ともなりゃ、そっち・・・と繋がってると考えるのが順当ってもんだろう。とは言っても、タクシーじゃないから呼んですぐ船が来るって事もないだろう、横浜かどこかに入港してるか、あるいは沖合に居るか……
 そして、酒井は気付く。船。半年前のアイツは、あの船は、そういう事か。なるほど、港を出る時は合法の荷物だけ積んで、途中で非合法のものを積む。海保と水上警察の目さえ欺ければ、出来ない話じゃない。人形だの死体だのを操る妖術使いだ、人の目を誤魔化すくらいやってのけても不思議はない……さては東華貿易のアイツ、その事まで知ってやがったな?だから自分は合法だとぬかしやがったのか。ここ出たら今度こそとっちめてやる。

 乱暴な推理だが、でもそうなると、奴らも俺たちも時間との勝負って事になる。西条さんの御実家がどう動くかはわからないが、俺の方は蒲田君が動かないわけがない。今頃、あちこち調整に走り回ってるに違いない。捜査権のない分調班では令状は取れないから、八課なりにお願いするしかないはず。その辺調整して、人員も集めて、どうだろう、早くて明朝未明、遅けりゃ……また縄張り争うなんぞ始まった日には丸一日じゃきかないかも知れないな。
 こっちはどうだろう、動くなら間違いなく夜のうち、奴らが足跡消すのにどれくらい手間をかけるかは知らないが、あてずっぽうだが早くて夜半過ぎというところか?とにかく手間のかかる人質だけでも今のうちに別の場所に動かして、ってのもあり得るかも知れない。俺が来た以上、この倉庫は場所が割れてる、そう考えないはずがない。

 それにしても、しかし、そうすると一体何で奴らは俺まで監禁したんだ?警官を監禁したら面倒になると分かっているはずなのに。
 それが分からないバカがいた、という可能性もあるが、恐らく、ここに警察が来たこと自体が相当マズいって事だろう。生かして帰しちゃ駄目だって位に。
 つまり、ここには、警察に見られたら困るものがあって、それは割と簡単に見つかる場所にある、もしかすると普通に見える所にある、あったって事か。俺はそのつもりがなかったからあまり注意してなかったが、だとしたら密輸品、薬、あるいは銃や刀の類いか?……
 ……そうか、なるほど、ここはリサイクル業者の倉庫、素人には分からないレベルで違法な品物が廃品に混ざっていて、だがそのつもりで探せばすぐ分かる、俺が来た時はそんな状態だった、って事か?鉄パイプに銃身が混ざってても、素人は一目では見分けつかないだろう、そんな感じか。とすりゃ出入りの業者もグルって事だな、マル暴ソタイの連中に教えてやりゃ、小躍りして喜びそうだ……

 酒井は、ここと、それから東華貿易の出入りの運送業者をしらみつぶしに調べる事を考え始める。巧妙に偽装されて流通経路が掴めなかった野槌会の物資の動きを抑えられる可能性が高いことと、その情報で警視庁の組織犯罪対策部に恩を売ってやることまで考え、そして自分がここを脱出出来る事を微塵も疑っていないことを自覚し、闇の中で苦笑した。
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