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第七章:決戦は土曜0時

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 首都高速道路、湾岸線と神奈川五号大黒線の合流部に位置する大黒パーキングエリア。
 横浜ベイブリッジの文字通り足下という立地条件と、上下線のどちらからでも入れるという利便性もあって人気の高いパーキングエリアだが、週末の深夜はカスタム系の車が集まるスポットとしても有名である。
 神奈川県警の高速道路交通警察隊、その大黒分駐所が隣接するにもかかわらず、駐車場を占拠して潤滑な交通を阻害し、あまつさえエンジンとオーディオの大音響をまき散らす迷惑行為も散見されるとあって、業を煮やした警察と首都高による週末深夜のパーキングエリア閉鎖は頻繁どころかほぼ毎週行われ、昨今は土日だけでなく金曜の夜も閉鎖されることが多くなっている。

 その大黒パーキングエリアに、警察庁刑事局捜査支援分析管理官付調査班所属の蒲田康司巡査長が運転する銀色のスズキ・キザシが滑り込んだのは、金曜の午後十時を少し回った頃だった。
 リニューアルに伴ってフードコートの二十四時間営業も廃止されてしまったため、深夜営業しているのはイートインスペースを持たないコンビニのみとなり夜間の利便性の低下した大黒PAだが、人気スポットととあってきらびやかなカスタムカーや休息を取る大型車で駐車場はかなり埋まっている。
 苦労して空いている駐車スペースを探し出した蒲田は、スマホ片手に車を飛び出し、教えられた待ち合わせ場所に急ぐ。
「お待たせしました!」
 蒲田は、思ったよりはキザシに近いところに止まっていた、今時珍しい深紅のメルセデス・ベンツ190E2.3-16、'80年代中期に登場するやいないや、ベンツなのに5ナンバー枠という手頃感と折からのバブル期に乗っかって日本国内でもバカ売れし、「赤坂のサニー」などとも呼ばれた通称「小ベンツ」、そのボディに2.3Lのコスワースチューンのエンジンを詰め込んだツーリングカーレースのホモロゲーションモデルの右ハンドルMTモデルの運転席に座る蘭円あららぎまどかを見つけ、軽く窓ガラスをノックしながら声をかける。
「待ってたわよ」
 パワーウィンドウを少し下げて、円が答える。
「とりあえず、後ろ乗って……って、誰?」
 その時になって、円は蒲田の後ろに居た知らない顔に注意を向ける。
「あ、えっと、初めまして。警視庁刑事部捜査第八課の熊川警部補です、捜査協力者の方、ですよね?よろしくお願いします」
「……すみません、経緯説明します、はい」
「……とりあえず、とにかく後ろ乗って」

 後席までセミバケット形状のスポーツセダンの右後席に潜り込んだ蒲田は、背広の内ポケットから捜査令状を取り出し、円に見せる。
「令状は無事取得出来ました、はい。ただ、僕ら分調班は原則、捜査権はないので、家宅捜査を執行する主体はあくまで本庁の八課という事になります、はい」
「八課か……榊のとこよね?」
「キャップのこと、御存知で?」
 左後席に乗り込んだ熊川が割り込む。
「一応ね……あたしじゃなくて、かじかがね、ちょっとね……」
 蒲田は、何があったかは分からないが、何かあったんだろうな、と思う。
「まあいいわ、で、そっちの熊川さん?が執行担当?」
「はい、何しろ急だったので、とにかく私に行ってこいということでした。必要なら後から応援出すと」
「期待してるわ……で。現場行く前に、ちょっと事務処理済ませたいんだけど」
「……もしかして、アレですか?」
 前回の事を思い出して、蒲田が聞く。
「そうよ。あん、用紙の予備って持ってる?」
「ありますよ、勿論。初めまして、「協会」の経理を担当しています、槇屋降まきやふりと申します、蒲田さんは二度目ですね、よろしくお願いします」
 それまで黙って助手席に座っていた槇屋降杏まきやふり あんが、振り向いて蒲田と熊川に挨拶する。蒲田は、初対面の時と違う、わずかな違和感を抱きつつ、挨拶を返す。そういえば、円さんが御自分の孫以外を呼び捨てにするのも珍しい。
「こちらこそ、よろしくお願いします、はい。あの、例のスポット契約の?」
「そうです。お話しが早くて助かります」
 微笑んで、槇屋降が用紙を複数枚差し出す。
「……えっと、なんでこんなに?」
「今回、蒲田さんの他、現地に酒井さん、北条さん、西条さん、場合によっては青葉さんが居るとお聞きしております。ので、その分のスポット契約書になります。ご本人がいらっしゃらないので、蒲田さんに代理人のサインをお願いします」
 先日より柔らかい声で説明する槇屋降を見て、蒲田は気付いた。髪と眼鏡だ。下ろした髪に、濃いピンクの細いアンダーフレームの眼鏡。初対面の時との印象の違いはそれだ。恐らく、これが槇屋降のアフター5のファッションなのだろう。蒲田は、年上の女性のONとOFFの切替えに、その落差の色気に、少年のようなときめきさえ感じた。

「これ、何ですか?」
 熊川の声に、蒲田ははっと我に返る。
「あら失礼。熊川さんは初めてでしたね、ご説明します」
 槇屋降が、熊川に「協会」の「スポット契約」の説明を始める。蒲田は、気を取り直し、自分の分を含む五枚の用紙にサインを始める。
 その様子を、ワイドタイプの鏡面を取り付けたバックミラーで見ていた円は、頃合いを見て、
「ダメよ杏、若い子の邪魔しちゃ」
 槇屋降をたしなめる。それに答えて、槇屋降杏は円と目をあわせると、妖艶に微笑んだ。
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