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第六章:金曜、それぞれの思惑、それぞれの決意

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 葉法善ようほうぜんに持って来させた昼食、例によって薬膳のような粥を事務机に置かせ、張果ちょうかは五月尋ねる。
「なんぞ、面白いことでもしていたかよ?」
 五月は、突然声をかけられたことにはいささか驚いてはいたが、見張られていたこと自体はそういうものだろうと思っていたので全く気にせず、答えた。
「実験よ、実験。あなたが私や茉茉モモに何をさせようとしてるのかは知らないけど、私が茉茉を上手く使えた方が良いんでしょ?なら、止める理由は無いわよね?」
 最前までと違い、何らかの自信を持ったかのように答える五月の様子に、張果はやや驚きつつも質問を返す。
「まあ、その通りだな。して、上手くいったのか?」
「見てたんでしょ?」
 肘掛け椅子に座りながら、五月は答えた。
「喰えぬ女だの。がしかし、お前の真言マントラであっても茉茉が使えるとなれば、これは収穫と言えよう」
 顎に手を置き、うんうんと頷きながら張果が言う。
「惜しいのう。お前のような見所のある道士を育ててみたいものだが。どうだ、儂について学ぶ気はないか?」
 それは恐らく本音だろう、五月は張果の語感からそう判断する。
 いるのだ、こういう手合いは。五月の見立てでは、張果は道士としては非常に優秀で、かつ、個人としてみればさほど悪い性格をしているわけでもない。
 ただ、常識や倫理観が一部間違っているか、欠如しているのだ。
 一般に悪人、悪党とされる手合いで、手に負えないのもこの手合いだ。五月は、今までの占い師として、拝み屋として、そして酒場の女給として見てきた様々な人物の人となりから、経験としてそう思う。悪事を働く者は大きく二種類いる。常識や倫理を知らないか教わっていない、あるいはあえて無視してる者と、それらを理解することが出来ない者だ。知らないなら教えれば良い、無視するなら、無視するとどうなるかを教えれば良い、全部とは言わないが、たいがいはそれで更正出来る。だが、理解出来ない者は、何をやっても理解出来ないのだ。だから、更正するという事はあり得ない。
 五月は、張果は後者に属すると判断していた。

「あなたが術者として、道士として優秀なのは認めるわ。でも、言ったでしょ。信念として、私はあなたのやり方を認める事は出来ない。正直、知りたいことは山ほどあるから残念だけど」
 椅子の背もたれにもたれかけて、五月は言い切る。張果は、大げさにため息をつく。
「……イェ相手では教え甲斐がなくてのう。その腕前、その性根、返す返すも惜しいのう」
 その張果の様子を見て、五月はダメ元で気になっていたことを口に出す。
「仮に、よ。私が茉茉を完璧に使いこなせるとして、あなたに刃向かったとしたら、どうするつもりなの?」
 にたり、張果は面白そうに口角を吊り上げる。
「それを思っておきながら試さぬのもさかしいのう、ますますもって面白い。良かろ、知らずに無茶をされても困るでな。茉茉は古い泥人形だ、何度も補修されておる、それは気付いておろう」
 五月は無言で頷く。確か、清朝の頃のもの、とか言ってたっけ。
「ここ数回は儂が補修しておってな、泥に符籙ふだを練り込んである。儂に逆らえば、文字通り土に還るという事だな。無論、茉茉にはそんな事理解する知恵は無いがな」
「……なるほどね、私があなたに茉茉を使って何かしようとしたら……」
「儂は茉茉を失うことになるが、お前も茉茉の力を利用する事は出来なくなる。その後はまあ、力比べになるか」
「純粋に、茉茉を破壊するためだけに私が術を使ったとしたら?」
「お前は賢しい娘だ、その後どうなるかを考えぬ訳はあるまい?」
 つまり、張果を襲っても、わざと茉茉を破壊するようなことをしても、どっちにしても私は殺されるか、死ぬより酷い目に遭うって事ね。確かにそれは願い下げだわ。
 この程度のことで死ぬなんて、真っ平御免だもの。
 五月は、張果を止めるために自分を犠牲にするほど自分は善人ではないと、自分に言い聞かせた。
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