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第六章:金曜、それぞれの思惑、それぞれの決意
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青葉五月は、茉茉を抱いたまま、倉庫二階の事務所の窓から眼下で行われる作業の様子を見ていた。冷凍倉庫を含む各倉庫から、揃いの服を着た作業員が貨物を持ち出し、あるいは表に到着したコンテナから倉庫に仕舞い直している。
張果は今朝、五月に朝食を持ってくるとすぐに部屋を出て行った。昨日一昨日とは違う、何か忙しそうな様子だった。
恐らくは、これに関係がある。五月は、視線を窓の外から部屋の中、自分が座っていた椅子の後ろに「置いてある」エータに移す。
二日前の水曜の夕方、エータがここに持って来られた時は、五月は思わず「柾木君!?」と声に出しそうになった位に驚いた。エータあるいは北条柾木と顔見知りである事を悟られるのはまずい、その事に声をあげるより先に気付けたから、咄嗟に五月は、端から見て「急に意識のない男性が担ぎ込まれたので驚いた」程度に見える位の驚き方で誤魔化した。それに、五月はすぐにこれは北条柾木ではなく、エータの方である事に気付いた。何故なら、この体には生気が無かった。北条柾木の生気の性質は良く知っている、あの時直接に触れたから。この体には、それが感じられない、全く。
だが、それが北条柾木本人であれ、エータの方であれ、何故ここに?一応は揃いの作業服を着ているが明らかに人相の悪い凶状持ち四人に手足を持たれて荷物のように運び込まれるエータを見て、五月は近づいたものか離れたものか一瞬考え、少し怯えた風にして後ずさる方を選択する。
「怯えずともよい、それはただの人形だからの」
エータの後から、葉法善を従えて入って来た張果が五月に声をかけた。
「人形?一体……」
「一体失ったが、一体手に入った。質で言えば儲けという所か」
五月の言葉に韻を踏むように被せて、張果が独りごちり、そして五月に顔を向ける。
「お前も気付いておろう、茉茉が欲しがっていた「お友達」じゃ」
言われて、五月は確かに心当りがある事に気付く。夜になると、茉茉はどこかの誰かに手を伸ばす、そんな気配を五月も感じてはいる。それがどこの誰かは、五月には分からない。茉茉には茉茉の意思があり、その意思には五月の側から干渉する事も、覗く事すら出来ない。支配関係で言うなら、あくまで茉茉の側に支配権があるのだ。
「これが、お友達?」
エータを見ながら、五月は張果に聞く。機嫌がいいのか、張果は、
「取引先から話を聞いてな。儂が茉茉に教えたのじゃが、いたく気に入ったようでな」
一緒になってエータを見ていた張果が、五月に振り向く。
「じゃが儂では茉茉は扱いきれん。いや、そこらの道士でもなかなか手に余ったが、どうやらお前は相性がいいようだ」
自分を見ている張果の視線、盲のはずなのに明確に自分を「視て」いるその視線に違和感を覚えつつ、五月も張果を見返し、聞き返す。
「相性?」
「儂も含め、茉茉を抱っこして三日目で、そうやって立って歩けたものは居らんでな」
水曜の夜こそ上機嫌だった張果だが、翌日の木曜になると、その機嫌は時間を追って悪くなっていくのを、五月は目の前で見ていた。
理由は明らかだった。何をしても、エータを操る事が出来ないのだ。
「おかしい……」
黙って部屋の隅から見守る五月の前で、脂汗を垂らして張果が独りごちる。
「少なくとも昨日は動かせたのだ……何が違う、何故術が通らない……」
……勉強になる。五月は、その張果の様子をただじっと見ている。五月の操る術は我流、師匠譲りの実践に特化したあちらこちらのいいとこ取りではあるが、根本の系統としては密教の流れを汲む。目の前で惜しげもなく術を披露している張果のそれは、まごう事なき道教の仙術、それも相当洗練されている立派なものだと五月は見た。そして、疲れたのか気分転換か、張果がたまに替わってやらせた葉法善のそれも、方言レベルの違いはあれど張果と同じ道教の術、ただ、張果のそれに比べて荒削りというか、持て余す力を制御しきれていないような無骨な様子が五月には気になった。いずれにしても目の前で行われているのは赶屍術、本来は出稼ぎ先で死んだ死体を故郷に持ち帰る為の術を、いくらか手を加えたスペシャルバージョンとでも言うべきもののようだ。道教の系列は、密教の流れを汲む五月にとっては理解し易く、これだけ何度も見せられれば覚えてしまう。
そんな事を五月が考えていると、まるでそれを読んだかのように、張果が五月に声をかけた。
「……お前、試しにやってみろ」
「私に?」
虚を突かれ、五月が聞き返す。
「そうだ、そのつもりでわざわざ目の前でやって見せたのだからな。どうせ技を盗んでおろうよ」
図星を突かれ、五月は苦笑する。
「それ、さっさとやって見せい。何なら、茉茉の力も借りてみよ」
「茉茉の?力?」
鷹揚に張果は頷く。そのやり方は自分で考えろ、そういう事らしいと五月は理解する。
茉茉の力がどういうものかは、水曜日のあれで五月は分かっているつもりではいた。だが、この張果の物言いからすると、「アイスピックで突く」ような事をしなくても茉茉の力を引き出せる、という事か。見えてはいないのだろう張果の視線をまっすぐに受け止めながら、五月は考えた。これは、恐らく罠か、あるいはテストだろう。多分だが、茉茉に直接働きかけることが出来ないから、千枚通しだかアイスピックだか、そんなようなもので突いて言うことを聞かせるしか出来ないのだ。もし私が、茉茉に言うことを聞かせられれば、張果にとってメリットがある、そういう事なのだろう。
誘いに乗らないのが正しい対応だとは、五月も思う。だが、同時に、術を操るものとしてこの力の根源が知りたい。何よりも、この「茉茉」という人形が何なのか、知りたい。この状況を切り返す、恐らくはたった一つのチャンスは、そこにしかない。この張果という道士ですら制御しきれない力の根源。茉茉。
五月は、挑戦を選んだ。
張果は今朝、五月に朝食を持ってくるとすぐに部屋を出て行った。昨日一昨日とは違う、何か忙しそうな様子だった。
恐らくは、これに関係がある。五月は、視線を窓の外から部屋の中、自分が座っていた椅子の後ろに「置いてある」エータに移す。
二日前の水曜の夕方、エータがここに持って来られた時は、五月は思わず「柾木君!?」と声に出しそうになった位に驚いた。エータあるいは北条柾木と顔見知りである事を悟られるのはまずい、その事に声をあげるより先に気付けたから、咄嗟に五月は、端から見て「急に意識のない男性が担ぎ込まれたので驚いた」程度に見える位の驚き方で誤魔化した。それに、五月はすぐにこれは北条柾木ではなく、エータの方である事に気付いた。何故なら、この体には生気が無かった。北条柾木の生気の性質は良く知っている、あの時直接に触れたから。この体には、それが感じられない、全く。
だが、それが北条柾木本人であれ、エータの方であれ、何故ここに?一応は揃いの作業服を着ているが明らかに人相の悪い凶状持ち四人に手足を持たれて荷物のように運び込まれるエータを見て、五月は近づいたものか離れたものか一瞬考え、少し怯えた風にして後ずさる方を選択する。
「怯えずともよい、それはただの人形だからの」
エータの後から、葉法善を従えて入って来た張果が五月に声をかけた。
「人形?一体……」
「一体失ったが、一体手に入った。質で言えば儲けという所か」
五月の言葉に韻を踏むように被せて、張果が独りごちり、そして五月に顔を向ける。
「お前も気付いておろう、茉茉が欲しがっていた「お友達」じゃ」
言われて、五月は確かに心当りがある事に気付く。夜になると、茉茉はどこかの誰かに手を伸ばす、そんな気配を五月も感じてはいる。それがどこの誰かは、五月には分からない。茉茉には茉茉の意思があり、その意思には五月の側から干渉する事も、覗く事すら出来ない。支配関係で言うなら、あくまで茉茉の側に支配権があるのだ。
「これが、お友達?」
エータを見ながら、五月は張果に聞く。機嫌がいいのか、張果は、
「取引先から話を聞いてな。儂が茉茉に教えたのじゃが、いたく気に入ったようでな」
一緒になってエータを見ていた張果が、五月に振り向く。
「じゃが儂では茉茉は扱いきれん。いや、そこらの道士でもなかなか手に余ったが、どうやらお前は相性がいいようだ」
自分を見ている張果の視線、盲のはずなのに明確に自分を「視て」いるその視線に違和感を覚えつつ、五月も張果を見返し、聞き返す。
「相性?」
「儂も含め、茉茉を抱っこして三日目で、そうやって立って歩けたものは居らんでな」
水曜の夜こそ上機嫌だった張果だが、翌日の木曜になると、その機嫌は時間を追って悪くなっていくのを、五月は目の前で見ていた。
理由は明らかだった。何をしても、エータを操る事が出来ないのだ。
「おかしい……」
黙って部屋の隅から見守る五月の前で、脂汗を垂らして張果が独りごちる。
「少なくとも昨日は動かせたのだ……何が違う、何故術が通らない……」
……勉強になる。五月は、その張果の様子をただじっと見ている。五月の操る術は我流、師匠譲りの実践に特化したあちらこちらのいいとこ取りではあるが、根本の系統としては密教の流れを汲む。目の前で惜しげもなく術を披露している張果のそれは、まごう事なき道教の仙術、それも相当洗練されている立派なものだと五月は見た。そして、疲れたのか気分転換か、張果がたまに替わってやらせた葉法善のそれも、方言レベルの違いはあれど張果と同じ道教の術、ただ、張果のそれに比べて荒削りというか、持て余す力を制御しきれていないような無骨な様子が五月には気になった。いずれにしても目の前で行われているのは赶屍術、本来は出稼ぎ先で死んだ死体を故郷に持ち帰る為の術を、いくらか手を加えたスペシャルバージョンとでも言うべきもののようだ。道教の系列は、密教の流れを汲む五月にとっては理解し易く、これだけ何度も見せられれば覚えてしまう。
そんな事を五月が考えていると、まるでそれを読んだかのように、張果が五月に声をかけた。
「……お前、試しにやってみろ」
「私に?」
虚を突かれ、五月が聞き返す。
「そうだ、そのつもりでわざわざ目の前でやって見せたのだからな。どうせ技を盗んでおろうよ」
図星を突かれ、五月は苦笑する。
「それ、さっさとやって見せい。何なら、茉茉の力も借りてみよ」
「茉茉の?力?」
鷹揚に張果は頷く。そのやり方は自分で考えろ、そういう事らしいと五月は理解する。
茉茉の力がどういうものかは、水曜日のあれで五月は分かっているつもりではいた。だが、この張果の物言いからすると、「アイスピックで突く」ような事をしなくても茉茉の力を引き出せる、という事か。見えてはいないのだろう張果の視線をまっすぐに受け止めながら、五月は考えた。これは、恐らく罠か、あるいはテストだろう。多分だが、茉茉に直接働きかけることが出来ないから、千枚通しだかアイスピックだか、そんなようなもので突いて言うことを聞かせるしか出来ないのだ。もし私が、茉茉に言うことを聞かせられれば、張果にとってメリットがある、そういう事なのだろう。
誘いに乗らないのが正しい対応だとは、五月も思う。だが、同時に、術を操るものとしてこの力の根源が知りたい。何よりも、この「茉茉」という人形が何なのか、知りたい。この状況を切り返す、恐らくはたった一つのチャンスは、そこにしかない。この張果という道士ですら制御しきれない力の根源。茉茉。
五月は、挑戦を選んだ。
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