49 / 141
第五章:焦りだけがつのる木曜日
048
しおりを挟む
「もしもし、井ノ頭さんのお宅ですか?お世話になってます、北条です……あ、菊子さんですか、どうもです。……はい、はい、ありがとうございます」
営業所の昼休み。実際にはフロント業務を無人にするわけには行かないので、時間差で交代で昼食と休憩なのだが、その休み時間を使って、北条柾木は井ノ頭邸に電話を入れていた。
「……あ、緒方さんですか、北条です、どうもです。あのですね、夕べか今朝か、ニュースとか見ました?……いやテレビ、いやいやそこは見ましょうよ」
案の定というか、緒方いおりは報道のニュースに接していなかった。予想していたとは言え、北条柾木は彼ら、ある意味世捨て人とも言える人たちの日常感覚に若干の頭痛を感じざるをえなかった。
「エータですエータ、夕べエータが走ってるのが何件かネットに動画が上がってます……はい、検索してみてください、走る男とか、ランニングマンとかそんなワードで……はい、そうです、撮影場所と時間が分かれば、エータの行き先の見当くらい付くんじゃないかと……はい、俺は仕事さぼるわけに行かないんで、すみませんがそっちで……はい、そうです、お願いします」
ネットに上がっている動画を検索し、時間と場所を割り出し、エータの行き先の見当を付ける。柾木にも出来る作業ではあるが、業務時間にそんな事しているわけにも行かない。柾木は、だからそれら作業をいおりに頼むと、もう一件の気になっている事をいおりに話す。
「それとですね、夕べ、また夢を見ました……はい、同じ夢です。ちょっと内容は違いますが……」
同じ夢。柾木の指を掴む、黄色い髪の幼児のいたいけな掌。だが、その幼児は誰かの腕、恐らくは母親だろう誰かに抱かれている。そこまでは一昨日と同じ夢だった。だが。
夢の中で、柾木ははっきりと見た。その腕が、カンフー映画にでも出てきそうな服を着た女性のものである事を。その女性に抱かれ、満ち足りたように微笑む幼児を。そして。
その幼児と女性、そして自分をあちこちから見つめる、無数の目を。
「……確かな事は言えません、あくまで推測ですが、今、エータはその幼児と女性のすぐ側にいる、という可能性がありますね……」
井ノ頭邸の玄関で、黒電話の受話器を耳に押し当てた緒方いおりが呟く。
「あくまで仮定の話ですが。北条さんが何度も同じ夢を見たのは、その幼児か女性かが、エータの居所を探すためか、接触を持とうと何度も試したからだと考えると辻褄が合いそうです。そして、それをサポートする位置に、ラムダを盗み出した集団が居る……」
ラムダを盗み出した集団であれば、エータが井ノ頭邸にある事も知っているだろうし、先の事件を考えるとエータに接触する動機もありそうに思える。柾木は、思ったよりもこれは深い事情がありそうだと思って、少し空恐ろしく感じる。
「緒方さん、だとすると、これは計画的な犯行って事になります?」
「あくまで可能性の話ですが、偶然と考えるよりは納得しやすいですね」
「そうか……だったら、警察、酒井さんとかに連絡した方が良いですよね?」
「でしょうね。したからって、まだどうにもなるほどの情報はないですが」
「分かりました。じゃあ、酒井さんには俺から電話してみます。緒方さんは、エータの行き先の見当をお願いします」
「分かりました。では」
「はい、よろしくお願いします。失礼します」
スマホの通話を切り、柾木はメーラーを立ち上げ、今いおりと話した内容をかいつまんで箇条書きでまとめ、酒井と蒲田に連名でメールを発信する……しようとして、BCC欄に玲子のアドレスも入れ、送信ボタンを押す。
一息ため息をついてスマホをスーツの内懐にもどし、飲みかけの缶コーヒーを飲もうとしたところで、胸のスマホが振動する。
あわててスマホを取り出した柾木は、それがメールではなく電話の着信で、相手が西条玲子であることにちょっと驚きつつ通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「柾木様?西条玲子です、あの、今、お時間よろしゅうございまして?」
「はい、もうしばらくは昼休みなんで大丈夫です、どうかしましたか?」
「はい、メールを戴きまして、それで、今はお電話差し上げて大丈夫な時間帯だと思いまして。あの、柾木様はあの映像はご覧になりまして?」
映像とは、エータのアレに間違いない。柾木は、玲子は自分にモーニングコールをかけて以降にその事を知り、連絡を取るタイミングを探っていたのだろうという事に気付いた。
「はい、見ました。それでさっき緒方さんに電話して、それから酒井さんと蒲田さんにメールした所です。一応、情報共有ってことで玲子さんにもCC流したんですが」
「そう言う事でしたのね、柾木様から私が頂くメールにしては文章が事務的で変だと思ったのです」
確かに、相手が警察官だし事実を明瞭完結に伝えるために箇条書きにしたからな、玲子さんにメールする際にはもう少しくだけた文面にしてるものな。柾木はさっき打ったメールの文面を思い出す。でも、俺、そもそもそんなに玲子さんにメール出してないけどな。
「それで、エータの件なのですが」
「はい、緒方さんに動画から行き先の見当つけてくれるようにお願いしたところです……それより」
柾木は、ふと思いついて、先ほど緒方いおりにも話していない件を玲子に相談しようと思った。
「これは緒方さんには言ってないんですが。ちょっと聞いて貰えますか?」
「……何でしょう?」
電話の向こうで玲子が身構えた気配が伝わる。この流れでの相談で、軽い話ではない事を理解したのだろう。
「俺の夢の話ですが、例の幼児を抱いていた女性、どうも五月さんに似てる気がしたんです」
営業所の昼休み。実際にはフロント業務を無人にするわけには行かないので、時間差で交代で昼食と休憩なのだが、その休み時間を使って、北条柾木は井ノ頭邸に電話を入れていた。
「……あ、緒方さんですか、北条です、どうもです。あのですね、夕べか今朝か、ニュースとか見ました?……いやテレビ、いやいやそこは見ましょうよ」
案の定というか、緒方いおりは報道のニュースに接していなかった。予想していたとは言え、北条柾木は彼ら、ある意味世捨て人とも言える人たちの日常感覚に若干の頭痛を感じざるをえなかった。
「エータですエータ、夕べエータが走ってるのが何件かネットに動画が上がってます……はい、検索してみてください、走る男とか、ランニングマンとかそんなワードで……はい、そうです、撮影場所と時間が分かれば、エータの行き先の見当くらい付くんじゃないかと……はい、俺は仕事さぼるわけに行かないんで、すみませんがそっちで……はい、そうです、お願いします」
ネットに上がっている動画を検索し、時間と場所を割り出し、エータの行き先の見当を付ける。柾木にも出来る作業ではあるが、業務時間にそんな事しているわけにも行かない。柾木は、だからそれら作業をいおりに頼むと、もう一件の気になっている事をいおりに話す。
「それとですね、夕べ、また夢を見ました……はい、同じ夢です。ちょっと内容は違いますが……」
同じ夢。柾木の指を掴む、黄色い髪の幼児のいたいけな掌。だが、その幼児は誰かの腕、恐らくは母親だろう誰かに抱かれている。そこまでは一昨日と同じ夢だった。だが。
夢の中で、柾木ははっきりと見た。その腕が、カンフー映画にでも出てきそうな服を着た女性のものである事を。その女性に抱かれ、満ち足りたように微笑む幼児を。そして。
その幼児と女性、そして自分をあちこちから見つめる、無数の目を。
「……確かな事は言えません、あくまで推測ですが、今、エータはその幼児と女性のすぐ側にいる、という可能性がありますね……」
井ノ頭邸の玄関で、黒電話の受話器を耳に押し当てた緒方いおりが呟く。
「あくまで仮定の話ですが。北条さんが何度も同じ夢を見たのは、その幼児か女性かが、エータの居所を探すためか、接触を持とうと何度も試したからだと考えると辻褄が合いそうです。そして、それをサポートする位置に、ラムダを盗み出した集団が居る……」
ラムダを盗み出した集団であれば、エータが井ノ頭邸にある事も知っているだろうし、先の事件を考えるとエータに接触する動機もありそうに思える。柾木は、思ったよりもこれは深い事情がありそうだと思って、少し空恐ろしく感じる。
「緒方さん、だとすると、これは計画的な犯行って事になります?」
「あくまで可能性の話ですが、偶然と考えるよりは納得しやすいですね」
「そうか……だったら、警察、酒井さんとかに連絡した方が良いですよね?」
「でしょうね。したからって、まだどうにもなるほどの情報はないですが」
「分かりました。じゃあ、酒井さんには俺から電話してみます。緒方さんは、エータの行き先の見当をお願いします」
「分かりました。では」
「はい、よろしくお願いします。失礼します」
スマホの通話を切り、柾木はメーラーを立ち上げ、今いおりと話した内容をかいつまんで箇条書きでまとめ、酒井と蒲田に連名でメールを発信する……しようとして、BCC欄に玲子のアドレスも入れ、送信ボタンを押す。
一息ため息をついてスマホをスーツの内懐にもどし、飲みかけの缶コーヒーを飲もうとしたところで、胸のスマホが振動する。
あわててスマホを取り出した柾木は、それがメールではなく電話の着信で、相手が西条玲子であることにちょっと驚きつつ通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「柾木様?西条玲子です、あの、今、お時間よろしゅうございまして?」
「はい、もうしばらくは昼休みなんで大丈夫です、どうかしましたか?」
「はい、メールを戴きまして、それで、今はお電話差し上げて大丈夫な時間帯だと思いまして。あの、柾木様はあの映像はご覧になりまして?」
映像とは、エータのアレに間違いない。柾木は、玲子は自分にモーニングコールをかけて以降にその事を知り、連絡を取るタイミングを探っていたのだろうという事に気付いた。
「はい、見ました。それでさっき緒方さんに電話して、それから酒井さんと蒲田さんにメールした所です。一応、情報共有ってことで玲子さんにもCC流したんですが」
「そう言う事でしたのね、柾木様から私が頂くメールにしては文章が事務的で変だと思ったのです」
確かに、相手が警察官だし事実を明瞭完結に伝えるために箇条書きにしたからな、玲子さんにメールする際にはもう少しくだけた文面にしてるものな。柾木はさっき打ったメールの文面を思い出す。でも、俺、そもそもそんなに玲子さんにメール出してないけどな。
「それで、エータの件なのですが」
「はい、緒方さんに動画から行き先の見当つけてくれるようにお願いしたところです……それより」
柾木は、ふと思いついて、先ほど緒方いおりにも話していない件を玲子に相談しようと思った。
「これは緒方さんには言ってないんですが。ちょっと聞いて貰えますか?」
「……何でしょう?」
電話の向こうで玲子が身構えた気配が伝わる。この流れでの相談で、軽い話ではない事を理解したのだろう。
「俺の夢の話ですが、例の幼児を抱いていた女性、どうも五月さんに似てる気がしたんです」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
異世界遺跡巡り ~ロマンを求めて異世界冒険~
小狸日
ファンタジー
交通事故に巻き込まれて、異世界に転移した拓(タク)と浩司(コウジ)
そこは、剣と魔法の世界だった。
2千年以上昔の勇者の物語、そこに出てくる勇者の遺産。
新しい世界で遺跡探検と異世界料理を楽しもうと思っていたのだが・・・
気に入らない異世界の常識に小さな喧嘩を売ることにした。
寝ている間は異世界転移!?寝ている間にできる簡単なお仕事です
ベルピー
ファンタジー
寝ている間にできる簡単なお仕事です。と紹介され参加してみると、異世界に転移して冒険者をする事になったユウヤ。
異世界で稼いだお金は現実世界で換金できる事がわかったけど、常に金欠状態。
本当に稼げるの!?
ユウヤの異世界でのお仕事はどうなるのか!?
転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜
西園寺わかば
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。
どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。
- カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました!
- アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました!
- この話はフィクションです。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
荷物持ちだけど最強です、空間魔法でラクラク発明
まったりー
ファンタジー
主人公はダンジョンに向かう冒険者の荷物を持つポーターと言う職業、その職業に必須の収納魔法を持っていないことで悲惨な毎日を過ごしていました。
そんなある時仕事中に前世の記憶がよみがえり、ステータスを確認するとユニークスキルを持っていました。
その中に前世で好きだったゲームに似た空間魔法があり街づくりを始めます、そしてそこから人生が思わぬ方向に変わります。
転生テイマー、異世界生活を楽しむ
さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。
レディース異世界満喫禄
日の丸
ファンタジー
〇城県のレディース輝夜の総長篠原連は18才で死んでしまう。
その死に方があまりな死に方だったので運命神の1人に異世界におくられることに。
その世界で出会う仲間と様々な体験をたのしむ!!
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる