上 下
44 / 141
第四章:深淵より来たる水曜日

043

しおりを挟む
「いやしかし、北条様は肝が据わっていらっしゃる。この時田、感服致しました」
 井ノ頭邸の台所で、カモミールティーを入れながら時田が柾木を褒める。
「そんなことは。咄嗟に体が動いただけです」
「いやいや、だとしてもなかなか出来る事ではございませんぞ」
 ティーカップを柾木の前に置きながら、時田が言葉を重ねる。
「北条様は私や袴田より早くおひいさまをかばって下さいました。正直、私も袴田も後れを取りました」
 言われてみればその通りで、ラムダが爆発する直前、嫌な気配を感じた柾木は、信仁が「伏せろ」と叫ぶより早く行動を起こしていた。何故かは分からないが、「ラムダが爆発する」と感じた、だから、咄嗟に出来る事として、とにかくその場で一番弱い玲子をかばった、ただそれだけの事だと思っていたが、確かに、ただの人間である自分が、どうして場数を踏んでいる時田や袴田、感覚が優れているだろう巴や馨より先にそれを感じたんだ?
「何か、皆さんより先に気付かれたのですか?」
「どうでしょう……」
 玲子に問われ、柾木は考え込む。
 どうして自分は「ラムダが爆発する」と思った?……いや、違う「ラムダが爆発する」じゃない、「ラムダを爆破する」だ。そうだ、思い出してきた。
「……声、じゃないですけど、あの時、何かが聞こえた、ような気がします」
「何か、とは?」
「ラムダを、人形を爆破する、違うな、爆発せよ、そんな感じの声、というか、命令?みたいなものが聞こえたような……」
「その話、もう少し詳しく聞かせて貰えますか?」
 いつの間にか、いおりが台所の入口に立っていた。

「菊子さんによると、ラムダが爆発する直前、何らかの不正規入力がローカルネットワーク上にあったそうです」
 ここで言うローカルネットワークとは、ラムダとエータと計測器、それにサポート役の菊子をデイジーチェーンしたものだ。
「ネットワーク上の通信は全部記録しているのですが、ネットワークが切断される直前、確かに正体不明のコマンドが流れてました」
 全員を客間に集めたいおりは、壁面モニタに計測器のリモート画面を出すと、通信ログの該当部分を表示させる。
「内容は解析中です、少なくともボクの設定したコマンドの文法じゃありません。ただ、通信システムそのものがハックされたおかげで、発信元はラムダ、受信先はラムダとエータになっているのは分かってます」
 だーっと画面上を流れた通信ログの最後の方の、ヘブライ語のコマンドの羅列の中に一行だけある、文字化けして判読出来ない行を示していおりが言う。
「エータは今回の検証の為に、マスタースレーブモードで作動してました。さっきの殭屍キョンシーの話じゃないですが、はくだけが作動してこんが抜けてる状態そのものと言えます。そして、エータの魂にあたる部分は、北条さんの影響を非常に強く受けてます」
「え、俺ですか?」
「はい、何しろ半年以上も北条さんの体として動いていましたから、キルリアン・トモグラフィーが生身の北条さんそっくりになってます。なので、ここからは推定ですが、この不正規入力がラムダに対する外部からの爆破命令だとして、同時にエータにも強制受信扱いで送信されてますから、その内容が魂を共有する北条さんにも伝わることも、あながちあり得ない事ではないんじゃないかと」
「だから、柾木様は誰よりも早く、ラムダが爆発すると知ることが出来た?」
「あくまで推定ですが。腑には落ちます」
「マジっすか……」
 どう反応すべきか分からず、柾木は頭を抱える。
「質問なんですが、このお屋敷は、防壁でしたっけ、おまじないがされてるはずですよね、そんな、不正規入力ですか?通ってしまうモノなんですか?」
 蒲田が疑問を呈する。
「この屋敷のセキュリティは、基本的に「好意的でない人物」にしか効果がありません。雨風が避けて通るわけではありませんし、投石も防げません。ましてや、電波の類いや、念波となりますと……」
 ちょっと困ったような顔をして、菊子が答える。
「実は、夕べの北条さんの夢に関する計測で、外部からエータに干渉があって、それが北条さんに伝達しているらしい、というのは分かってました。説明している時間がなかったので後回しにしてましたが……」
「え、じゃあ、あの夢は俺が見たって言うより……」
「誰かがエータに触ろうとしているのを、北条さんが感じていた、というのが正しい表現でしょうか」
「あの、夢って何ですか?」
 若干話から置いてかれ気味だった柾木といおり以外を代表するように、信仁が手を上げて質問する。
「実は……」
 柾木は、ここ数日連続してみていた夢のことと、それを調べてもらうために昨夜ここに泊まり込みで計測をしていた事を皆に話す。
「って事はだ、誰かが、エータを名指しで接触を試みていたと」
 酒井の重い声に、いおりが頷いて答える。
「そう見て良いと思います」
「……その誰かは、今回ラムダを爆破した誰かと関係があるのかが肝だな……」
「状況証拠としては真っ黒ですけどね、はい。エータの奪取に成功していますから、はい」
 考え込む酒井に、蒲田も同意する。
「そうだ、そのエータですけど、盗まれちゃって大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃあないですけど……」
 信仁の疑問に、いおりが答える。
「さっきも言いましたが、エータは今マスタースレイブモードですから、外部からの入力が途絶えると即座にスタンバイ状態に落ちます。多分、ラムダの爆破と同時にエータにはここから飛び出すように指示があって、その指示を実行している間はスタンバイに落ちるのを保留している状態だと思います。その指示がここを飛び出すだけなのか、目的地まで含まれてるかはとりあえずわかりませんが、どっちにしても有線が断線している以上、今のエータは外部入力を受付けられませんから、最後の指示を実行した後で遅かれ早かれスタンバイに落ちて、さらに五分くらいでセキュリティが全機能をシャットダウンするはずです。エータの末端制御系はラムダより複雑な分セキュリティも固いので、そうなるとラムダほどあっさりと乗っ取られはしないと思います。まあ、どこに行ったか分からないのでは、どっちにしろどうにもならないですが」
 残念そうな顔で、いおりは、エータの考えられる現状と今後についてそう説明した。

 その日、夕方の地上波テレビのニュースは、暮れなずむ東京の街を平均時速80km/hで疾走して一気に南下し、とっぷりと日の落ちた横須賀方面に消えた上下グレーのスウェットを着た青年男性の、不鮮明な目撃映像でもちきりになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王宮書庫のご意見番・番外編

安芸
ファンタジー
『瞬間記憶能力』を持つ平民の少女、カグミ。ある事情により、司書見習いとして王宮書庫に出仕することになった彼女は、毒殺事件に関わる羽目に。またこれを機に見た目だけ麗しく、中身は黒魔王な第三王子に『色々』と協力を求められることになってしまう。  新刊書籍『王宮書庫のご意見番』の番外編小話です。  基本的に本作品を読了された読者様向けの物語のため、ネタバレを一切考慮していません。また時系列も前後する可能性があります。他視点あり。本編に登場していない(Web限定特別番外編に登場)人物も出てきます。不定期連載。これらを考慮の上、ご一読ください。ネタバレは一切気にしないよ、という方も歓迎です。*尚、書籍の著者名は安芸とわこです。

もふもふ子狐のせいで、廃棄(ゴミ)の烙印を押されたハズレ男。あまりにも酷い扱いをされたので、異世界召喚をした国を爽快バトルにて滅ぼします

竹本蘭乃
ファンタジー
モフモフだけならいざ知らず、足音まで〝ぽむぽむ〟と聞こえる、あざとい子狐が全て悪いと思わないかい?   だってあの男は、それが原因で異世界へと行く途中、予期せぬ事態に巻き込まれるんだ。  目の前には歪な魔法陣があり、気がつけば豚みたいな王様が兵器として、勇者を召喚したってさ。  そんな馬鹿みたいな召喚に巻き込まれた、あわれな男の話なんだって。  だがこの男、普通じゃないのよ。  なにせ二十歳のくせに、ヤバイ古武術の達人だってんだからビックリだよね。  だからね、異世界人に廃棄(ゴミ)処分されても、人間兵器の勇者に殺されそうになっても、男は負けないんだよ。  どうしてそんな事を知っているのかって?  簡単だ――  俺の話だからだよ!! 絶対に力を取り戻し、お前ら全員に〝ざまぁ〟してやるから覚悟しとけ!! ☆ ☆ ☆ ここまでが簡単な〝あらすじ〟ですが、このまま本編へ読み進めてもOKです。 以下、お時間があれば詳しい〝あらすじ〟をご覧ください。 ☆ ☆ ☆ 二十歳の男、古廻戦極(こまわりせんごく)は異世界へと渡る準備をしていた。 戦極が現在いる場所は、日本と異世界の中間にある〝異怪骨董やさん〟と呼ばれる、神の宿る骨董品を封印しておく場所であった。 そこから旅立つ戦極には野望がある。 趣味の骨董品を持ち、異世界で骨董やを開くというものだ。 だが状況がそれを許さない。 この男、古廻戦極は先祖代々受け継がれる、一子相伝の古武術の使い手だったからだ。 なぜそんな武術を継承しているのか?  そのワケこそ、〝三百年前の先祖の恨みを異世界で討つ〟ことが理由だという。 幼少より祖父に理不尽に叩き込まれた武術と、剣術を魂にまで刻まれた事で、二十歳にしては達観した……いや、枯れたような男でもあった。 ちょっと抜けているけど。 そんな戦極が日本最狂の妖刀たる〝悲恋美琴〟を持ち、異世界へと渡る直前、何者かの妨害により目的地と違う場所へと召喚されてしまう。 意識がもうろうとする中、目覚めた戦極は異様な光景を目撃。 薄暗い地下室で、その儀式が行われていた。 そう――勇者召喚を。 気がつけば戦極の力の元たる悲恋美琴を消失し、異世界でも最弱の部類になってしまう。 それを知った周りの勇者二人をはじめ、国の関係者もゲスも極まる性格であり、戦極をイヂメぬき楽しむ。 だがそんな逆境にも負けず、戦極は力を取り戻すために努力するが、廃棄(ゴミ)の烙印を押されてしまう。 やがて新規に見つかったと言うダンジョンへと、罠よけのために放り込まれる戦極であったが、そこで運命の再会を果たす。 それは力を取り戻すために、探し求めた戦極の妖刀・悲恋美琴であった。

婚約破棄されたポンコツ魔法使い令嬢は今日も元気です!

シマ
ファンタジー
私、ルナ・ニールセン子爵令嬢。私は魔力が強い事で目を付けられ、格上のフォーラス侯爵家・長男ハリソン様と強引に婚約させられた。 ところが魔法を学ぶ学園に入学したけど、全く魔法が使えない。魔方陣は浮かぶのに魔法が発動せずに消えてしまう。練習すれば大丈夫と言われて、早三年。いまだに魔法が使えない私は“ポンコツ魔法使い”と呼ばれていた。 魔法が使えない事を不満に思っていた婚約者は、遂に我慢の限界がきたらしい。 「お前の有責で婚約は破棄する!」 そう大きな声で叫ばれて美女と何処かへ行ったハリソン様。 あの、ここ陛下主催の建国記念の大舞踏会なんですけど?いくら不満だったからってこんな所で破棄を言わなくても良いじゃない! その結果、騎士団が調査する事に。 そこで明らかになったのは侯爵様が私に掛けた呪い。 え?私、自分の魔力を盗まれてたの?婚約者は魔力が弱いから私から奪っていた!? 呪いを完全に解き魔法を学ぶ為に龍人の村でお世話になる事になった私。 呪いが解けたら魔力が強すぎて使いこなせません。 ……どうしよう。 追記 年齢を間違えていたので修正と統一しました。 ルナー15歳、サイオスー23歳 8歳差の兄妹です。

18禁NTR鬱ゲーの裏ボス最強悪役貴族に転生したのでスローライフを楽しんでいたら、ヒロイン達が奴隷としてやって来たので幸せにすることにした

田中又雄
ファンタジー
『異世界少女を歪ませたい』はエロゲー+MMORPGの要素も入った神ゲーであった。 しかし、NTR鬱ゲーであるためENDはいつも目を覆いたくなるものばかりであった。 そんなある日、裏ボスの悪役貴族として転生したわけだが...俺は悪役貴族として動く気はない。 そう思っていたのに、そこに奴隷として現れたのは今作のヒロイン達。 なので、酷い目にあってきた彼女達を精一杯愛し、幸せなトゥルーエンドに導くことに決めた。 あらすじを読んでいただきありがとうございます。 併せて、本作品についてはYouTubeで動画を投稿しております。 より、作品に没入できるようつくっているものですので、よければ見ていただければ幸いです!

その科学は魔法をも凌駕する。

神部 大
ファンタジー
科学が進みすぎた日本の荒廃。 そんな中最後の希望として作られた時空転移プログラムを用い歴史を変える為に一人敵陣に乗り込んだフォースハッカーの戦闘要員、真。 だが転移した先は過去ではなく、とても地球上とは思えない魔物や魔法が蔓延る世界だった。 返る術もないまま真が選んだ道は、科学の力を持ちながらその世界でただ生き、死ぬ事。 持ちうる全ての超科学技術を駆使してそんな世界で魔法を凌駕しろ。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

処理中です...