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第四章:深淵より来たる水曜日

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 菊子と玲子が買い物に出かけた後、ラムダ1号機に手伝わせてラムダ3号機――首無しヤクザ人形のなれの果て――のバラバラになったボディを作業台に並べた緒方いおりは、酒井と蒲田に問う。
「それで、これはどこにあったんですか?」
「ええっと……」
 蒲田が言い淀み、酒井を見る。捜査情報だし、「協会」がらみでもあるし、判断を上役に振る。
「詳細は省きますが。ある反社会的集団の幹部とおぼしき人物として活動していまして。抗争の結果としてこのような形で確保されました」
 酒井がさらりと言う。嘘は言っていない。
「人間として活動していた、って事ですか」
「そのようです」
「フムン……」
 いおりは少し考え込み、続ける。
「……ボクのオートマータは、基本的に自律型として設計してますから、このラムダや」
 いおりは、自分の後ろに控える、特に特徴のない顔つき、体つきで白衣を着たオートマータを一瞥し、続いて階段の方を向いて、
「さっき出て行ったイプシロンみたいに、指示を与えればそれに従って行動します。とはいえ、暴力団の幹部?ですか?」
 軽く尋ねるいおりに蒲田、酒井もわずかに頷く。
「そういった、人に指示を与える立場として行動出来るほどの自律性、行動の柔軟性は持たせてません、というか、残念ですがまだそこまで完成度は高くないです。なので、そのように動いていたとしたら、誰かが継続的に監視し指示を与えていたんじゃないかと思います……3号機の頭はどこですか?」
 急に聞かれて、蒲田が慌てて手帳を取り出す。
「あ、えーと、頭は別の所で保管されてまして、昼過ぎに届く手はずなんですが……」
「頭がないと、やっぱりダメなんですか?」
 酒井の質問に、顎に手を当てていおりが答える。
「うーん、何をしたいかによりますけど、基本的には情報処理と身体制御は人間同様に頭でやってますから、情報取り出すならまず頭ですね」
「……頭がないと動かない、って事ですか?」
 蒲田が確認する。
「その辺は人と同じにしてありますから。なんで、人の首載せても動かせます」
 さっきも言ってたけど、あの時の東大あずままさるがそれか。柾木も半年ほど前の記憶を思い出す。それにしても……
「人の首って、そんな簡単に載っかるんですか?」
 思わず、柾木も聞く。
「さっきも言いましたけど、循環器系と神経系さえ繋がれば。あと筋肉も少し。循環器系は太いのだけで何とかなるんですけど、神経系は全部繋がないとダメなんで。まあ、繋ぎ間違えた時は中継ジャンクションで切替え調整出来るようにしてあるからそんなに気を使わなくても大丈夫ですけど」
「それって、医学的にはものすごいことなんじゃ……」
「考え方としては、究極の人工臓器ですよね。理論上は病気も老化もない体になります。ただ、脳の老化は避けられないので、不老不死にはならないです。マナの補給問題も解決してませんし」
「はあ……じゃ、脳も置き換えちゃえば」
 釣られて口走った柾木の質問に、にやりと笑ったいおりが我が意を得たりと説明する。
「その成功例が、北条さんが乗り移ったエータです。北条さんしかまだ成功してないんですが。それと、その状態を果たして人と呼ぶのかどうか、倫理面の結論は出てません」
「ああ、全部が人工物だから……」
「人工物であっても生命はあり得るんです、錬金術の代名詞である人造生命ホムンクルスがそれです。ただ、錬金術でも、勿論現代倫理学でも「魂」が明確に定義出来てないんです。なので、例えば、「魂」の定義無しに完全自立行動出来るオートマータは人だと定義してしまうと、わかりやすく言うと、菊子さんは人間である、と言う結論になります」
「あ!」
「ボクはそれで構わないと思ってますし、「魂」の定義次第ではそうなるとも言えますが。錬金術師にはキリスト教の影響が強い人が割と多いんで、「神が作ったもの」と「人が作ったもの」を区別したがる傾向が強いです。多神教上がりの人たちはその辺、割と鷹揚なんですが」
「そうか……」
 柾木は考え込んでしまう。井ノ頭菊子が完全自律のオートマータ、緒方いおりの作品より遥かに高性能、高機能なそれである事は、知識としては柾木も頭の片隅に置いてある。だが、この家で、ついさっきまでとりとめもない茶飲み話で談笑していた菊子は、柾木にとっては玲子と何の違いも無い、普通の、おっとりして気立てのいい、見目麗しい妙齢の女性以外の何者でもなかった。

「まあ、それはそれとして、なんで頭だけ別なんですか?」
 改めて聞き直すいおりに、ちょっとだけ渋い顔の酒井が答える。
「……やっぱり説明しないとダメですよね。いや、大した問題ではないんですが。警察がその体を確保した時点で、既に頭はなかったんです。「協会」、御存知ですよね、あそこが持って行ってました」
「ああ……」
 なんとなく何かを察した顔で、いおりが酒井の言葉に頷く。
「実は、昨日なんですが、他の押収品と一緒に倉庫に入れようとしたら、これ、動き出しまして。その時は「協会」に他の押収物の除霊をお願いしてたので、まとめて手を打ってもらったのですが。バラバラになったのもその時です」
「へえぇ……」
 口元に手を置いたいおりが、面白そうにラムダ3号機を見つめる。
「首無しで動いたんなら、何かからくりがありそうですね……」
 あ、この人スイッチ入った。柾木は、それを直感した。
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