上 下
33 / 141
第四章:深淵より来たる水曜日

032

しおりを挟む
「来る度に思うんですけど」
 階段を降りつつ、蒲田が言う。
「ここ、異世界ですよね、はい」
 蒲田の目線は、先立って階段を降りる、ラムダと呼ばれたオートマータの背中に注がれている。
 一番経験の薄い俺が言うのも何だが、そう前置きして酒井が返す。
「俺たちの仕事もたいがい現実離れしてるけどな」
「それはそうですけど。ここは別格です、はい」
「そりゃそうと、玄関、気付いてたか?」
「はい、お客さん来てますね、男性三人、女性一人」
「俺の記憶が確かなら、北条柾木君と西条玲子さん、及びその執事だ」
「良く覚えてますね、すごいです、はい」
「蒲田君だって気付いてたんじゃないのか?」
「北条さんの靴、若者にメジャーなスニーカーなんで、確信が持てなかったです、はい」
「なるほど」
 やはり、こいつは俺より優秀だ。酒井は、改めて蒲田に感心した。
 ちょっとだけ嫉妬も感じながら。

「お久しぶりです、酒井さん、蒲田さん」
「ご無沙汰しております」
 お茶が入りました、そう言って茶器を乗せた盆を手に地下実験室に入る菊子に続き、柾木と玲子が部屋に入り、酒井と蒲田に挨拶する。
「ああ、やはり、はい」
「しばらくぶりです、北条さん、西条さん。そういえば北条さんは体、元に戻られたそうで」
「え、それ知りませんでした、どこ情報ですか?」
「さつ……青葉さんから聞いてな」
 うっかり名前呼びしそうになって、酒井は即座に言い直す。
「よかったです、北条さん、はい」
 蒲田は、どうやら酒井の言い直しを重要な事とは認識しなかったのか、スルーした。
「本当に良かった。俺たちもこれで一つ肩の荷が下りたってもんだ」
「いやぁ……」
 やや冗談めかす酒井に、頭の後ろを掻いて柾木も答える。
「お茶が入りました、皆さん、いかがですか?」
 人数分のカップを用意した菊子が、男共に声をかけた。

「これは、ラムダの部品で間違いないです」
 アールグレイをすすりながら、緒方いおりが言う。
「正確には、ラムダの部品とフレームに適当なカバーをかけて運用したみたいですね、外装はボクの作品じゃないです。パーツで持って行かれた方、三号機かな?」
 手元のパッドをスワイプしてリストをチェックしているのだろういおりが補足する。
「って事は、完成品で持ち出されたのもあるんですか?」
 蒲田が訪ねる。頷いたいおりは、
「完成品の二号機と、未組み立てのこの三号機と、あと細かいパーツをごっそり。二号機はほら、あの社長の首から下だったのがそうです」
「ああ……」
 柾木も思い出した。ノーザンハイランダー号のコンテナで出会った、東華貿易の専務、東大あずままさる。彼の首から下はオートマータだったっけ。
「時間無くて調整不足だったんですけど。普段はここの機械使って首のすげ替えとかするんですけど、あの時は素手で一人でやったから」
「首のすげ替え、ですか?」
 男衆が思っている事を、蒲田が代表する形になって聞く。
「オートマータの構造は人のそれに寄せてあるんで、神経系と循環器系を繋げばいいだけなんですけど、道具が揃ってないと不便で」
「……あのコンテナの中でやったんですか?」
 コンテナに偽装された、実験室というか手術室というかの内部に入った事のある柾木が聞く。
「そうですよ?」
「そんな簡単に出来るものなんですか?」
 蒲田が重ねて聞く。
「ここの設備があれば半日ちょっとで出来ますよ?あの時は手持ちの道具しか無かったから、ぶっ通しで丸二日かかっちゃいましたけど」
「手持ちの、道具?確か緒方さん、何も持たずに連れて行かれたはずじゃ……」
 その時の防犯カメラ映像を覚えている柾木が聞く。
「ボク、こんな仕事ですから。最低限は常に身につけてます、こんな感じで」
 言いながら、いおりは右手の袖をまくり上げた。何?と少しのめり込み気味の男衆は、次の瞬間、驚愕の声をあげた。
「うわ!」
 その瞬間、留め金が外れるような機械音と共に、いおりの右の二の腕から先が弾けたように見えた。
 よく見れば、掌が手首から上下に二分割して十本指に、二の腕もあちこちが開いて用途のよく分からない工具その他が顔を出している。
「マナの生成の関係でボクは内臓系は生体のままですが、これくらいないと、今時の錬金術師はやってられないです」

「それでは、私お買い物に行ってきます。酒井さん、蒲田さん、お昼はご一緒にいかがですか?」
 話が一段落したとみたのか、菊子が割って入った。
「出来合いでよろしければ、一緒に買って来ちゃいます」
「え、いいんですか?」
「それは申し訳ない。お気遣いなく……」
 蒲田と酒井で反応が分かれた。思わず二人は顔を見合わせる。
「遠慮しないで下さい。本当なら私がご用意するべきなんですが、私もここしばらくお料理してませんし、食材もありませんので、出来合いを買って来るくらいしかできませんので」
 微笑みながら軽く首を傾げ、菊子が言う。長い黒髪がさらりと透明な音を立てる。
 その実はオートマータだとわかってはいても、酒井はその笑顔に抗するのは難しかった。

「では、緒方さん、またイプシロンをお借りします」
「はいどうぞ、イプシロン」
 緒方が実験室の奥に声をかけると、整った顔つきのオートマータが進み出て、菊子の一歩後に就く。すると、玲子が、
わたくしもご一緒します、柾木様、何か食べたい物はございまして?」
 と、柾木に聞く。
「え?じゃあ、いつものチャーハンがいいかな?」
 ちょっとどぎまぎして答えた柾木に、玲子が微笑みを返す。
「はい。では、皆様も一緒でよろしゅうございまして?」
 酒井も蒲田も、喰わせて貰えるなら言うことはない。無言で頷く。
「それでは、行って参ります」
「行ってきま~す」
 言って、玲子と菊子は階段を上る。階上で増えた足音、恐らくは時田か袴田が玲子に同行するのだろうそれを聞きながら、なんとなく男衆は顔を見合わせ、苦笑した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

まもののおいしゃさん

陰陽@2作品コミカライズと書籍化準備中
ファンタジー
まもののおいしゃさん〜役立たずと追い出されたオッサン冒険者、豊富な魔物の知識を活かし世界で唯一の魔物専門医として娘とのんびりスローライフを楽しんでいるのでもう放っておいてくれませんか〜 長年Sランクパーティー獣の檻に所属していたテイマーのアスガルドは、より深いダンジョンに潜るのに、足手まといと切り捨てられる。 失意の中故郷に戻ると、娘と村の人たちが優しく出迎えてくれたが、村は魔物の被害に苦しんでいた。 貧乏な村には、ギルドに魔物討伐を依頼する金もない。 ──って、いやいや、それ、討伐しなくとも、何とかなるぞ? 魔物と人の共存方法の提案、6次産業の商品を次々と開発し、貧乏だった村は潤っていく。 噂を聞きつけた他の地域からも、どんどん声がかかり、民衆は「魔物を守れ!討伐よりも共存を!」と言い出した。 魔物を狩れなくなった冒険者たちは次々と廃業を余儀なくされ、ついには王宮から声がかかる。 いやいや、娘とのんびり暮らせれば充分なんで、もう放っておいてくれませんか? ※魔物は有名なものより、オリジナルなことが多いです。  一切バトルしませんが、そういうのが  お好きな方に読んでいただけると  嬉しいです。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

序盤で殺される悪役貴族に転生した俺、前世のスキルが残っているため、勇者よりも強くなってしまう〜主人公がキレてるけど気にしません

そらら
ファンタジー
↑「お気に入りに追加」を押してくださいっ!↑ 大人気ゲーム「剣と魔法のファンタジー」の悪役貴族に転生した俺。 貴族という血統でありながら、何も努力しない怠惰な公爵家の令息。 序盤で王国から追放されてしまうざまぁ対象。 だがどうやら前世でプレイしていたスキルが引き継がれているようで、最強な件。 そんで王国の為に暗躍してたら、主人公がキレて来たんだが? 「お前なんかにヒロインは渡さないぞ!?」 「俺は別に構わないぞ? 王国の為に暗躍中だ」 「ふざけんな! 原作をぶっ壊しやがって、殺してやる」 「すまないが、俺には勝てないぞ?」 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル総合週間ランキング40位入り。1300スター、3800フォロワーを達成!

アストレイズ~傭兵二人、世界を震撼さす~

SHO
ファンタジー
人間界と魔界が覇権を競い、血で血を洗う戦いを続けていた太古の昔。 両陣営は疲弊し、最後の賭けに打って出た。 人間界では異世界より勇者を召喚し、魔界でも魔王となるべく人材を異世界に求めた。 だが、召喚された二人が親友同士だった事が悲劇を招く。 それから数千年。人と魔の垣根はなくなったが、人間同士が争う世界となっていた。そんな中、互いに反発し合う二人の男。 強大な力を持つ二人は敵味方を盛大に巻き込みながら、バカでかい規模の喧嘩に明け暮れるのだった。 *この作品はノベルアッププラス様にも掲載しております

司書ですが、何か?

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 16歳の小さな司書ヴィルマが、王侯貴族が通う王立魔導学院付属図書館で仲間と一緒に仕事を頑張るお話です。  ほのぼの日常系と思わせつつ、ちょこちょこドラマティックなことも起こります。ロマンスはふんわり。

2回目チート人生、まじですか

ゆめ
ファンタジー
☆☆☆☆☆ ある普通の田舎に住んでいる一之瀬 蒼涼はある日異世界に勇者として召喚された!!!しかもクラスで! わっは!!!テンプレ!!!! じゃない!!!!なんで〝また!?〟 実は蒼涼は前世にも1回勇者として全く同じ世界へと召喚されていたのだ。 その時はしっかり魔王退治? しましたよ!! でもね 辛かった!!チートあったけどいろんな意味で辛かった!大変だったんだぞ!! ということで2回目のチート人生。 勇者じゃなく自由に生きます?

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

無能烙印押された貧乏準男爵家三男は、『握手スキル』で成り上がる!~外れスキル?握手スキルこそ、最強のスキルなんです!

飼猫タマ
ファンタジー
貧乏準男爵家の三男トト・カスタネット(妾の子)は、13歳の誕生日に貴族では有り得ない『握手』スキルという、握手すると人の名前が解るだけの、全く使えないスキルを女神様から授かる。 貴族は、攻撃的なスキルを授かるものという頭が固い厳格な父親からは、それ以来、実の息子とは扱われず、自分の本当の母親ではない本妻からは、嫌がらせの井戸掘りばかりさせられる毎日。 だが、しかし、『握手』スキルには、有り得ない秘密があったのだ。 なんと、ただ、人と握手するだけで、付随スキルが無限にゲットできちゃう。 その付随スキルにより、今までトト・カスタネットの事を、無能と見下してた奴らを無意識下にザマーしまくる痛快物語。

処理中です...