32 / 141
第四章:深淵より来たる水曜日
031
しおりを挟む
計測が終わり、朝食も終わり、緒方いおりが実験室に下がってしまうと、もはや北条柾木にする事はなくなってしまった。どのみち、スケジュール的にはオフである。普段の休日に比べれば早起きをした事になるが、起き抜けにシャワーを浴び、旨い朝食をたらふく食べられた事もあり、気分はすこぶる良い。
食事を終えた柾木は、玲子を誘って台所から廊下を挟んで向かいの客間に移る。ある意味通い慣れた井ノ頭邸であるが、実はこの家にはテレビらしきものも、ネット環境の端末らしきものもこの客間にしかない。ネットワーク回線そのものはかなり太いのが曳いてあるが、いおりは自分の端末でアクセスするし、菊子に至ってはダイレクトに回線にアクセスするから汎用の端末というものがなく、同じ理由で誰も見ないからテレビは地上波衛星ともアンテナすら存在しない。唯一、客間の壁に埋め込まれた巨大なモニタだけが、汎用ネット端末の代用となり得る表示装置だった。
その巨大なモニタの四分の一未満の面積に、情報番組のふりをした平日午前のバラエティ番組を流しつつ、柾木は玲子と菊子を相手に他愛もない会話とお茶を嗜む事にした。この半年ほど、毎週一度は「充電」の為に訪れていた井ノ頭邸は、おっとりのんびりした菊子のキャラクターもあって居心地は素晴らしく良い。玲子も、時田と袴田を次の間に下がらせてくつろいでいる様子だ。外は師走の木枯らしが吹く陽気だが、部屋の中は古めかしい屋敷の外見に反して冷暖房完備、からっ風吹きすさぶ北関東出身の柾木ならずとも、こんな家に住めたらと思わざるを得ない落ちつき。
平和で安穏なひととき。柾木は、それが続かない未来があるなど考えもしなかった。
まったりと、緩やかに流れていた時間に、突然、玄関の古風な呼び鈴が割り込んだ。
「ん?」
「お客様、ですか?」
「あらあら、いけない、もうお時間でしたのね」
菊子が、何事か思い出した様子でぱたぱたと急ぎ足で玄関に向かう。どうやら、来客の予定を「うっかり」失念していた様子だ。
「お待たせしました、酒井さん、蒲田さん、いらっしゃいませ」
「どうも、朝早くすみません」
「お邪魔します、はい」
菊子の応答に続いて聞こえてきた聞き覚えのある声に、玄関隣の客間の柾木と玲子は顔を見合わせた。
「え?刑事さん達?」
「一体何の御用でしょう?」
午前十時過ぎ、突然の、来客の理由が柾木は皆目見当がつかない。だが、まさか現役の警察官が、平日の午前中に茶を飲みに来るとも思えない。そこはかとなく不安を覚えた柾木は、続いた菊子の声でそれが予定された来客であった事を確信する。
「緒方さん、酒井さんと蒲田さんがいらっしゃいました。ラムダ、お荷物をお願いします」
「ああ、こりゃどうも」
「お願いします、はい」
刑事二人は、なにがしかの荷物をラムダと呼ばれたオートマータに渡したらしい。
「どうぞ、緒方は下の実験室におります」
「それでは、失礼します」
足音が階段を下がってゆく。すぐに菊子が客間に顔を出す。
「北条さん、玲子さん、酒井さんと蒲田さんにお茶をご用意しますので、ちょっと失礼します」
それだけ言って菊子はすぐに引っ込んでしまう。
もう一度顔を見合わせた柾木と玲子は、
「……挨拶、して来ましょうか」
「……はい、そうですね」
食事を終えた柾木は、玲子を誘って台所から廊下を挟んで向かいの客間に移る。ある意味通い慣れた井ノ頭邸であるが、実はこの家にはテレビらしきものも、ネット環境の端末らしきものもこの客間にしかない。ネットワーク回線そのものはかなり太いのが曳いてあるが、いおりは自分の端末でアクセスするし、菊子に至ってはダイレクトに回線にアクセスするから汎用の端末というものがなく、同じ理由で誰も見ないからテレビは地上波衛星ともアンテナすら存在しない。唯一、客間の壁に埋め込まれた巨大なモニタだけが、汎用ネット端末の代用となり得る表示装置だった。
その巨大なモニタの四分の一未満の面積に、情報番組のふりをした平日午前のバラエティ番組を流しつつ、柾木は玲子と菊子を相手に他愛もない会話とお茶を嗜む事にした。この半年ほど、毎週一度は「充電」の為に訪れていた井ノ頭邸は、おっとりのんびりした菊子のキャラクターもあって居心地は素晴らしく良い。玲子も、時田と袴田を次の間に下がらせてくつろいでいる様子だ。外は師走の木枯らしが吹く陽気だが、部屋の中は古めかしい屋敷の外見に反して冷暖房完備、からっ風吹きすさぶ北関東出身の柾木ならずとも、こんな家に住めたらと思わざるを得ない落ちつき。
平和で安穏なひととき。柾木は、それが続かない未来があるなど考えもしなかった。
まったりと、緩やかに流れていた時間に、突然、玄関の古風な呼び鈴が割り込んだ。
「ん?」
「お客様、ですか?」
「あらあら、いけない、もうお時間でしたのね」
菊子が、何事か思い出した様子でぱたぱたと急ぎ足で玄関に向かう。どうやら、来客の予定を「うっかり」失念していた様子だ。
「お待たせしました、酒井さん、蒲田さん、いらっしゃいませ」
「どうも、朝早くすみません」
「お邪魔します、はい」
菊子の応答に続いて聞こえてきた聞き覚えのある声に、玄関隣の客間の柾木と玲子は顔を見合わせた。
「え?刑事さん達?」
「一体何の御用でしょう?」
午前十時過ぎ、突然の、来客の理由が柾木は皆目見当がつかない。だが、まさか現役の警察官が、平日の午前中に茶を飲みに来るとも思えない。そこはかとなく不安を覚えた柾木は、続いた菊子の声でそれが予定された来客であった事を確信する。
「緒方さん、酒井さんと蒲田さんがいらっしゃいました。ラムダ、お荷物をお願いします」
「ああ、こりゃどうも」
「お願いします、はい」
刑事二人は、なにがしかの荷物をラムダと呼ばれたオートマータに渡したらしい。
「どうぞ、緒方は下の実験室におります」
「それでは、失礼します」
足音が階段を下がってゆく。すぐに菊子が客間に顔を出す。
「北条さん、玲子さん、酒井さんと蒲田さんにお茶をご用意しますので、ちょっと失礼します」
それだけ言って菊子はすぐに引っ込んでしまう。
もう一度顔を見合わせた柾木と玲子は、
「……挨拶、して来ましょうか」
「……はい、そうですね」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
玉姫伝ーさみしがり屋の蛇姫様、お節介焼きのお狐様に出会うー
二式大型七面鳥
ファンタジー
ガールmeetガール、ただしどっちも人の範疇をちょっと逸脱している、そんなお話し。
このお話しは、シリーズタイトル「何の取り柄もない(以下略)」の長編第二部「Dollhouse ―抱き人形の館―」でちょこっと、短編「青春短し、恋せよ乙女――ただし人狼の。」で脇をはった、昴銀子と八重垣環の、中学校時代の出逢いのお話になります。
(なので、そっち先に読まれると、こいつらの素性はモロバレになります。まあ、既にタイトルで出落ちしてますが)
お話自体は、「青春短し」同様、過去に一度マンガとして起こしたものですが、多少場面を練り直して小説としての体裁を整えてます。
例によって、生まれも育ちも関東のべらんめえ話者である筆者が、一所懸命に推敲しつつ関西弁で台詞書いてます。なので、もし、「そこはそう言わない!」がありましたら教えていただけると、筆者、泣いて喜びます。
拙い文章ですが、楽しんでいただけましたら幸いです。
※これまた例によって、カクヨムと重複投稿です。また、アルファポリス側はオリジナルの約一万五千字版、カクヨム側は短編小説コンテストフォーマットに合わせた1万字縛り版です。
※またしても、挿絵もアップします……が、何しろずいぶん前に描いたものなのと、中盤の展開が変わってるので、使える絵があんまりありません……
20210117追記:05の挿絵を追加しました、銀子の服がセーラーじゃないのは、漫画描いた時と今回テキストにした内容での展開の違いによるものです、ご了承下さい。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる