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第三章:予兆と岐路の火曜日

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「おおざっぱに言って、この手の呪物は大きく二つに分類出来るんです」
 それぞれ別のブルーシートに積み上げられた人形の山から等距離になる位置で準備をしながら、鰍が酒井と蒲田に説明する。
 そもそも、岩崎管理官から「協会」に除霊の協力依頼があり、それを受けて「修行のつもりで行ってこい」と蘭円あららぎまどかから蘭鰍あららぎかじかに仕事が振られたのだという。
 確かに、酒井としても、得体の知れない霊媒師が来るよりは、正体が知れていて実力も文字通り「身をもって」知っている相手の方が良いに決まっている。
「一つは、自然発生的に呪的な存在になる場合。いわゆる「付喪神」が良い例だけど、別に百年でなんでも妖怪になる訳じゃないんです。人のそばにあるものは、大体百年くらい人の気を当てられ続けるとそうなりやすいって事で、人のそばになければ何百年経とうがそうはならないし、強い意識を向けられたもの、溺愛された人形とか、板前の包丁とか、そういうものは短期間で「魂」が入りますね」
 鰍は、倉庫のコンクリの床にかがみ込み、何やらチョークで図形を描きながら言う。
「もう一つは、何らかの目的で、本来魂を持たないものに何かの魂を乗り移らせたもの。何に何を乗り移らせるかによって難易度が変わるから、たいがいは構造の簡単な無機物に、階位の低い霊体、虫とかそういうのを入れるみたい。アタシはやったことないけど」
 描いているのは、円の中に不思議な図形と、回りにアルファベットがいくつか描かれた、いわゆる魔法陣、なのだろうということは酒井にも分かる。
「まあ、たいがいそういうのは、自分の力量をわきまえずに高望みして失敗して、後始末がこっちに回ってきたりするんだけど……」
「貼ってきたわよ、言われたとおり東西南北きっちり……って何、珍しいじゃん、アンタがちゃんと法円タリスマン描くなんて」
 先ほど、鰍に頼まれて、倉庫の敷地の四方に何らかの護符らしきものを貼りに行っていた巴と、私物の軍用コンパス片手の信仁が戻ってきて、鰍が描いている魔法陣を見て、言う。
「そりゃ、時間あれば法円くらい描くわよ、この方が楽だもん……っと。よし」
 魔法陣を書き終えたらしい鰍が立ち上がり、酒井と蒲田に振り向く。
「あの、ちょっと聞いて良いですか?」
 蒲田が軽く右手を挙げて尋ねる。鰍は、ん?と少しだけ首を傾げて先を促す。
「いや、ふと思ったんですけど、はい。魂を乗り移らせるのに難易度があるって、じゃあ、オートマータに人の魂を乗り移らせるのって、もしかしてものすごい高等テクニックだったりします?」
 北条柾木とエータの事か。酒井もそこでピンと来た。
 鰍も、何の事かすぐに理解したのだろう。ああ、と首肯し、
「アレは特殊な例ですけど。じゃあ簡単かって言うと、逆にものすごく高度な錬金術の技だったわね……手伝ってて、アタシもすごく勉強になったし」
「何の話?」
 話が見えなかったらしい巴が、隣の信仁に聞く。
「ほら、前に話した、魂を人形に移したら本体かっぱらわれた……」
「ああ、アンタが頭撃ち抜いちゃったアレか」
「やめてあねさん、その直球勝負」
 図星をつく巴に、情けない顔で信仁が抗議する。
 そんな二人の会話を気にせず、鰍が続ける。
「体の方に入れたのは、そこらへんの適当な浮遊霊っぽい何かだったみたいだけど。それだってそこそこ高等技術よ。でも、結局、封止の符が剥がれて暴走したんでしょ?呪符に頼るようじゃまだまだよね」
 あの時、北条柾木の肉体は、未だに正体の掴めていない何者かによって、柾木の意識、というか「魂魄」が抜けている間に何らかの霊を憑依させられ、恐らくは殭屍キョンシーと同じ方法で操られた、らしい。ただ、行きがけの駄賃で「協会」にちょっかいを出そうとし、途中で憑依した霊の自由行動を束縛するための符が剥がれ落ちたために命令を聞かなくなり、緊急出動した「協会」のハンター、つまりここに居る鰍と信仁だが、に、逆襲され撃ち倒される結果となった。
 つまるところ、「協会」に悪意を持ち、かつ、民間に不利益となる存在に組する、それなりの腕前の呪術師だか法術師だか、そんなやつがまだどこかに潜伏している、そう言うことだ。酒井は、鰍の説明から、自分の仕事に関する情報としてその事を読み取った。

「……さて、じゃあ、いっちょぶわぁーっと行きますか!」
 鰍が、愛用の、ダマスカス鋼に銀の象嵌の入った、黒染めのダガーを抜き、気合いを入れた。
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