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第二章:大忙しの週始め

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「不遇な人形を、探して下さらんか?」
 そう、目の前の、痩身に大きめのスーツを着た老人は、青葉五月あおばさつきに言った。
「不遇な人形、ですか?」
 五月は、聞き返す。老人は、鷹揚に頷く。目深に被った山高帽にかくれ、その目元の表情は伺えない。老人の斜め後ろに立つ、恐らくは護衛兼世話係だろう大柄な男も、仏頂面どころか仮面のように無表情で、感情がまるで読めない。
「愛されながら捨てられた人形、持ち主に忘れられた人形、そんなモノがどこかにうち捨てられていたら、拾ってあげたいと思いましてな」
 ぐつぐつと、老人は笑う。
 五月は、軽く頭を振り、
「条件が漠然としすぎて……出来ない事は無いですが、もう少し絞れませんか?」
「そうさな……古い物、百年か、それ以上、人の世を恨んでいそうな物ならなお良いかの」
「……失礼ですが、あまりいい趣味とは言えませんね。付喪神の祟り神でもご所望です?」
「そんなところかの」
「探して、どうなさるのです?」
「なに、持ち主に口を利いて、そんなものこそ、供養してやらねばと、な。」
「少々お時間かかります、場所も、どこまで絞れるかは分かりませんが、それでもよろしいですか?」
「結構……ここは酒場じゃろ?待つ間、わしと共の者に何か出して貰えると嬉しいの。なに、金は出すでな」

 そうだ、今日こんな事があったんだ、ちょっと聞いて下さい、そう言って五月が酒井にその話、その日の午前に占った客のことを話したのは、日曜の夜、五月の部屋で差し向かいで呑みつつ、五月の鎌かけに酒井が返答を渋ってちょっと気まずい数瞬が過ぎた後の事だった。重くなりかけた雰囲気を切替えるために持ちだした話題であったのだろうが、それは酒井としても非常に気になる内容でもあった。
 五月は、そんなぼんやりした条件で占ったもんだから時間ばっかりかかって、おかげでお茶会に遅れてと不満たらたらだったが、同時に、今までのいきさつからの不安も打ち明けていた。
「源三郎さん、これ、深入りするとマズい案件ですよね……」
「そうだな……」
 人形、というキーワードは同じだが、かつて体験したそれはあくまで等身大のオートマータ他の言わばロボット的なもの、だが話を聞く限り、今回のそれは愛玩用の抱き人形の類い、だと思える。だが。
「……用心するに越したことはない、と思う。あんな事の後だし、な」
 そう言ってから、酒井は努めて明るく言う。
「まあ、五月さんは俺より腕も立つし」
「もう!」
 アルコールで、若干感情の起伏が大きくなっている五月が拗ね、ちょっとしてから、上目遣いに、
「……源三郎さん、もし、何かあったら、助けてくれます、よね……」
 酒井は、今度は躊躇せず、テーブルの上でグラスを握る、ほんのわずか震えていた五月の手を、自分の手で包んだ。

「確かに、気にはなるわよね……」
 その話を、酒井と五月のプライベートの部分は除いて酒井が説明した、そのいきさつを聞いて、今度は円が考え込む。
「……あんたたち、どこまで進んでるの?」
「いやそっち?」
 プライベートは隠して説明したはずの酒井が奇声を上げる。
「あ、それは僕も気になります、はい」
「いや待て蒲田君、君までそんな、てか円さん!」
「だって、あたしだってまだまだ恋バナとかガンガンにしたいお年頃よ?そりゃ気になるわよ」
 何がお年頃だよ、あんた実際問題いくつだよ、戦前生まれだろがよ。喉元まで出かかったその言葉を、決死の努力で酒井は押しとどめる。
「……って言うのはさておいて。そのじいさんが探してるのはマネキンやオートマータとは違うみたいだけど、別の意味でヤバそうだわね」
 とっちらかってる酒井を置き去りにして、円は真顔で言い、隣の東大に聞く。
「ここの商品でそんなの無かった?」
「無かったと思います、呪いの人形とかですよね?後ほど記録を見てみますが、弊社の取り扱いは実用品がメインで、愛玩用とかは滅多に扱わないので」
「パソコンは盗まれたのでは?」
「勿論バックアップがありますから」
 蒲田の質問に、東大は即答する。盗まれたパソコンも、社内LANが無い状態でデータにアクセスするとデータベースが消去されるのだという。
「とにかく、五月ちゃんには充分注意するように伝えて。なるべくそいつらにはもう接触しないように、なんかあったらすぐ連絡するように、って」
「……わかりました」
 円の警告に、拭いきれない不安を感じたまま、酒井は返事をした。
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