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第二章:大忙しの週始め

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「それで、窃盗犯の心当りはあるのですか?」
 大きくため息をついてから、酒井は円に聞く。東大に聞くのが筋だが、どうしてもその気になれない。
「警察が捜査中だし、経験から言うと、この手の犯人は繰り返すから近いうちに捕まると思う、ってあなたたち本職だったわね」
「経験って……確かに、物取りは繰り返す度に手口が巧妙化するか雑になるかどっちかですからね、はい」
 蒲田が相槌を打つ。
「この場合は、雑になると円さんは読んでらっしゃる訳で?」
「あくまで勘だけど。これ、金目当ての物取りじゃなくて警告かなんかだと思えるのよね。だって、盗まれた品目が変でしょ?他に金目のものありそうなのに。で、だとすると本命は後ろで糸引いてて、実行犯はそこらのチンピラじゃないかって思うわけ。で、調子に乗ったチンピラが二度三度倉庫強盗繰り返してパクられて、トカゲの尻尾切り、って」
「なるほど……」
 顎に手を当てて酒井は考え込む。件の一件でも、人形、マネキンに術を施した術者も、牛鬼を捕え、妖力を吸い出す機械を設置した犯人もたぐれていない。荷主からたぐっても、すぐに幽霊企業やペーパーオフィスで行き詰まってしまった。相手は相当の手練れ、その印象はある。だとしたら、下手を打った東華貿易への警告、あるいは意趣返しというのはあり得る線だ。そして、その際には切捨御免の雑兵を使うのも常套手段ではある。
「……だとしたら、そっちから黒幕をたぐるのは難しいか……」
「所轄にお任せにしておきましょうか、はい」
 あえて分調班から手を出すメリットも必要もなさそうだと判断した蒲田が相槌を打つ。
「しかし、そうすると、警告というのは……」
 疑問を口にした蒲田に、円が答える。
「これ以上、人形に関わるな、ってとこかしらね……」

 人形、か……酒井は、東華貿易と聞いた時から感じていた、漠然とした不安を思い出す。一連の事件の背後には、傀儡、人形、マネキン、オートマータ、呼び名はともかく、人の形をした、人ならざる物を操る――希に、死者あるいはそれに類する人体をも操る――何者かが居ることは明らかだった。東華貿易は、違法性のない範囲とは言え、それらの輸出入に関わっていた、いや、今現在も関わり続けているのかも知れない。だとしたら、その何者かは、自分たちに不利な情報を当局に流さないよう圧力をかけてきたとしても不思議はない。
 酒井個人としては、そのような不当な圧力に屈する気は全くないが、例えばこの、目の前に居る東華貿易専務、東大は、善人であるとはとても言えないが、それでも民間人、広い意味で、公僕である坂井が守る側に属する存在ではある。事件の加害者側にならない限り、だが。そして、相手は、恐らく、そういう民間人でも躊躇無く巻き込む。己の、利益のために。
 思えば、東大も、己の利益を追求し、北条柾木その他に多大なる迷惑をかけた。その結果として、現在は「協会」の監視下に置かれ、恐らくは、利益追求のために他者に迷惑をかける事に関し、厳しく指導される立場にある。
 利益の追求という目的は、大して変わらない。ただ、それを良しとしない勢力も存在する。
 酒井は、自分自身が、いくつかあるそういった「良しとしない勢力」の一つ、警察組織に所属する警察官であることを、改めて自覚した。

「そう言えば、さつ……青葉さんが気になることを言っていたな……」
 酒井は、昨夜の事を思い出し、呟いた。
青葉五月あおばさつきさん、ですか?」
 蒲田が確認する。頷いて、酒井は、
「昨日、午前中に来た占いの客が、どうにも筋者臭かったそうです。そいつが、人形を探していた、と」
 夕べの話を思い出そうと、酒井は記憶を探り、話を続ける。
 現在、青葉五月は、以前からやっていた平日昼間の都内某商業施設の占いコーナーの仕事と、夜の歌舞伎町一丁目のバーのバイトの他に、とあるきっかけで懇意になった歌舞伎町二丁目のスナックのママの好意で、折り合いのつく時間に昼間はそこで占いの仕事をやらせてもらっている。勿論そのまま夕方以降はスナックの夜の営業にも参加することが殆どなわけだが、昨日の日曜は、午後に北条柾木が自分の肉体に戻るお祝いをしようという事で午前のみ店に行っていた。そして、そろそろお開きにしようと思っていたところで、その客が来たのだという。
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