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第二章:大忙しの週始め

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「では、今週の予定なんだが。済まないんだが全員、少なくとも週前半はリスケジュールしてくれたまえ」
 霞ヶ関の中央合同庁舎二号館。その上層階の割と隅の方にある警察庁刑事局捜査支援分析管理官付分析調査班の事務室、時に月曜の午前八時三十分。週明け初日、分調班の定時始業のルーティーンは、全員参加の朝礼から始まる。
 その朝礼の場で、班長である鈴木警部は、珍しく全員揃っている班員を見渡すと、開口一番そう言った。
 酒井以外は慣れているのか――酒井自身も、この半年ほどでかなり慣れたが――突然の予定変更にも班員の動揺はなかったが、それでも、理由を聞きたい雰囲気はありありと感じられる。
「始業前の事だが、警視庁刑事部捜査第八課から至急の協力要請が来た」
 鈴木の後ろから、捜査支援分析管理官の岩崎警視長が言う。
 一般に、各地方警察において、刑事部には捜査第四課まで内部部署が設置されている。警視庁は例外的に第四課相当部署は組織犯罪対策部となっているが、いずれにしろ公的な資料には記載の無い捜査第八課などという部署は、酒井は、分調班に配属されるまで、そんな課が警視庁本部に存在する事を知らなかった。もっとも、公的な資料に記載が無い事では、今、酒井の所属するこの分析調査班も同じようなものだが。
「令状が取れ次第家宅捜査に向かうそうだが、二ヶ所を同時並行で執行だと聞いている」
「なので、全員、そのまま出動出来る装備で、すぐに桜田門の会議室に向かってくれたまえ。では、解散」
 岩崎の後を引き取って、鈴木が指示を出す。八課からの捜査協力依頼は、酒井が分調班に配属されてからこれで三回目、珍しい事ではないと言えるが、全員出動というのは初めてだ。一体何が、と思いながら背広の下の装備を確認していた酒井に、岩崎が声をかける。
「酒井君、ちょっといいか?」
「はい、なんでしょうか?」
 背広に袖を通し直しつつ、酒井が答える。
「君と蒲田君は、家宅捜査には参加せず、説明を聞いたら一度戻ってきてくれたまえ」
「全員に、ではないのですか?」
 要点だけ纏めて、酒井が聞き直す。
「全員に協力依頼だが、君たちにはガサ入れではなく現場検証の方を頼みたい」
「現場検証?」
「八課と暴対共同での検証はもう終わっているのだが、事情に詳しい君たちにも現場を見て、情報を聞いてきて欲しい」
「事情、ですか……?」
 それが何を意味するのか、酒井は現場で知る事になる。

「……以上が概要です」
 時間は、午前九時三十分を少し回った頃。合同庁舎二号館の隣の警視庁本部庁舎、いわゆる桜田門での会議から戻った酒井と蒲田は、その足で岩崎の執務室を訪れ、資料を手渡すと共に概略を説明した。
 曰く、昨晩、赤坂で反社会的組織同士の会合が某料亭で行われ、そこに何者かが乱入、構成員の大半に骨折等の重傷を負わせた上に構成員一名の首を切断。反社は片方はS会系の末端に位置する新興勢力、もう一つは国外に本拠を持つやはり新興勢力で、いずれの構成員も銃刀法違反及び凶器準備集合罪で現行犯逮捕、比較的軽傷な者を取調中。
「これだけなら我々どころか、八課も関係しない、組織犯罪対策部の事案なのですが、はい」
 問題なのは、その、首を斬られた構成員、その遺体というか首から下が、人間ではなかった事だった。
 一滴の血も流さず倒れ伏していたそれは、人間のそれによく似た断面を見せてはいたものの、よく見ればその構造、組成は明らかに人間のものではなかった。
「八課では、人形、と呼んでましたが、遠隔型の傀儡か、自律型のオートマータか、そんなようなモノだと判断します、はい」
 制作方法により、あるいはそこに載せる術式により呼び方は様々だが、内容にさほど差がある訳ではない。
「榊警視は、そのあたりから、八課の手に負えないと判断した模様です、はい」
 刑事事件のうち、どうにも常識的な捜査では真相に辿り着けず、所謂超常現象がらみではないかとされるような事件、そういったものを扱う部署として八課が警視庁内に設置されたのは、まだ西暦が二千年を超えるほんの少し前の事で、実は最近設置された分調班より以前からある組織である。そのような組織は、いくつかの地方警察にも点在するのだが、あくまで警察として、刑事事件としての捜査から大きく逸脱する事が出来ないため、どうしても捜査範囲や手法に限界がある。分調班は、その限界を押し広げる事も目的の一つとして設立された。なので、八課の責任者である榊警視は、第一段階の情報と、過去の経験から、自分たちの手に余る可能性が高いと判断し、捜査の初期段階から分調班と共同で推進する事を選択したのだった。
「その判断に至った要因として、人形だけでなく、乱入した集団の正体が不明である事もあるとの事でしたが……」
 酒井が、蒲田の報告に付け足す。
 乱入した集団はそのまま姿を消し現在捜索中、ただし遺留品無し、現時点で捜査は手詰まり、なのだが……
「その集団は四人組だったそうですが、異変を感じた赤坂署の捜査員が署に連絡を入れてから、署員が現場に到着するまでの五分程の間に、門番の二名を昏睡させ、十五人に重傷を負わせ、一名の首を切断。その首を持って外塀を跳び越えて逃走、との事です」
 蒲田の説明を聞いた岩崎の顔は、苦虫とやらを噛みつぶしたらこんな感じなのだろうな、というそれだった。
「恐ろしく手際が良いですよね、はい」
「……管理官、一つ聞いてもよろしいですか?」
 嫌な予感を濃厚に感じている酒井が、上目使いに岩崎を見ながら、聞く。
「俺たちが事情に詳しいって、もしかしてこの事ですか?」
 岩崎の噛みつぶした苦虫が、二匹になった。
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