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第一章:それなりに多忙な日曜日

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「大変だ若頭!どっかのバカが飛び込んで来やがった!」
 玄関から廊下にかけての喧噪を背景に、奥座敷のふすまを両手で乱暴に開け、五分刈りの三十がらみの男が報告する。
 十二畳に床の間といった奥座敷には、床の間を背に若頭と呼ばれた、四十手前の恰幅のいい男とその舎弟が二人、酒肴の並ぶテーブルを挟んだ向かいには、オールバックを油でなでつけた、細身で細面、眉も目も細い、カマキリのような印象の男と、その取り巻きがやはり二人。今まさに、何らかの手打ちを終えて杯を交わそうとしていた矢先、突然湧き上がった怒声と怒号に思わず手を止めた時の事だった。
 床の間に合い向かう座敷の奥、廊下側のふすまの角と、庭に面する縁側の障子の角に控える、護衛役の男が色めき立ち、スーツの左胸に右手を突っ込む。どこのバカだ、返り討ちだ、などと口々に言いながらその男達が立ち上がろうとした時、ふすまを開けていた男が廊下の先、玄関側から聞こえたひときわ大きな怒声に目をやり、直後にふすまごと座敷の中に吹き飛ばされる。
 座敷内の面々が驚く間もあらばこそ、栗色の疾風が座敷を駆け抜け、奥側の舎弟が縁側に面する障子ごと、小さな枯山水の庭に吹き飛ばされる。
 立ち上がりかけて吹き飛ばされた、その舎弟が占めていた空間に今居るのは、突進の勢いを乗せた両手のトンファーで護衛を突き飛ばした姿勢から、ゆっくりともう一人の護衛に向けて振り向く、黒ずくめに長い栗毛をなびかせる長身の女。その女がサングラス越しに自分を見て、その口角がニヤリと上がるのを認識したもう一人の護衛は、右手で握った、スーツの下の得物を取り出そうとした瞬間、その女が視界から消え失せたのを知る。そして、消えたのでは無く、認識が追いつかない速度で自分のすぐ前、胸元に入り込まれたのだと気付いたのは、女の左のトンファーに、得物を取り出そうとした右手を激しく弾き上げられた後の事だった。
 肘を砕かれ、把持力を失った右手がスーツの左胸から弾けだし、横断歩道を渡る小学生のように高々と上がる。その手が握ろうとしていた銀色の拳銃――「銀ダラ」とも俗称される、キツいニッケルメッキの載ったトカレフ――が余勢で座敷の天井にぶつかる。そのトカレフが座敷の畳に落ちるより早く、男の鳩尾に女の右膝がめり込み、畳に落ちたトカレフの上に被さるように男がゆっくり倒れ込む。だが、その光景を見ていたのは若頭と呼ばれた男だけだった。 
 何故なら、座敷に残る、若頭とその対面に居た細身の男以外の四人は、飛び込んできた栗色の疾風に気を取られ、目をそちらに逸らした瞬間、続けて飛び込んできたもう一つの栗色の竜巻に絡み獲られ、その竜巻、ワンレングスの女が振るう木刀に立て続けに打ち倒されていたからだ。
 瞬きする間に起きた出来事を理解出来ず、ただあっけにとられ、浮かせかけた腰を座布団に落した若頭の目の前で、ふりむきかけ、中腰まで立ち上がりかけていた細面の男の首を、ゆらりと座敷に入ってきた三人目のショートボブの女が右手に持つ、開いた深紅の鉄扇が横薙ぎにする。
 くるり、くるり。細面の男の首から上が、横薙ぎにされた勢いで横回転しながら体から離れ、バランスを崩した細面の男の体が揺らぐ。どさり、回転しながら宙を泳いだ首が畳の上に落ち、さらに半回転程して停まる。その頭を追うように、体も横倒しに倒れ込んだ。

「はい、終了。撤収!」
 ぱちん、と、鉄扇を畳んでショートボブの女が言う。それを合図に二人の女、長いおさげ髪とワンレングスの二人は、障子の残骸を突き破って枯山水の庭に飛び出し、二メートル強の目隠しの土塀を軽々と跳び越えた。ほぼ同時に四人目の小柄なおかっぱ頭の女が廊下から座敷に駆け込み、サングラス越しにも明らかに汚いモノに触るような目つきで畳に転がる首を持ち上げ、懐から出した風呂敷に手早く包むと、それを持って先の二人と同じく庭から土塀を跳び越えて消える。
「って事で。あんたらの仕事に口出す気はないけど、相手はよく見てからにする事ね」
 鉄扇を懐に仕舞ったショートボブの女は、そう捨て台詞を残すと、やはり同じように土塀を跳び越えて夜の闇に消える。

「……うわああっ!」
 我に返った若頭が、じたばたと座敷の畳を蹴りつつ床の間へ後じさりながら叫んだのはそれから十数秒後、開け放たれた障子の向こうからパトカーのサイレン音が聞こえ、突き破られたふすまの向こうの玄関からは赤坂署の警察官が踏み込んでくる足音が聞こえてくる頃だった。
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