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宝石の様に輝く碧い瞳に、それでも微笑みを崩さない私が映っていた。
輝くばかりの金の髪を苛立たしげに、かきあげると……王太子殿下は言った。
「ヴァイオレット、お前との婚約は破棄する」
卒業パーティーは始まったばかりだと言うのに、水を打った様に静かだ。
殿下の横には、殿下と同じ学年の令嬢が震えた様子で殿下の腕にしがみついていた。
その側には、宰相子息や騎士団長子息、天才魔術師や私のお兄様といった王太子の側近達がいた。
あの時、私はなんと答えただろう―――
あまりの衝撃に、もう記憶が朧気だった。
とにかく了承した旨を伝え、一年生の私が卒業パーティーの場をお騒がせした事を詫びた……と思う。
すぐに殿下の側から、お兄様と私とお兄様の幼なじみである騎士団長子息のフレデリックが、私の手をとり一緒に退室してくれた事だけは……良く覚えている。
だってそれにも驚いたのだもの。
お兄様はまだわかる。だって兄妹だもの。
……フレデリックは幼なじみだけれど、王太子殿下の側近という立場だ。
婚約破棄された私なんかに、寄り添ってはいけない。今後に響いてしまうかもしれないと断ったが、どうしてもエスコートすると言って聞かなかった。
後ろで殿下と令嬢が、何か言っていたが……衝撃と混乱と悲しさと……
とにかく色んな感情がごちゃ混ぜになって……
でも、一切の感情を押し込めて……
私は、ただただ微笑んでいた。
ただ、しっかりと歩けたのはパーティー会場を出るまでだった。緊張が緩んだのか、崩れそうになった所をフレデリックが支えてくれた。フレデリックがいてくれて本当に良かった。
その後、お姫様抱っこで馬車まで運んで貰ってしまったので、申し訳なかったが……お兄様は笑いながら『むしろフレデリックにとって、ご褒美じゃない?』と言っていた。
そこから、家でお兄様とフレデリックとお父様で話し合いが朝方まで行われ、翌朝には三人で王宮に向かった。
そして、その日の内に私の婚約は正式に白紙撤回され、私の新たな婚約者がフレデリックに決まっていた。
これは異例の事だった…私に非はなく白紙撤回とした上で、新たにフレデリックとの婚約を認めるなんて……。
お父様やお兄様はどんな手を使ったのだろう……。
少し恐ろしい。
そして、あの場で幼なじみの私を助ける為に……手をとってしまったがばっかりに、私の婚約者にされてしまったであろうフレデリックに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
学園は春休みに入る所だったので、そのまま家で療養する事になった。
王妃教育で忙しかった私は、物心ついてから初めて何もする事がない時間を持った。
何もする事がない為に、余計に不安にかられた。
自ら何かをする事もしないまま、無為に過ごしていると、繰り返しあの場面を思いだしては、苦しかった。
また、過去の思い出が蘇っては私を苦しめた。
私が初めて婚約者である王太子殿下にお会いしたのは、殿下の七歳の誕生日パーティーだった。
二つ違いの私は五歳になったばかりだった。
王家と我が公爵家で婚約が内々に決まっており、このパーティーの後で婚約が発表された。
初めて見た殿下は、まさに絵本の中の王子様といった、それはそれは美しい王子様だった。
後で『あの王子様と結婚するんだよ』と聞いた時は、『素敵な王子様のお嫁さんになれるなんて、とても嬉しい』と心弾ませた事を今でも覚えている。
王子様からかけられる優しい言葉に舞い上がり、月に一度の顔合わせはとても楽しみだった。
私の王妃教育が始まる頃には、私はすっかり王子様に夢中で、王子様にふさわしい王妃になるべく王妃教育も、とにかく頑張っていた。
そう。それはそれは頑張っていた。
『王子様にふさわしい王妃になる為に』
……たぶん、それがいけなかった。
私は元々そんなに器用ではなく、とにかく頑張って覚えていくタイプだった。
しかし、そうやってモノにした事は忘れる事はなく、講師の方々や王妃様にも、とても可愛がって頂いていた。
幼い私は、大好きな王子様の為に努力しているつもりだった。いや……もちろんそうなのだけれど、その努力をもっと王子様に伝えるなり、他の努力が必要だったのだろう。
私は器用ではなかったのだ。
真面目に努力して、王妃たるもの感情を読まれてはいけないと、いつも微笑みを崩さず、丁寧で品良く心がけていた。
いつからだっただろう。
王子様から顔合わせのお茶会を、忙しいからと理由をつけて断られていったのは……。
顔を合わせても、微笑んでくださらなくなったのは……
――――特に顕著になったのは、学園に入ってからだ。
きっと彼女に、もう心惹かれていたのね。
そんな物思いに沈んでいると、フレデリックが来たと侍女が私を呼びにきた。
先触れもなくフレデリックが家に来る事は、よくある事だった。幼なじみで昔から、良く交流していたし、もっと小さな頃はフレデリックは毎日の様に家に来ていた。
何もせずに一人で部屋にいると落ち込むばかりなので、フレデリックの来訪は有りがたかった。
応接室に向かうとフレデリックは、いつものソファーに腰掛け、自宅の様に寛いでいた。
「ヴィー、美味しいお菓子を買って来たから、一緒に食べよう」
「フレディありがとう」
他愛のない会話をする、いつもどおりのフレデリックに救われる。
フレデリックはいつだって優しい。
そしてお菓子を食べ終わったら、また明日来ると言って帰っていった。
そうして、毎日の様にフレデリックがお菓子やら、お花やら本やらを持ってきて、お茶をして帰っていくだけの日々だった。
幼なじみなだけあって、フレデリックは私の好みを良く知っていた。私の好きなお菓子、好きな花、好きな本で私を楽しませてくれた。
気がつくとフレデリックが来るのを、待つようになっていた。
一ヶ月程経つと、私自身も落ち着きを取り戻した。
お父様やお兄様によって、止められていた友人達からの手紙を、お兄様がまとめて渡してくれた。
更にお兄様が友人達に、手紙は今はまだ私に渡しておらず返事は待って欲しい旨、返信してくれていた。
私と関わって得になるどころか、王太子に睨まれる可能性すらある。
しかし友人達は皆、私を心配してくれていた。
王太子妃として、そして次期王妃としての繋がりが欲しいだけではない友情を感じて胸が熱くなった。
今日もフレデリックは手土産を持って現れる。お茶をしながら、友人のくれた手紙の話をした。
なぜかフレデリックが嬉しそうに笑うから、私もつられて笑った。
新学期が始まった頃には、落ち込む事も減ったが、まだ学園に戻る勇気がなかった。学習自体は既に終わっているので、後でテストだけ受ければ卒業は出来るだろう。
あれから二ヶ月近く経つ。
相変わらずフレデリックは、ほとんど毎日の様に来る。
今朝は庭で花を見て歩いている時に、フレデリックが来た。
「朝から来てすまない。
今日は午後から騎士団の会議があるんだ」
「フレディ、無理しなくていいのよ?」
「……いや、私がヴィーに会いたいからきてるんだ」
……そんな事をフレデリックから言われたのは、初めてだったので驚いた。
私に会いたいと思ってくれていたのだと聞くと、嬉しさと恥ずかしさでいたたまれなくなってしまう。
違うわ。勘違いしてはいけないわね。フレデリックは幼なじみとして、私の心配をしてくれているのよね。ひとつ小さく息を吐いて言う。
「ありがとう、フレディ。
でも私は、今は大丈夫よ」
そういってにこりと笑う。
フレデリックは真剣な顔をしたまま、私を見つめていた。
「……でもヴィー。
君は、まだ一度も泣いていないだろう?」
――私はまだ泣いていない?
「え……フレディ……?」
「君は……
それでも、殿下が好きだっただろう?」
「……。」
―――好きだった。
幼い頃、あの日見た、あの王子様が好きだった。
ああ私は、ずっと泣きたかったのね。
「そうね。私もう泣いていいのね」
そう呟けば、涙が後から後から溢れ出た。
王妃となるべく教育を受けた私は、泣くわけにはいかなかった。
でも、もう泣いていい。
悲しいのか、嬉しいのか……分からない涙が、流れ落ちて止まらない。
私は、いつの間にかフレディに抱きしめられていた。
フレディは懐かしい、お日様の匂いがした。
「フレディありがとう」
どれくらい泣いたのか、私はフレディの胸の中で一言そう呟いた。
「……ああ。このままヴィーと居たいが……
今日の会議は、流石の私もすっぽかせない」
「ふふ。すっぽかせる会議なんて、無いでしょう?」
笑いながらフレディから離れようとすると、ぐっと抱きしめる腕に力が入った。
「私にとってヴィー以上に大切なものはないよ。
でも出世出来なくなって、ヴィーに不自由させるのは困るからね」
フレディは私の耳元で『なごりおしいけど、また明日くるよ』とだけ囁いて、そっと私から離れていった――――
私にフレディの熱だけを残して。
それからも、変わらない毎日が続いていた。
フレディはほとんど毎日、我が家に顔を出しては、他愛のない話しをして帰って行く。
変わったのは私自身だった。
あの涙を流した日に、幼い頃からの初恋も、感情を押し殺す事も全て一緒に流してしまっていた。
憧れていた王子様。
好きだったと思う。本当に好きだったと思う。
辛い王妃教育も、彼の為に努力したくらい。
幼い、拙い、そして淡い私の初恋だった。
でも、本当はわかってもいた。
いつからか、彼は私を疎んじていたと。
何故かは分からないけれど……
それでも、私は好きだったのだ。
……輝く王子様を。
それからすぐに、学園にも戻った。
殿下は卒業していたし、友人達を初めとするほとんどは、以前と変わらずに接してくれていた。
それも、次期騎士団長となるだろうフレデリックの婚約者という立場もあるだろう。フレディはいつだって私を守ってくれる。側にいない学園においても、こうやって……。
私は日を追うごとに、フレディに申し訳ない気持ちが強くなっていった。
幼なじみとして大切だからといって、フレディのしあわせや自由を奪ってしまってはいけない。
今ならば貴族令嬢として入れる修道院もある。学園を卒業して、修道院で教鞭を持つのもいいかもしれない。
刺繍やマナー講師としても、王妃教育を受けた私ならば生活できるかもしれない。
二学年の内に、今後の生活を考えて置かなくてはいけないわ。三学年になったら、フレディを解放してあげなくちゃ。
だって、その頃にはフレディは二十歳になり、いくら男性だから大丈夫と言っても婚期が遅れてしまうもの。
婚約者のいる者ならば、十八歳で成人して一、二年で結婚する。二つ年上のフレディは来年二十歳だ。良いご令嬢が居なくなってしまうもの。
私はチクリと痛む胸を抑えて、侍女に内密に頼み修道院の内情などを調べ始めた。
輝くばかりの金の髪を苛立たしげに、かきあげると……王太子殿下は言った。
「ヴァイオレット、お前との婚約は破棄する」
卒業パーティーは始まったばかりだと言うのに、水を打った様に静かだ。
殿下の横には、殿下と同じ学年の令嬢が震えた様子で殿下の腕にしがみついていた。
その側には、宰相子息や騎士団長子息、天才魔術師や私のお兄様といった王太子の側近達がいた。
あの時、私はなんと答えただろう―――
あまりの衝撃に、もう記憶が朧気だった。
とにかく了承した旨を伝え、一年生の私が卒業パーティーの場をお騒がせした事を詫びた……と思う。
すぐに殿下の側から、お兄様と私とお兄様の幼なじみである騎士団長子息のフレデリックが、私の手をとり一緒に退室してくれた事だけは……良く覚えている。
だってそれにも驚いたのだもの。
お兄様はまだわかる。だって兄妹だもの。
……フレデリックは幼なじみだけれど、王太子殿下の側近という立場だ。
婚約破棄された私なんかに、寄り添ってはいけない。今後に響いてしまうかもしれないと断ったが、どうしてもエスコートすると言って聞かなかった。
後ろで殿下と令嬢が、何か言っていたが……衝撃と混乱と悲しさと……
とにかく色んな感情がごちゃ混ぜになって……
でも、一切の感情を押し込めて……
私は、ただただ微笑んでいた。
ただ、しっかりと歩けたのはパーティー会場を出るまでだった。緊張が緩んだのか、崩れそうになった所をフレデリックが支えてくれた。フレデリックがいてくれて本当に良かった。
その後、お姫様抱っこで馬車まで運んで貰ってしまったので、申し訳なかったが……お兄様は笑いながら『むしろフレデリックにとって、ご褒美じゃない?』と言っていた。
そこから、家でお兄様とフレデリックとお父様で話し合いが朝方まで行われ、翌朝には三人で王宮に向かった。
そして、その日の内に私の婚約は正式に白紙撤回され、私の新たな婚約者がフレデリックに決まっていた。
これは異例の事だった…私に非はなく白紙撤回とした上で、新たにフレデリックとの婚約を認めるなんて……。
お父様やお兄様はどんな手を使ったのだろう……。
少し恐ろしい。
そして、あの場で幼なじみの私を助ける為に……手をとってしまったがばっかりに、私の婚約者にされてしまったであろうフレデリックに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
学園は春休みに入る所だったので、そのまま家で療養する事になった。
王妃教育で忙しかった私は、物心ついてから初めて何もする事がない時間を持った。
何もする事がない為に、余計に不安にかられた。
自ら何かをする事もしないまま、無為に過ごしていると、繰り返しあの場面を思いだしては、苦しかった。
また、過去の思い出が蘇っては私を苦しめた。
私が初めて婚約者である王太子殿下にお会いしたのは、殿下の七歳の誕生日パーティーだった。
二つ違いの私は五歳になったばかりだった。
王家と我が公爵家で婚約が内々に決まっており、このパーティーの後で婚約が発表された。
初めて見た殿下は、まさに絵本の中の王子様といった、それはそれは美しい王子様だった。
後で『あの王子様と結婚するんだよ』と聞いた時は、『素敵な王子様のお嫁さんになれるなんて、とても嬉しい』と心弾ませた事を今でも覚えている。
王子様からかけられる優しい言葉に舞い上がり、月に一度の顔合わせはとても楽しみだった。
私の王妃教育が始まる頃には、私はすっかり王子様に夢中で、王子様にふさわしい王妃になるべく王妃教育も、とにかく頑張っていた。
そう。それはそれは頑張っていた。
『王子様にふさわしい王妃になる為に』
……たぶん、それがいけなかった。
私は元々そんなに器用ではなく、とにかく頑張って覚えていくタイプだった。
しかし、そうやってモノにした事は忘れる事はなく、講師の方々や王妃様にも、とても可愛がって頂いていた。
幼い私は、大好きな王子様の為に努力しているつもりだった。いや……もちろんそうなのだけれど、その努力をもっと王子様に伝えるなり、他の努力が必要だったのだろう。
私は器用ではなかったのだ。
真面目に努力して、王妃たるもの感情を読まれてはいけないと、いつも微笑みを崩さず、丁寧で品良く心がけていた。
いつからだっただろう。
王子様から顔合わせのお茶会を、忙しいからと理由をつけて断られていったのは……。
顔を合わせても、微笑んでくださらなくなったのは……
――――特に顕著になったのは、学園に入ってからだ。
きっと彼女に、もう心惹かれていたのね。
そんな物思いに沈んでいると、フレデリックが来たと侍女が私を呼びにきた。
先触れもなくフレデリックが家に来る事は、よくある事だった。幼なじみで昔から、良く交流していたし、もっと小さな頃はフレデリックは毎日の様に家に来ていた。
何もせずに一人で部屋にいると落ち込むばかりなので、フレデリックの来訪は有りがたかった。
応接室に向かうとフレデリックは、いつものソファーに腰掛け、自宅の様に寛いでいた。
「ヴィー、美味しいお菓子を買って来たから、一緒に食べよう」
「フレディありがとう」
他愛のない会話をする、いつもどおりのフレデリックに救われる。
フレデリックはいつだって優しい。
そしてお菓子を食べ終わったら、また明日来ると言って帰っていった。
そうして、毎日の様にフレデリックがお菓子やら、お花やら本やらを持ってきて、お茶をして帰っていくだけの日々だった。
幼なじみなだけあって、フレデリックは私の好みを良く知っていた。私の好きなお菓子、好きな花、好きな本で私を楽しませてくれた。
気がつくとフレデリックが来るのを、待つようになっていた。
一ヶ月程経つと、私自身も落ち着きを取り戻した。
お父様やお兄様によって、止められていた友人達からの手紙を、お兄様がまとめて渡してくれた。
更にお兄様が友人達に、手紙は今はまだ私に渡しておらず返事は待って欲しい旨、返信してくれていた。
私と関わって得になるどころか、王太子に睨まれる可能性すらある。
しかし友人達は皆、私を心配してくれていた。
王太子妃として、そして次期王妃としての繋がりが欲しいだけではない友情を感じて胸が熱くなった。
今日もフレデリックは手土産を持って現れる。お茶をしながら、友人のくれた手紙の話をした。
なぜかフレデリックが嬉しそうに笑うから、私もつられて笑った。
新学期が始まった頃には、落ち込む事も減ったが、まだ学園に戻る勇気がなかった。学習自体は既に終わっているので、後でテストだけ受ければ卒業は出来るだろう。
あれから二ヶ月近く経つ。
相変わらずフレデリックは、ほとんど毎日の様に来る。
今朝は庭で花を見て歩いている時に、フレデリックが来た。
「朝から来てすまない。
今日は午後から騎士団の会議があるんだ」
「フレディ、無理しなくていいのよ?」
「……いや、私がヴィーに会いたいからきてるんだ」
……そんな事をフレデリックから言われたのは、初めてだったので驚いた。
私に会いたいと思ってくれていたのだと聞くと、嬉しさと恥ずかしさでいたたまれなくなってしまう。
違うわ。勘違いしてはいけないわね。フレデリックは幼なじみとして、私の心配をしてくれているのよね。ひとつ小さく息を吐いて言う。
「ありがとう、フレディ。
でも私は、今は大丈夫よ」
そういってにこりと笑う。
フレデリックは真剣な顔をしたまま、私を見つめていた。
「……でもヴィー。
君は、まだ一度も泣いていないだろう?」
――私はまだ泣いていない?
「え……フレディ……?」
「君は……
それでも、殿下が好きだっただろう?」
「……。」
―――好きだった。
幼い頃、あの日見た、あの王子様が好きだった。
ああ私は、ずっと泣きたかったのね。
「そうね。私もう泣いていいのね」
そう呟けば、涙が後から後から溢れ出た。
王妃となるべく教育を受けた私は、泣くわけにはいかなかった。
でも、もう泣いていい。
悲しいのか、嬉しいのか……分からない涙が、流れ落ちて止まらない。
私は、いつの間にかフレディに抱きしめられていた。
フレディは懐かしい、お日様の匂いがした。
「フレディありがとう」
どれくらい泣いたのか、私はフレディの胸の中で一言そう呟いた。
「……ああ。このままヴィーと居たいが……
今日の会議は、流石の私もすっぽかせない」
「ふふ。すっぽかせる会議なんて、無いでしょう?」
笑いながらフレディから離れようとすると、ぐっと抱きしめる腕に力が入った。
「私にとってヴィー以上に大切なものはないよ。
でも出世出来なくなって、ヴィーに不自由させるのは困るからね」
フレディは私の耳元で『なごりおしいけど、また明日くるよ』とだけ囁いて、そっと私から離れていった――――
私にフレディの熱だけを残して。
それからも、変わらない毎日が続いていた。
フレディはほとんど毎日、我が家に顔を出しては、他愛のない話しをして帰って行く。
変わったのは私自身だった。
あの涙を流した日に、幼い頃からの初恋も、感情を押し殺す事も全て一緒に流してしまっていた。
憧れていた王子様。
好きだったと思う。本当に好きだったと思う。
辛い王妃教育も、彼の為に努力したくらい。
幼い、拙い、そして淡い私の初恋だった。
でも、本当はわかってもいた。
いつからか、彼は私を疎んじていたと。
何故かは分からないけれど……
それでも、私は好きだったのだ。
……輝く王子様を。
それからすぐに、学園にも戻った。
殿下は卒業していたし、友人達を初めとするほとんどは、以前と変わらずに接してくれていた。
それも、次期騎士団長となるだろうフレデリックの婚約者という立場もあるだろう。フレディはいつだって私を守ってくれる。側にいない学園においても、こうやって……。
私は日を追うごとに、フレディに申し訳ない気持ちが強くなっていった。
幼なじみとして大切だからといって、フレディのしあわせや自由を奪ってしまってはいけない。
今ならば貴族令嬢として入れる修道院もある。学園を卒業して、修道院で教鞭を持つのもいいかもしれない。
刺繍やマナー講師としても、王妃教育を受けた私ならば生活できるかもしれない。
二学年の内に、今後の生活を考えて置かなくてはいけないわ。三学年になったら、フレディを解放してあげなくちゃ。
だって、その頃にはフレディは二十歳になり、いくら男性だから大丈夫と言っても婚期が遅れてしまうもの。
婚約者のいる者ならば、十八歳で成人して一、二年で結婚する。二つ年上のフレディは来年二十歳だ。良いご令嬢が居なくなってしまうもの。
私はチクリと痛む胸を抑えて、侍女に内密に頼み修道院の内情などを調べ始めた。
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