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第6章 メドゥーサとEランク冒険者

4・フロイツの目利き

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「ふむ……あの方ですか……」

 フロイツはジッとヒトリを見つめながら、右手で自分の顎髭を擦った。

「はい、そうです。お~い、ヒトリ~!」

 ツバメがヒトリに声をかける。

「ニヒヒヒ……」

 だが、ヒトリはいつもの様にナイフ磨きを辞めなかった。

「はあ~……まったく、いつもいつも……」

 ツバメは呆れた様子でヒトリの傍へと近づいて行く。

「……」

 その様子を見ていたフロイツが、無言でヒトリを睨みつけた。
 次の瞬間――。

「ニヒヒ……――っ!?」

 ヒトリが勢いよくフロイツの方を振り向き、磨いていたナイフを右手に握りしめた。
 突然のヒトリの行動に、傍まで寄っていたツバメが驚きの声をあげてたじろいでしまった。

「うわっ!!」

「…………」

 無言でフロイツを見つめるヒトリ。
 いつもとは違うヒトリの様子にツバメが心配そうな表情を見せた。

「ヒ、ヒトリ……急にどうしたの? 大丈夫……?」

「…………ツバメちゃん、後ろにいる人は誰なの?」

 ヒトリは構えたまま、道具袋からデフォルメされたドクロの仮面を取り出す。

「え? あ~この方はフロイツさんといって、冒険者よ」

「……ぼ、冒険者……?」

「そうだけど…………何がどうなっているの?」

 ツバメは訳がわからずヒトリとフロイツを交互に見る。
 フロイツは笑顔で姿勢を正し、ぺこりと頭を下げた。

「申し訳ございません、少々悪戯が過ぎました。この通り敵意はございませんので安心して下さい」

「……」

 フロイツの言葉に、ヒトリはナイフをゆっくりと下げる。
 しかし、フロイツから目をそらす事は無かった。

「ヒ、ヒトリ……本当にどうしちゃったの?」

 めずらしく動揺を隠せないツバメ。

「……えと……フロイツさん、ヒトリに何かしたんですか?」

 ツバメに対して、フロイツは笑いながら答えた。

「はっはっは、なんて事はございません。あまりにも隙だらけすぎた・・・・・・・ので違和感を感じましてな。彼女に向かって威圧をかけただけですよ」

「隙? 威圧? ……んん~?」

 ツバメは眉間にシワを寄せて首を傾げた。

「まぁテストをしたと考えてもらえば……しかし、今の反応を見る限り彼女はBランク……いや、私と同じAランクと見ました。にもかかわらず、害虫駆除を請負とは何か理由があるのですか?」

「え~と……まだよくわからないですけど……」

 ツバメはポリポリと頬を掻きながら答ええう。

「理由なら……ヒトリがEランクだから……ですかね……?」

 ツバメの答えに、フランクは怪訝そうな表情を見せる。

「Eですって? いやいや、何を言っているのですか。ブランクがあるとはいえ、まだ私の目はくも……」

 ヒトリは申し訳なさそうに、そっとドッグプレートを取り出す。
 そこに刻まれているEの文字を見た瞬間、フロイツは固まってしまった。

「……………………ええええっ!?」

 少しの間のあと、フロイツが甲高い驚きの大声をあげた。
 そんなフロイツの大声でパロマは我に返るのだった。



「……なるほど…………上を目指さない事に少々疑問はありますが、一応納得はしました」

 奥の席に座ったフロイツが、安堵した様子で席に運ばれてきた紅茶を口にする。

「それにしても私の目が曇ってしまったのかと思い、ショックを受けてしまいましたよ」

「それ以上へこまないで下さい、上に上がらないこの子が悪いんですから」

 ツバメがパンパンとヒトリの背中を叩いた。

「いたっいたっ! や、やめてよツバメちゃん」

「わたくし、フロイツのあんな声を聴いたのは生まれて初めてですわ……」

 パロマは紅茶を飲みながら、横目でフロイツを見る。

「……今すぐに忘れて下さい」

 フロイツは恥ずかしそうにもう一度紅茶を口に運び、その後軽く咳払いをした。

「コホン……まぁなんにせよ実力はあるようですし、巨大ネズミの駆除の件は何も問題ありませんな」

「……へっ?」

 巨大ネズミの駆除の言葉に、俯いていたヒトリの顔が上がる。

「あ、そうだった。ヒトリ、明日の巨大ネズミの駆除なんだけど、この2人も同行するからよろしくね」

「……うえっ!?」

 ヒトリが驚きの声をあげて、席から立ち上がった。

「ちょ、ちょっと待って! いきなりそんな話……」

「ヒトリさん、よろしくお願いしますわ」

「よろしくお願いいたします」

「えっ……あっ……えと……その……あの……」

 ヒトリが涙目になりうろたえる。
 そんなヒトリに対してツバメは立ち上がり、ヒトリの両肩に手を置いた。

「ヒトリ、よ・し・く・ね」

 満面の笑みを見せるツバメ。
 その顔を見て、ヒトリは完全に諦めて頷いた。

「…………はい……わかりましたぁ……」



 次の日の早朝。
 路地裏にあるマンホールの傍にヒトリ、パロマ、フロイツの3人の姿があった。

「あっ……そ、そちら側を持ってもらっても、いいですか?」

 ヒトリがマンホールの蓋の取っ手を握る。

「わかりました」

 フロイツはヒトリの反対側に立ち、マンホールの蓋の取っ手を握った。

「あっ……じゃ、じゃあいきますよ……せ~の!」

 掛け声と同時に2人はマンホールの蓋を持ち上げた。
 その瞬間、マンホールの穴から悪臭が立ち込める。

「うっ!」

 パロマがたまらずしかめ面をし、鼻をおさえた。

「くっ臭いですわ……」

「仕方ありません。この下水にネズミが住み着いているわけですから」

 悪臭の中、フロイツは平然とした顔で答える。

「あっ……で、ではボクが先に入って、安全確認してきますね」

 ヒトリも平然とした様子で、梯子を降りて行った。

「……どうして、こんな臭いところにネズミは住んでますの?」

「さあ? 私はネズミではありませんのでわかりません」

「……どうして、フロイツはこの臭いの中平気ですの?」

「若い時、これよりもきつい激臭漂う場所で1日中過ごした事がありましてな。1週間は臭いが取れなくて困りました。なので、それに比べたらこのくらい……その時の話を聞きますかな?」

「……遠慮しておきますわ……聞いただけで鼻がもげそうですし……」

「そうですか、それは残念です」

 2人がたわいのない話をしていると、マンホールの下からヒトリの声が聞こえて来た。

「あっ……降りて来ても、大丈夫……ですよ~」

 ヒトリの言葉を聞き、パロマはフロイツの顔を見る。
 フロイツは笑顔で梯子に手のひらをかざした。

「さ、パロマお嬢様」

 文句を言わずさっさと降りろ。
 口には出してはいないが、フロイツはそう言っているとパロマは強く感じ取った。
 パロマはしばらく目を瞑り……そして、カッと目を見開いた。

「………………っ! わたくしはウォルドー家の娘! こんな臭い如きで負けてられませんわ!! おりゃあああああああああ!!」

 パロマは雄叫びをあげ、勢いよく梯子を降りて行った。

「はっはっは、その意気ですよ! パロマお嬢様」

 フロイツも楽しそうにパロマの後に続いて行った。
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