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ファンタジー
『鬼の寵児と永劫の火』(番外編─蝶─)
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『鬼の寵児と永劫の火』の過去話。
◆登場人物◆(兼ね役推奨)
聖女:神国の聖女。エリアスの従姉。この世界の真理に最も近づいた者
男:天然培養。聖女と駆け落ちした先代ラルウァテラス。儚げ美青年
父:アルジュナの父。族長であったもの。大局を常に考えて行動する
アルジュナ:男女不問。幼い頃から覚悟と悔しさの中戦ってきた
エリアス:男女不問。神国の若き聖下。色んな想いを振り払うかのように、原作時より思いつきで行動しがち
ゼノア:男女不問。原作時よりエリアスに振り回され気味。親友感抜けてない
こども:聖女と男の、こども。色んなショックで失語していたが徐々に回復。回復中に健忘が急激に進む
兼役例……
パターン①
・男、エリアス
・父、ゼノア
・聖女、蝶
・こども、アルジュナ
パターン②
・男、父
・ゼノア
・エリアス
・聖女、アルジュナ
・こども、蝶
◆ここから台本◆
聖女:
「どうしてこんなに天然培養なの、この男は……」
男:
「そうかい?」
聖女:
「いい歳して!」
男:
「はっはっはっ」
聖女:
「ほがらかで!」
男:
「うん?」
聖女:
「生活力、皆無!」
男:
「やりかたを教えてもらえたらやるよ?」
聖女:
「わたくしも世話を焼かれていた身だから、わからないわ!」
男:
「あっはっは」
聖女:
「この場所があったからよかったけれど……」
男:
「もうすこし離れた神域はあるけれど、その身重の身体ではね。ここが限界だな」
聖女:
「あなたは、平気なの……?」
男:
「平気……では、なかろうね」
聖女:
「……」
男:
「でもそれより大切だから。キミも覚悟の上、と信じているけれど?」
聖女:
「ええ。身勝手だけれど」
男:
「身勝手はお互い様。ほら、今日は少し冷える。おいで。
────
よしよし。だいぶ大きくなったね、おなか」
聖女:
「これ以上は隠しきれなかったわ」
男:
「お疲れ様でした、聖女様。キミの戦う姿は本当に美しくて好きだったなあ」
聖女:
「また見たい?」
男:
「一生分焼き付けたから大丈夫」
聖女:
「まあもう、難しいでしょうけれど」
男:
「まさか、契ればお互い、チカラが衰えてくるとはね」
聖女:
「背信の罰、なのかしらね……この子は、どう、なのかしら」
男:
「それはもう、男の子が生まれるかしら、女の子が生まれるかしらと
言っているようなものだよ」
聖女:
「ふふっ、なにそれ、なんか違うわよ!」
男:
「どちらにしても、君の故郷で育てる方が良い」
聖女:
「ねぇ、急に話を重くしないでくれる? もう。
わたくしにも帰る場所はないわ。あの状況で駆け落ちだもの。
戦死扱いされているわよ」
男:
「この子の帰る場所を作るのは私たち、か。
あー、現実的に見て、厳しいなぁ。でも……
こうしていられることに、すごく感謝してる」
聖女:
「わたくしは……」
男:
「君が同じ気持ちでなくても構わない。」
私が謝罪すべき相手は全世界。同胞のすべてと、愛しい女性の故郷の人々。
謝罪しても到底許されるものではない。
聖女:
あのとき出逢わなければ。惹かれ合わなければ。きちんと拒めば。
この気持ちを切り捨てられたなら。この男はラルウァテラスのままで、
わたくしはきっと神国の聖女のままでいられた。なのに──
「今を後悔はできないわ。それが……わたくしの弱さであり強さでもあると思う」
男:
「んんーっ! そういうところがたまらなく好きだよ!」
聖女:
「情緒!」
きっとわたくしは、神国で今もっとも、この世の真理に触れているのね。
── ラルウァの公祭壇
アルジュナ:
今代のラルウァテラス様が、役目も同胞もすべて棄てて、逃げ出した。
伯父にあたる、ひとだった。兄さんのような存在だった。
優しくて皆に公平で、どこか透明感というものをもった人だった。
逃げた、と父から聞かされてから数年後。その人はこうして今日、生け捕りにされ。
薬で意識を永劫に奪われ、厳重に拘束され、ただの「器」となった。
そんなでも表情は穏やかなんだな、この人は。
父:
「ラルウァの誓いは固い。
族長として、同胞は必ず守り、裏切った者には罰を下さねばならない。
お前が、継ぐ役目だ」
アルジュナ:
「……はい」
父:
「よし、いい目だ」
アルジュナ:
「異界の神の、次の器は……?」
父:
「おまえの弟か妹になろう。守ってやりなさい。このようなことに、ならないよう」
アルジュナ:
「はい、父さん」
父:
「皆、良いか! 次の器が産まれ次第、先代ラルウァテラス様を処刑する。
ラルウァテラス様の心臓は、鬼の気を以前ほど発していない。
次の器が完成するまで、我々の鬼の加護は弱いままだろう。
けして神国のヤツらに気取られるな。霊石の武器開発と増産に注力せよ。
私も神国との戦いの中、破れるかもしれん。
そのとき、族長を継ぐのはアルジュナとする」
アルジュナ:
「やつらさえ、攻めてこなければ。私たちは静かに干渉せず、暮らしていくのに」
── 異界の神よ 次の器を早くお授けください
その権利も自由も仲間も。惹かれていた人も、愛してくれた人も、奪われる。
私にラルウァテラスの資格があれば。素質があれば。
それさえあれば、同胞をもっと守れるのに。
── なぜ私ではダメなのですか
父:
「嘆くな。おまえには民を束ねる素養がある。それだけでも十分、大したものだ。
おまえの、チカラだ」
アルジュナ:
父も、自分にそう言い聞かせていたのかもしれない。
── ラルウァの森の中
聖女:
「ハァッ、ハァッ、くッ、うっ」
父:
「先代をたぶらかした悪女だ! 確実にしとめよ!」
アルジュナ:
「あれは!? あの女、こどもを抱いて、」
父:
「ラルウァの気配を微弱に感じるな……信じられん、あいつ……」
アルジュナ:
「こどもはどうしますか」
父:
「……ならん。生かすな。始末する」
アルジュナ:
「はい」
男:
──私たちは、自らの気持ちに従うことを決意し、生きているだけ──
──ただ悲しくも、戦争の歴史の中にこの身があるだけだ──
聖女:
憎い。今なら、全盛期の神聖力さえあれば、確実に、この地ごと、滅ぼしてやるのに。
男:
──君は恨むな、世界を。そしてできれば、ラルウァも──
──どうか赦してやってくれないか──
聖女:
「ううっ、……ッ! キャァァぁッ! あ、うぅ…ぐっあ、はぁっ、」
(倒れる聖女の前方から見慣れた閃光)
聖女:
「え……この、ひかり、」
ゼノア:
「聖女様!? 聖女様ではないですか? 生きておられた……!
私です、ゼノアです、聞こえますか! エリアス、従姉君が!」
聖女:
──空が、青い
エリアス:
「ねえ、様? エステラねえ様! 生きて、……ッ、傷、が……
ゼノア、蘇生術を! 各小隊はラルウァを迎え撃て!」
ゼノア:
「クッ、血が、全然止まらない!」
聖女:
「ふ、ふたりとも……、おおきく……なった、のね」
エリアス:
「ダメだっ、ねえ様、動いては! 私も回復術を!」
ゼノア:
せっかくまたお会いできたというのに、この傷では……と思っていたその時。
聖女様の下から、現れたのは
聖女:
「次期、聖下に、お願いです。この子を、あなたの、ッ……影に、してやって……
抗魔力が、強いの。わたくしに、似て」
エリアス:
「似て!? どういう、」
聖女:
「役にたつ、かならず」
エリアス:
幼子は、声をあげずに大粒の涙を流していた。
瞳から絶望も、悲しみも、恋しさも、とめどなく頬を濡らしてゆく。
思わず目を塞いでやりそうになったが……
最期を看取る権利が、この子には、ある。
聖女:
ああ、歌がきこえる。いとし愛児よ、と咲詞を子守歌にしている、
優しい低音が。取り戻したかった、救け出したかった、会いた、かった
ゼノア:
「クッソ……」
聖女:
「ごめん、ね、どうか、生き、て」
エリアス:
ねえ様。私はもう、次期、ではないんです。
──これからこんな別れを、何度私は繰り返し、背負うんだろう。
ゼノア:
「……聖女様とこの子をつれて、下がります。チビ、立てるか」
エリアス:
「そういえば、名は……?」
自失してうつむくその子から聞けることは、何もなさそうだった。
── こどもの回想
聖女:
「あなたのお父様は、あそこにいるの」
こども:
深い森を従える山から、遠くに見下ろす集落。それを眺める母の顔をよく、思い出せない。
聖女:
「お父様はラルウァという民で、家出したから連れ戻されちゃったの。
もう、会えないかもしれないわ」
こども:
「会えない……」
聖女:
「まだ覚えてる? お父様のこと」
こども:
「……ちょっとだけ」
聖女:
「……そう、よね」
こども:
「お母様は、ちがウの?」
聖女:
「え?」
こども:
「お母様は、家出したラル?ア? なの?」
聖女:
「お母様はね、ラルウァではないの。神国というところから家出したのよ」
こども:
「……お母様にはあたしがいるよ! おうちももう、ここでしょ?」
聖女:
「そのとおり。あなたにも、お母様がいるわ。だから
このおうちのことは、誰にも話しちゃダメ。
お父様がラルウァだってことも、絶対に誰にも、話しちゃダメ」
こども:
「ふたりだけの、ひみつ!」
お母様を失って、唯一の居場所がなくなってしまった
── 神国の治療院で
ゼノア:
容姿は間違いなく聖女様に似ていたものの、当初のアイツは手負いの獣のようだった。
ゼノア:
「ぜんぜん食いません、コイツ。懐かないし。イッテ! 噛むのは食べ物にしろ! もぉお!」
エリアス:
「う、うーん。言葉もまだ出てこないか……まあ、焦らなくていい。
まずは心を癒さねば、ね。心を癒すには食事が大事だよ。いつまでも輸液に頼れない……」
ゼノア:
「輸液も拒否するので……」
エリアス:
「……仕方ないね。よし。外に出てみようか」
ゼノア:
「えっ、大丈夫でしょうか」
エリアス:
「どうだろう。皆に迷惑をかけるかもしれないが、一度、試させてくれないか」
ゼノア:
「もちろん。あ、御意に」
エリアス:
「ふ、ゼノアがこんなに、かしこまるようになったところ。ねえ様にお見せしたかったな。
ということでキミ。外の空気を吸いに行こう。
母君の聖女様がどんな人だったか、教えてあげる」
── 聖女の生家
エリアス:
「ここが聖女様の生家、暮らしていたところだよ」
こども:
大きくてキレイな建物で、祖母を名乗る人に泣かれ抱きつかれ、
祖父を名乗る人には冷たい目で見下ろされた。
いろいろ聞かれたけれど、もう、嫌だ。
何も信じたくない、聞きたくない。しゃべりたくない。疲れる……
エリアス:
「ほら、姿写真だよ。キミの母君でしょう」
こども:
「……!」
覚えているのよりもずっと若くて綺麗で、凛としたお母様の写真。
ぜんぜん、こんなのお母様じゃない。けど
だめだ、泣くな、声を出すな、見つかっちゃう
エリアス:
「……ごめんね、悲しませてしまったか。
申し訳ありません、おいとま致します。それではまた」
(門前で待機していたゼノアが二人に気付く)
ゼノア:
「……泣かせてしまいましたか」
エリアス:
「予定変更だ、ゼノア。海へいこう!」
ゼノア:
「今から!?」
エリアス:
「今からだ! 手配を頼む」
ゼノア:
「くァア、御意!」
── 海で
ゼノア:
「ほら。これが海だ。見たことは……なさそうだな」
こども:
すごい、お水が青い。ずっとずっと続いてる……
ゼノア:
「待て待て! そのままで入るな、浮き袋をつけてやるからっ!」
こども:
「?」
ゼノア:
「そのままだとお前、沈んで溺れるぞ? よし、行っていい。」
エリアス:
「ありがとう、ゼノア。久しぶりだな、この浜辺」
ゼノア:
「は? 水着……!?」
エリアス:
「私もあの子と遊んでくる。ゼノアも遊ぶか?」
ゼノア:
「私は勤務中ですから!」
エリアス:
「息抜きもしないと父君のように薄くなってしまうぞ?」
ゼノア:
「うるさい!」
エリアス:
「はは! よし、キミ、ゼノアに水をかけて攻撃だ! 私が許す!」
こども:
「!」
ゼノア:
「ああ!?」
エリアス:
『碧下の渦よ、彼を裁け!』
ゼノア:
「おおおおいいいいい!! 聖典術の無駄遣いするな!」
エリアス:
「何を言う、鍛錬だ!」
ゼノア:
「ならば臨むところだ!」
こども:
「……! ふ、あは、」
こども:
その日から少しずつ、声が出せるようになっていった。
眠りにつく度に、悲しい記憶が、抜け落ちていく。
幸せだったこともあったはずだけど、それも一緒にぼやけてゆく。
よく思い出せなくなるのが、母への裏切りと思えて、眠らないよう頑張った日もあった。
怖くて泣いた夜もあった。でも
エリアスさんが、忙しいのにずっと付いていてくれた。
あたしの無茶や、涙を、無理に止めずに。
──お母様と似た気配
エリアス:
「私たちは、死ねば青に還るんだ。」
こども:
「あお、に?」
エリアス:
「そう。この水上都市では土地が貴重だからね。
肉体は燃やし、灰になって空気へ溶け、空へ。
骨は海の中でゆっくりと溶けて、他の生き物を生かす」
こども:
「おかあ、さまも……?」
エリアス:
「あの日、青に還られたよ。つらいときは、空と海にお母様がいるのだと、思い出して」
こども:
「……そらと、うみ……ぅん」
── 数ヶ月後
エリアス:
「しかし、あれからしばらく経つが……なかなか思い出せないものだね」
こども:
「……」
エリアス:
「無理はしなくていい。けれど、そうか、自分の名前も……思い出せないか……」
こども:
「ごめ、なさい」
エリアス:
「謝ることではないんだよ。しかし、そうだな……では思い出すまで、仮の名で呼んでもいいかな?」
こども:
「、ぅん」
エリアス:
「キミの母君はキミを、私の影、すなわち諜報戦闘員に推された。
影としての名を先に、キミへ贈ろう。教育はまだ先になるけれど」
こども:
「…………」
エリアス:
「キミをこれから、……「蝶」。そう呼ぶことにする」
こども:
「ちょう」
エリアス:
「蝶は、心、魂、霊。その化身であると言われている。
キミが忘れようとも、キミの存在、それこそが。
聖女様を含め、キミを大切に思う人たちの、心であり魂であり、証だ。
それをキミが証明し続け、覚えておきなさい」
こども:
「ありがとう、ございます!」
僅かな記憶の中の母が、ふわりと微笑んだ。
── 間
ゼノア:
「あの頃の方が、凶暴ではあったが可愛げがあったな」
蝶:
「ナニ? アタシに病んどけって?」
ゼノア:
「そこまでは言っていないが? もう少し素直さをだな」
蝶:
「アンタ人の事言えるの?」
ゼノア:
「そういうところだぞお前」
蝶:
「アタシの素直さは聖下にしかあげらンないわぁ」
ゼノア:
「ハァ……」
蝶:
「欲しかったら、アンタからさ・き・に。素直になってちょうだい?」
ゼノア:
「……きもちわるいぞ」
蝶:
「フン! アホゼノア! じゃあね!」
ゼノア:
「……だまってりゃそこそこモテるのになあ。
……いや。今更無言のアイツなんて、もっと気持ち悪い、な」
── ラルウァの公祭壇
アルジュナ:
神国との戦いの最中。
父は一瞬の隙をつかれ、忌々しい光に射抜かれた。
敵ながら見事だった。即死。
族長を継ぎ、しばらくしてから生まれた
小さくやわらかい異母兄弟。
生まれた瞬間に、異界の力が比べ物にならぬほど
私たちの身体に流れ込んでくる。
樹から汲み上げられる異界の力を
その身でラルウァに適したものへ変える
なかつぎの、器。けれどそれ以上に大切な
唯一の、年の離れた私の家族。
「次なる器の披露目および
先代ラルヴァテラス様の処刑を行う」
涙を堪えて、鼻に流れたものを飲み下す。
まだ泣いてはならない。
さようなら──にいさん。そして。
「おまえは私が、護るから。私たちの希望の火」
父が繋いだものすべてを、背に背負う。
エリアス:
そして物語は、12年後へ。
◆登場人物◆(兼ね役推奨)
聖女:神国の聖女。エリアスの従姉。この世界の真理に最も近づいた者
男:天然培養。聖女と駆け落ちした先代ラルウァテラス。儚げ美青年
父:アルジュナの父。族長であったもの。大局を常に考えて行動する
アルジュナ:男女不問。幼い頃から覚悟と悔しさの中戦ってきた
エリアス:男女不問。神国の若き聖下。色んな想いを振り払うかのように、原作時より思いつきで行動しがち
ゼノア:男女不問。原作時よりエリアスに振り回され気味。親友感抜けてない
こども:聖女と男の、こども。色んなショックで失語していたが徐々に回復。回復中に健忘が急激に進む
兼役例……
パターン①
・男、エリアス
・父、ゼノア
・聖女、蝶
・こども、アルジュナ
パターン②
・男、父
・ゼノア
・エリアス
・聖女、アルジュナ
・こども、蝶
◆ここから台本◆
聖女:
「どうしてこんなに天然培養なの、この男は……」
男:
「そうかい?」
聖女:
「いい歳して!」
男:
「はっはっはっ」
聖女:
「ほがらかで!」
男:
「うん?」
聖女:
「生活力、皆無!」
男:
「やりかたを教えてもらえたらやるよ?」
聖女:
「わたくしも世話を焼かれていた身だから、わからないわ!」
男:
「あっはっは」
聖女:
「この場所があったからよかったけれど……」
男:
「もうすこし離れた神域はあるけれど、その身重の身体ではね。ここが限界だな」
聖女:
「あなたは、平気なの……?」
男:
「平気……では、なかろうね」
聖女:
「……」
男:
「でもそれより大切だから。キミも覚悟の上、と信じているけれど?」
聖女:
「ええ。身勝手だけれど」
男:
「身勝手はお互い様。ほら、今日は少し冷える。おいで。
────
よしよし。だいぶ大きくなったね、おなか」
聖女:
「これ以上は隠しきれなかったわ」
男:
「お疲れ様でした、聖女様。キミの戦う姿は本当に美しくて好きだったなあ」
聖女:
「また見たい?」
男:
「一生分焼き付けたから大丈夫」
聖女:
「まあもう、難しいでしょうけれど」
男:
「まさか、契ればお互い、チカラが衰えてくるとはね」
聖女:
「背信の罰、なのかしらね……この子は、どう、なのかしら」
男:
「それはもう、男の子が生まれるかしら、女の子が生まれるかしらと
言っているようなものだよ」
聖女:
「ふふっ、なにそれ、なんか違うわよ!」
男:
「どちらにしても、君の故郷で育てる方が良い」
聖女:
「ねぇ、急に話を重くしないでくれる? もう。
わたくしにも帰る場所はないわ。あの状況で駆け落ちだもの。
戦死扱いされているわよ」
男:
「この子の帰る場所を作るのは私たち、か。
あー、現実的に見て、厳しいなぁ。でも……
こうしていられることに、すごく感謝してる」
聖女:
「わたくしは……」
男:
「君が同じ気持ちでなくても構わない。」
私が謝罪すべき相手は全世界。同胞のすべてと、愛しい女性の故郷の人々。
謝罪しても到底許されるものではない。
聖女:
あのとき出逢わなければ。惹かれ合わなければ。きちんと拒めば。
この気持ちを切り捨てられたなら。この男はラルウァテラスのままで、
わたくしはきっと神国の聖女のままでいられた。なのに──
「今を後悔はできないわ。それが……わたくしの弱さであり強さでもあると思う」
男:
「んんーっ! そういうところがたまらなく好きだよ!」
聖女:
「情緒!」
きっとわたくしは、神国で今もっとも、この世の真理に触れているのね。
── ラルウァの公祭壇
アルジュナ:
今代のラルウァテラス様が、役目も同胞もすべて棄てて、逃げ出した。
伯父にあたる、ひとだった。兄さんのような存在だった。
優しくて皆に公平で、どこか透明感というものをもった人だった。
逃げた、と父から聞かされてから数年後。その人はこうして今日、生け捕りにされ。
薬で意識を永劫に奪われ、厳重に拘束され、ただの「器」となった。
そんなでも表情は穏やかなんだな、この人は。
父:
「ラルウァの誓いは固い。
族長として、同胞は必ず守り、裏切った者には罰を下さねばならない。
お前が、継ぐ役目だ」
アルジュナ:
「……はい」
父:
「よし、いい目だ」
アルジュナ:
「異界の神の、次の器は……?」
父:
「おまえの弟か妹になろう。守ってやりなさい。このようなことに、ならないよう」
アルジュナ:
「はい、父さん」
父:
「皆、良いか! 次の器が産まれ次第、先代ラルウァテラス様を処刑する。
ラルウァテラス様の心臓は、鬼の気を以前ほど発していない。
次の器が完成するまで、我々の鬼の加護は弱いままだろう。
けして神国のヤツらに気取られるな。霊石の武器開発と増産に注力せよ。
私も神国との戦いの中、破れるかもしれん。
そのとき、族長を継ぐのはアルジュナとする」
アルジュナ:
「やつらさえ、攻めてこなければ。私たちは静かに干渉せず、暮らしていくのに」
── 異界の神よ 次の器を早くお授けください
その権利も自由も仲間も。惹かれていた人も、愛してくれた人も、奪われる。
私にラルウァテラスの資格があれば。素質があれば。
それさえあれば、同胞をもっと守れるのに。
── なぜ私ではダメなのですか
父:
「嘆くな。おまえには民を束ねる素養がある。それだけでも十分、大したものだ。
おまえの、チカラだ」
アルジュナ:
父も、自分にそう言い聞かせていたのかもしれない。
── ラルウァの森の中
聖女:
「ハァッ、ハァッ、くッ、うっ」
父:
「先代をたぶらかした悪女だ! 確実にしとめよ!」
アルジュナ:
「あれは!? あの女、こどもを抱いて、」
父:
「ラルウァの気配を微弱に感じるな……信じられん、あいつ……」
アルジュナ:
「こどもはどうしますか」
父:
「……ならん。生かすな。始末する」
アルジュナ:
「はい」
男:
──私たちは、自らの気持ちに従うことを決意し、生きているだけ──
──ただ悲しくも、戦争の歴史の中にこの身があるだけだ──
聖女:
憎い。今なら、全盛期の神聖力さえあれば、確実に、この地ごと、滅ぼしてやるのに。
男:
──君は恨むな、世界を。そしてできれば、ラルウァも──
──どうか赦してやってくれないか──
聖女:
「ううっ、……ッ! キャァァぁッ! あ、うぅ…ぐっあ、はぁっ、」
(倒れる聖女の前方から見慣れた閃光)
聖女:
「え……この、ひかり、」
ゼノア:
「聖女様!? 聖女様ではないですか? 生きておられた……!
私です、ゼノアです、聞こえますか! エリアス、従姉君が!」
聖女:
──空が、青い
エリアス:
「ねえ、様? エステラねえ様! 生きて、……ッ、傷、が……
ゼノア、蘇生術を! 各小隊はラルウァを迎え撃て!」
ゼノア:
「クッ、血が、全然止まらない!」
聖女:
「ふ、ふたりとも……、おおきく……なった、のね」
エリアス:
「ダメだっ、ねえ様、動いては! 私も回復術を!」
ゼノア:
せっかくまたお会いできたというのに、この傷では……と思っていたその時。
聖女様の下から、現れたのは
聖女:
「次期、聖下に、お願いです。この子を、あなたの、ッ……影に、してやって……
抗魔力が、強いの。わたくしに、似て」
エリアス:
「似て!? どういう、」
聖女:
「役にたつ、かならず」
エリアス:
幼子は、声をあげずに大粒の涙を流していた。
瞳から絶望も、悲しみも、恋しさも、とめどなく頬を濡らしてゆく。
思わず目を塞いでやりそうになったが……
最期を看取る権利が、この子には、ある。
聖女:
ああ、歌がきこえる。いとし愛児よ、と咲詞を子守歌にしている、
優しい低音が。取り戻したかった、救け出したかった、会いた、かった
ゼノア:
「クッソ……」
聖女:
「ごめん、ね、どうか、生き、て」
エリアス:
ねえ様。私はもう、次期、ではないんです。
──これからこんな別れを、何度私は繰り返し、背負うんだろう。
ゼノア:
「……聖女様とこの子をつれて、下がります。チビ、立てるか」
エリアス:
「そういえば、名は……?」
自失してうつむくその子から聞けることは、何もなさそうだった。
── こどもの回想
聖女:
「あなたのお父様は、あそこにいるの」
こども:
深い森を従える山から、遠くに見下ろす集落。それを眺める母の顔をよく、思い出せない。
聖女:
「お父様はラルウァという民で、家出したから連れ戻されちゃったの。
もう、会えないかもしれないわ」
こども:
「会えない……」
聖女:
「まだ覚えてる? お父様のこと」
こども:
「……ちょっとだけ」
聖女:
「……そう、よね」
こども:
「お母様は、ちがウの?」
聖女:
「え?」
こども:
「お母様は、家出したラル?ア? なの?」
聖女:
「お母様はね、ラルウァではないの。神国というところから家出したのよ」
こども:
「……お母様にはあたしがいるよ! おうちももう、ここでしょ?」
聖女:
「そのとおり。あなたにも、お母様がいるわ。だから
このおうちのことは、誰にも話しちゃダメ。
お父様がラルウァだってことも、絶対に誰にも、話しちゃダメ」
こども:
「ふたりだけの、ひみつ!」
お母様を失って、唯一の居場所がなくなってしまった
── 神国の治療院で
ゼノア:
容姿は間違いなく聖女様に似ていたものの、当初のアイツは手負いの獣のようだった。
ゼノア:
「ぜんぜん食いません、コイツ。懐かないし。イッテ! 噛むのは食べ物にしろ! もぉお!」
エリアス:
「う、うーん。言葉もまだ出てこないか……まあ、焦らなくていい。
まずは心を癒さねば、ね。心を癒すには食事が大事だよ。いつまでも輸液に頼れない……」
ゼノア:
「輸液も拒否するので……」
エリアス:
「……仕方ないね。よし。外に出てみようか」
ゼノア:
「えっ、大丈夫でしょうか」
エリアス:
「どうだろう。皆に迷惑をかけるかもしれないが、一度、試させてくれないか」
ゼノア:
「もちろん。あ、御意に」
エリアス:
「ふ、ゼノアがこんなに、かしこまるようになったところ。ねえ様にお見せしたかったな。
ということでキミ。外の空気を吸いに行こう。
母君の聖女様がどんな人だったか、教えてあげる」
── 聖女の生家
エリアス:
「ここが聖女様の生家、暮らしていたところだよ」
こども:
大きくてキレイな建物で、祖母を名乗る人に泣かれ抱きつかれ、
祖父を名乗る人には冷たい目で見下ろされた。
いろいろ聞かれたけれど、もう、嫌だ。
何も信じたくない、聞きたくない。しゃべりたくない。疲れる……
エリアス:
「ほら、姿写真だよ。キミの母君でしょう」
こども:
「……!」
覚えているのよりもずっと若くて綺麗で、凛としたお母様の写真。
ぜんぜん、こんなのお母様じゃない。けど
だめだ、泣くな、声を出すな、見つかっちゃう
エリアス:
「……ごめんね、悲しませてしまったか。
申し訳ありません、おいとま致します。それではまた」
(門前で待機していたゼノアが二人に気付く)
ゼノア:
「……泣かせてしまいましたか」
エリアス:
「予定変更だ、ゼノア。海へいこう!」
ゼノア:
「今から!?」
エリアス:
「今からだ! 手配を頼む」
ゼノア:
「くァア、御意!」
── 海で
ゼノア:
「ほら。これが海だ。見たことは……なさそうだな」
こども:
すごい、お水が青い。ずっとずっと続いてる……
ゼノア:
「待て待て! そのままで入るな、浮き袋をつけてやるからっ!」
こども:
「?」
ゼノア:
「そのままだとお前、沈んで溺れるぞ? よし、行っていい。」
エリアス:
「ありがとう、ゼノア。久しぶりだな、この浜辺」
ゼノア:
「は? 水着……!?」
エリアス:
「私もあの子と遊んでくる。ゼノアも遊ぶか?」
ゼノア:
「私は勤務中ですから!」
エリアス:
「息抜きもしないと父君のように薄くなってしまうぞ?」
ゼノア:
「うるさい!」
エリアス:
「はは! よし、キミ、ゼノアに水をかけて攻撃だ! 私が許す!」
こども:
「!」
ゼノア:
「ああ!?」
エリアス:
『碧下の渦よ、彼を裁け!』
ゼノア:
「おおおおいいいいい!! 聖典術の無駄遣いするな!」
エリアス:
「何を言う、鍛錬だ!」
ゼノア:
「ならば臨むところだ!」
こども:
「……! ふ、あは、」
こども:
その日から少しずつ、声が出せるようになっていった。
眠りにつく度に、悲しい記憶が、抜け落ちていく。
幸せだったこともあったはずだけど、それも一緒にぼやけてゆく。
よく思い出せなくなるのが、母への裏切りと思えて、眠らないよう頑張った日もあった。
怖くて泣いた夜もあった。でも
エリアスさんが、忙しいのにずっと付いていてくれた。
あたしの無茶や、涙を、無理に止めずに。
──お母様と似た気配
エリアス:
「私たちは、死ねば青に還るんだ。」
こども:
「あお、に?」
エリアス:
「そう。この水上都市では土地が貴重だからね。
肉体は燃やし、灰になって空気へ溶け、空へ。
骨は海の中でゆっくりと溶けて、他の生き物を生かす」
こども:
「おかあ、さまも……?」
エリアス:
「あの日、青に還られたよ。つらいときは、空と海にお母様がいるのだと、思い出して」
こども:
「……そらと、うみ……ぅん」
── 数ヶ月後
エリアス:
「しかし、あれからしばらく経つが……なかなか思い出せないものだね」
こども:
「……」
エリアス:
「無理はしなくていい。けれど、そうか、自分の名前も……思い出せないか……」
こども:
「ごめ、なさい」
エリアス:
「謝ることではないんだよ。しかし、そうだな……では思い出すまで、仮の名で呼んでもいいかな?」
こども:
「、ぅん」
エリアス:
「キミの母君はキミを、私の影、すなわち諜報戦闘員に推された。
影としての名を先に、キミへ贈ろう。教育はまだ先になるけれど」
こども:
「…………」
エリアス:
「キミをこれから、……「蝶」。そう呼ぶことにする」
こども:
「ちょう」
エリアス:
「蝶は、心、魂、霊。その化身であると言われている。
キミが忘れようとも、キミの存在、それこそが。
聖女様を含め、キミを大切に思う人たちの、心であり魂であり、証だ。
それをキミが証明し続け、覚えておきなさい」
こども:
「ありがとう、ございます!」
僅かな記憶の中の母が、ふわりと微笑んだ。
── 間
ゼノア:
「あの頃の方が、凶暴ではあったが可愛げがあったな」
蝶:
「ナニ? アタシに病んどけって?」
ゼノア:
「そこまでは言っていないが? もう少し素直さをだな」
蝶:
「アンタ人の事言えるの?」
ゼノア:
「そういうところだぞお前」
蝶:
「アタシの素直さは聖下にしかあげらンないわぁ」
ゼノア:
「ハァ……」
蝶:
「欲しかったら、アンタからさ・き・に。素直になってちょうだい?」
ゼノア:
「……きもちわるいぞ」
蝶:
「フン! アホゼノア! じゃあね!」
ゼノア:
「……だまってりゃそこそこモテるのになあ。
……いや。今更無言のアイツなんて、もっと気持ち悪い、な」
── ラルウァの公祭壇
アルジュナ:
神国との戦いの最中。
父は一瞬の隙をつかれ、忌々しい光に射抜かれた。
敵ながら見事だった。即死。
族長を継ぎ、しばらくしてから生まれた
小さくやわらかい異母兄弟。
生まれた瞬間に、異界の力が比べ物にならぬほど
私たちの身体に流れ込んでくる。
樹から汲み上げられる異界の力を
その身でラルウァに適したものへ変える
なかつぎの、器。けれどそれ以上に大切な
唯一の、年の離れた私の家族。
「次なる器の披露目および
先代ラルヴァテラス様の処刑を行う」
涙を堪えて、鼻に流れたものを飲み下す。
まだ泣いてはならない。
さようなら──にいさん。そして。
「おまえは私が、護るから。私たちの希望の火」
父が繋いだものすべてを、背に背負う。
エリアス:
そして物語は、12年後へ。
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