鳳月眠人の声劇シナリオ台本

鳳月 眠人

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小説形式(朗読にでもどうぞ)

『共感覚喫茶』① ボイス・シナスタジア0zero

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『3と7の二層フロート』


「いらっしゃいませ、おや、初めての方ですね?」

 白いシャツに暗緑色のカフェエプロン。
 カフェスタイルを着こなす老年の男性が、レトロな雰囲気のカウンターの向こうで目元の皺を優しげに深くした。

「共感覚喫茶って……何ですか? 日替わりメニューが気になって……」

 駅からそう遠くない路地に見つけた喫茶店。その看板に書かれた謎メニューのパワーワードに、気がつけば店の扉をくぐっていたのだ。【9時肉のG線上のアリアパスタ】──訳が分からなすぎる。

「ああ、すみません。日替わりはランチタイムのメニューでして、今は準備中なんですよ」

 どうやら少々入店時間が早かったらしい。
 しかしやはり、G線上のアリアパスタが気になる。何かのブランドだろうか? そして9時肉とは何なのか。鯨というわけでもあるまい。そんな表記間違いはしないだろう、手書きだったし。

「今日は1日休暇なので、居座ってもいいですか?」

「それは是非、どうぞごゆっくり。そうですね、初めてでしたらドリンクからお試しになるといいでしょう。丹優ちゃん、お願いできるかな」

「ハイ! ドリンクのご注文ですね?」

 ″にゆちゃん″と呼ばれた女性店員は、他の客との談話を終わらせて厨房に戻ってきた。老年のマスターと同じカフェスタイルに、可愛らしいレースの付いた三角巾をしている。

「今日は暑いので、そうですね、『3と7の二層フロート』なんてどうでしょう?」

 またもや謎メニュー。訳のわからなさが非常に気になる。

「じゃあそれをお願いします」

「かしこまりました」

 にっこりと微笑んだ丹優ちゃんはグラスを用意して、ジュースサーバーへ向かう。コルクが倒されると、1センチぐらいの大きさの、半透明な数字の3がどばどばと出てきた。
 なんだあれは。柔らかいのか。……なんなんだあれは。

 丹優ちゃんはグラスの半分を3で満たした後、グラスの内側をサーバーにつけて、今度は数字の7をそっと注ぎ始めた。7には炭酸ガスが注入されているのか、シュワシュワと泡立っている。

 衝撃的な光景を茫然として眺める。
 3と7は混ざることなくグラスの中で二層に分かれ、氷が浮かべられると、その上にバニラアイスらしきものが乗せられた。氷やアイスは普通なんだな……

 不思議なツートーンカラーのフロートは、シンプルなコースターの上にことりと置かれて提供された。

「お待たせしました」

「あ、いただき……めす、噛んだ。いただき、ます」

 動揺して噛んだのを誤魔化しつつ、恐る恐るストローに唇をつけ、吸う。底の方の3が次々に口のなかに入ってきて、ほのかな甘さが舌を撫でていった。

「数字って……飲めるんですね……?」

「最初は皆さん、そうおっしゃられます」

 ランチの準備をすすめるマスターは楽しそうに笑う。
 頭の中はまだ混乱しながらも、アイスをつついて7に混ぜて、爽やかな炭酸を喉へと通す。

「不思議な味ですが、確かに美味しい。3って甘いんですね……7はなんか、コーラみたいな感じだ」

「なるほど、お客様の味覚では3と7はそのような味なのですね」

「え?」

 マスターの思わぬ言葉に疑問を返す。

「人によって見える色も味も違うんですよ。不思議でしょう?」

 丹優ちゃんがきらきらとした瞳で笑った。
 その奥でマスターは落ち着いた声音で付け加える。

「『赤』という色が、人類皆、同じ『赤』に見えてはいないのと似たようなものでしょうか。認識が違えば、感覚も変わるというわけです」

 ……どうしよう。マスターの言っていることが本格的に分からない。
 思った以上の不思議空間だぞここは……


「折角の飽食の時代、現代人はもっと味わわなければ。ながら食いなど、非常にもったいない。
 音を嗅ぎ、香りを聴き、形を味わい、色彩をすする。ここは、それを叶えるカフェなのです」

 マスターは微笑んでそう言いながら、客の入店を報せるドアチャイムの音をトングで採取した。そしてそれは千切ったレタスよろしくザルにいれられ、流水でチャリチャリと洗われていた。
 
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