鳳月眠人の声劇シナリオ台本

鳳月 眠人

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シリアス

『サイコバイオティクス病棟刑務所』(不問1 朗読)

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 『サイコバイオティクス』という言葉をご存じだろうか。
 簡単に言えば、『人の感情や行動に作用しうる腸内細菌』のことである。

 脳の思考回路が腸の中の細菌によって左右されるだなんて馬鹿馬鹿しい、と思う方もおられるかもしれない。

 しかし実際、特定の腸内細菌の出す毒素が自閉症の原因になっている可能性は、既に研究により示唆されている。
 脳から腸へと伸びる長い長い迷走神経は、腸内環境を敏感に感じとり、脳に影響を与えているのだ。

 現代科学において『腸脳相関』とか『脳-腸-微生物相関』とか言う言葉が提言されるほどに、現在注目されている分野なのである。


 さて、これはそのサイコバイオティクス研究が進んだ、今より少し未来の話。


 犯罪者の殆どは『再発防止の支援団体が必要』『癖を根性で徹底的に直すしかない』『責任能力のない精神疾患者は罰することができない』と考えられていた時代より少し先の、令和以降のお話だ。



* * *



「本日より入所の皆さん、お早うございます。早速ですがこちらの施設の説明を致します。きちんと聞いていただけると思っておりませんので、どうぞ聞き流してください」


 なんだこいつは。最初に俺が思ったことはそれだった。

 明け透けで拍子抜けするような、本来の要望と真逆であろう言葉。それは時に怒りよりも傾聴を誘導する。嘲りの一切ない真面目な声音も相まって、騒がしかった室内はものの数秒で静かになった。

 白衣に身を包んだカウンセラーは動じずに淡々と言葉を紡ぐ。

「我々のはらわたには平均100兆個の、様々な種類の腸内細菌が住んでいます。しかし入所する皆さんの腸内細菌は揃って必ず、非常に数が乏しい。種類も少なくしかも偏っている。それは何故か? そこの刺青の格好いいお兄さん」

「あぁ?」

 突然指名された刺青の男は凄味のある低い声で唸った。

「何故だと思います?」

 素朴な疑問を口にするような純粋さを瞳に宿し、真顔のままカウンセラーは尚も言葉を重ねる。
 刺青の男はチッと舌打ちしてめんどくさそうに答えた。

「知るかよメンドクセェな。聞き流していいんじゃねぇのかよ」

「私の話よく聞いて下さっているじゃないですか。嬉しいな」

「ふざけてんのかテメェコロスぞ」

 物騒な言葉で苛立ちを隠そうとしない刺青の男に対して、カウンセラーは意外にも、優しく微笑んだ。それはカウンセラーが初めて表情を変えた瞬間だった。

「では答えを申し上げます」

 カウンセラーは初めから答えなど期待していなかったのだろう。考えて真面目に答えを出すようなやつは、少なくともここにはいないのだ。
 塾の講師がするように、カウンセラーは正面のモニターボードに絵を描き図解し始めた。

「腸内細菌が少なく偏っている主な原因は『食生活』と『分娩方法』だと考えられています。昔の定説『犯罪者は家庭環境や日頃の生活に問題がある』というのは間違っていないんですね。食生活が健全でなければ、たちどころに腸内細菌は減り、偏る。必要なエサがなければ当然細菌も絶滅してしまうのです」
 
 図解の内容はギリギリ何となく理解できた。
 俺の頭の問題ではない。カウンセラーの絵が狂気じみた下手さ加減だったからだ。

「また、腸内細菌は母方から自然分娩時にはじめに株分けされ、生後10ヶ月にして一生の腸内細菌の種類がほぼ決まります。自然分娩率や母乳授乳率の低い国の犯罪率が多いのも頷ける話です。様々な種類の菌を腹に飼う為には、適度に汚い環境で育てて、完母でなくとも母乳はやった方が良い」

 受刑入院者を一通りドン引きさせた後、カウンセラーはペンをカタンと置いてひとつ間を置いた。

「現在サイコバイオティクス病棟刑務所の診療科は細かく分けられています」

 依存症科、精神疾患犯罪科、過失無作為科、窃盗横領等科、性犯罪科、傷害殺人科、放火科……
 モニターボードに次々と科が表示されてゆく。

「患者の皆さんはまず、ステロイド治療の後に糞便移植を受けていただきます。その後、手首のタグに記載された罪状に合わせた服薬食事プログラムと社会復帰のリハビリを受けていただきます。お薬はすべて無味無臭で、食事に混ぜられますので完食してください。さて、そのお薬ですが、原料は何だと思いますか? そこの金髪ストレートのお姉さん」

「は? 私? はぁー……聞く気ないクセに振んなよウザ……」

 カウンセラーが指名したのは俺のすぐ近くに座る女。毛の根元に地色の見える金髪の女は溜め息と悪態をつき、小刻みに貧乏ゆすりを始めた。

「……わかんない、ヨーグルトとかじゃないの」

「すばらしい。ほぼほぼ正解です」

 予想外の賞賛に彼女は、えっ、と小さく声を上げて足の動きを止めた。

「原料は正しくは、健康な乳幼児の便から厳選採取した腸内細菌を培養したもの。そこらに出回っているヨーグルトの乳酸菌も、同じ方法で採取培養されたモノなんですよ。これであなた方に足りない菌を補います」

 カウンセラーは、国産ですよと付け足しながら、透明な袋にパッキングされた白い粉末を掲げた。
 マジかよ……国産とかどうでもいい。クソを移植してクソを飲まされるなんて。そういう趣味がない限り、嫌悪感しか沸き上がらないと思うんだが。ヨーグルトと一緒と言われても……

「食事にも漬物とか味噌汁とかキムチとかチーズとか、所謂、善玉菌が含まれる発酵食品が多く出されます。あと食物繊維、野菜とか玄米ですね。最初は不味く感じてイライラするかもしれませんが、すぐ慣れますよ」

 俺はまだ拒絶感が強かったが、先程答えた金髪の女をそっと伺い見ると、ぶすっとしつつも険のない顔になっていた。

「定期検査を行い、腸内環境の数値が正常になれば退院出所となります。早くて3ヶ月程度、長くて4年程。退所の頃にはあなた方は、今とは別人のように考え方が変わり、気持ちが落ち着いていることでしょう。なんせ当施設退所後の再犯率は1%以下ですので」

 【腸内細菌が犯罪を引き起こす】【人類は細菌に操られていた】
 そんなニュースが世界中で広まったのは数十年前だ。その研究結果により、この病棟刑務所が試験的に設立されたらしい。

 だが画期的な『治療受刑』は、予算はかかるものの絶大な効果が認められた。今日こんにちにおいては普通刑務所よりも主流となりつつある。そして世の犯罪率も低下の一途なのだ。
 それもこれもなにもかも、人類が菌に操られている結果……菌と菌の代理戦争なのかもしれないが。


「私どもも治療に最善を尽くしますから、皆様もどうぞご協力お願い致します。……以上でサイコバイオティクス病棟刑務所の説明を終わります」


 話を締めて綺麗な礼をし、白衣を翻して退室する彼女の後に俺は付き従う。
 今日から俺はこのサイコバイオティクス病棟刑務所で、所長カウンセラーの秘書として公務員勤務する。

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