鳳月眠人の声劇シナリオ台本

鳳月 眠人

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ファンタジー

『リノスグランデは夢を見ない』(男1:女1)

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(50分台本 サシ劇)

『リノスグランデは夢を見ない』

       作 / 鳳月 眠人




── プロローグ

ララ:
 崩壊しかけた大地と、契りを交わした皇子がいた。

リノス:
 大結晶の中に眠る、聖なる御子みこ

ララ:
 彼の祈りと、血液が創りだす聖なる壁は──

リノス:
 破滅的な障気を

ララ:
 障気による汚染を

リノス:
 汚染から生まれる害獣を

ララ:
 害獣の引き起こす厄災を

リノス:
 安全な土地を奪おうとする、他国の侵略を。


ララ:
 防ぎ護り、浄化し、あるいは殲滅して

リノス:
 すべてを一手に引き受け、今日も国を守り続ける。

ララ:
 【リノスグランデ】と呼ばれる、生ける要塞兵器。

リノス:
 人柱ひとばしら──

ララ:
 御子みこは今日も、祈り続けている──

リノス:
 そう、祈っている。

ララ:
 実は、起きている。

リノス:
 歳もとらず、何百年も、大地と同化して。

ララ:
 ぶっちゃけ、めっっっっちゃ、暇なのだ。

リノス:
 「誰か、目の前で【漫才】でもしてくれないかなあ……」

ララ:
 と、思うほどに。

リノス:
 これは、魔導的引きこもり皇子と

ララ:
 なんとかして、大結晶の中の、伝説の美少年を微笑ませたい一人の少女の

リノス:
 後世まで語り継がれる

ララ:
 心温まる、ラブコメストーリー。


リノス:
 えっ?

ララ:
 え?

リノス:
 心……温ま、る? ラブコメ?

ララ:
 ウォーミングなラブコメですが?



── 第一章【リノスの視界】

ララ:
 (咳払い)「……よしっ」
 ♪ケセ ガンガン ガンガン ガンガン ガンガン!
 ♪ドュン ドュン ドュン ドュン!
 「どうもー! ララでーす! 本日もよろしくお願いしまーす!」


リノス:
 魔導防壁システム、大結晶『リノスグランデ』の前は今日も騒がしい。
 また、ヤツが……来た。待っていた……!


ララ:
 「ねぇねぇティラノくん。
 (裏声)なんだい、カエルくん?
  お疲れですか?
 (裏声)え? あぁまあ、昨日ちょっとカエルを食べ過ぎてしまったので、食あたりしたかもしれませんね?
  なるほど、そんなときにはこれ。元気の出すぎる飴玉です。ホレ。
  ぱくっ。
 (裏声)コォ~レェ~ハァ~! あらゆる意味でいろいろとヤバイやつゥゥゥウハァァァ!」


リノス:
 なぁんで右手にリアルすぎる肉食獣、左手にゆるキャラみたいな爬虫類なんだ、
 ティラノの方が裏声ってどういうことだよ逆じゃないのか普通は!
 訳が分からん、ネタがアウトすぎるしシュールすぎる。

 ……いつからか、この少女は、暇さえあればここへ来るようになってしまった。
 そして、ビミョーすぎる漫才だのコントだのを見せつけて来る。
 何故だ、何故お前は俺の目の前で、こんなことをする?
 芸人を目指しているのか?
 くそっ、正直、不本意ながら──飽きない……!


ララ:
 「うーん……ハッ、わかった。セクシーさが足りないのかも?」


── ララ、おもむろに服を脱ぎ始める。



リノス:
 はっ? おい、公衆の面前でそんな……ッ?
 って、なんなんだその腹芸は!
 セクシーはどこへ行った、お前の思うセクシーはそんななのか!? 


ララ:
 「ん?……ウソ、あれって……ショッキングブルーパンサーが群れつくってる?」


リノス:
 防壁の外、まだ少し遠くに、青い害獣の群れがあるのを、ララは見つけたようだ。
 ……あいつらは自然に群れなど作らない。
 方角からして……ガミジニア公国の差し金か? 派手に仕掛けてきたな。


ララ:
 「うわあ障煙しょうえんすご! えー、目視できる……やばくない?
 怒涛の勢い……これは……もしかしなくともコッチに突っ込んでくる感じ?
 はっ、なるほど私の相方は……突っ込みは、あんたたちだったのね!」


リノス:
 ボケにどれだけカラダを張るつもりだ!
 ……いや待てそうじゃない。俺の思考までも、すっかり毒されている……


ララ:
 「さあ来ぉぉおい! このツッコミで私はっ! レナトゥス時代の神になるっ!
 世は大かいぞく……ちがった、大喜利時代ぃいっ」


リノス:
 殲滅機構、発動──
 出力レベル4、範囲扇型、3回……で足りるか。


ララ:
 「リノス皇子っ? ねえ、見えてるよね? 今のこの状況、写真で一言ぉぉ!」


リノス:
 ……目の前でぴょんぴょん跳び跳ねているバカは……射程外にいるな。
 安寧の御前みまえに無とせ。
 フェネクシアス要塞魔導 第3節、浄煌プリフィカティオーネ


── 普段は固く閉ざされた、リノスのまぶたが開く。
── それと同時にリノスグランデから、害獣の群れを焼きつく光が放たれた。


ララ:
 「ふ、ぁ」


リノス:
 害獣は……殲滅完了。障気は残るか、まああれだけの群れだとな……



── ぬかるむ地面が、魔導の余波で、汚れた飛沫を高く上げる。



リノス:
 ……大地の深部浄化は、なかなか捗らないな……

 そんな世界を背景に、こちらを振り返っていた少女は、
 陽の光を集めたような色彩の柔らかな髪に、澄みきった青い瞳をしていた。


ララ:
 「き、れい……」


リノス:
 この角度からでは、目線は合わない。
 合わないが、『防壁の感覚』として知覚していた少女を、久しぶりに『己の裸眼』の視界に入れる。

 ……こいつ、変なことしなければ、なかなかの美少女なのに……
 まったく……
 大結晶に引きこもることになった当初は、こんな日常、考えもしなかった。
 再び視界が、黒く閉ざされる──



── リノスの思考は、数百年過去に飛ぶ。
── 第ニ章【墜ちた日から、現在】



リノス:
 「いけません! 兄上は第一継承権を持つお方だ。この国を治める皇帝となられる方だ。
 いつ解除できるとも分からない結界機構の人柱になんて、させられるわけがないでしょう」

 兄上は、現皇后の子ではない。そんな、王族あるあるな事情の中。
 兄上を支持する権力者と、俺を支持する権力者の争いは、熾烈で冷たいものだった。
 俺たち2人の仲の良さなんて、置き去りにして。
 俺は、兄上を支えたかった。複雑な立場でありながら、優しく俺の面倒を見てくれて、
 おごらず努力家で、物事の真価を見抜く力に長けた、誰よりも良き統治者となるであろう、殿下を。

 「一人の臣下として、俺が……、っ私が。こんなときこそ務めを果たします」


(ララ兼役 リノスの妹):
 「おにい、さま? どこいくの……?」


リノス:
 「どこにも行かない。俺はここで、お前を護るよ」

 とある隕石の衝突がきっかけで、汚染され始めた大地。
 急速にこの惑星をむしばみ、悲鳴を上げる世界。
 今このときにも、たくさんの命が朽ち続けている。

 隣の大国はもう、壊滅的だ。汚染の被害はこのフェネクシアス国との境に近い。
 難民が押し寄せている。

 そんな折、国の総力を上げて開発されたのは、
 トクベツな魔力を含む血を持つ者にしか起動できない、魔導装置。
 大地の精霊と契約を交わし、その血をもって聖なる祈りを捧げることで、
 強力な浄化魔法を展開し、あらゆる攻撃をはね除ける要塞を形成できる、シロモノ。

 契約すれば大地の精霊と一体化し──大地の浄化を終えるまで、解除ができない。
 当時、その魔導装置を起動させる条件を持つのは、血液に治癒の能力があり、
 更に大地の精霊に器として認められうる者。兄上と、俺と、まだ幼い妹のみだった。


(ララ兼役 リノスの婚約者):
 「リ、リノス様……っ! そんな、嫌……! わたくしは、わたくしはどうすれば良いのです……!」


リノス:
 「人柱として相応しいのは、俺しかいないだろう」
 支持してくれていた権力者たちを、友を、……婚約者の、腕を。振り切って、歩を進める。

 いいじゃないか。引きこもり、ってやつだ……なんて思って。
 あの時は、いろんな事が──メンドクサイなって。ちょっと疲れたなって、ちょうど思っていた時でもあったから。

 自国を護る、という体裁で日常から逃げた俺は、その罰を償わされるかのように、
 大結晶の中で囚われ、何年も、何年も。祈り続けなければならない羽目になったのだった。

 ホントなかなか、浄化が進まないんだよな。説明書を読む暇もあんまりなかったし、何か不足があったとしても分からない。
 もう、ずいぶん前に、兄上も妹も、開発した魔導師たちも、寿命を終えたから。

 大地の精霊と契約したことで、心も身体も時間感覚がバカみたいに長くなった。
 それでも、やっぱり暇なのだ。とてつもなく暇。真面目にやれって? 飽きるわさすがに~娯楽のひとつもないんだから……

 最初こそ、俺の派閥も、陛下も母上も兄上も妹も、来てくれたさ。限りある資源の中、祭典も催してくれた。
 でも俺は、目を瞑っている。一見、完璧に要塞に取り込まれていて、意思なんて無いように思われているのかもしれない。
 周囲のことも要塞内外のことも、『知覚』できるのに。

 ……知人も血脈も、どんどん俺を忘れていく。言語も文化も、なだらかに移り変わって行く。
 いつしか、要塞防壁の人柱となった、伝説の皇子である俺──すなわち大結晶コアは、
 『リノスグランデ』なんて呼ばれるようになって、自国と周辺国の安寧のシンボルであるとともに、観光地扱いだ。

 はあ、観るだけじゃなくてな……誰か、俺に娯楽を……! 
 拝礼とか祭典とかは、もういいから……誰か目の前で、面白いこと、してくれええ……ちゃんと見えてるから……
 そんなことを思いながら、毎日毎日毎日毎日、務めを果たして昼夜を遠く眺め続けて、幾百年。

 ある日、彼女が……ララが、現れた。
 ファーストエンカウントは、恐らくは彼女のスクールの遠足。
 花のような可憐な見た目と小柄な体型。魔力に満ちた煌めく瞳。
 フェネクシアス国の庇護下に入った、ラウム国の少数民族の特徴を有していた。

 食い入るように、大結晶の中の俺を見てきた、そんな幼い女の子を覚えている。
 それが今や成長して……俺よりも身体の年齢は、もう年上になっただろうに……


ララ:
 「かっっっこいいいいうあああ! 今日はリノス皇子のおめめ開くとこ見れたぁぁぁ!
 超キレイ超カッコイイ超カワイイやばば、はぁあ!
 ショッキングブルーパンサー、あんたたちの死は無駄じゃなかったわ……! GJ!」


リノス:
 グッジョブ! じゃないんだよなあ!
 けれど……機械的なことしかできない俺に、バカみたいに性懲りもなく何年も語りかけてくる彼女の存在に、俺は少し救われている。
 でも、きっとこの日常も、俺にとっては長い刻の中の、ほんの一瞬だ。
 だから俺は──夢は、見ない。見たら、辛くなるのは自分だということを、知っている。



── 第三章【ララの視る世界】


ララ:
 周辺の小国までもぐるりと囲む、長い長い聖なる防壁の、ただ一ヵ所。
 彼を閉じ込める大結晶は、澄んだ水を冷やすことなく固めたみたいな、透明度。
 それが、防壁の内側にしげる背の高い木々を、優に越えてそびえてる。

 リノス皇子に会いに行くために使うのは、観光にも、式典にも、点検にも使われている、
 広くてゆるやかなカーブを描く、壮麗な階段。
 それを登りきると、少し開けた広場になっている。中央に、大結晶のてっぺんが出ていて。

 そこは、リノス皇子が、一番よく見える場所。


(リノス兼役 ララの学校の先生):
 「教科書で学んだとおり。こちらに眠るのが、障気や厄災から我々の暮らしを守り、
 世界を少しずつ浄化してくださっている、リノス皇子だ」


ララ:
 「……皇子様の、煮こごり……?」


(リノス兼役 ララの学校の先生):
 「うーん、ララの発想力には度肝を抜かれるなあ」


ララ:
 「超キレー……超カッコイイ……」

 夜色の髪が神秘的。整ったお顔はお人形さんみたい。
 美しい装飾の衣装は当時のままで……昔の人なんだって、すぐわかる。 

 ……この綺麗な人は、どんな色の瞳? そこまでは教科書に書いてなかった。
 祈るって、どんなことを祈ってるの? 
 目を開けたら、笑ったら、怒ったら。どんなカオをするの?

 こんな所に、飾られるように何百年も煮こごりにされて……
 寂しくない? 退屈じゃ、ないの? 怖くないの──? 

 私は、あの時──怖かった。悲しかった。狭くて、息ができなかったよ。

 皇子に問いかけるように、まじまじと覗き込む。
 答えはもちろん、返らない。


ララ:
 その存在が気になって気になって、けれど名残惜しくも見学の時間は終わって。
 ──その帰り。昇ってきた階段をちょうど降りきったところで、空間が震えた。

 振り返ったら、大結晶が──というより、リノス皇子のいるてっぺん辺りが、眩しい光を放っていた。
 光は大結晶の中で屈折して、激しく不思議な七彩に煌めいて。

 ドン、と大きな音が鳴った。
 大結晶は橙色の大きな光の環を空中に描いて、そのあと同じ色の光を直線的に何度も放った。
 ソレは、敵国からの侵攻魔砲弾を打ち落としていたんだって、後から知った。

 光は防壁の外を焼いて、周辺の汚染された空気を、ついでのように浄化した。
 防壁のコッチ側でも、なんだか息がしやすくなった気がした。

 神秘的で、畏怖すら感じる神々しい光景を瞳に写して、みんなぽかんと口を開けていた。
 だから、こんなことを考えていたのは私だけだっただろう。

 脳裏によぎる、美しい彼の姿。
 閉じ込められて、自分の役目を、ただ全うする彼のことが。
 あの時は、自分よりも見た目が、ずいぶんお兄ちゃんだった彼の存在に。

 悲しくてつらくて、そして胸を締め付けられるような──けれど熱く焦げるような、何かを感じて。

 煮こごりから少しでも早く、出してあげよう。
 私の出来ることを、彼のために、しよう。

 あの眠っているようなお顔が……ちょっとでも微笑んでくれたら……
 どんなに素敵かな、すごくカッコイイんだろうなぁ……
 そう思った。

 だから私は今日も、学院での魔導研究が一区切りしたら、彼に笑いのアタックをしかけに行く。

 ……あの日から、もう十歳も歳をとっちゃった。
 今日も、リノス皇子はカッコイイ……いやもうホント、美しい。

 どうにかして、ちょっぴり! 微笑ませるだけでも!
 そんな意地になっちゃってる感はある。否めない。
 なのに笑わせる作戦は、未だにぜーんぜん成功してない。私ってそんなに笑いのセンスないかな……

 対して、熱意だけはあるから私、魔導の腕はなかなか。
 大地の大規模浄化魔導式も、次の学術発表会で論文として出せそうだし……
 これで、少しでもリノス皇子の負担を軽減させられれば……

 暗いどどめ色の、不気味な障気と汚臭に満ちた世界と、美しい街並みとの境界で。
 夕陽が染めていた空を、夜が塗りかえていく。
 浄化されたての気持ちいい風が、ふわりと私の髪をさらって、防壁の中の夕闇に溶けた。

 ひととおり今日のネタを終えた私は、大結晶にもたれかかって腰かけて、一息つく。
 お気に入りの装丁のノートとペンケースを鞄から取り出して、書き綴る。


ララ:
 「──むーん。リノス皇子は魔導行使時にのみ、夕焼け色の、おめめを開く……
 やっぱり結晶力場けっしょうりきば内の霊子密度が、
 一気に上昇したあとほぼゼロになるのと関係あるのかな……ってことは……」

 「私も魔導で、ココに害獣をけしかけてみる……? なんてね。そんな事したら捕まっちゃう……
 いやまって、害獣に芸を教え込ませてっていうのはどうだろ……?
 ピッキーパウスが目の前でモノボケしたらめちゃくちゃアツいんじゃない?
 ズドォンの即笑クリアでは……?
 浄化術式の第二段階から変形させて、腐蝕エネルギー操作の導式へ持っていけば……」

 私は唇に指先を当ててブツブツ言いながら、考えを巡らせていた。
 友達に『ララってそういうのさえなければね~』なんて言われるやつだ。うん、知ってるぅ。

 ともかく、そんな、時だった──



── 第四章【憧憬と、重なる】


リノス:
 ああもう限界だ。

 『おい ピッキーパウスにモノボケ芸なんかできるわけがないだろう 声芸ならまだしも』

 ララの前に、思った通りの言葉が、光の文字となって浮かぶ。
 魔導筆記が、できた……? コア化していてもできるもんなのか! もっと早くに使っていれば……!


ララ:
 「……えっ? なにこれ? 誰の魔導筆記?」

リノス:
 『もう夜も更ける く帰れ』


── ララ、周囲を見渡すが、自分の他に人はいない。


ララ:
 「誰も、いないよね……?
 まさか……うそ、ホントに……? リノス皇子がこれを!?」


── 興奮気味に大結晶を振り返るララ。
── 中の美少年の様子はいつもと変わらず、反応はない。
── ララは不敬にも大結晶を拳でゴンゴンと叩く。


ララ:
 「言語がビミョーに古いからバレバレ! やっぱり常時、視覚も聴覚もあるんですよね!?」


リノス:
 『騒ぐなら要塞魔導で撃つぞ ララ』


ララ:
 「にゃっ……な、まえ……呼ばれちゃった……」


リノス:
 『気まぐれだ 魔導筆記がここからできることも 俺自身知らなかった』
 『お前のボケに 正論を説きたくて念じていたら 出た』


ララ:
 「は……なるほどこれが愛のあるツッコミ……?」


リノス:
 『汚染に触れるようなことはするな いつも通り 馬鹿だけやってればいい』


ララ:
 「お前が馬鹿をしてる姿は……悪くない……? ほんと!? ん?
 でも腹芸は……やめろ? えーなんでぇ! あっ、逆でしょ!
 ちょっと困っちゃったからだなー? もう! 
 リノス皇子は、おねーさんのセクシーさを前に、目のやり場に困ったんだね!?」


リノス:
 ……こいつ本当に前向きだな……


ララ:
 「無言は肯定と見なすわ!」


リノス:
 ……面倒だな。
 『そうだ 変なものを見せるな』


ララ:
 「あはは! ふふっ! っぷ、はははっ!
 はー……すごい。リノス皇子と、話せてる。
 馬鹿みたいな話してる……どんな、声なのかな……聞きたいな……」

 「直接、聞きたい……」


リノス:
 手のひらのぬくもりと、やわらかで、しかし少し切なさの混じるララの微笑みを、知覚した。
 知覚して──石のように久しく動いていなかった鼓動が、跳ねた気がした。


リノス:
 『ひとつだけ 聞かせろ』
 『お前は芸人を目指しているのか』


ララ:
 「ええっ! 違うよぉ! えー、うーん……
 ん、んー。……私ね? 昔いじめっこに『金華族フルードールだ!』なんて、
 狭いショーケースへ無理矢理入れられて、見世物みたいに閉じ込められたことが何度かあって──」


リノス:
 『  ほう  ?』


ララ:
 「誰かのために飾られるなんて、閉じ込められるなんて……怖い、と思った。
 民族的に、教育で植え付けられた拒否感もあるのかもしれないけど……」

 「私は自由に咲きたい。その時になりたいように、好きなように、誰かの隣で生きたい」

 「……っていう気持ちが強くて……リノス皇子がずっとずぅっと、煮こごりにされてるのが……
 私が、嫌なの。見ていたくない。自由なあなたの、色んな表情がみたい……
 拝礼して感謝するだけじゃなくて、私もあなたの為に、祈りたい。
 でも私は、祈るだけじゃ何も起きないから……」

 「ちょっと! シリアスになっちゃったじゃない! それでね今、当面は、
 リノス皇子をニヤッとだけでもいいから、そこで笑わせたいわけ。
 ねえ、目を開くことができるなら、顔面筋群は大結晶の中でも動かせるのよね?
 やっぱり魔導行使の直前が狙い目?」


リノス:
 『声が大きい! 機密だったらどうする! だあいいち、煮こごりってなんだよ!』


ララ:
 「ま~ぁ! 素人さんのツッコミはぬるいわね~? 誤字ってるしぃ」


リノス:
 こいつ……ッ! クソッ、ツッコミなんかじゃない……ッ!
(笑いを堪える咳払い)
 大結晶の中で、ひく、と頬がつり上がりそうになるのを感じた。
 魔導筆記と声の会話は弾む。気付けば辺りはすっかり夜に包まれていた。



リノス:
 『おい まだいいのか』


ララ:
 「あ、……わあ、今日すっごい長居しちゃったな。さすがに……帰るね」


リノス:
 ────


ララ:
 「じゃっ! 次来れるのは、明後日かな。……また、ね。リノス皇子」


リノス:
 『次は 笑わせて見せろよ 俺を』


ララ:
 「御意に! 拝命しました、皇子!
 ん? …………え? え、いいの? ……あはっ、うん。
 ふふ……嬉しい! ありがとう!」


リノス:
 口許にほんのりとした笑みを浮かべ、俺に手を振るララは、
 星明かりを写し、神秘的に煌めく壮麗な階段を、ふわり、とんとんと、降りてゆく。
 俺はまた、祈りに就く──
 あたたかい気持ちが、胸に宿る。



── 明くる日。学院の研究室でララは、白衣の袖を捲り、机に向かう。



ララ:
 「はぁ……なんだろう、どんどん欲張りになっちゃってる気がする」


リノス:
 『リノス と 呼び捨てで構わない お前にだけ特別に許す』


ララ:
 「なんて魔導筆記されちゃった……
 テンション上がりすぎて心臓爆発するんじゃないかと思ったけど……
 やっぱりリノスの表情は変わらなかったもんなー」

 「文字だけじゃ、変わらない表情じゃ、写真とお話してるみたい。
 あんなに近くにいるのに、届かない……二次元に恋するオタ友の心境がちょっと分かったわ……」



── ララ、装丁の美しいノートを開く。



ララ:
 『平時の浄化範囲は防壁外へ約82・6%、内側へ約15・4%、残り2・0%は謎。うーん、自浄?』
 『リノス皇子は平時に目を閉じているけど、危機察知は何らかの方法で知覚している、はず』
 『リノスグランデ献礼けんれい広場は射程外っぽい。リノス皇子から約ニ馬身半径は攻撃魔導の対象外』



── これまでの、リノス観察記をぱらぱらと送って、最後の白紙へたどり着く。ペンをノートへ走らせる。



ララ:
 『昨日はリノス皇子……いや、リノスが、魔導筆記で話しかけてくれた! 奇跡すぎるやばい』

 「ふふ、はぁ……──あ、ぼおっとしてた、すみません教授、なんて?」



── 研究室へ入ってきた教授は微笑み、しかし呆れるような溜め息をつきつつ、慣れた様子でララに用件を伝える。



ララ:
 「え? ……国家召集ですか、私が? 明日? えーなにそれぇ、急だなぁ」

 今までも、魔導師の表彰とかで召集されたことはあるけど……
 研究の中間発表が認められた? って……
 うーん、なら嬉しいけど……
 スポンサーつけばもうちょっといい魔石使って、もっと確実な魔導式が構築できるかも……
 でも最近、軍がどうとか過激派がどうとか、きな臭いニュースで治安良くないから、あんまり帰国したくないな……

 「んー、国家召集なんて、よっぽどのことがないと拒否できないし。仕方ないですねー」

 あーあ、リノスに明日行くって言っちゃったけど、間に合わなさそ……



── 第五章【あなたの視線】
── ララが最後にリノスの元を訪れてから、5日が過ぎた。



リノス:
 ……今日も来なかったな。駆け出し芸人が。忙しいのだろうか。
 ああーあ。暇だ。もう星廻りなんて覚えきってしまったし……
 夜に害獣駆除をしすぎるのも、民の睡眠の妨げになるだろうし。

 俺からもっと、魔導筆記で他の者にもいろいろと発信すべきだろうか?
 いや……なんだろう。
 あいつと、少しだけ。あの時間だけ楽しめれば……それでいいな。
 ……おかしいな、こんなに入れ込んでいたか?

 とか思っていたら……ちょうど来たな。かなり、夜遅いが……
 久しぶりだ──今日は何を話そう。



── ララは静かに、リノスの前へ立つ。



ララ:
 「リノス……グランデ
 故国ラウムから、明日の朝、あなたを破壊せよと命じられました」



── 強い風がリノスとララの間に吹く。
── 大結晶に映る星灯りが、微かに揺れた。


ララ:
 「テロだよテロ。なんか独立したいんだってさ、
 従国で関税だの庇護税だの、もろもろ制限あるのが嫌なんだって。今更じゃない?
 なんで今? なんで私? ってかんじだよね、リノスのこと、
 好きで調べまくってたのがバレててさー、あだになっちゃった」

 「達成できなければ、研究取り上げの上、幽閉だって。
 あー! なんでまだラウムに国籍置いてたんだろ。失敗した。
 でもね、故郷を……金華の郷きんかのさとを、人質に取られちゃってて
 魔導拘束具まで付けられちゃったよーみてほら、逃げ出したりしたら首と胴体がオサラバってやつよ」

 「もう、ここに来ないと思う。ってかやってもやらなくても私死ぬやつでしょこれ。
 急に来なくなったらさ、心配するでしょ? 防壁内の感知はあんまりできないもんね、リノス」

 「……おーいちょっと、起きてるー? 反応してよ、一人でしゃべってたら痛い子じゃーん。
 なんで……反応ないの? ……あれって、そっか。夢だったのか」



── リノスはただ、言葉を喪っていた。
── ララの突然の凶報に。そして別れの宣告に。
── 何と答えればいいのか、分からずに。



リノス:
 『 現フェネクシアス皇王こうおうは何してる 』


ララ:
 「! あ、リノ、ス……」


リノス:
 『ラウムの魔鉱石資源は周辺国随一だろう。輸送魔導技術も他国を牽引している。
 優位に立てないわけがない、フェネクシアスは……』


ララ:
 「逆に……ラウム国にそういう秀でたところがあるから、
 従国扱いなのが気に入らないんだと……思う。そこに浄化魔導がほぼ完成ときたらね……」

 「でも! そんな風に、不満に思ってるのは、軍の上層部とか、一部の富裕層だけだよ!
 ラウムに一番浸透してるのはリノス教だもん」


リノス:
 『……リノス教ってなんだ 初めて聞いたんだが』


ララ:
 「えっ?」


リノス:
 『え?』


ララ:
 「いま、ブフッ、そんなこと、聞く……っ? ぷっは! あははっ! ははははっ!
 はーーーちょっと久しぶりに笑った……やっぱ笑いって大事。
 ……大事だよ。ねえ、最後に笑って?」


リノス:
 『  笑ったら もうお前は来ないだろう』


ララ:
 「笑わなくても来られないよ、もう」


リノス:
 『なんとかしろ お前は自由に  動けるだろうが』
 『まだ 囚われていない』
 『抗ってくれ 頼む』


ララ:
 「……無茶振りしてくるなぁ。
 夜明けには部隊がここに来る……隙を見てやっと転移魔導使って来たけど……
 ッやばッ!」


── 魔導の気配を感じたララは、挨拶を交わす間もなく転移魔導を起動して去ってしまった。



リノス:
 日の出まで……幾刻いくときもない……
 ララ、無事でいてくれ……俺に、できることは……!
 どうすれば、いい……
 刻々と、夜は朝に、領域を奪われてゆく。

 こんなに……夜の明けるのは、早かっただろうか。



── 朝日が大結晶を照らす。



リノス:
 逃げたはずのララは、テロリスト十数人に拘束されて、再び俺の前に現れた。
 身体や衣服に、魔導や暴力でできた……痣や破れがみえる。


ララ:
 「痛ッ、もう! 分かってる、からっ! 離しなさいよ……!」

 首の拘束魔導具が……痛い……きもち、わるい……う、ぅ

 「ッが、がはッ はぁっ、あ、血……?」

 これ、魔力経絡とかぶっ壊して……魔力を強制吸い上げ、してくるタイプの、やつ……?


リノス:
 幽閉する気なんて、こいつらにはない……魔力量の多いララを……爆弾にするつもりか。



── 痺れを切らしたテロリスト幹部は、ララの髪を掴んで乱暴に揺さぶる。



ララ:
 っう、……壊せ……?
 できるわよ……波術式はじゅつしきを何個も、
 大結晶の真上から、組み合わせれば……私なら……割れる。
 でもそんなこと、できない。もし、大結晶を割ったことで防壁魔導がダウンして、崩れてしまえば……

 リノスが永い時間かけて護ってきたものを、台無しになんてさせられない。
 なによりリノスを危険に、晒せない。

ララ:
 請、え……?
 ああ、きっと、リノスなら、私が泣いてたすけて、なんて言ったら、なんとかしてくれるかもしれない。
 でもそんなこと、言えない。
 そんな、だっさい姿、全然笑えない。

 死ぬ、んだな、ここで。
 全然、りのすの、力になれないまま……
 笑った顔も、怒った顔も、見られない、まま……

 迷惑だけ、かけて?



── ララは目線を、先程吐いた血からリノスの方へ上げる。


ララ:
 「あ……」

 リノス、怒って、る。焦ってる。わかる……
 大結晶が振えてる。燃えるような、鮮やかな血の色に煌めいて。



リノス:
 頼む、大地の精霊……! 一度だけ、ほんの数刻でいい。一瞬の間だけ、俺を解放してくれ。
 ……っ、腕、動け、脚……動けよぉ……ッ! クッソ、堅ッい……!
 無理、なのか。こんな、こんな形で、俺のせいで!
 俺が関わったせいで、あいつは殺されるのか?

 あんな、底抜けのバカの瞳が……諦めの、絶望の色で染まってゆく……
 だめ、だ。
 なにがッなんでも! 死ぬ気でッ! 今!
 腕が、脚が片方ぐらい、もげようが!
 ここから、出て……あいつを、ララを……!



── リノスの感情に応じて、激しく振動する大結晶。
── 内側から大きくヒビが入る。砕かれて、ゆく。
── そうして、大結晶の大きな破片は、大きな音を立てて周囲へ飛び散った。


リノス:
 「──ッラ、ラ……!」

 数百年ぶりに空気を吸って出した声は、枯れて全然通らなくて。
 足もふらつく。覚束ない。でもそんなことは今どうでもいい。
 ララの元へ──

 結晶が、コアである俺を取り戻そうとついてくる。
 痛……! チッ、テロ集団の魔弾か。まあいい、俺を狙え!
 飛んでくる攻撃を、無詠唱でいなす。
 ララの周辺を容赦なく始末する。

 うん百年の時の中で、唯一『人』として俺と向き合ってくれたお前を──絶対に死なせない。


ララ:
 「リノ、ス……!」


リノス:
 初めて意識的に合わせる目と目は、互いだけを結ぶ。



── 互いに駆け寄った二人は──
── 隔ての取り払われたリノスとララは、抱き締めあった。


リノス:
 「こんなに……小柄……だったの、か」


ララ:
 「リノスは、引きこもり少年なのに、ちゃんと……男の子、だね。
 こんな……声なんだね。やっと……やっと会えた、すごい……触れられる……」


リノス:
 周囲を覆った結晶は、僅かな時間、俺とララのためだけの空間を作る。

 「じっと、してろ。今、壊す」


ララ:
 「あ、拘束魔導具……? あり、がとう……はぁっは……」

 リノスは首の魔道具に指先を当てた。魔力の繊細なコントロールを感じる……
 少しして、振動を感じると、魔道具は内側から粉砕された。
 解放された、私の金色の魔力が大結晶に溶け込んでゆく。

 リノスはそのまま、大結晶のカケラを握って、自分の掌に傷をつけた。
 癒しの魔力を帯びるといわれる血液が、私の切り傷の一つに垂れる。
 ……体中の傷が癒えていく。痛く、ない。すごい……


リノス:
 「……ララ、外が片付くまで、信じて……待っていてくれ」


ララ:
 「──分かった……ふふ、一緒なら全然、閉じ込められても飾られても、嫌じゃないし怖くない。不思議……
 あのね、リノス……愛してる」



── 幸せそうに微笑むララ。
── リノスはただ彼女を一撫でして、数百年ぶりに微笑んだ。



リノス:
 「……ああ」



── 手を繋いで、ギリギリまで見つめ合う。迫る結晶が顔を覆う。



リノス:
 「……彼の者の刻を凍らせよ──」



── リノスの魔導に、ララの刻が止まる。リノスは再び、祈りを捧げる。


リノス:
 明日が来ると信じて待つ、善き民の為に。生けるものの為に……君が為に。
 巡る季節、とよめく大地に記憶を甦らせん。しずけき雨は不浄を流そう。
 フェネクシアス要塞魔導 第0節、再生レナトゥス

 ああ、そうか。俺の祈りに足りなかったのは、こういう想いだったのかもしれない。


────

リノス:
 俺は、夢を見ない。
 そんな暇は、ないからだ。

 あの日からさらに数百年後。
 先に大結晶から出て数年、政治奔走した俺は、彼女の身体年齢に追いついた。

 「片付いた。待たせたな」

 俺を褒めてくれるだろうか。
 性懲しょうこりなく、笑わせてやるだなんて、言ってくるのだろうか。

 自分まで『伝説の乙女』になってしまってることを知ったら、どんな顔を、するのだろうか。

 ララは今日、凍結魔導から解き放たれる。
 大地の浄化が終わり、他国間戦争の潰えた世界を、どこをみても障気のない青い空を。
 その綺麗な青い瞳に写す。

 でもまずは、あの日の返事をしよう。


リノス:
 「ララ、俺もお前を──、離してやらないから覚悟しろよ」


ララ:
 「……り、の……す? ギガントダックのポールダンスって……
 お尻すごく可愛いと思うんだけど……どう? 笑える?」


リノス:
 「…………俺の……告白ェ……」




── めでたしめでたし! 


添削を手伝ってくれた翔様に感謝を込めて
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