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ファンタジー
『リノスグランデは夢を見ない』(男1:女1)
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(50分台本 サシ劇)
『リノスグランデは夢を見ない』
作 / 鳳月 眠人
── プロローグ
ララ:
崩壊しかけた大地と、契りを交わした皇子がいた。
リノス:
大結晶の中に眠る、聖なる御子。
ララ:
彼の祈りと、血液が創りだす聖なる壁は──
リノス:
破滅的な障気を
ララ:
障気による汚染を
リノス:
汚染から生まれる害獣を
ララ:
害獣の引き起こす厄災を
リノス:
安全な土地を奪おうとする、他国の侵略を。
ララ:
防ぎ護り、浄化し、あるいは殲滅して
リノス:
すべてを一手に引き受け、今日も国を守り続ける。
ララ:
【リノスグランデ】と呼ばれる、生ける要塞兵器。
リノス:
人柱──
ララ:
御子は今日も、祈り続けている──
リノス:
そう、祈っている。
ララ:
実は、起きている。
リノス:
歳もとらず、何百年も、大地と同化して。
ララ:
ぶっちゃけ、めっっっっちゃ、暇なのだ。
リノス:
「誰か、目の前で【漫才】でもしてくれないかなあ……」
ララ:
と、思うほどに。
リノス:
これは、魔導的引きこもり皇子と
ララ:
なんとかして、大結晶の中の、伝説の美少年を微笑ませたい一人の少女の
リノス:
後世まで語り継がれる
ララ:
心温まる、ラブコメストーリー。
リノス:
えっ?
ララ:
え?
リノス:
心……温ま、る? ラブコメ?
ララ:
ウォーミングなラブコメですが?
── 第一章【リノスの視界】
ララ:
(咳払い)「……よしっ」
♪ケセ ガンガン ガンガン ガンガン ガンガン!
♪ドュン ドュン ドュン ドュン!
「どうもー! ララでーす! 本日もよろしくお願いしまーす!」
リノス:
魔導防壁システム、大結晶『リノスグランデ』の前は今日も騒がしい。
また、ヤツが……来た。待っていた……!
ララ:
「ねぇねぇティラノくん。
(裏声)なんだい、カエルくん?
お疲れですか?
(裏声)え? あぁまあ、昨日ちょっとカエルを食べ過ぎてしまったので、食あたりしたかもしれませんね?
なるほど、そんなときにはこれ。元気の出すぎる飴玉です。ホレ。
ぱくっ。
(裏声)コォ~レェ~ハァ~! あらゆる意味でいろいろとヤバイやつゥゥゥウハァァァ!」
リノス:
なぁんで右手にリアルすぎる肉食獣、左手にゆるキャラみたいな爬虫類なんだ、
ティラノの方が裏声ってどういうことだよ逆じゃないのか普通は!
訳が分からん、ネタがアウトすぎるしシュールすぎる。
……いつからか、この少女は、暇さえあればここへ来るようになってしまった。
そして、ビミョーすぎる漫才だのコントだのを見せつけて来る。
何故だ、何故お前は俺の目の前で、こんなことをする?
芸人を目指しているのか?
くそっ、正直、不本意ながら──飽きない……!
ララ:
「うーん……ハッ、わかった。セクシーさが足りないのかも?」
── ララ、おもむろに服を脱ぎ始める。
リノス:
はっ? おい、公衆の面前でそんな……ッ?
って、なんなんだその腹芸は!
セクシーはどこへ行った、お前の思うセクシーはそんななのか!?
ララ:
「ん?……ウソ、あれって……ショッキングブルーパンサーが群れつくってる?」
リノス:
防壁の外、まだ少し遠くに、青い害獣の群れがあるのを、ララは見つけたようだ。
……あいつらは自然に群れなど作らない。
方角からして……ガミジニア公国の差し金か? 派手に仕掛けてきたな。
ララ:
「うわあ障煙すご! えー、目視できる……やばくない?
怒涛の勢い……これは……もしかしなくともコッチに突っ込んでくる感じ?
はっ、なるほど私の相方は……突っ込みは、あんたたちだったのね!」
リノス:
ボケにどれだけカラダを張るつもりだ!
……いや待てそうじゃない。俺の思考までも、すっかり毒されている……
ララ:
「さあ来ぉぉおい! このツッコミで私はっ! レナトゥス時代の神になるっ!
世は大かいぞく……ちがった、大喜利時代ぃいっ」
リノス:
殲滅機構、発動──
出力レベル4、範囲扇型、3回……で足りるか。
ララ:
「リノス皇子っ? ねえ、見えてるよね? 今のこの状況、写真で一言ぉぉ!」
リノス:
……目の前でぴょんぴょん跳び跳ねているバカは……射程外にいるな。
安寧の御前に無と帰せ。
フェネクシアス要塞魔導 第3節、浄煌。
── 普段は固く閉ざされた、リノスのまぶたが開く。
── それと同時にリノスグランデから、害獣の群れを焼きつく光が放たれた。
ララ:
「ふ、ぁ」
リノス:
害獣は……殲滅完了。障気は残るか、まああれだけの群れだとな……
── ぬかるむ地面が、魔導の余波で、汚れた飛沫を高く上げる。
リノス:
……大地の深部浄化は、なかなか捗らないな……
そんな世界を背景に、こちらを振り返っていた少女は、
陽の光を集めたような色彩の柔らかな髪に、澄みきった青い瞳をしていた。
ララ:
「き、れい……」
リノス:
この角度からでは、目線は合わない。
合わないが、『防壁の感覚』として知覚していた少女を、久しぶりに『己の裸眼』の視界に入れる。
……こいつ、変なことしなければ、なかなかの美少女なのに……
まったく……
大結晶に引きこもることになった当初は、こんな日常、考えもしなかった。
再び視界が、黒く閉ざされる──
── リノスの思考は、数百年過去に飛ぶ。
── 第ニ章【墜ちた日から、現在】
リノス:
「いけません! 兄上は第一継承権を持つお方だ。この国を治める皇帝となられる方だ。
いつ解除できるとも分からない結界機構の人柱になんて、させられるわけがないでしょう」
兄上は、現皇后の子ではない。そんな、王族あるあるな事情の中。
兄上を支持する権力者と、俺を支持する権力者の争いは、熾烈で冷たいものだった。
俺たち2人の仲の良さなんて、置き去りにして。
俺は、兄上を支えたかった。複雑な立場でありながら、優しく俺の面倒を見てくれて、
傲らず努力家で、物事の真価を見抜く力に長けた、誰よりも良き統治者となるであろう、殿下を。
「一人の臣下として、俺が……、っ私が。こんなときこそ務めを果たします」
(ララ兼役 リノスの妹):
「おにい、さま? どこいくの……?」
リノス:
「どこにも行かない。俺はここで、お前を護るよ」
とある隕石の衝突がきっかけで、汚染され始めた大地。
急速にこの惑星を蝕み、悲鳴を上げる世界。
今このときにも、たくさんの命が朽ち続けている。
隣の大国はもう、壊滅的だ。汚染の被害はこのフェネクシアス国との境に近い。
難民が押し寄せている。
そんな折、国の総力を上げて開発されたのは、
トクベツな魔力を含む血を持つ者にしか起動できない、魔導装置。
大地の精霊と契約を交わし、その血をもって聖なる祈りを捧げることで、
強力な浄化魔法を展開し、あらゆる攻撃をはね除ける要塞を形成できる、シロモノ。
契約すれば大地の精霊と一体化し──大地の浄化を終えるまで、解除ができない。
当時、その魔導装置を起動させる条件を持つのは、血液に治癒の能力があり、
更に大地の精霊に器として認められうる者。兄上と、俺と、まだ幼い妹のみだった。
(ララ兼役 リノスの婚約者):
「リ、リノス様……っ! そんな、嫌……! わたくしは、わたくしはどうすれば良いのです……!」
リノス:
「人柱として相応しいのは、俺しかいないだろう」
支持してくれていた権力者たちを、友を、……婚約者の、腕を。振り切って、歩を進める。
いいじゃないか。引きこもり、ってやつだ……なんて思って。
あの時は、いろんな事が──メンドクサイなって。ちょっと疲れたなって、ちょうど思っていた時でもあったから。
自国を護る、という体裁で日常から逃げた俺は、その罰を償わされるかのように、
大結晶の中で囚われ、何年も、何年も。祈り続けなければならない羽目になったのだった。
ホントなかなか、浄化が進まないんだよな。説明書を読む暇もあんまりなかったし、何か不足があったとしても分からない。
もう、ずいぶん前に、兄上も妹も、開発した魔導師たちも、寿命を終えたから。
大地の精霊と契約したことで、心も身体も時間感覚がバカみたいに長くなった。
それでも、やっぱり暇なのだ。とてつもなく暇。真面目にやれって? 飽きるわさすがに~娯楽のひとつもないんだから……
最初こそ、俺の派閥も、陛下も母上も兄上も妹も、来てくれたさ。限りある資源の中、祭典も催してくれた。
でも俺は、目を瞑っている。一見、完璧に要塞に取り込まれていて、意思なんて無いように思われているのかもしれない。
周囲のことも要塞内外のことも、『知覚』できるのに。
……知人も血脈も、どんどん俺を忘れていく。言語も文化も、なだらかに移り変わって行く。
いつしか、要塞防壁の人柱となった、伝説の皇子である俺──すなわち大結晶コアは、
『リノスグランデ』なんて呼ばれるようになって、自国と周辺国の安寧のシンボルであるとともに、観光地扱いだ。
はあ、観るだけじゃなくてな……誰か、俺に娯楽を……!
拝礼とか祭典とかは、もういいから……誰か目の前で、面白いこと、してくれええ……ちゃんと見えてるから……
そんなことを思いながら、毎日毎日毎日毎日、務めを果たして昼夜を遠く眺め続けて、幾百年。
ある日、彼女が……ララが、現れた。
ファーストエンカウントは、恐らくは彼女のスクールの遠足。
花のような可憐な見た目と小柄な体型。魔力に満ちた煌めく瞳。
フェネクシアス国の庇護下に入った、ラウム国の少数民族の特徴を有していた。
食い入るように、大結晶の中の俺を見てきた、そんな幼い女の子を覚えている。
それが今や成長して……俺よりも身体の年齢は、もう年上になっただろうに……
ララ:
「かっっっこいいいいうあああ! 今日はリノス皇子のおめめ開くとこ見れたぁぁぁ!
超キレイ超カッコイイ超カワイイやばば、はぁあ!
ショッキングブルーパンサー、あんたたちの死は無駄じゃなかったわ……! GJ!」
リノス:
グッジョブ! じゃないんだよなあ!
けれど……機械的なことしかできない俺に、バカみたいに性懲りもなく何年も語りかけてくる彼女の存在に、俺は少し救われている。
でも、きっとこの日常も、俺にとっては長い刻の中の、ほんの一瞬だ。
だから俺は──夢は、見ない。見たら、辛くなるのは自分だということを、知っている。
── 第三章【ララの視る世界】
ララ:
周辺の小国までもぐるりと囲む、長い長い聖なる防壁の、ただ一ヵ所。
彼を閉じ込める大結晶は、澄んだ水を冷やすことなく固めたみたいな、透明度。
それが、防壁の内側にしげる背の高い木々を、優に越えてそびえてる。
リノス皇子に会いに行くために使うのは、観光にも、式典にも、点検にも使われている、
広くてゆるやかなカーブを描く、壮麗な階段。
それを登りきると、少し開けた広場になっている。中央に、大結晶のてっぺんが出ていて。
そこは、リノス皇子が、一番よく見える場所。
(リノス兼役 ララの学校の先生):
「教科書で学んだとおり。こちらに眠るのが、障気や厄災から我々の暮らしを守り、
世界を少しずつ浄化してくださっている、リノス皇子だ」
ララ:
「……皇子様の、煮こごり……?」
(リノス兼役 ララの学校の先生):
「うーん、ララの発想力には度肝を抜かれるなあ」
ララ:
「超キレー……超カッコイイ……」
夜色の髪が神秘的。整ったお顔はお人形さんみたい。
美しい装飾の衣装は当時のままで……昔の人なんだって、すぐわかる。
……この綺麗な人は、どんな色の瞳? そこまでは教科書に書いてなかった。
祈るって、どんなことを祈ってるの?
目を開けたら、笑ったら、怒ったら。どんなカオをするの?
こんな所に、飾られるように何百年も煮こごりにされて……
寂しくない? 退屈じゃ、ないの? 怖くないの──?
私は、あの時──怖かった。悲しかった。狭くて、息ができなかったよ。
皇子に問いかけるように、まじまじと覗き込む。
答えはもちろん、返らない。
ララ:
その存在が気になって気になって、けれど名残惜しくも見学の時間は終わって。
──その帰り。昇ってきた階段をちょうど降りきったところで、空間が震えた。
振り返ったら、大結晶が──というより、リノス皇子のいるてっぺん辺りが、眩しい光を放っていた。
光は大結晶の中で屈折して、激しく不思議な七彩に煌めいて。
ドン、と大きな音が鳴った。
大結晶は橙色の大きな光の環を空中に描いて、そのあと同じ色の光を直線的に何度も放った。
ソレは、敵国からの侵攻魔砲弾を打ち落としていたんだって、後から知った。
光は防壁の外を焼いて、周辺の汚染された空気を、ついでのように浄化した。
防壁のコッチ側でも、なんだか息がしやすくなった気がした。
神秘的で、畏怖すら感じる神々しい光景を瞳に写して、みんなぽかんと口を開けていた。
だから、こんなことを考えていたのは私だけだっただろう。
脳裏によぎる、美しい彼の姿。
閉じ込められて、自分の役目を、ただ全うする彼のことが。
あの時は、自分よりも見た目が、ずいぶんお兄ちゃんだった彼の存在に。
悲しくてつらくて、そして胸を締め付けられるような──けれど熱く焦げるような、何かを感じて。
煮こごりから少しでも早く、出してあげよう。
私の出来ることを、彼のために、しよう。
あの眠っているようなお顔が……ちょっとでも微笑んでくれたら……
どんなに素敵かな、すごくカッコイイんだろうなぁ……
そう思った。
だから私は今日も、学院での魔導研究が一区切りしたら、彼に笑いのアタックをしかけに行く。
……あの日から、もう十歳も歳をとっちゃった。
今日も、リノス皇子はカッコイイ……いやもうホント、美しい。
どうにかして、ちょっぴり! 微笑ませるだけでも!
そんな意地になっちゃってる感はある。否めない。
なのに笑わせる作戦は、未だにぜーんぜん成功してない。私ってそんなに笑いのセンスないかな……
対して、熱意だけはあるから私、魔導の腕はなかなか。
大地の大規模浄化魔導式も、次の学術発表会で論文として出せそうだし……
これで、少しでもリノス皇子の負担を軽減させられれば……
暗いどどめ色の、不気味な障気と汚臭に満ちた世界と、美しい街並みとの境界で。
夕陽が染めていた空を、夜が塗りかえていく。
浄化されたての気持ちいい風が、ふわりと私の髪をさらって、防壁の中の夕闇に溶けた。
ひととおり今日のネタを終えた私は、大結晶にもたれかかって腰かけて、一息つく。
お気に入りの装丁のノートとペンケースを鞄から取り出して、書き綴る。
ララ:
「──むーん。リノス皇子は魔導行使時にのみ、夕焼け色の、おめめを開く……
やっぱり結晶力場内の霊子密度が、
一気に上昇したあとほぼゼロになるのと関係あるのかな……ってことは……」
「私も魔導で、ココに害獣をけしかけてみる……? なんてね。そんな事したら捕まっちゃう……
いやまって、害獣に芸を教え込ませてっていうのはどうだろ……?
ピッキーパウスが目の前でモノボケしたらめちゃくちゃアツいんじゃない?
ズドォンの即笑クリアでは……?
浄化術式の第二段階から変形させて、腐蝕エネルギー操作の導式へ持っていけば……」
私は唇に指先を当ててブツブツ言いながら、考えを巡らせていた。
友達に『ララってそういうのさえなければね~』なんて言われるやつだ。うん、知ってるぅ。
ともかく、そんな、時だった──
── 第四章【憧憬と、重なる】
リノス:
ああもう限界だ。
『おい ピッキーパウスにモノボケ芸なんかできるわけがないだろう 声芸ならまだしも』
ララの前に、思った通りの言葉が、光の文字となって浮かぶ。
魔導筆記が、できた……? コア化していてもできるもんなのか! もっと早くに使っていれば……!
ララ:
「……えっ? なにこれ? 誰の魔導筆記?」
リノス:
『もう夜も更ける 疾く帰れ』
── ララ、周囲を見渡すが、自分の他に人はいない。
ララ:
「誰も、いないよね……?
まさか……うそ、ホントに……? リノス皇子がこれを!?」
── 興奮気味に大結晶を振り返るララ。
── 中の美少年の様子はいつもと変わらず、反応はない。
── ララは不敬にも大結晶を拳でゴンゴンと叩く。
ララ:
「言語がビミョーに古いからバレバレ! やっぱり常時、視覚も聴覚もあるんですよね!?」
リノス:
『騒ぐなら要塞魔導で撃つぞ ララ』
ララ:
「にゃっ……な、まえ……呼ばれちゃった……」
リノス:
『気まぐれだ 魔導筆記がここからできることも 俺自身知らなかった』
『お前のボケに 正論を説きたくて念じていたら 出た』
ララ:
「は……なるほどこれが愛のあるツッコミ……?」
リノス:
『汚染に触れるようなことはするな いつも通り 馬鹿だけやってればいい』
ララ:
「お前が馬鹿をしてる姿は……悪くない……? ほんと!? ん?
でも腹芸は……やめろ? えーなんでぇ! あっ、逆でしょ!
ちょっと困っちゃったからだなー? もう!
リノス皇子は、おねーさんのセクシーさを前に、目のやり場に困ったんだね!?」
リノス:
……こいつ本当に前向きだな……
ララ:
「無言は肯定と見なすわ!」
リノス:
……面倒だな。
『そうだ 変なものを見せるな』
ララ:
「あはは! ふふっ! っぷ、はははっ!
はー……すごい。リノス皇子と、話せてる。
馬鹿みたいな話してる……どんな、声なのかな……聞きたいな……」
「直接、聞きたい……」
リノス:
手のひらのぬくもりと、やわらかで、しかし少し切なさの混じるララの微笑みを、知覚した。
知覚して──石のように久しく動いていなかった鼓動が、跳ねた気がした。
リノス:
『ひとつだけ 聞かせろ』
『お前は芸人を目指しているのか』
ララ:
「ええっ! 違うよぉ! えー、うーん……
ん、んー。……私ね? 昔いじめっこに『金華族だ!』なんて、
狭いショーケースへ無理矢理入れられて、見世物みたいに閉じ込められたことが何度かあって──」
リノス:
『 ほう ?』
ララ:
「誰かのために飾られるなんて、閉じ込められるなんて……怖い、と思った。
民族的に、教育で植え付けられた拒否感もあるのかもしれないけど……」
「私は自由に咲きたい。その時になりたいように、好きなように、誰かの隣で生きたい」
「……っていう気持ちが強くて……リノス皇子がずっとずぅっと、煮こごりにされてるのが……
私が、嫌なの。見ていたくない。自由なあなたの、色んな表情がみたい……
拝礼して感謝するだけじゃなくて、私もあなたの為に、祈りたい。
でも私は、祈るだけじゃ何も起きないから……」
「ちょっと! シリアスになっちゃったじゃない! それでね今、当面は、
リノス皇子をニヤッとだけでもいいから、そこで笑わせたいわけ。
ねえ、目を開くことができるなら、顔面筋群は大結晶の中でも動かせるのよね?
やっぱり魔導行使の直前が狙い目?」
リノス:
『声が大きい! 機密だったらどうする! だあいいち、煮こごりってなんだよ!』
ララ:
「ま~ぁ! 素人さんのツッコミはぬるいわね~? 誤字ってるしぃ」
リノス:
こいつ……ッ! クソッ、ツッコミなんかじゃない……ッ!
(笑いを堪える咳払い)
大結晶の中で、ひく、と頬がつり上がりそうになるのを感じた。
魔導筆記と声の会話は弾む。気付けば辺りはすっかり夜に包まれていた。
リノス:
『おい まだいいのか』
ララ:
「あ、……わあ、今日すっごい長居しちゃったな。さすがに……帰るね」
リノス:
────
ララ:
「じゃっ! 次来れるのは、明後日かな。……また、ね。リノス皇子」
リノス:
『次は 笑わせて見せろよ 俺を』
ララ:
「御意に! 拝命しました、皇子!
ん? …………え? え、いいの? ……あはっ、うん。
ふふ……嬉しい! ありがとう!」
リノス:
口許にほんのりとした笑みを浮かべ、俺に手を振るララは、
星明かりを写し、神秘的に煌めく壮麗な階段を、ふわり、とんとんと、降りてゆく。
俺はまた、祈りに就く──
あたたかい気持ちが、胸に宿る。
── 明くる日。学院の研究室でララは、白衣の袖を捲り、机に向かう。
ララ:
「はぁ……なんだろう、どんどん欲張りになっちゃってる気がする」
リノス:
『リノス と 呼び捨てで構わない お前にだけ特別に許す』
ララ:
「なんて魔導筆記されちゃった……
テンション上がりすぎて心臓爆発するんじゃないかと思ったけど……
やっぱりリノスの表情は変わらなかったもんなー」
「文字だけじゃ、変わらない表情じゃ、写真とお話してるみたい。
あんなに近くにいるのに、届かない……二次元に恋するオタ友の心境がちょっと分かったわ……」
── ララ、装丁の美しいノートを開く。
ララ:
『平時の浄化範囲は防壁外へ約82・6%、内側へ約15・4%、残り2・0%は謎。うーん、自浄?』
『リノス皇子は平時に目を閉じているけど、危機察知は何らかの方法で知覚している、はず』
『リノスグランデ献礼広場は射程外っぽい。リノス皇子から約ニ馬身半径は攻撃魔導の対象外』
── これまでの、リノス観察記をぱらぱらと送って、最後の白紙へたどり着く。ペンをノートへ走らせる。
ララ:
『昨日はリノス皇子……いや、リノスが、魔導筆記で話しかけてくれた! 奇跡すぎるやばい』
「ふふ、はぁ……──あ、ぼおっとしてた、すみません教授、なんて?」
── 研究室へ入ってきた教授は微笑み、しかし呆れるような溜め息をつきつつ、慣れた様子でララに用件を伝える。
ララ:
「え? ……国家召集ですか、私が? 明日? えーなにそれぇ、急だなぁ」
今までも、魔導師の表彰とかで召集されたことはあるけど……
研究の中間発表が認められた? って……
うーん、なら嬉しいけど……
スポンサーつけばもうちょっといい魔石使って、もっと確実な魔導式が構築できるかも……
でも最近、軍がどうとか過激派がどうとか、きな臭いニュースで治安良くないから、あんまり帰国したくないな……
「んー、国家召集なんて、よっぽどのことがないと拒否できないし。仕方ないですねー」
あーあ、リノスに明日行くって言っちゃったけど、間に合わなさそ……
── 第五章【あなたの視線】
── ララが最後にリノスの元を訪れてから、5日が過ぎた。
リノス:
……今日も来なかったな。駆け出し芸人が。忙しいのだろうか。
ああーあ。暇だ。もう星廻りなんて覚えきってしまったし……
夜に害獣駆除をしすぎるのも、民の睡眠の妨げになるだろうし。
俺からもっと、魔導筆記で他の者にもいろいろと発信すべきだろうか?
いや……なんだろう。
あいつと、少しだけ。あの時間だけ楽しめれば……それでいいな。
……おかしいな、こんなに入れ込んでいたか?
とか思っていたら……ちょうど来たな。かなり、夜遅いが……
久しぶりだ──今日は何を話そう。
── ララは静かに、リノスの前へ立つ。
ララ:
「リノス……グランデ
故国ラウムから、明日の朝、あなたを破壊せよと命じられました」
── 強い風がリノスとララの間に吹く。
── 大結晶に映る星灯りが、微かに揺れた。
ララ:
「テロだよテロ。なんか独立したいんだってさ、
従国で関税だの庇護税だの、もろもろ制限あるのが嫌なんだって。今更じゃない?
なんで今? なんで私? ってかんじだよね、リノスのこと、
好きで調べまくってたのがバレててさー、仇になっちゃった」
「達成できなければ、研究取り上げの上、幽閉だって。
あー! なんでまだラウムに国籍置いてたんだろ。失敗した。
でもね、故郷を……金華の郷を、人質に取られちゃってて
魔導拘束具まで付けられちゃったよーみてほら、逃げ出したりしたら首と胴体がオサラバってやつよ」
「もう、ここに来ないと思う。ってかやってもやらなくても私死ぬやつでしょこれ。
急に来なくなったらさ、心配するでしょ? 防壁内の感知はあんまりできないもんね、リノス」
「……おーいちょっと、起きてるー? 反応してよ、一人でしゃべってたら痛い子じゃーん。
なんで……反応ないの? ……あれって、そっか。夢だったのか」
── リノスはただ、言葉を喪っていた。
── ララの突然の凶報に。そして別れの宣告に。
── 何と答えればいいのか、分からずに。
リノス:
『 現フェネクシアス皇王は何してる 』
ララ:
「! あ、リノ、ス……」
リノス:
『ラウムの魔鉱石資源は周辺国随一だろう。輸送魔導技術も他国を牽引している。
優位に立てないわけがない、フェネクシアスは……』
ララ:
「逆に……ラウム国にそういう秀でたところがあるから、
従国扱いなのが気に入らないんだと……思う。そこに浄化魔導がほぼ完成ときたらね……」
「でも! そんな風に、不満に思ってるのは、軍の上層部とか、一部の富裕層だけだよ!
ラウムに一番浸透してるのはリノス教だもん」
リノス:
『……リノス教ってなんだ 初めて聞いたんだが』
ララ:
「えっ?」
リノス:
『え?』
ララ:
「いま、ブフッ、そんなこと、聞く……っ? ぷっは! あははっ! ははははっ!
はーーーちょっと久しぶりに笑った……やっぱ笑いって大事。
……大事だよ。ねえ、最後に笑って?」
リノス:
『 笑ったら もうお前は来ないだろう』
ララ:
「笑わなくても来られないよ、もう」
リノス:
『なんとかしろ お前は自由に 動けるだろうが』
『まだ 囚われていない』
『抗ってくれ 頼む』
ララ:
「……無茶振りしてくるなぁ。
夜明けには部隊がここに来る……隙を見てやっと転移魔導使って来たけど……
ッやばッ!」
── 魔導の気配を感じたララは、挨拶を交わす間もなく転移魔導を起動して去ってしまった。
リノス:
日の出まで……幾刻もない……
ララ、無事でいてくれ……俺に、できることは……!
どうすれば、いい……
刻々と、夜は朝に、領域を奪われてゆく。
こんなに……夜の明けるのは、早かっただろうか。
── 朝日が大結晶を照らす。
リノス:
逃げたはずのララは、テロリスト十数人に拘束されて、再び俺の前に現れた。
身体や衣服に、魔導や暴力でできた……痣や破れがみえる。
ララ:
「痛ッ、もう! 分かってる、からっ! 離しなさいよ……!」
首の拘束魔導具が……痛い……きもち、わるい……う、ぅ
「ッが、がはッ はぁっ、あ、血……?」
これ、魔力経絡とかぶっ壊して……魔力を強制吸い上げ、してくるタイプの、やつ……?
リノス:
幽閉する気なんて、こいつらにはない……魔力量の多いララを……爆弾にするつもりか。
── 痺れを切らしたテロリスト幹部は、ララの髪を掴んで乱暴に揺さぶる。
ララ:
っう、……壊せ……?
できるわよ……波術式を何個も、
大結晶の真上から、組み合わせれば……私なら……割れる。
でもそんなこと、できない。もし、大結晶を割ったことで防壁魔導がダウンして、崩れてしまえば……
リノスが永い時間かけて護ってきたものを、台無しになんてさせられない。
なによりリノスを危険に、晒せない。
ララ:
請、え……?
ああ、きっと、リノスなら、私が泣いてたすけて、なんて言ったら、なんとかしてくれるかもしれない。
でもそんなこと、言えない。
そんな、だっさい姿、全然笑えない。
死ぬ、んだな、ここで。
全然、りのすの、力になれないまま……
笑った顔も、怒った顔も、見られない、まま……
迷惑だけ、かけて?
── ララは目線を、先程吐いた血からリノスの方へ上げる。
ララ:
「あ……」
リノス、怒って、る。焦ってる。わかる……
大結晶が振えてる。燃えるような、鮮やかな血の色に煌めいて。
リノス:
頼む、大地の精霊……! 一度だけ、ほんの数刻でいい。一瞬の間だけ、俺を解放してくれ。
……っ、腕、動け、脚……動けよぉ……ッ! クッソ、堅ッい……!
無理、なのか。こんな、こんな形で、俺のせいで!
俺が関わったせいで、あいつは殺されるのか?
あんな、底抜けのバカの瞳が……諦めの、絶望の色で染まってゆく……
だめ、だ。
なにがッなんでも! 死ぬ気でッ! 今!
腕が、脚が片方ぐらい、もげようが!
ここから、出て……あいつを、ララを……!
── リノスの感情に応じて、激しく振動する大結晶。
── 内側から大きくヒビが入る。砕かれて、ゆく。
── そうして、大結晶の大きな破片は、大きな音を立てて周囲へ飛び散った。
リノス:
「──ッラ、ラ……!」
数百年ぶりに空気を吸って出した声は、枯れて全然通らなくて。
足もふらつく。覚束ない。でもそんなことは今どうでもいい。
ララの元へ──
結晶が、コアである俺を取り戻そうとついてくる。
痛……! チッ、テロ集団の魔弾か。まあいい、俺を狙え!
飛んでくる攻撃を、無詠唱でいなす。
ララの周辺を容赦なく始末する。
うん百年の時の中で、唯一『人』として俺と向き合ってくれたお前を──絶対に死なせない。
ララ:
「リノ、ス……!」
リノス:
初めて意識的に合わせる目と目は、互いだけを結ぶ。
── 互いに駆け寄った二人は──
── 隔ての取り払われたリノスとララは、抱き締めあった。
リノス:
「こんなに……小柄……だったの、か」
ララ:
「リノスは、引きこもり少年なのに、ちゃんと……男の子、だね。
こんな……声なんだね。やっと……やっと会えた、すごい……触れられる……」
リノス:
周囲を覆った結晶は、僅かな時間、俺とララのためだけの空間を作る。
「じっと、してろ。今、壊す」
ララ:
「あ、拘束魔導具……? あり、がとう……はぁっは……」
リノスは首の魔道具に指先を当てた。魔力の繊細なコントロールを感じる……
少しして、振動を感じると、魔道具は内側から粉砕された。
解放された、私の金色の魔力が大結晶に溶け込んでゆく。
リノスはそのまま、大結晶のカケラを握って、自分の掌に傷をつけた。
癒しの魔力を帯びるといわれる血液が、私の切り傷の一つに垂れる。
……体中の傷が癒えていく。痛く、ない。すごい……
リノス:
「……ララ、外が片付くまで、信じて……待っていてくれ」
ララ:
「──分かった……ふふ、一緒なら全然、閉じ込められても飾られても、嫌じゃないし怖くない。不思議……
あのね、リノス……愛してる」
── 幸せそうに微笑むララ。
── リノスはただ彼女を一撫でして、数百年ぶりに微笑んだ。
リノス:
「……ああ」
── 手を繋いで、ギリギリまで見つめ合う。迫る結晶が顔を覆う。
リノス:
「……彼の者の刻を凍らせよ──」
── リノスの魔導に、ララの刻が止まる。リノスは再び、祈りを捧げる。
リノス:
明日が来ると信じて待つ、善き民の為に。生けるものの為に……君が為に。
巡る季節、豊めく大地に記憶を甦らせん。清けき雨は不浄を流そう。
フェネクシアス要塞魔導 第0節、再生。
ああ、そうか。俺の祈りに足りなかったのは、こういう想いだったのかもしれない。
────
リノス:
俺は、夢を見ない。
そんな暇は、ないからだ。
あの日からさらに数百年後。
先に大結晶から出て数年、政治奔走した俺は、彼女の身体年齢に追いついた。
「片付いた。待たせたな」
俺を褒めてくれるだろうか。
性懲りなく、笑わせてやるだなんて、言ってくるのだろうか。
自分まで『伝説の乙女』になってしまってることを知ったら、どんな顔を、するのだろうか。
ララは今日、凍結魔導から解き放たれる。
大地の浄化が終わり、他国間戦争の潰えた世界を、どこをみても障気のない青い空を。
その綺麗な青い瞳に写す。
でもまずは、あの日の返事をしよう。
リノス:
「ララ、俺もお前を──、離してやらないから覚悟しろよ」
ララ:
「……り、の……す? ギガントダックのポールダンスって……
お尻すごく可愛いと思うんだけど……どう? 笑える?」
リノス:
「…………俺の……告白ェ……」
── めでたしめでたし!
添削を手伝ってくれた翔様に感謝を込めて
『リノスグランデは夢を見ない』
作 / 鳳月 眠人
── プロローグ
ララ:
崩壊しかけた大地と、契りを交わした皇子がいた。
リノス:
大結晶の中に眠る、聖なる御子。
ララ:
彼の祈りと、血液が創りだす聖なる壁は──
リノス:
破滅的な障気を
ララ:
障気による汚染を
リノス:
汚染から生まれる害獣を
ララ:
害獣の引き起こす厄災を
リノス:
安全な土地を奪おうとする、他国の侵略を。
ララ:
防ぎ護り、浄化し、あるいは殲滅して
リノス:
すべてを一手に引き受け、今日も国を守り続ける。
ララ:
【リノスグランデ】と呼ばれる、生ける要塞兵器。
リノス:
人柱──
ララ:
御子は今日も、祈り続けている──
リノス:
そう、祈っている。
ララ:
実は、起きている。
リノス:
歳もとらず、何百年も、大地と同化して。
ララ:
ぶっちゃけ、めっっっっちゃ、暇なのだ。
リノス:
「誰か、目の前で【漫才】でもしてくれないかなあ……」
ララ:
と、思うほどに。
リノス:
これは、魔導的引きこもり皇子と
ララ:
なんとかして、大結晶の中の、伝説の美少年を微笑ませたい一人の少女の
リノス:
後世まで語り継がれる
ララ:
心温まる、ラブコメストーリー。
リノス:
えっ?
ララ:
え?
リノス:
心……温ま、る? ラブコメ?
ララ:
ウォーミングなラブコメですが?
── 第一章【リノスの視界】
ララ:
(咳払い)「……よしっ」
♪ケセ ガンガン ガンガン ガンガン ガンガン!
♪ドュン ドュン ドュン ドュン!
「どうもー! ララでーす! 本日もよろしくお願いしまーす!」
リノス:
魔導防壁システム、大結晶『リノスグランデ』の前は今日も騒がしい。
また、ヤツが……来た。待っていた……!
ララ:
「ねぇねぇティラノくん。
(裏声)なんだい、カエルくん?
お疲れですか?
(裏声)え? あぁまあ、昨日ちょっとカエルを食べ過ぎてしまったので、食あたりしたかもしれませんね?
なるほど、そんなときにはこれ。元気の出すぎる飴玉です。ホレ。
ぱくっ。
(裏声)コォ~レェ~ハァ~! あらゆる意味でいろいろとヤバイやつゥゥゥウハァァァ!」
リノス:
なぁんで右手にリアルすぎる肉食獣、左手にゆるキャラみたいな爬虫類なんだ、
ティラノの方が裏声ってどういうことだよ逆じゃないのか普通は!
訳が分からん、ネタがアウトすぎるしシュールすぎる。
……いつからか、この少女は、暇さえあればここへ来るようになってしまった。
そして、ビミョーすぎる漫才だのコントだのを見せつけて来る。
何故だ、何故お前は俺の目の前で、こんなことをする?
芸人を目指しているのか?
くそっ、正直、不本意ながら──飽きない……!
ララ:
「うーん……ハッ、わかった。セクシーさが足りないのかも?」
── ララ、おもむろに服を脱ぎ始める。
リノス:
はっ? おい、公衆の面前でそんな……ッ?
って、なんなんだその腹芸は!
セクシーはどこへ行った、お前の思うセクシーはそんななのか!?
ララ:
「ん?……ウソ、あれって……ショッキングブルーパンサーが群れつくってる?」
リノス:
防壁の外、まだ少し遠くに、青い害獣の群れがあるのを、ララは見つけたようだ。
……あいつらは自然に群れなど作らない。
方角からして……ガミジニア公国の差し金か? 派手に仕掛けてきたな。
ララ:
「うわあ障煙すご! えー、目視できる……やばくない?
怒涛の勢い……これは……もしかしなくともコッチに突っ込んでくる感じ?
はっ、なるほど私の相方は……突っ込みは、あんたたちだったのね!」
リノス:
ボケにどれだけカラダを張るつもりだ!
……いや待てそうじゃない。俺の思考までも、すっかり毒されている……
ララ:
「さあ来ぉぉおい! このツッコミで私はっ! レナトゥス時代の神になるっ!
世は大かいぞく……ちがった、大喜利時代ぃいっ」
リノス:
殲滅機構、発動──
出力レベル4、範囲扇型、3回……で足りるか。
ララ:
「リノス皇子っ? ねえ、見えてるよね? 今のこの状況、写真で一言ぉぉ!」
リノス:
……目の前でぴょんぴょん跳び跳ねているバカは……射程外にいるな。
安寧の御前に無と帰せ。
フェネクシアス要塞魔導 第3節、浄煌。
── 普段は固く閉ざされた、リノスのまぶたが開く。
── それと同時にリノスグランデから、害獣の群れを焼きつく光が放たれた。
ララ:
「ふ、ぁ」
リノス:
害獣は……殲滅完了。障気は残るか、まああれだけの群れだとな……
── ぬかるむ地面が、魔導の余波で、汚れた飛沫を高く上げる。
リノス:
……大地の深部浄化は、なかなか捗らないな……
そんな世界を背景に、こちらを振り返っていた少女は、
陽の光を集めたような色彩の柔らかな髪に、澄みきった青い瞳をしていた。
ララ:
「き、れい……」
リノス:
この角度からでは、目線は合わない。
合わないが、『防壁の感覚』として知覚していた少女を、久しぶりに『己の裸眼』の視界に入れる。
……こいつ、変なことしなければ、なかなかの美少女なのに……
まったく……
大結晶に引きこもることになった当初は、こんな日常、考えもしなかった。
再び視界が、黒く閉ざされる──
── リノスの思考は、数百年過去に飛ぶ。
── 第ニ章【墜ちた日から、現在】
リノス:
「いけません! 兄上は第一継承権を持つお方だ。この国を治める皇帝となられる方だ。
いつ解除できるとも分からない結界機構の人柱になんて、させられるわけがないでしょう」
兄上は、現皇后の子ではない。そんな、王族あるあるな事情の中。
兄上を支持する権力者と、俺を支持する権力者の争いは、熾烈で冷たいものだった。
俺たち2人の仲の良さなんて、置き去りにして。
俺は、兄上を支えたかった。複雑な立場でありながら、優しく俺の面倒を見てくれて、
傲らず努力家で、物事の真価を見抜く力に長けた、誰よりも良き統治者となるであろう、殿下を。
「一人の臣下として、俺が……、っ私が。こんなときこそ務めを果たします」
(ララ兼役 リノスの妹):
「おにい、さま? どこいくの……?」
リノス:
「どこにも行かない。俺はここで、お前を護るよ」
とある隕石の衝突がきっかけで、汚染され始めた大地。
急速にこの惑星を蝕み、悲鳴を上げる世界。
今このときにも、たくさんの命が朽ち続けている。
隣の大国はもう、壊滅的だ。汚染の被害はこのフェネクシアス国との境に近い。
難民が押し寄せている。
そんな折、国の総力を上げて開発されたのは、
トクベツな魔力を含む血を持つ者にしか起動できない、魔導装置。
大地の精霊と契約を交わし、その血をもって聖なる祈りを捧げることで、
強力な浄化魔法を展開し、あらゆる攻撃をはね除ける要塞を形成できる、シロモノ。
契約すれば大地の精霊と一体化し──大地の浄化を終えるまで、解除ができない。
当時、その魔導装置を起動させる条件を持つのは、血液に治癒の能力があり、
更に大地の精霊に器として認められうる者。兄上と、俺と、まだ幼い妹のみだった。
(ララ兼役 リノスの婚約者):
「リ、リノス様……っ! そんな、嫌……! わたくしは、わたくしはどうすれば良いのです……!」
リノス:
「人柱として相応しいのは、俺しかいないだろう」
支持してくれていた権力者たちを、友を、……婚約者の、腕を。振り切って、歩を進める。
いいじゃないか。引きこもり、ってやつだ……なんて思って。
あの時は、いろんな事が──メンドクサイなって。ちょっと疲れたなって、ちょうど思っていた時でもあったから。
自国を護る、という体裁で日常から逃げた俺は、その罰を償わされるかのように、
大結晶の中で囚われ、何年も、何年も。祈り続けなければならない羽目になったのだった。
ホントなかなか、浄化が進まないんだよな。説明書を読む暇もあんまりなかったし、何か不足があったとしても分からない。
もう、ずいぶん前に、兄上も妹も、開発した魔導師たちも、寿命を終えたから。
大地の精霊と契約したことで、心も身体も時間感覚がバカみたいに長くなった。
それでも、やっぱり暇なのだ。とてつもなく暇。真面目にやれって? 飽きるわさすがに~娯楽のひとつもないんだから……
最初こそ、俺の派閥も、陛下も母上も兄上も妹も、来てくれたさ。限りある資源の中、祭典も催してくれた。
でも俺は、目を瞑っている。一見、完璧に要塞に取り込まれていて、意思なんて無いように思われているのかもしれない。
周囲のことも要塞内外のことも、『知覚』できるのに。
……知人も血脈も、どんどん俺を忘れていく。言語も文化も、なだらかに移り変わって行く。
いつしか、要塞防壁の人柱となった、伝説の皇子である俺──すなわち大結晶コアは、
『リノスグランデ』なんて呼ばれるようになって、自国と周辺国の安寧のシンボルであるとともに、観光地扱いだ。
はあ、観るだけじゃなくてな……誰か、俺に娯楽を……!
拝礼とか祭典とかは、もういいから……誰か目の前で、面白いこと、してくれええ……ちゃんと見えてるから……
そんなことを思いながら、毎日毎日毎日毎日、務めを果たして昼夜を遠く眺め続けて、幾百年。
ある日、彼女が……ララが、現れた。
ファーストエンカウントは、恐らくは彼女のスクールの遠足。
花のような可憐な見た目と小柄な体型。魔力に満ちた煌めく瞳。
フェネクシアス国の庇護下に入った、ラウム国の少数民族の特徴を有していた。
食い入るように、大結晶の中の俺を見てきた、そんな幼い女の子を覚えている。
それが今や成長して……俺よりも身体の年齢は、もう年上になっただろうに……
ララ:
「かっっっこいいいいうあああ! 今日はリノス皇子のおめめ開くとこ見れたぁぁぁ!
超キレイ超カッコイイ超カワイイやばば、はぁあ!
ショッキングブルーパンサー、あんたたちの死は無駄じゃなかったわ……! GJ!」
リノス:
グッジョブ! じゃないんだよなあ!
けれど……機械的なことしかできない俺に、バカみたいに性懲りもなく何年も語りかけてくる彼女の存在に、俺は少し救われている。
でも、きっとこの日常も、俺にとっては長い刻の中の、ほんの一瞬だ。
だから俺は──夢は、見ない。見たら、辛くなるのは自分だということを、知っている。
── 第三章【ララの視る世界】
ララ:
周辺の小国までもぐるりと囲む、長い長い聖なる防壁の、ただ一ヵ所。
彼を閉じ込める大結晶は、澄んだ水を冷やすことなく固めたみたいな、透明度。
それが、防壁の内側にしげる背の高い木々を、優に越えてそびえてる。
リノス皇子に会いに行くために使うのは、観光にも、式典にも、点検にも使われている、
広くてゆるやかなカーブを描く、壮麗な階段。
それを登りきると、少し開けた広場になっている。中央に、大結晶のてっぺんが出ていて。
そこは、リノス皇子が、一番よく見える場所。
(リノス兼役 ララの学校の先生):
「教科書で学んだとおり。こちらに眠るのが、障気や厄災から我々の暮らしを守り、
世界を少しずつ浄化してくださっている、リノス皇子だ」
ララ:
「……皇子様の、煮こごり……?」
(リノス兼役 ララの学校の先生):
「うーん、ララの発想力には度肝を抜かれるなあ」
ララ:
「超キレー……超カッコイイ……」
夜色の髪が神秘的。整ったお顔はお人形さんみたい。
美しい装飾の衣装は当時のままで……昔の人なんだって、すぐわかる。
……この綺麗な人は、どんな色の瞳? そこまでは教科書に書いてなかった。
祈るって、どんなことを祈ってるの?
目を開けたら、笑ったら、怒ったら。どんなカオをするの?
こんな所に、飾られるように何百年も煮こごりにされて……
寂しくない? 退屈じゃ、ないの? 怖くないの──?
私は、あの時──怖かった。悲しかった。狭くて、息ができなかったよ。
皇子に問いかけるように、まじまじと覗き込む。
答えはもちろん、返らない。
ララ:
その存在が気になって気になって、けれど名残惜しくも見学の時間は終わって。
──その帰り。昇ってきた階段をちょうど降りきったところで、空間が震えた。
振り返ったら、大結晶が──というより、リノス皇子のいるてっぺん辺りが、眩しい光を放っていた。
光は大結晶の中で屈折して、激しく不思議な七彩に煌めいて。
ドン、と大きな音が鳴った。
大結晶は橙色の大きな光の環を空中に描いて、そのあと同じ色の光を直線的に何度も放った。
ソレは、敵国からの侵攻魔砲弾を打ち落としていたんだって、後から知った。
光は防壁の外を焼いて、周辺の汚染された空気を、ついでのように浄化した。
防壁のコッチ側でも、なんだか息がしやすくなった気がした。
神秘的で、畏怖すら感じる神々しい光景を瞳に写して、みんなぽかんと口を開けていた。
だから、こんなことを考えていたのは私だけだっただろう。
脳裏によぎる、美しい彼の姿。
閉じ込められて、自分の役目を、ただ全うする彼のことが。
あの時は、自分よりも見た目が、ずいぶんお兄ちゃんだった彼の存在に。
悲しくてつらくて、そして胸を締め付けられるような──けれど熱く焦げるような、何かを感じて。
煮こごりから少しでも早く、出してあげよう。
私の出来ることを、彼のために、しよう。
あの眠っているようなお顔が……ちょっとでも微笑んでくれたら……
どんなに素敵かな、すごくカッコイイんだろうなぁ……
そう思った。
だから私は今日も、学院での魔導研究が一区切りしたら、彼に笑いのアタックをしかけに行く。
……あの日から、もう十歳も歳をとっちゃった。
今日も、リノス皇子はカッコイイ……いやもうホント、美しい。
どうにかして、ちょっぴり! 微笑ませるだけでも!
そんな意地になっちゃってる感はある。否めない。
なのに笑わせる作戦は、未だにぜーんぜん成功してない。私ってそんなに笑いのセンスないかな……
対して、熱意だけはあるから私、魔導の腕はなかなか。
大地の大規模浄化魔導式も、次の学術発表会で論文として出せそうだし……
これで、少しでもリノス皇子の負担を軽減させられれば……
暗いどどめ色の、不気味な障気と汚臭に満ちた世界と、美しい街並みとの境界で。
夕陽が染めていた空を、夜が塗りかえていく。
浄化されたての気持ちいい風が、ふわりと私の髪をさらって、防壁の中の夕闇に溶けた。
ひととおり今日のネタを終えた私は、大結晶にもたれかかって腰かけて、一息つく。
お気に入りの装丁のノートとペンケースを鞄から取り出して、書き綴る。
ララ:
「──むーん。リノス皇子は魔導行使時にのみ、夕焼け色の、おめめを開く……
やっぱり結晶力場内の霊子密度が、
一気に上昇したあとほぼゼロになるのと関係あるのかな……ってことは……」
「私も魔導で、ココに害獣をけしかけてみる……? なんてね。そんな事したら捕まっちゃう……
いやまって、害獣に芸を教え込ませてっていうのはどうだろ……?
ピッキーパウスが目の前でモノボケしたらめちゃくちゃアツいんじゃない?
ズドォンの即笑クリアでは……?
浄化術式の第二段階から変形させて、腐蝕エネルギー操作の導式へ持っていけば……」
私は唇に指先を当ててブツブツ言いながら、考えを巡らせていた。
友達に『ララってそういうのさえなければね~』なんて言われるやつだ。うん、知ってるぅ。
ともかく、そんな、時だった──
── 第四章【憧憬と、重なる】
リノス:
ああもう限界だ。
『おい ピッキーパウスにモノボケ芸なんかできるわけがないだろう 声芸ならまだしも』
ララの前に、思った通りの言葉が、光の文字となって浮かぶ。
魔導筆記が、できた……? コア化していてもできるもんなのか! もっと早くに使っていれば……!
ララ:
「……えっ? なにこれ? 誰の魔導筆記?」
リノス:
『もう夜も更ける 疾く帰れ』
── ララ、周囲を見渡すが、自分の他に人はいない。
ララ:
「誰も、いないよね……?
まさか……うそ、ホントに……? リノス皇子がこれを!?」
── 興奮気味に大結晶を振り返るララ。
── 中の美少年の様子はいつもと変わらず、反応はない。
── ララは不敬にも大結晶を拳でゴンゴンと叩く。
ララ:
「言語がビミョーに古いからバレバレ! やっぱり常時、視覚も聴覚もあるんですよね!?」
リノス:
『騒ぐなら要塞魔導で撃つぞ ララ』
ララ:
「にゃっ……な、まえ……呼ばれちゃった……」
リノス:
『気まぐれだ 魔導筆記がここからできることも 俺自身知らなかった』
『お前のボケに 正論を説きたくて念じていたら 出た』
ララ:
「は……なるほどこれが愛のあるツッコミ……?」
リノス:
『汚染に触れるようなことはするな いつも通り 馬鹿だけやってればいい』
ララ:
「お前が馬鹿をしてる姿は……悪くない……? ほんと!? ん?
でも腹芸は……やめろ? えーなんでぇ! あっ、逆でしょ!
ちょっと困っちゃったからだなー? もう!
リノス皇子は、おねーさんのセクシーさを前に、目のやり場に困ったんだね!?」
リノス:
……こいつ本当に前向きだな……
ララ:
「無言は肯定と見なすわ!」
リノス:
……面倒だな。
『そうだ 変なものを見せるな』
ララ:
「あはは! ふふっ! っぷ、はははっ!
はー……すごい。リノス皇子と、話せてる。
馬鹿みたいな話してる……どんな、声なのかな……聞きたいな……」
「直接、聞きたい……」
リノス:
手のひらのぬくもりと、やわらかで、しかし少し切なさの混じるララの微笑みを、知覚した。
知覚して──石のように久しく動いていなかった鼓動が、跳ねた気がした。
リノス:
『ひとつだけ 聞かせろ』
『お前は芸人を目指しているのか』
ララ:
「ええっ! 違うよぉ! えー、うーん……
ん、んー。……私ね? 昔いじめっこに『金華族だ!』なんて、
狭いショーケースへ無理矢理入れられて、見世物みたいに閉じ込められたことが何度かあって──」
リノス:
『 ほう ?』
ララ:
「誰かのために飾られるなんて、閉じ込められるなんて……怖い、と思った。
民族的に、教育で植え付けられた拒否感もあるのかもしれないけど……」
「私は自由に咲きたい。その時になりたいように、好きなように、誰かの隣で生きたい」
「……っていう気持ちが強くて……リノス皇子がずっとずぅっと、煮こごりにされてるのが……
私が、嫌なの。見ていたくない。自由なあなたの、色んな表情がみたい……
拝礼して感謝するだけじゃなくて、私もあなたの為に、祈りたい。
でも私は、祈るだけじゃ何も起きないから……」
「ちょっと! シリアスになっちゃったじゃない! それでね今、当面は、
リノス皇子をニヤッとだけでもいいから、そこで笑わせたいわけ。
ねえ、目を開くことができるなら、顔面筋群は大結晶の中でも動かせるのよね?
やっぱり魔導行使の直前が狙い目?」
リノス:
『声が大きい! 機密だったらどうする! だあいいち、煮こごりってなんだよ!』
ララ:
「ま~ぁ! 素人さんのツッコミはぬるいわね~? 誤字ってるしぃ」
リノス:
こいつ……ッ! クソッ、ツッコミなんかじゃない……ッ!
(笑いを堪える咳払い)
大結晶の中で、ひく、と頬がつり上がりそうになるのを感じた。
魔導筆記と声の会話は弾む。気付けば辺りはすっかり夜に包まれていた。
リノス:
『おい まだいいのか』
ララ:
「あ、……わあ、今日すっごい長居しちゃったな。さすがに……帰るね」
リノス:
────
ララ:
「じゃっ! 次来れるのは、明後日かな。……また、ね。リノス皇子」
リノス:
『次は 笑わせて見せろよ 俺を』
ララ:
「御意に! 拝命しました、皇子!
ん? …………え? え、いいの? ……あはっ、うん。
ふふ……嬉しい! ありがとう!」
リノス:
口許にほんのりとした笑みを浮かべ、俺に手を振るララは、
星明かりを写し、神秘的に煌めく壮麗な階段を、ふわり、とんとんと、降りてゆく。
俺はまた、祈りに就く──
あたたかい気持ちが、胸に宿る。
── 明くる日。学院の研究室でララは、白衣の袖を捲り、机に向かう。
ララ:
「はぁ……なんだろう、どんどん欲張りになっちゃってる気がする」
リノス:
『リノス と 呼び捨てで構わない お前にだけ特別に許す』
ララ:
「なんて魔導筆記されちゃった……
テンション上がりすぎて心臓爆発するんじゃないかと思ったけど……
やっぱりリノスの表情は変わらなかったもんなー」
「文字だけじゃ、変わらない表情じゃ、写真とお話してるみたい。
あんなに近くにいるのに、届かない……二次元に恋するオタ友の心境がちょっと分かったわ……」
── ララ、装丁の美しいノートを開く。
ララ:
『平時の浄化範囲は防壁外へ約82・6%、内側へ約15・4%、残り2・0%は謎。うーん、自浄?』
『リノス皇子は平時に目を閉じているけど、危機察知は何らかの方法で知覚している、はず』
『リノスグランデ献礼広場は射程外っぽい。リノス皇子から約ニ馬身半径は攻撃魔導の対象外』
── これまでの、リノス観察記をぱらぱらと送って、最後の白紙へたどり着く。ペンをノートへ走らせる。
ララ:
『昨日はリノス皇子……いや、リノスが、魔導筆記で話しかけてくれた! 奇跡すぎるやばい』
「ふふ、はぁ……──あ、ぼおっとしてた、すみません教授、なんて?」
── 研究室へ入ってきた教授は微笑み、しかし呆れるような溜め息をつきつつ、慣れた様子でララに用件を伝える。
ララ:
「え? ……国家召集ですか、私が? 明日? えーなにそれぇ、急だなぁ」
今までも、魔導師の表彰とかで召集されたことはあるけど……
研究の中間発表が認められた? って……
うーん、なら嬉しいけど……
スポンサーつけばもうちょっといい魔石使って、もっと確実な魔導式が構築できるかも……
でも最近、軍がどうとか過激派がどうとか、きな臭いニュースで治安良くないから、あんまり帰国したくないな……
「んー、国家召集なんて、よっぽどのことがないと拒否できないし。仕方ないですねー」
あーあ、リノスに明日行くって言っちゃったけど、間に合わなさそ……
── 第五章【あなたの視線】
── ララが最後にリノスの元を訪れてから、5日が過ぎた。
リノス:
……今日も来なかったな。駆け出し芸人が。忙しいのだろうか。
ああーあ。暇だ。もう星廻りなんて覚えきってしまったし……
夜に害獣駆除をしすぎるのも、民の睡眠の妨げになるだろうし。
俺からもっと、魔導筆記で他の者にもいろいろと発信すべきだろうか?
いや……なんだろう。
あいつと、少しだけ。あの時間だけ楽しめれば……それでいいな。
……おかしいな、こんなに入れ込んでいたか?
とか思っていたら……ちょうど来たな。かなり、夜遅いが……
久しぶりだ──今日は何を話そう。
── ララは静かに、リノスの前へ立つ。
ララ:
「リノス……グランデ
故国ラウムから、明日の朝、あなたを破壊せよと命じられました」
── 強い風がリノスとララの間に吹く。
── 大結晶に映る星灯りが、微かに揺れた。
ララ:
「テロだよテロ。なんか独立したいんだってさ、
従国で関税だの庇護税だの、もろもろ制限あるのが嫌なんだって。今更じゃない?
なんで今? なんで私? ってかんじだよね、リノスのこと、
好きで調べまくってたのがバレててさー、仇になっちゃった」
「達成できなければ、研究取り上げの上、幽閉だって。
あー! なんでまだラウムに国籍置いてたんだろ。失敗した。
でもね、故郷を……金華の郷を、人質に取られちゃってて
魔導拘束具まで付けられちゃったよーみてほら、逃げ出したりしたら首と胴体がオサラバってやつよ」
「もう、ここに来ないと思う。ってかやってもやらなくても私死ぬやつでしょこれ。
急に来なくなったらさ、心配するでしょ? 防壁内の感知はあんまりできないもんね、リノス」
「……おーいちょっと、起きてるー? 反応してよ、一人でしゃべってたら痛い子じゃーん。
なんで……反応ないの? ……あれって、そっか。夢だったのか」
── リノスはただ、言葉を喪っていた。
── ララの突然の凶報に。そして別れの宣告に。
── 何と答えればいいのか、分からずに。
リノス:
『 現フェネクシアス皇王は何してる 』
ララ:
「! あ、リノ、ス……」
リノス:
『ラウムの魔鉱石資源は周辺国随一だろう。輸送魔導技術も他国を牽引している。
優位に立てないわけがない、フェネクシアスは……』
ララ:
「逆に……ラウム国にそういう秀でたところがあるから、
従国扱いなのが気に入らないんだと……思う。そこに浄化魔導がほぼ完成ときたらね……」
「でも! そんな風に、不満に思ってるのは、軍の上層部とか、一部の富裕層だけだよ!
ラウムに一番浸透してるのはリノス教だもん」
リノス:
『……リノス教ってなんだ 初めて聞いたんだが』
ララ:
「えっ?」
リノス:
『え?』
ララ:
「いま、ブフッ、そんなこと、聞く……っ? ぷっは! あははっ! ははははっ!
はーーーちょっと久しぶりに笑った……やっぱ笑いって大事。
……大事だよ。ねえ、最後に笑って?」
リノス:
『 笑ったら もうお前は来ないだろう』
ララ:
「笑わなくても来られないよ、もう」
リノス:
『なんとかしろ お前は自由に 動けるだろうが』
『まだ 囚われていない』
『抗ってくれ 頼む』
ララ:
「……無茶振りしてくるなぁ。
夜明けには部隊がここに来る……隙を見てやっと転移魔導使って来たけど……
ッやばッ!」
── 魔導の気配を感じたララは、挨拶を交わす間もなく転移魔導を起動して去ってしまった。
リノス:
日の出まで……幾刻もない……
ララ、無事でいてくれ……俺に、できることは……!
どうすれば、いい……
刻々と、夜は朝に、領域を奪われてゆく。
こんなに……夜の明けるのは、早かっただろうか。
── 朝日が大結晶を照らす。
リノス:
逃げたはずのララは、テロリスト十数人に拘束されて、再び俺の前に現れた。
身体や衣服に、魔導や暴力でできた……痣や破れがみえる。
ララ:
「痛ッ、もう! 分かってる、からっ! 離しなさいよ……!」
首の拘束魔導具が……痛い……きもち、わるい……う、ぅ
「ッが、がはッ はぁっ、あ、血……?」
これ、魔力経絡とかぶっ壊して……魔力を強制吸い上げ、してくるタイプの、やつ……?
リノス:
幽閉する気なんて、こいつらにはない……魔力量の多いララを……爆弾にするつもりか。
── 痺れを切らしたテロリスト幹部は、ララの髪を掴んで乱暴に揺さぶる。
ララ:
っう、……壊せ……?
できるわよ……波術式を何個も、
大結晶の真上から、組み合わせれば……私なら……割れる。
でもそんなこと、できない。もし、大結晶を割ったことで防壁魔導がダウンして、崩れてしまえば……
リノスが永い時間かけて護ってきたものを、台無しになんてさせられない。
なによりリノスを危険に、晒せない。
ララ:
請、え……?
ああ、きっと、リノスなら、私が泣いてたすけて、なんて言ったら、なんとかしてくれるかもしれない。
でもそんなこと、言えない。
そんな、だっさい姿、全然笑えない。
死ぬ、んだな、ここで。
全然、りのすの、力になれないまま……
笑った顔も、怒った顔も、見られない、まま……
迷惑だけ、かけて?
── ララは目線を、先程吐いた血からリノスの方へ上げる。
ララ:
「あ……」
リノス、怒って、る。焦ってる。わかる……
大結晶が振えてる。燃えるような、鮮やかな血の色に煌めいて。
リノス:
頼む、大地の精霊……! 一度だけ、ほんの数刻でいい。一瞬の間だけ、俺を解放してくれ。
……っ、腕、動け、脚……動けよぉ……ッ! クッソ、堅ッい……!
無理、なのか。こんな、こんな形で、俺のせいで!
俺が関わったせいで、あいつは殺されるのか?
あんな、底抜けのバカの瞳が……諦めの、絶望の色で染まってゆく……
だめ、だ。
なにがッなんでも! 死ぬ気でッ! 今!
腕が、脚が片方ぐらい、もげようが!
ここから、出て……あいつを、ララを……!
── リノスの感情に応じて、激しく振動する大結晶。
── 内側から大きくヒビが入る。砕かれて、ゆく。
── そうして、大結晶の大きな破片は、大きな音を立てて周囲へ飛び散った。
リノス:
「──ッラ、ラ……!」
数百年ぶりに空気を吸って出した声は、枯れて全然通らなくて。
足もふらつく。覚束ない。でもそんなことは今どうでもいい。
ララの元へ──
結晶が、コアである俺を取り戻そうとついてくる。
痛……! チッ、テロ集団の魔弾か。まあいい、俺を狙え!
飛んでくる攻撃を、無詠唱でいなす。
ララの周辺を容赦なく始末する。
うん百年の時の中で、唯一『人』として俺と向き合ってくれたお前を──絶対に死なせない。
ララ:
「リノ、ス……!」
リノス:
初めて意識的に合わせる目と目は、互いだけを結ぶ。
── 互いに駆け寄った二人は──
── 隔ての取り払われたリノスとララは、抱き締めあった。
リノス:
「こんなに……小柄……だったの、か」
ララ:
「リノスは、引きこもり少年なのに、ちゃんと……男の子、だね。
こんな……声なんだね。やっと……やっと会えた、すごい……触れられる……」
リノス:
周囲を覆った結晶は、僅かな時間、俺とララのためだけの空間を作る。
「じっと、してろ。今、壊す」
ララ:
「あ、拘束魔導具……? あり、がとう……はぁっは……」
リノスは首の魔道具に指先を当てた。魔力の繊細なコントロールを感じる……
少しして、振動を感じると、魔道具は内側から粉砕された。
解放された、私の金色の魔力が大結晶に溶け込んでゆく。
リノスはそのまま、大結晶のカケラを握って、自分の掌に傷をつけた。
癒しの魔力を帯びるといわれる血液が、私の切り傷の一つに垂れる。
……体中の傷が癒えていく。痛く、ない。すごい……
リノス:
「……ララ、外が片付くまで、信じて……待っていてくれ」
ララ:
「──分かった……ふふ、一緒なら全然、閉じ込められても飾られても、嫌じゃないし怖くない。不思議……
あのね、リノス……愛してる」
── 幸せそうに微笑むララ。
── リノスはただ彼女を一撫でして、数百年ぶりに微笑んだ。
リノス:
「……ああ」
── 手を繋いで、ギリギリまで見つめ合う。迫る結晶が顔を覆う。
リノス:
「……彼の者の刻を凍らせよ──」
── リノスの魔導に、ララの刻が止まる。リノスは再び、祈りを捧げる。
リノス:
明日が来ると信じて待つ、善き民の為に。生けるものの為に……君が為に。
巡る季節、豊めく大地に記憶を甦らせん。清けき雨は不浄を流そう。
フェネクシアス要塞魔導 第0節、再生。
ああ、そうか。俺の祈りに足りなかったのは、こういう想いだったのかもしれない。
────
リノス:
俺は、夢を見ない。
そんな暇は、ないからだ。
あの日からさらに数百年後。
先に大結晶から出て数年、政治奔走した俺は、彼女の身体年齢に追いついた。
「片付いた。待たせたな」
俺を褒めてくれるだろうか。
性懲りなく、笑わせてやるだなんて、言ってくるのだろうか。
自分まで『伝説の乙女』になってしまってることを知ったら、どんな顔を、するのだろうか。
ララは今日、凍結魔導から解き放たれる。
大地の浄化が終わり、他国間戦争の潰えた世界を、どこをみても障気のない青い空を。
その綺麗な青い瞳に写す。
でもまずは、あの日の返事をしよう。
リノス:
「ララ、俺もお前を──、離してやらないから覚悟しろよ」
ララ:
「……り、の……す? ギガントダックのポールダンスって……
お尻すごく可愛いと思うんだけど……どう? 笑える?」
リノス:
「…………俺の……告白ェ……」
── めでたしめでたし!
添削を手伝ってくれた翔様に感謝を込めて
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