第三殲滅隊の鬼教官 *BL

鳳月 眠人

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湖礁地方

第14話

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「……ユイガ」
「……、ダン」


 低く、耳当たりのよい声が名を呼び止める。
 振り返ったユイガの目の先には、第六殲滅隊長がいた。

 以前は肩のあたりまであった長い髪は、思いきられたようにスッキリと切られていた。雰囲気をガラリと変えていたために、ユイガは反応が一瞬遅れた。


「ハッ、またやったのかよ操縦桿フライトハイ、なぁ第三隊長さんよお」
「…………」

 対してダンは第三隊員の様相を見て、呆れたように鼻で笑って言った。
 今しがた、合宿地から軍本部の輸送ポートへ帰還した第三殲滅隊。少年たちは荷物を搬出しながら、墜落の恐怖と乗り物酔いから身体を醒ましていたところだった。

 そこへ、同じく空機で帰還してきたらしい第六殲滅隊が降り立ち、第三殲滅隊の側を通りすがったのだ。僻地への遠征に出ていたのだろう。


「お……ゼスにーさん」
「ようノイ、元気そうだな」
「いやさっきまでゲロってたんだけど。見て? 顔真っ青なんだけど」
「地黒だからわかんねーよ」
「ひどすぎない?」

 通りかかった第六殲滅隊には偶然、ノイの親族が配属されていたようだ。彼もやはり翠ベースの、派手な髪色をしている。

 まぁ、パロットピジョン家の人間は、この2人だけでなく、軍に非常に多く所属しているのだが──


「なにこいつ、パロットピジョンシリーズの弟か? 小せぇな、ゼスと違って」
「ふ、おお……」

 体格のいい第六殲滅隊長からぽすんぽすんと頭を撫でられ、ノイの顔は蕩けゆるむ。全く節操がない。

 しかしそんな少年の様子に気付かず、第六殲滅隊長は少年の頭を撫で続けながら、ユイガへ問う。

「ん? 今日……上位奇数の隊は連休じゃ……?」
「合宿帰りだ」

「うわアレか、あー……お前ら、スライムも降下も、よく耐えたな。しかもこいつの空機の運転クソだったろ? ……お疲れさん」

 "合宿"に関する、"事情"と訓練内容、そしてユイガの空機操縦の酷さを知る彼は、 清んだアイスブルーの瞳を和らげて少年たちに向けた。そして、ユイガからは決してもらえないであろう労りの言葉をかける。

 第三隊員たちからの、第六隊長への好感度が上昇していく。


「なぁユイガ、今から空いてるよな? 付き合えよ」
「……明日から本始動なんだが」
「わかってるよ。俺は明日から休みだけどな」
「…………第三殲滅隊、解散。明日から本始動だ、気合い入れてこい」
「第六警衛隊、解散。……ついてくるなよ、いいな」


 第三、第六殲滅隊が、一斉に敬礼姿勢をとる。


「──ヴァンの所へ許可証とか、返しに行くんだろ? その前に一発やらせてくれ」

「お前……言い方」


 敬礼姿勢から直り、先に輸送ポートを去らんとする、宵國の夜色の髪の上官二名。
 うち、一人──ユイガが、顔だけで振り向いて、思い出したように言を放つ。


「ああ、ラヴァイン、それからルチル。降下訓練中事故の報告書を明後日までに提出しろ」

「了解しまし、」
「はァッ、反省文ッ!? 冗談じゃなかったのかよ!」
「うるさい……ルチレイト一士」


「は? 事故……?」
「揉めて被爆したらしい」
「マジでよく無事だったな」


 気心の知れたようなやり取りをする、二人の後ろ姿。それが隊員たちの視界から無くなってから、隊員たちは敬礼姿勢を解いた。
 直後、ゼス、と呼ばれていた少年がノイに囁く。


「おい、ノイ。追っかけるぞ。お前の目も貸せ」
「え~っしんどいんだってもー。なんなんスかあ」
「気にならないのか!? 隊長の動向が! 『付き合え』って言ってただろ! その上、や、『やらせろ』、とか……!!」

 小声ながらずいずいと迫る兄に、さしものノイも気圧される。

「ええ……『やらせろ』って脳筋な模擬戦闘とかじゃ」
「甘い!! あんな、あんな距離……!! 並んで歩く距離が! 近い!!」
「ひぇ」

「隊長は男でありながらあの色気! が、サバサバした性格! 優しいのに鬼強い! お前もデレデレだったろ! 魔性なんだよウチの隊長は!」

「えへ、確かに美人格好よかったけどぉ……でもプライベートぐらいあるでしょ……あ、みなさーん、先お帰りになっててくださぁい。にーさんは多分びょーきでぇす、うぉえ」

「や、やりすぎです、パロットピジョン令息……」


 肩を掴まれガクガクと揺らされる少年の顔色は、一旦落ち着いていたのにまた悪くなってきた。

 アルヴィスがやんわりと止めに入ったその時、第六隊の中に見知った顔が控えていることに、彼は気付く。自領の臣下だ。

「、エリセイ殿」
「お久しぶりです、ウーラニア次期聖下。おかわりなく」

「アルヴィス、で良いと……」

「……アルヴィス様……そちらの小鳥を一羽お借りしても? 早急に隊長を追わねばならないのです」

「……小鳥……?」

「第六殲滅隊って、みんなびょーきなのかな」

こいつノイに病気って言われんの、相当だな」



* * *
 


 金色の環が輝く、二人分の瞳の光彩。しぶしぶ、空高く広域を視渡し始めたノイの視界を共有し、ゼスはその視界に写る建物の内部を"探知"してゆく。

 さあ、俺たちの隊長はどこへ向かう。
 うーん、ここにトィリエ姉さんがいたら数分後の動きまで視られるのに──

 ここは、ヘルーワィム研究機関や医療機関を兼ね備えた、軍本部。人の量も流動も、皇都下町のように目まぐるしい。
 転移装置を連続して使われてしまえば、経路を追うのはなかなか難しくなる。
 ゼスはその数多の情報を脳内で捌く。

「いた……」

 そうして見つけた隊長たちが向かう先は。

「プレートキー借りて……第10訓練場……か?」 
「んなっ、密室で二人っきりの特訓だと!? 急行だ!!」
「っおぇっ!? もう俺いいでしょおおお」

 小柄なノイの身体は青年たちに担がれて、やすやすと拉致された──




「ほーーーら脳筋戦闘だったじゃん」

「嘘だろダン隊長……今日ヘルーワィム殲滅しまくったのに……まだあんなキレで動けるなんて、はぁぁあ美しすぎる。録れてるだろうな、ヴァルツ?」

「超高画質 録画中」
「なにこの隊、マジでびょーきじゃん」

 半笑いで思ったままを口にしたのはルチルだ。
 ただ、面白半分で着いてきたのは、ルチルだけではない。

 黄色の少年の横には、『隊長同士の脳筋トレーニング』が見られることを期待して着いてきたレオン、問題を起こさないか監視すると言う名目で着いてきたラヴァイン、そしてなんとなく──そわつく想いに動かされたナイリがいた。他のメンツは先に帰寮だ。


 録画までしている第六隊員たちと、第三隊5名の大所帯がその場にいたとしても、隠れ蓑には困らなかった。

 なぜなら、一般的な体育館のような構造の訓練場には、早くも上階キャットウォークに軍関係者のギャラリーが出来ていたのである。

 二人とも、端麗な容姿に強さを兼ね備える、殲滅隊上位の隊長。こと、宵國の毛色を含む者は、陽國では好色の眼差しで見られやすい。
 そんな彼らの模擬戦闘となれば、必然の事象だった。


 ダン=レイデルカイン。
 角行クラスを務める彼は、隊長として指示を飛ばしながら、時に自ら前線で敵を屠る。

 彼の鋭い刀捌きは、ユイガの意識の外にある死角から、的確に急所を突く。それをほとんど勘だけで、ユイガは既のところで防ぎ薙ぐ。
 ユイガの強烈な雷撃が銃弾のような音を放つ。ダンは分厚い障壁を一瞬で展開する。役目を果たした障壁が硝子のように砕け散る──

 共にハイベルデニスの二人が、本気の戦闘をしている。両者の刀が合わさる度、己の瞳の色彩をそのままエネルギーに変換したような烈蒼れっそう苛紅かこうが激しく訓練場を満たす。

 現役軍人でも目で追うのがやっとの動きは、戦闘のはずであるのに美しく、どこか息があっているようにさえ見える。まるで高速再生の競技ダンスのよう。

「きれ、い……」

「ダン隊長、笑ってる。はー、クッソ美人」
「目から血の出る竜種トカゲになるからそれ以上言うな」

 戦いに、見惚れる。下官の自分たちでは、隊長とこんな風には戦えない。それを少年たちは理解し、それぞれ胸の内に想いが宿った。なぜか、痛みを伴う種類の感情だ。


 熾烈な戦いの末、果たして勝負が着けられる。
 一際大きな衝撃と閃光に、ギャラリーの目がくらむ。視界の戻った者が目にしたのは。

 ユイガの首筋に刀をすらりと当てがっているダンと、──そのダンに馬乗りになって、刀の切っ先を彼の喉元に突きつける、ユイガ。

 静寂の中、息の上がった二人はギラつく瞳で目付けをし合い、その後どちらともなく刀を納める。


 は、と息を着いた見物人からの賛辞や拍手が、二人に注がれる。

 ──実に美しい戦いだったわね──

 ──"蒼紅一対の魔晶石"とは良く言ったものだ──


 ギャラリーの散り始める前に、尾行の隊員たちは一旦その場から退却し、影を潜めた。




* * *




『隊長たいちょーー!! ダンたいちょー!? 敵襲ですよー!!』
『ばっかお前……いつもお前の声で逃げられんだろ!』
『もう少しマシな嘘をつけ、敵襲だったら先に隊長のインカムへ警戒音が入るだろう』

 わんぱく盛りは卒業しているはずの年齢の隊員たち。
 しかしどこで何を間違えたのか。

 束の間の休憩時間。交戦後書類が溜まっているわけでもなく、今のところ襲来もない。たまには落ち着いて一人で飯を食いたい、それだけなのに、何故。

『早くしないと飯の時間終わる』
『また俺の出番だな』

 腕の立つ己の男子隊員たちは、若干──否、かなり──

『……なんだ、そこに隠れてるじゃん! さすがダン隊長、気配が全然読めんかった』

『マジか!』
『確保』
『ほーらみろ、また味気ねえもん食おうとしてた!』
『没収』
『はいこれ! 今日は気合い入れてキャラ弁作ったっス! 褒めて!』
『すげえなゼス、撮っていい?』

 ……懐きすぎている。


 :
 :
 :


「なんて日がもう、半期は続いてんだよ、ちょっとオカシイだろ。休憩時間も、貴重な休日も、誰かしらが押し掛けてきて一人で過ごすことがほとんどない。今ももしかしたら、どこかから視ているかもしれない。どこにいても、ゼスが突き止めてくる……」
「ああ……」


 訓練場を後にしたユイガとダンはそれぞれの目的地に赴いていた。ダンは僻地遠征完了の報告の為に、第一殲滅隊長の執務室へ。ユイガは合宿の為に借りた物品を、セッカに返却しに。

 その道中で、ダンはユイガに最近の目下の悩み、己の境遇を明かす。


 ダンにとって、ユイガは同じハイベルデニスで平民出身で、使用武器が同じで。

 かつては──軍学校時代にはライバル関係にあり、それこそ先のような模擬戦闘や成績争いや、血の滲む殴り合いまで経たことのある二人だが、今は互いに丸くなったのか余裕が出たのか。

 ──非常に話しやすい相手と化していた。拳を交えた者のみが到達する間柄と言えるのかもしれない。
 

「お前も特恵上、そういうことないか?」
「まぁ……多少、好意は寄せられやすいし、必要なもんではあるが……お前みたいな事はないな、令威撃ちまくってるし」
「ハラスメントで訴えられろよ一回」

 心を通わせシンクロ状態で戦闘を行うなんて特恵を持つ、ダンの横を歩く同僚は、隊員から懐かれすぎるなんてことにはならないらしい。

「……俺、そんなにいうほど女顔じゃないだろ、髪もバッサリいったし。懲罰魔法は使う機会ねーけど、隊員を甘やかしている訳じゃない。訓練も指示も普通に厳しい筈だ。……本気で生活力を気遣われてるのか……?」

 だとしても。ダンは口をつぐみ思考する。
 自分はさすがに、一般的でおさまるレベルの生活力だと思う。部下から心配されるほど酷くはないはず。

 どうしていつの間にあんな、皆して束縛強めの女みたいな残念な感じに……
 ルックス、生活力、それらが要因から外れるとしたら、俺の隊長としての度量に惚れて……?

 そう言えば第六殲滅隊員たちは、俺以外の隊長を知らない。他の隊長の実力を肌で感じればどうだろうか。そう、なるべく己と近いスペックのユイガが条件として好ましい。

 そんな結論に行き着いて、ダンは悩ませていた頭をパッと上げる。


 ──彼は戦闘に於いて切れ者だが、そこそこな天然思考である。それは、本人以外には周知の事実である──



「なぁ、1日だけ、隊員を交換しないか」
「は? 何バカなことを」

「隊員たちは多感な年頃だ、何考えてるかなんて分からんが……環境を変えることで、目が醒めるかもしれないだろ? お前にしか頼めねえ」

「ハァ。なら……合同演習は? 昇級試験後の……このあたりとか」
「合同演習……ふん。悪くねえな」

 さすがに軍規定に抵触しそうな提案はするりとかわされたが、ダンはユイガの代案に納得した。日取りを決めるために、タブレットを持つユイガに身を寄せる。

 と、どこからか発せられた、張りつめるような重い寒気。

「…………」
「今、ぬるめの殺気が来たな」
「……ついてくるなっつってんのに……」

 やはり見られている。エスカレートしている気がする。なんなんだ一体。俺のプライバシーはどこまで保てているのだろうか。
 そこまで考えて、ダンは少しだけ泣きたくなった。隊員たちに対して、変な恐怖だけは覚えないようにしなければ……

「純粋に……慕われてるだけなんじゃないのか」
「は? キモ……お前も冗談言うんだな?」
「多分そういうところだな」
「? なにが?」

 自身の放つ魅力に疎くて、強いのにどこか無防備なところが庇護心をくすぐるんじゃないのか──

 なんてことを本人に言ったところで、全身の鳥肌を立たせて気持ち悪がられるだけに違いなかったので、ユイガはダンの問いかけに無視を決め込んだ。
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R18番外編
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